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ハーピーの襲来

 街から帰ってきたフユは脱力しきっていた。

 額からうっすらと血が流れていた。

「ど、どうしたの?」

 美香はフユに駆け寄りそう訊く。

「石、ぶつけられた。みんな俺の言うことなんて信じてくれない……」

 フユは意気阻喪(いきそそう)に呟き、堪えていた涙が堰を切ったように流れ出す。

 フユが街へ向かった。エリアジャパン。同じ日本人のはずなのに、人々はフユを見るや否や敷き詰められたレンガの欠片を投げつけた。

『悪魔の子供がこっち来ないで!』

『そうだそうだ。悪魔の子供なんて一層死に絶えろ!』

 危機を知らせにきただけのフユに人々は罵声を飛ばす。

『……。ハーピーが攻めて来てるんだよ!』

 怒りを歯を食い縛ることで抑え、伝えるべきことを叫ぶ。

『はぁ!? ここまで攻められるはず無いだろ。ふざけんな!』

『悪魔の子供は目までおかしいのかしら』

 街の人々は誰もフユの言うことを信じようとはせず永遠と街から追い出すことに徹した。

 フユは怒りよりも哀しさに押しつぶされそうになり、その場から逃げ出した。

「そうだったのね」

 美香は泣くフユは自分の方に引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫、私は信じるよ。どこに逃げればいい?」

 優しくそう囁いた。刹那、街の方から巨大な破壊音がした。

 そして程なくして恐怖の色で染められた悲鳴が上がった。

 フユは一瞬の迷いの後、レンガを蹴ろうとした。

「ダメッ」

 しかし、美香が腕を掴んでいた。

「なんでだよ」

「あの人たちはフユくんの(しら)せを聞こうともせず、フユくんを傷つけたのよ?」

「だからって……、消えゆく命を見過ごすことはできないよ!」

 フユは強い意思を込めた言葉を投げる。

 産まれてまもなく、フユは両親に殴り殺され、エリアジャパンの外れ、今では悪魔管理域と呼ばれる場所に捨てられた。しかし、フユは圧倒的な生命力で息を吹き返した。そして、児童養護施設 岡本のシスターである修道服の岡本さんに拾われたのだ。それからフユは何度も捨てられた第6世代の子供を見てきた。中にはそこで死ぬ者さえいた。

 フユはそれを知っているからこそそんな言葉を吐いたのだ。

 フユの強い物言いに美香は唇を噛み締め、言葉を呑み込む。

「美香ちゃん、ついて行っておやり」

 修道服を着込んだ岡本さんは優しくそう言った。

***

 5キロほどしか離れていないエリアジャパンは既に半壊していた。

 大きくどこまでも羽ばたけそうな羽根を手にしたハーピーは得意の機動力を活かして人々を襲っていた。

「嘘……でしょ……」

 美香は驚きと共に赤子の頃に植え付けられた恐怖が甦させられた。

「逃げてっ」

 フユは美香を突き飛ばす。美香は状況がわからず声を漏らす。刹那、美香のいた場所にハーピーが足の鉤爪を()てて襲いかかっていた。

 美香は、今の恐怖と過去の恐怖が混濁し頭が正常に作動しない。

 一方フユは驚くほどに冷静だった。常人の目では追いつけない速さで動くハーピーを正確に追い続けていた。

 そして攻撃を紙一重でかわす。

 ハーピーは上半身は女性の裸。それが蛇のような鱗で覆われているのは進化したからであろう。しかし、言語を話せるまでは進化していないらしく奇声を上げてハーピー同士コミュニケーションをとっている。

「くっ、美香ねぇを狙うのか」

 ハーピーの攻撃の対象がフユから動転しまくっている美香へと移ったのが手に取るようにわかった。

 フユは悪魔の子供と呼ばれるだけあり、5歳でも十分ハーピーとやりあっていた。

 フユは美香を守りながら攻防を繰り返す。

「いいぞ、やってくれ!」

 遠くからつい先程までフユたち第6世代を悪魔呼ばわりし、逃げ回っていたエリアジャパンの大人たちが恥ずかしげもなく声を上げる。

「うっせ」

 フユは短くそう言いつつ意識はハーピーと対峙する。

 繰り出される鉤爪は長く鋭い。掠るだけでも怪我は必須。フユはそれを眼前で避けきり拳を奮う。

 しかしそれをハーピーは自身の防御が硬い下半身、いわば鳥の部分でガードする。

 強く硬く進化した体毛がフユの小さな拳を襲う。

 フユはその痛みに顔を引き()らせながら次々襲い来る鉤爪を避ける。

「美香ねぇ。大丈夫か?」

 フユと対峙していても無駄だと思ったのか、ハーピーが揃って街の方へ向かって行った。

 すぐに追いかけたい気持ちもあったがそれよりも美香が気にかかり、フユは美香を支えながら訊く。

「ごめんね、足でまといになっちゃって」

 美香は腰を抜かしているようだった。

 フユは小さくかぶりを振ると美香をおぶった。

「えっ、いいよ。体引き摺ってでも追いかけるから」

「ダメだ。美香ねぇは俺より弱い。だから強いヤツが弱いヤツを守るのは普通のことなんだ」

 フユは遠く先、逃げた人々がいる方へ飛んでいったハーピーの残り香を睨みつけるようにして言い、美香を人目につかないテントとテントが崩れた間に下ろした。

 そしてテントの布を美香に被せるようにした。

「動くなよ。あとこれ被ってたら多分美香ねぇは見つからないから」

 それを言うなりフユは飛び出した。

***

 エリアジャパン。それは天空都市イスカーンに逃げてきた日本人が暮らす地域。生き残った日本人はおよそ1万と5000人。それらが暮らすために与えられた土地は元の日本の岡山県程度だった。

 人々はそこに隙間を開けないようにテントを張ったり、配給される化学を超える超化学の技術で制作された新たな食糧を元に暮らしていた。

 だが、たった9年後にその偽りの平和は打ち壊された。少し進化したハーピーによる奇襲。徐々にだが子どもを産み増えてきた人口およそ2万人が嘘のように減らされていった。そしてそれは今もまだ続いていた。

「くっそー、何とかしろー!」

「あの悪魔の子供はどーなったんだよ」

 あちらこちらで悲鳴が上がり、それに呼応するかのように鮮血が飛び散る。

 フユは拳を強く結び、さらに力を込めてレンガを蹴る。

 短い怒号を上げ、フユはエリアジャパンの中心街トウキョウに急ぐ。トウキョウには逃げた人々が隠れる"路銀(ろぎん)冥府(めいふ)"が存在する。テントまみれの天空都市に異様に目立つ大きな銀の建物。外部からの攻撃にはかなり強い。その路銀の冥府の広さはおよそ地上の普通の家一軒分ほどだ。溢れ出て入り切らない者もたくさん存在する。

「開けてくれっ!」

「私も入れてっ!!」

 悲鳴に近い懇願の声が青く澄み渡る空に吸い上げられる。

 そんなことはお構い無しに飛んできたハーピーは人間を捕食する。大きな鳥の前足で人間をしっかりとホールドし蛇のような鱗を纏った人間の女の顔を持つハーピーは人間のような口で人を喰らう。血肉を引きちぎる。吹き出す鮮血が空の青のカンバスに赤や朱を混ぜる。

 溢れ出ていた人間はみるみるうちに壮絶な光景に気を失い、ハーピーに食される。

「くらえっ!」

 ようやく到着したフユは今まさに人間を喰らおうとしていたハーピーの一体に飛び蹴りをいれた。そのハーピーは鳥の前足で捕らえていた人間を落とし、後方へ飛ばされる。

 フユはその距離をひと蹴りで追いつき、常人の3倍はある腕力を駆使した拳を奮った。利き手である右で作り上げた拳に渾身の力を込めて殴った。フユの拳は鉄のように硬い鱗を骨でひしひしと感じながらも更に強く押し込んでいく。

 そして刹那、ハーピーは目をくっと鋭くさせた。そしてそれをフユが確認するまでもなく、ハーピーは赤の鮮血を散らばせた。

 拳にはべっとりとした少し粘り気のあるハーピーの血がついていたのだ。

 ハーピーを拳が貫いていた。

「くっ……」

 フユはそれを嫌な顔で一瞥すると何もなかったかのようにハーピーに向き直る。

 ハーピーは人知を超えた力を持つ人に対し、恐怖を抱いたのか奇声を上げ、フユを再度襲った。

 フユは鉤爪を上手に避け、回し蹴りを決める。

 そしてタイミングを見計らって渾身の力の拳を叩き込む。

 拳を突き出す度に上がる粘り気のある鮮血。それがフユの頬に付着する。

「とりやぁ!」

 回し蹴りからのたたき落とし。宙を浮いていたハーピーは地面に横たわり、吐血する。

「くっそ……。きりがない」

 倒しても倒しても湧いてくるハーピーにフユは疲れが見え始める。

 フユが倒したハーピーは既に15を超える。だがその数は一向に減る様子が伺えないのだ。

 高速旋回がフユを撹乱させる。3体のハーピーの連携攻撃に加え、連携していない他のハーピーたちの攻撃。フユは尖った、刃物のような鉤爪を必死で避ける。

 連携していない他のハーピーの攻撃をかわしたその瞬間、連携攻撃から視線がそれた。それに合わせてそのうちの1体が襲いかかってきた。

 しかし、フユの焦点は襲い来る1体でなく、遠くで高速旋回を続けている2体のハーピーだった。

「うわぁっ!」

 フユの甲高い子どもの悲鳴と共に鮮血が上がった。サラサラとした健康的な血液が体内から流れ出る。

 それで大勢を崩したフユに残る2体も襲い掛かる。

 1体目は肩を、2体目は右脚に鉤爪の傷跡を残した。

 耐え難い体が裂けそうな痛みが全身に走る。

 雷が(ほとばし)るそんな痛みだ。

「っ……。ぐぁぁぁぁ」

 痛みによる咆哮を上げ、チカチカする目でハーピーを捉える。

 ふらつく足元。力の入らない右脚を庇うように立つ。

 そして左脚に力を込め、拳を突き出す。

 襲ってきたハーピーの一体を返り討ちにする。

 ハーピーたちは短い奇声でコミュニケーションを取り合う。

 それはまるで「まだ動くのか」とでも言うようだった。

***

「私が何とか……しないと」

 テントの布に覆われていた美香は未だにまともに歩けない体を引きずりながら養護施設へと戻って行った。

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