第2話 キャラクター作成
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「――それは災難だったね」
クスクスと兄の澄哉が笑う。
ここは私の部屋。仕事から帰宅した澄兄に頼んで、VRギアの設置をしてもらっている。
私の家族は、両親に、兄の澄哉、私、弟の優琉の5人。
兄の澄哉は某国立工業大学を今年卒業し、今月から公務員。弟は中学3年生に進級し、今年は受験生。
母は専業主婦。父は海外に単身赴任中。あと数年は日本へは帰れないらしい。
「こっちにまで飛び火しそうだったからすー君にコレ運ばせて部屋に逃げ込んじゃった」
ベッドの上で兄の作業を見守りつつ、読みかけの小説のページをめくる。
「でも、澄兄に設置してもらってて言うのも何だけど、基本的にゲームには興味無いんだけどなぁ」
どちらかというと、私はゲームよりも読書の方が好きだ。というより、活字であれば新聞だろうと教科書だろうと何でも読む。また、一度読んだものは基本的に忘れないので、学校の成績は特別な事をしなくてもトップクラスを維持している。
「でも鈴ちゃん?〔TWO〕は剣と魔法の世界観だし、今読んでるような世界が体験できるかも?」
「……そうなの?」
澄兄もβテスターだったので、〔TWO〕の世界を体験している。というより、澄兄が遊んでいた〔Second World Online〕を優琉が後追いで始め、〔SWO〕ユーザの優先抽選で二人ともβテストに当選していたらしい。
手元の本を見る。主人公が剣と魔法を駆使して冒険を広げる、ファンタジー系の小説として王道の物語。
「魔法が使えるようになる?」
「なるよ。魔法のスキルを取る必要があるけどね」
「…ふぅむ」
現実世界では実現できないものが仮想世界で体験できる。それだけでも数回のアンケートを提出する手間をかける価値があるかもしれない。
「はい、これで大丈夫。じゃ、ギアの付け方教えるね」
まず受け取ったのは、カチューシャのような機器。これは本当にカチューシャのように装着するらしい。次に受け取ったのは4つのリング。
「これは?」
「これは手首と足首に装着するやつ。サイズ調整してあげるから嵌めてみて」
リングにある留め具を外して、手首と足首にそれぞれ嵌める。澄兄がぴったりになるように調整してくれた。
「この手足に付けるリングは、今回発売された上位機種にしか付属してないんだ。ヘッドギアだけよりも詳細にバイタルサインを測定できるらしいよ。だから連続使用時間を長くしても大丈夫なんだって」
「なるほどねー。…これからどうすれば?」
この際、操作方法も全部聞いておこう。起動されたPCの画面を見てみる。
「この、PCの【ログイン】ボタンをクリックして、横になる。そしたらギアが半睡眠状態に誘導してくれるから、簡単に仮想空間にインできるよ」
澄兄の説明に、ふむふむと相槌を打つ。特に難しい操作は必要ない、と。
「ちょっと仮想空間に行ってみたいのだけど……今はサービス開始前だから無理かぁ」
確か、サービス開始は10日後の来週末だったはず。
「いや。事前にキャラクターの作成はできるから、その空間だけなら行けるよ?今日はインして名前だけも決めてくる?」
キャラ名は重複なしの先着順だからねー、と澄兄。じゃあ、少しだけ仮想空間に行ってみようかな?というより、最初は誰かに傍に付いていて欲しいし。
「じゃ、ちょっとやってみる。澄兄ボタン押してー」
「はいはい」
カチッというクリック音を聞きながらベッドに横になる。目を閉じたままにしていると、次第に意識がフワフワしてきて――。
◇ ◆ ◇
――脳波のシンクロを確認しました――
――キャラクター作成を開始します――
「いらしゃいませだニャッ! ここは〔Third World Online〕のキャラクタークリエイトルームだニャッ!」
無機質なアナウンスの直後に聞こえてきた、威勢のいい声に目を開けると、目の前に黒猫?が。何故か二足歩行で白いベストを着ている。
「……誰ニャ?」
首を傾げて黒猫に尋ねる。というかここは仮想空間?
真っ白で何も無い空間だが、自分の足で立っていることが感覚的に分かる。
すんなりと意識が移行したことにちょっとびっくりする。VR技術すごい。
「ニャッ!お客サン、ノリがいいニャ! ちょっとだけサービスしちゃうニャ! あ、オイラはキャラクター作成をサポートするAIだニャ!」
機嫌が良いのか、黒猫さんは目を細めて尻尾をゆらゆらと振っている。二足で立ったままだけど。
「はい、黒猫さんお願いしますニャ」
ペコリとお辞儀をする。ココは黒猫さんのノリに合わせておこう。
「オッケーだニャッ!先ずは名前を決めるニャ! キャラクターに付けたい名前を言ってくださいだニャッ!」
名前かぁ。自分の分身となるキャラクターに付ける名前だから、自分の名前に関連させた名前にできたらいいなぁ。
「……『リン』でお願いしますニャ」
「残念だニャッ! その名前はもう登録されているニャッ!」
『鈴』から『リン』って安直すぎたのか、『リン』は駄目だった。てか返事はやっ。
「じゃ、『リィン』は使えるかニャ?」
「オッケーだニャッ!お客サンのキャラクター名として『リィン』を登録したニャッ!」
『リィン』は大丈夫だったみたい。……名前が決まらない時って、延々とあのやり取りをループするのかぁ。
「次にステータスとスキルを設定するニャッ! こっちのウィンドウを見てニャッ!」
黒猫さんが尻尾の先で示した空間に、半透明のウィンドウが出現する。
……あれ?澄兄は名前の登録しておいでって言ってたよね?キャラクターの登録はしないでいいのかな?
まぁ、ここで作っておいたら、サービス開始まで放っておけるから作っちゃえ。
「キャラクター作成には、カスタムクリエイトとランダムクリエイトがあるニャ。カスタムクリエイトは自分の好みでステータスポイントを割り振ることができるニャ。お客サン…リィンはどうするかニャ?」
黒猫さんがキュッと首を傾げて尋ねてくる。
「ランダムクリエイトっていうのは?」
「ランダムクリエイトは、キャラクター作成AIが職業とステータスをテキト……お客サンに合わせてランダムに設定してくれるニャ。ただし、作り直しも一部変更も一切不可ニャ!」
「……今『適当』って言いかけなかったかニャ?」
「気のせいだニャ」
正直、ステータスやスキルと言われても全く分からない。リプレイ系の小説はあまり読んでないからなぁ。
「ランダムクリエイトでお願いしますニャ」
「えっ……だニャッ!」
黒猫さんの尻尾がピンと立ってぶわって広がっている。瞳孔も真ん丸に広がってるし。……そんなに驚くことなのだろうか?
「ココに来るお客サンはあーでもない、こーでもないってオイラがウンザリするほど待たされるのに……。本当にランダムクリエイトでいいのかニャ?」
「サクっと作ってくださいだニャ」
「わかったニャ!サクっと作るニャッ!」
黒猫さんが尻尾の先で再度示したウィンドウには、作成された私のステータスが表示されていた。
リィン
種族:エルフ Lv.1
HP:127 MP:158 SP:102
ステータス
STR(筋力): 7
VIT(耐久): 7
DEX(器用):10
AGI(敏捷):10
INT(知力):13
MNT(精神):13
残ステータスポイント:0
職業 召喚士:Lv.1
職業スキル:なし
サブスキル
【棒術:Lv.1】【弓:Lv.1】
【識別:Lv.1】【鑑定:Lv.1】
【無属性魔法:Lv.1】【風魔法:Lv.1】【光魔法:Lv.1】
残スキルポイント:0
「リィンはノリがよかったから、今回は頑張ってキャラクター作ったニャッ!あとチョットだけサービスしたニャッ!」
黒猫さんがそう言うと、ステータスウィンドウが消えた。
……「今回は」って所にツッコミを入れたいのだけど、聞き流しておこう。
「次にキャラクターの外観を決めるニャ」
目の前に表示された、大きな姿見。そこには私のリアルの全身がそのまま映っていた。あ、ちがう。耳が尖ってる。
「リィンの種族はエルフだから、耳が尖るニャ。あと体形を現実のものと大きく変えると仮想世界では操作が難しくなるので注意するニャ」
じゃあ、体形は弄らずにそのままで。髪の色を翠…のパステルカラー寄りに、瞳の色を水色に変える。あ、あとちょっとツリ目気味の目尻を垂れ目気味に変更して、と。
「外観はこれでオッケーだニャ」
「了解だニャッ!キャラクター作成は終わりだニャ!サービス開始までお待ちくださいだニャ!」
「はい、ありがとうですニャ」
ペコリと再度お辞儀をする。黒猫さんがニャフーと返してくれた。
「VRからログアウトする時は、『メニュー』と念じて表示されたメニュー画面から『ログアウト』を選択するニャ。選択は指先で触っても目線で選んで『実行』と念じるのでも、どちらでも大丈夫だニャ」
『メニュー』と念じてみる。表示されたメニューには……ログアウトのみ表示されている。目線で選んでみると『ログアウト』の文字が反転した。
「黒猫さん、バイバイニャ」
手(前脚?)を振ってくれる黒猫さんに見送られながら『実行』と念じると、ログインの時と同様に意識がフワフワとしてきた。
――脳波のシンクロを解除します――
◇ ◆ ◇
パチ、と目を開けるとベッドサイドで澄兄が待っててくれていた。
「おかえり。いきなり起き上がるとクラクラするから、ゆっくりと起き上がるといいよ」
澄兄に言われたとおり、ベッドの上でゆっくりと起き上がる。
「名前決まった?」
「決まったよー。『リィン』にした。で、ついでにキャラも作ってきちゃった」
「え?」
VRギアの外箱を片付けてくれていた澄兄の動きが止まった。
「もうキャラ作っちゃったの?それにしては戻ってくるの早くない?」
「え、そう?……あー、ランダムクリエイトで作ったから?」
「え?」
あ、澄兄があちゃぁ、としゃがみ込んで頭を抱えている。
「ええとね?鈴ちゃん。〔TWO〕は一度作ったキャラクターは削除できないんだ。だから皆キャラクター作るときは下調べをして、時間かけて悩みながら作るのに……」
「いいんじゃない?私は私のペースでのんびり遊ぶ予定だし」
「……鈴ちゃんらしいね。僕もまいっか、って思えてくる」と苦笑いの澄兄。
まぁ、キャラクターも無事?に作成できたことだし、サービスが開始されたらリィンで冒険を始めますか。
黒猫さん「ニャフー。今回はいい仕事したニャー」