新たな真実
お久しぶりの更新となります。
酷い頭痛がする。吐き気もする。アカネは全身をグルグルと回る血液が膨張、縮小を繰り返すのを肌に感じていた。
フユに守ってもらう感じで後ろの方まで運ばれ、豪雨に打たれ続けている。
──私、フユくんのお姉ちゃんなのに……。
朦朧とする意識の中、アカネはそんなことを思っていた。
***
衣服をコカトリスの血と大地に降り注ぐ雨でベチャベチャに濡らした河本は、ようやく動きを止めた空震エレベーターの出入口ギリギリに立つ。
ウィン、という短い音と同時にそれは開かれる。
河本は死にものぐるいでそこから飛び出る。刹那、雲の上がどれほど動きにくいかを実感した。もう慣れたと言えばそうなのだが、再度大地を踏みしめるとやはり違いを感じてしまう。
「うぉっ!」
河本が中から飛び出てきたことに、控えていた後方部隊のリーダーと思しき筋骨隆々の男が悲鳴をあげて数歩退く。
細身だがきっちりと絞ってある体の男がいきなり飛び出てきたのだ、驚かないほうがおかしい。
「下はどうなってるんだ?」
後方部隊の誰かが訊いた。しかし、河本は聞こえないふりをしてそれを無視して、一直線にある場所を目指した。
エリアジャパンの東側。空震エレベーターより約5キロほど離れた場所に位置する、"破邪の心臓"と呼ばれる薬品を保管している建物へと急ぐ。
「おい、どこへ行くんだ!」
次から次へと怒り交じりの声が飛んでくる。河本は軋むほど強く奥歯を噛み締め走る。
──くっそ、このまま走っても間に合わないッ!!
河本は、自分の無力さが歯痒くて第6世代が羨ましく思えてくる。
この作戦が開始される前からでは大きな違いだ。
あんなに嫌ってたのに、第6世代のこと。そう考えながら河本は嘲笑を浮かべた。そして、走ることをやめ立ち止まり、叫ぶ。
「第6世代の誰かっ! 助けてくれ!」
誰もが目を点にしていた。それもそうだ。突如地上から帰ってきた人間がいきなり第6世代に願いを申すのだ。
おかしいとしか言いようがない。
「ボクで良ければ……」
そんな時だった。物陰から出てきた赤髪の少年──およそ4歳が弱々しい声で告げた。
「お前はだれだっ!」
「どこの隊のやつだッ!」
空震エレベーターの前で並ぶ赤髪以外の人から罵詈が飛ぶ。
少年は小さく覚悟を決めた表情で告げる。
「ボクはどこの隊でもない……。フユにぃとアカねぇを見に来ただけだよ」
その瞬間、河本の意識から人々が消え、その少年だけが視界に残った。
「今アカネって言ったか?」
「……えっ、あっ、うん」
少年は少し困惑したように頷く。
「君の名前と所属を教えてくれないか」
「ぼ、ボクはツララ。所属は児童養護施設岡本です」
少し震えた声で話すツララに河本はグイッと顔を近づける。
そして音を立て唾を飲み、ツララの肩をガシッと掴む。
「アカネがコカトリスの毒にやられたッ!
オラの力だけだったら破邪の心臓に辿り着いて下に戻るまでにアカネが死んでしまう! だから力を貸してくれッ!」
***
降り続ける豪雨は神の怒りの如く。大地は泥濘、打ち付ける雨水は蔓延る鮮血を撒きあげる。
「あと少しだからねっ!」
小郡海砂は雨水で額に張り付く髪を人差し指でどけながら、意識朦朧とするアカネに声を投げる。
「フユ、シズク! 行くわよ!」
コンビネーション攻撃をキメて、体勢を立て直したフユと絶対領域を駆使して少し疲弊したシズクは、轟音を立てて走り迫るコカトリスに意識を集中させる。
「左4、右2来ます!」
視力に第6世代の力を宿すシズクは迫り来るコカトリスの数を叫ぶ。
それを聞くや否や、海砂は抜刀し濡れた瞳を閉じた。
「小郡流 七顚八倒!」
海砂は激しい雨で寸分先でさらはっきりと見えない世界で、左方向に剣を振った。
刹那、空気中に存在する分子が音を立てずに切り裂かれ不可視の爆発を起こす。それが連鎖し、どんどんと視界では捉えきれない範囲にまで広がる。
そして遂に……。
「左2体死滅しました」
移動中のコカトリスの元まで辿り着き、それを倒すまでに至ったのだ。
「フユ、右側お願いします」
海砂はフユにそう告げた。しかし、何の返事も返ってこない。
雨音が大きくて聞き取れなかっただけかと思いつつも、確認のためにフユの方をみた。
「──っな!?」
喘ぐような声を漏らしていた。それに気づいたシズクは、第6世代の感覚だけは研ぎ澄ませたままにして海砂に訊ねた。
「どうかした?」
「フユが動かない」
海砂の口から発された言葉が一瞬で理解できず、シズクは一瞬戸惑った。
そして恐る恐る視線をフユへと向けた。するとそこには、ぐったりとして指1本も動かすことが出来ないフユの姿があった。シズクは全身の筋肉が強ばるのが分かった。それが何から来ているのかは謎だが、これだけは分かっていた。
このままだと壊滅するのは時間の問題だ、と。
「……だ……ち、……い」
ぷつりぷつりと切れた言葉がフユの口から紡がれた。口を開けることすら辛そうで海砂は顔をしかめる。その間にもドンドンと大地をゆらし、コカトリスは近寄ってきている。
「体、血、動かない」
フユはどうにか単語だけを連ねる。刹那、耳を劈く咆哮とともにコカトリスが姿を見せた。
「絡繰霧社」
シズクは右手を上に左手を下に添えて螺旋状にして、右側から近寄ってくるコカトリスに攻撃をする。彼女がいた児童養護施設で学んだ空撃の術を放つ。
それにより近寄る1体を完全に停止させ、もう一体に対してはシズク自身の体を使う。
ぬかるんだ大地に必死に足をつけて、それを蹴る。跳ねた泥が宙を舞い、周囲にいる人々の衣服に付着させる。
そんなのお構い無しでシズクは宙で体を回し、無毒の頭に蹴り飛ばす。
頭の無くしたコカトリスの胴体はその場に倒れ込み、地面に鮮血を流す。
左側から襲ってきた残り2体のコカトリスに対して海砂は漆黒の瞳を向けて吼えた。
「うおおぉぉぉぉぉっ!!」
総括者らしからず、体を張って本気で戦う海砂は剣を振った。
「小郡流 九里独楼」
コカトリスに視界に捉えられないように体を揺らし、フェンシングの如く剣を突き出した。
切り裂いた空気の間から幻想の花弁が浮かび上がる。
刹那、霧の如く鮮血が霧散しその後に四肢が大地へ落ちる。
「2体死滅です。周囲にコカトリスは見られません」
シズクは安堵を含んだ声でそう告げてから、フユへと向く。
「大丈夫?」
そう声をかけるもフユからの返事は、呻き声のようなものだ。
「フユ。しっかりしてください!」
海砂はフユの肩を揺さぶりながら、何度も呼びかける。
「あいつの血……」
するとようやく囁くような声で、フユは語り始めた。
「縛樹」
そのタイミングでシズクが剣の如く手刀を振り下ろす。
光が延び、光線の如くそれは雨の中へと消え去る。
そしてウギャァという穢い断末魔だけが反響してきた。
「近くにいたのね」
海砂が目だけをシズクに向けて訊くとシズクは、黙って頷いた。
「浴びると……体……」
一連の流れが終わったと感じたフユは喘ぐように続きを紡ぐ。
「重くなる」
瞬きすらままならないフユは、辛そうに顔を歪めている。
「それって──」
海砂は何度も血で体を真っ赤に染めていたフユを脳裏に蘇らせながら、喘ぐように言葉を放つ。
「凝固性を持ってるってこと?」
フユは体を動かすこと無かった。表情すら動いてないが、でも何故か「そうだ」と言っているような気がした。
「これは……かなり強敵ね」
シズクは渋い顔で苦虫を噛み潰したようにそう呟いた。
久しぶりすぎて矛盾点とかあるかもです。その辺、指摘頂けると嬉しいです