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帰還

 爆発はすべてを飲み込む。レンガを吹き飛ばし、ゲラモニウムも吹き飛ばす。そしてその最深層の雲すらも木端微塵にする。

 悲鳴すらも上がらない。フユとアカネのすぐそばで起きた爆発。アカネの服の切れ端が燃え(かす)として空を舞う。

 ギリギリ爆発に巻き込まれない距離にいた岡本さんの元にそれが届く。

 胸の奥がギュッと握られ、言葉にできないあらゆる感情が湧き上がってきてそれらが涙として現れる。

 遠くに避難して戦いを見ていた人たちも目を抑える者や口を抑える者ばかりだ。恐らく誰もがフユとアカネの死を確信したのだろう。

***

「な、何だっただろう」

 施設のテント前に並んだ赤髪の子どもたちを統率している1人の少女、美香が遠くで空に舞い上がる紅蓮の炎を見つめて呟く。

「ねぇ、フユにぃとアカねぇは大丈夫なの?」

 赤髪の子どもの1人が美香の服の裾をグイグイ引っ張りながら訊く。

「えぇ、きっと大丈夫よ」

 美香は根拠はないけどそう信じて答える。

「そうだよね、フユにぃとアカねぇは最強だもんね!」

 赤が他の子より濃く映える髪の持ち主が無邪気な笑みを浮かべて告げる。

「2人が揃えば負けるはずないよ」

 モクモクと立ち上る灰色の煙にこちらまで聞こえてくるバチバチと燃える音。それらをしっかり目に焼き付けながら美香は不安を心に抱きながら答えた。

***

 群青色に映える空に巻き上がる劫火の炎とグレーの煙。炎は地上より量の少ない酸素を糧にしてどんどん勢いを増し燃える。

 そして、燃えた時に残る独特の煙の臭いが鼻腔を刺激する。

 そんな中修道服を着た岡本さんは泣き崩れた。

 目の前で失われた2つの幼き命を思うと涙が止まらなかった。

「フユくん……。アカネちゃん……」

 岡本さんにとっても思い出深い2人。ここまで大人しくなるまでに相当手をかけてきた。

 岡本さんは施設開設をして第一号の児童となったアカネと2人目のフユとの出会いを思い出す。

 反抗的で世界に絶望したアカネ、当時4歳。目に色は無く、死んだ魚のようだった。行き着くところ全てで自分が拒絶され、生きる術すらなくそうとしていたところだった。アカネは差し伸べられた手を取った。理由は今でも分かっていない。生きる希望を見出したのか、それとも生まれて初めて差し伸べられる手が嬉しかっただけだったのか。

 施設に連れ帰って食事をしてからアカネは世界を壊すだの、お前も私を嫌っているのだろう、などとりあえず暴れて岡本さんの言う事を聞こうとしなかった。

 それに比べてフユは大人しくはあったが、完全に心を閉ざしていて誰とも話さなかった。

 親に捨てられたフユが施設に来たのは3歳の時。アカネが入って少ししてからのことだった。親に捨てられたことが相当ショックだったフユは人を信じず、ただひたすらに感情を殺していた。全身から負のオーラが出ているようなそんな気がするほどだった。

 それに相対する性格をアカネが喧嘩をふっかける。フユは何も言い返すことなく視線だけで喧嘩を買う。そんな毎日だったのが、ほかの子供たちが入ってくることによってお姉ちゃん、お兄ちゃん、という意識が芽生えたのかアカネは大人しくなり、フユは心を開き会話を始めた。

 そんなことを思い出し岡本さんは嗚咽を上げながら涙を流していた。

 そして次の瞬間、予想だにしないことが起きた。

「危なかったー」

 言葉の意味とは相反する焦りが見えない口調で告げられる。

 その声は岡本さんがよく知った声だった。

「アカねぇ、無茶しすぎ」

 くしゃくしゃな笑顔を浮かべる。

 岡本さんはその場を駆け出し、声のした自分のいる場所より更に数メートル後方へと向かう。

 ところどころが千切れた服を纏った赤髪の子どもが2人。女の子が男の子を担いだ状態でそこにいた。

「アカネちゃん! フユくん!」

 悲し涙でなく、安堵の涙が零れる。岡本さんは涙色の声で2人の子どもの名前を呼ぶ。

 2人は元気よく手を振る。

「危なかったね」

 アカネがフユの顔を見る。

「うん、アカねぇがいなかったら死んでた」

 フユが少し歪んだ笑顔を見せた。

「フユくん、どうしたの?」

 岡本さんはフユの様子の異変に気づき訊く。

「ちょっと体が痛くて……。ハーピーにやられたところが」

 フユは岡本さんやアカネを安心させるためか何とも無いような振りをする。

「ちょっとじゃないでしょ! フユだって私と同じ第6世代なのに痛くないはずな」

 アカネが言及する。

 第6世代。それはかなり痛みに弱いのだ。風邪や流行り病などの病気にかかることはほぼ百パーセントない。しかし一方で、痛覚が常人の2倍なのだ。故に過擦り傷でさえかなり痛いのである。

「ほら、手当てするから帰ろ」

 遠くからは逃げた人々がそんなフユたちのやり取りを見ている。しかし、礼を言うものは1人もいない。『悪魔の子供』と言って蔑んできた子どもに救われたにも関わらず、誰1人として彼らに救いの手を差し出そうとする者はいなかった。

***

 施設へと戻った3人。

 フユが傷つき、フユとアカネの服があまりにボロボロなので他の子ども立ちから心配の声が上がる。

 それらに対しては笑顔で大丈夫だと応え、帰る途中でアカネからフユがピンチだと知らせたのは美香であると聞いたので美香へと歩を取る。

「美香ねぇ、ありがとう」

 フユはうつむき加減で恥ずかしさと戦いながらもそう言った。

 美香はニコッと笑ってから「うん!」と答えてフユを抱きしめた。

「フユくん。フユくんに質問に答えられなくてごめんね。私、フユくんのこと大好きだから。第6世代が怖くないって言ったら嘘になる。兵器で勝てなかった相手を素手で倒せちゃうような相手が怖くないわけがない。だって、それだけの兵器を凌ぐ力を持ってるってことだから……。でもね、それでもみんなのことを蔑んだり、差別したりしない。みんなことが好きで好きで仕方ないから……。でないと、第6世代の家でみんなと一緒に暮らせないでしょ?」

 美香は抱き締める力を強め、フユの耳元でそっと囁いた。

 それだけ言い終えると美香は抱きしめていた手を解いた。フユの顔には真珠のようなキラキラとした涙がとめどなく流れている。美香はそれを見てクスッと笑った。

「それで、何があったのですか?」

 美香は威儀(いぎ)を正し、岡本さんに訊く。

「そうね……。フユくんとアカネちゃんが強かったわ。でも、ハーピーの中にもキレ者がいたらしくてね、脳内分泌液が酸性で天空都市に喰らうと気づいた奴がいて、最後に大爆発が起きたって感じかな」

 岡本さんはフユを手当てしながら短く答える。

「そうですか」

 美香は手当てを受けるフユを見つめていた。


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