依頼されたエルフを保護したら、パーティ崩壊一歩手前になったんだが(踏破者談)
この作品は、前作『人間に集落を襲われたら、僕だけエルフと勘違いされちゃった(ゴブリン談)』の続編です。
一応、前作を読んでいなくてもわかる(はず)ですが『(ゴブリン談)』もぜひ、お読みください。
アスト王国の南部に広がるヴィスエジャの森は、アルヴ大陸中央のエルヴェール山脈の麓を覆う、大陸最大の森林である。
ヴィスエジャの森は豊富な資源を有しており、また、その周辺は豊穣の地でもあった。
その地は多くの人々にとって垂涎ものであり、森を開拓するために大きな労力が費やされた。
しかし、森に潜む魔獣は強大であり、迂闊に森に踏み入った者を容赦なく食い散らかしていた。
それでもなお、夢の地を手に入れることを諦められない人間が、開拓の障害となる魔獣を排除するため、魔獣を専門に狩る者【踏破者】を雇い始めた。
「……はずだったんだがなぁ」
俺は、苦労性だ。
「何、一人で呟いてるのよ。辛気臭いわね」
アスト王国南部に位置する、南部最大の街クラフを拠点としていた俺たちは、割のいい依頼を求めて街を出た。
意気揚々とヴィスエジャの森近くの開拓村まで行き、どうせ魔獣討伐しかないからと掲示板に張り出していた依頼の中から、最も報酬の高いものを選んだ結果がエルフの捜索依頼という訳の分からないものだった。
そもそも、エルフというのはそこら辺にいるものじゃない。
海を挟んだストル大陸か、エルフによって統治されているという奇異な国があると聞いたことがあるくらいだ。
詳しい話を聞こうと依頼者である商人アントニに会ってみると、
「いくらでも金はやるからエルフを連れてこい!」
の一点張りで、まるで会話にならなかった。
さすがのギルドもエルフを連れてくるなどという依頼を受けるわけにもいかず、捜索という形を取らざるを得なかったようだが、その捜索場所が悪かった。
かの悪名高いゴブリンの巣の周辺で、そのエルフを見たのだという。
ゴブリンと言えば巷の噂によると、
「人間を見れば所構わず襲いかかり、もし、ゴブリンの数に押され袋叩きにされてしまえば、自分たちの巣へと拉致された後、男の場合は嬲り殺しにされ、女の場合は壊れるまで犯される」
という最悪なものだ。
ゴブリンに対し並々ならぬ嫌悪感を持つイザベラは、当然ながら猛烈に反対し、多額の解約料を払ってでも依頼を取り止めにしようとしていたが、ギルド側から
「アントニからは、開拓村支部の開設のための投資を受けている。他にこの依頼を受けた踏破者はおらず、君たちしかいないのだ!」と言われ、報酬が増額されただけだった。
その後も、エルフを捜索したが見つからなかった場合でも多少の報酬が出るようにする、ゴブリンの巣を掃討したならばその分の報酬は別依頼扱いにして渡すなど次々と話は進んでいき、報酬の増額に喜んでいた俺は依頼を解約することなんて忘れていた。
ギルドとの交渉が上手くいったと浮かれていた俺を待っていたのは、依頼を解約できなかったことに対する文句だった。
イザベラからは延々と嫌味を言われ、バルトシュはそれを仲介もせずに黙々と森へ行く準備を進めている。
さっきまで馬鹿みたいに喜んでいた気分から一転して、俺は内心うんざりしながら装備を整えた。
そうして、明日の夜明けに出立できるようにその日はさっさと床に就いた。
翌日、夜明けより少し早く目を覚まし、近くの川から引いてきたというため池の、冷たい水で顔を洗って眠気を飛ばした。
バルトシュはすでに起きていて、村の周囲で走り込みをしている。
俺も何周かそれに付き合い、その辺の木から木剣を作って軽く手合わせを行い、身体の臭いを洗い流してから二人で朝食を摂る。
今日の朝食は、酸っぱいライ麦パンに塩気の利きすぎたハム、村の近くに生えているというハーブのアジルとバイナズと少しの野菜、あとの味付けは街で購入した岩塩だけの簡単なスープだ。
硬くてパサついたライ麦パンにナイフで切れ目を入れ、ハムを挟んでスープに浸す。
そして、それをゆっくり、味わって嚙みしめる。スープを吸って多少柔らかくなったパンと、塩気がパンに移って程よい塩辛さになったハム。
質素で物足りない量しかない飯だったが、温かくて十分に旨い飯だった。
いつも難しそうな顔をしているバルトシュも、この瞬間だけは満足そうな顔に見える。
そうして腹を満たしていると、いつの間にか装備の着用を終えているイザベラがやって来た。
「こっちはいつでも行けるわよ。あんたたちも早く準備しなさい」
「おう、イザベラか。すまんな、先に飯を食っちまった」
「あらそう、私ももう食べ終わってるから」
(いつの間に……?)
そう言えば、俺は朝にイザベラと一緒に飯を食ったことが一度もない。
さらに言えば、『起きてから身だしなみを整えているイザベラ』さえ見たことがない。
常に、『いつも見ているイザベラ』が俺たちの前にいる。
「なぁ、イザベラの寝起きって見たことあるか?」
「……ないな」
思わず、小声でバルトシュに確認したが、やはりバルトシュも見たことないようだ。
「バカ、聞こえてるわよ」
「おっと、そりゃ悪かったな」
イザベラはにやにやと意地が悪そうに笑っている。
本気で怒ってないことは明らかだし、むしろその先の展開を待っているように見える。
これではまるで、恋人同士のじゃれ合いのようだ。
イザベラはたまに、『俺に気があるのか?』と思わせるような言動をする。
そんなことが何回もあるから、イザベラと酒盛りをしているときに遠回しに告白まがいのことをしてみたが、軽く流されてしまった。
素直に『なんで?』と訊いてしまうのは負けたような気がして、話題を変える。
「さぁて、イザベラの大好きなゴブリンにでも会いに行きますかね!」
「…………」
イザベラが詰まらない奴を見るような顔でこちらを見てくる。
(これは失敗したか?)
内心焦りつつ、パーティ内の雰囲気が最悪にならないうちに行動を始める。
「なぁに、俺たちが本気出せばすぐにエルフだって何だって探し出して依頼終了だ。今日も気張っていこうぜ」
サッと立ち上がり、素早く食器を魔法鞄にしまい込んで歩き始める。
イザベラは何も言わないが、後に続くように歩き始め、バルトシュもそれに続く。
そろそろ、日が昇って辺りも明るくなる。太陽が昇りきるまでには森にも着くだろう。
こうして、俺たちは広大な森の中でゴブリンの巣を探し始めたのだった。
「おい、あれを見ろ」
「ええ、ゴブリンね。あれを辿れば巣の場所がわかりそうね」
しばらく森を彷徨い、疲労が溜まらない内に休憩を取ろうかと思っていたころにゴブリンを発見した。
三匹ほどのゴブリンが、槍や石斧を片手にまっすぐどこかへ向かって歩いていた。
どうやって狩ったのかは分からないが大型動物のはずのイルグを三匹で協力して担いでいる。
「あのイルグ、頭にあるはずの角がないな。さてはあのゴブリンたち、途中で小腹が空いたから食ったな?」
「ちょっと、ふざけないでよ」
「……静かにしろ」
イザベラからは窘めるだけだが、周囲の警戒を怠ることを良しとしないバルトシュは物音には煩い。
これ以上の会話は無意味だし、ゴブリンにも見つかってしまうのでそれ以降は静かに後を追った。
しばらくして、周りの木が取り除かれた空間に行き着いた。
そこには枝木や革、土などで造られた小屋がいくつも建ち並んでいる。
見える限りでも数多のゴブリンが獲物の解体や、樹木の灰汁で皮を鞣したり、どこから手に入れたのか岩塩を使って干し肉を作っている。
七十匹は超えるゴブリンの、営みがそこにあった。
「……意外と文化的なんだな」
「そんなのどうでもいいから早く魔法照準だしてよ」
想像を超えるゴブリンの暮らしに関心していたのに、イザベラは興味がないらしい。
イザベラが魔法を撃つために意識を集中させ、俺がその魔法が標的にあたるように魔力で魔法発動点を作り、誘導する。
無防備になった俺たちを、あらゆる外敵から護るために、バルトシュもより一層神経を尖らせている。
ゴブリンたちは常に動き回り、その度に足元の魔法発動点を動かして修正する。
一度に七十の発動点を動かすことは、俺にとってはそんなに苦ではないが、他の奴だとほぼ不可能らしい。
俺の数少ない得意技だが、それをしている間は俺自身が魔法を使えなくなるため便利かと言われるとそうでもない。
全てのゴブリンを照準内に収めるよう、微妙に修正を繰り返していると、ようやくイザベラも準備ができたようだ。
「……いくよ。…………スゥゥ」
イザベラは精神集中のために深く息を吸い、
【土の精霊よ、我が願いを叶えたまえ】
「エレク・エンゴルジュ」
魔法言語であるヴィド語で精霊に呼びかけ、その後に呪文の詠唱を唱えることで魔法を発動する。
イザベラの魔力が俺の魔力の流れに乗って、発動点に向かっていく。
魔法は一瞬で発動するが、この瞬間だけは俺とイザベラの魔力の流れがはっきり感じとれる。
体内の魔力が一気に薄くなり、意識が若干遠のく中、横目でバルトシュが巣に向かって走り出していくのが見えた。
そして、
『『グ……ッ……ギ……ャァァ……』』
『『ゴッ……オォ……ォ……』』
『ッッ! ギャオ!』
ほとんどのゴブリンが身体を貫かれ、悲鳴も上げられずに死んでいく。
運悪く即死に至らなかったゴブリンもいるが、既に致命傷を負っている。
これで巣にいたほとんどのゴブリンを始末することができた。
だが、小屋の中に居たために魔法の餌食にならなかった十数匹のゴブリンが、突然の出来事に呆然としながら外に出てくる。
そんなゴブリンは、魔法発動ともに飛び出していったバルトシュの短刀によって命を刈り取られていく。
俺たちも傍観しているわけにはいかないので、バルトシュに走り寄り状況を確認する。
「終わったか?」
「いや……二匹ほど逃げられた」
バルトシュが指をさす方を見ると、先端が血で染まった【土の槍】のうち、一本だけ血痕が巣の外へ続いているものがある。
「この出血では逃げたところで長くはないだろう」
「もう一匹は?」
「魔法も俺の短剣も避けられた。もうどこに行ったかも分からん」
俺とイザベラの魔法を避け、バルトシュの攻撃すら避けるとは信じられないが行方が分からないのならもう追いかけることもできない。
「仕方ない、血痕を辿ってみるか」
「あそこに、巧妙に隠された道がある。そこに繋がっているようだ」
「……罠かもしれないわよ」
「その時はその時だ。俺たちならどうにでもできる」
万が一罠だった場合のことを考えて、バルトシュを先頭に進んでいく。
途中、道がなくなっていたり、道を外れて歩いたりと明らかに何かを隠している。
その何かが、俺たちの探しているものとは限らないが、(もしかしたら……)という思いも確かにある。
そうして、ゴブリンの血痕を辿っているときだった。
「っ!敵襲か!?」
バルトシュがそれに気づいたときには、もう遅かった。
『グゥゥッ! ギィヤアァァ!!」
一匹のゴブリンが、俺たちの行方を阻んだ。
その声が悲鳴だったのか、それとも雄叫びだったのか、俺には分からなかった。
そして、
『グルルゥゥ! ガアァァ!!』
「こいつ! 魔獣を呼んできやがった!」
遅れて現れた魔獣が、ゴブリンの頭を噛みちぎる。
頭を失ったゴブリンは、ゆっくりと倒れていき、地面に紅い花を咲かせた。
魔獣は、殺したゴブリンには目もくれず、今度は俺たちを殺さんとばかりに睨んでくる。
これが、命を懸けたゴブリンの罠だったのか知る術はない。
それよりも、今は自分の命を守ることだけを考えなければここで死ぬだけだ。
「来るぞ! 構えろ!!」
バルトシュが強く言い放ち、魔獣の正面を相手取る。
俺とイザベラは、それを補助するようにバルトシュの両側で構える。
本来なら、俺とバルトシュが魔獣を抑えている間にイザベラが魔法で仕留めるのだが、ゴブリンの巣を掃討するのに多量の魔力を使ってしまった。
そのため、この魔獣は魔法なしで倒さなければならないのだが、
「クッソ! ウオォォ!」
「このっ!……キャァ!」
「おい、大丈夫か!?」
バルトシュが、三人が致命傷を負わないようにコントロールしているお陰で何とかなっているが、決定的な攻撃ができない以上このままではジリ貧になる。
そんな時、バルトシュが言った。
「アレク、ベラ。一瞬だけ魔獣を頼めるか?」
「そうしないと死ぬんでしょ!? わかったわよ!」
「さすがバルトシュ!頼りになるな!!」
バルトシュが、一歩後ろへ引く。
正直、魔獣の攻撃を二人で捌くのは困難で、少しでもミスをしたら死の未来が待っているのは分かっていた。
それでも、俺はたとえ俺が死んだってイザベラは護ってみせると思っていたし、バルトシュならそうなる前に起死回生の一撃をお見舞いできると信じていた。
だから、
【火の精霊よ。我が身に力を貸したまえ】
「破壊の一突」
バルトシュの一撃が、魔獣の頭に突き刺さり、脳を破壊してそのまま突き破る。
バルトシュがゆっくりと槍を引き抜くと、頭に大穴の空いた魔獣は、腕を振り上げたそのままの姿で静かに倒れていった。
俺たちはしばらく、魔獣の心臓が確実に止まったことを確認するように、耳を澄ませていた。
やがて、俺たちの荒い息遣い以外には何も聴こえないことがわかると、それぞれが身体の熱を放出するように「ハァァ……」と熱い息を吐いた。
今ごろ、身体中から汗が噴き出してきた。
「やったな、バルトシュ! ……大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ」
「ちょっと休んだほうがいいんじゃないの?」
バルトシュに歩み寄り、肩を叩きながら顔を覗き込んでみると、今にも倒れそうなほどにその顔は真っ青だった。
パーティを組んでから、俺たちに初めて見せたバルトシュの奥義は、身体、精神、魔力さえ酷使する危険な技だったようだ。
「……あ、あぁ。いや、大丈夫だ。しばらく歩いていれば治る」
「何言ってんだよ。ほら、ここで一回休もうぜ」
「はい、お水。これは塩よ」
俺とイザベラが強引にバルトシュを座らせ、水や岩塩、干し果実を口の中に放り込んでいく。
バルトシュは弱々しく抵抗したが、やがて諦めるように俺たちの献身的な介護を受け入れた。
「もう、大丈夫だ。先を急ごう。これ以上長居すれば暗くなるまでに帰れなくなる」
バルトシュはゆっくりと、だがしっかりと立ち上がると、確かな足取りで歩き始めた。
それを見て、もう大丈夫だと判断した俺たちもバルトシュの後に続き歩き始める。
バルトシュが倒した魔獣は、一部イザベラが剥ぎ取っていたようだが、追跡するのに荷物になるためとりあえずここに置いておくことにする。
ゴブリンの血はほとんど地面に染み込み、表面の乾いた部分がテラテラと反射している。
さすがに逃げられたとは思わないが、少し急いだ方が良さそうだ。
そうして少し足早に、ゴブリンの血痕を辿っていく。
「目標はここか?」
中央に、こじんまりとした家のある、ちょっとした広場にたどり着いた。
血痕はここで途切れており、家の前にある血溜まりが、ここでゴブリンの命が燃え尽きたことを示している。
だが、
「たぶんね。でも死体はどこに?」
「わからん。だが気を抜くなよ」
そう、死体がないのだ。
ゴブリンが死んだのなら、死体がそこにあるはずなのに、それがない。
もしかしたら、先ほどと同じように魔獣に食われたのかもしれない。
そうなると、この小さい家の住人も無事ではないかもしれない。
いつ、どこから魔獣が奇襲を仕掛けてきても、対処できるように各自警戒しながら慎重に歩を進める。
そのとき家の中から、日の光をキラリと反射する、何かが見えた。
(子供……? エルフの子ども!?)
家の中にいたのは、小さい子どもだった。
遠くからでは分かりにくいが、まだ十歳を超えてないような気がする。
俺とバルトシュは思わず足を止め、家に潜む神聖な存在を眺めた。
(エルフ……本当にいたのか。震えて怯えているようだ、可哀想に)
その子どもは身を抱えるようにしてうずくまっており、俺たちに気づいているのか時折二つの光がチラチラ動く。
俺たちは、その子から目が離せなくなっていた。
気付けば、俺とバルトシュは牧場で牛の出産を手伝ったときと同じように少し離れて座っていた。
(もう、俺は見ていることしかできないな)
ぼんやりとそんなことを考えていたら、イザベラが突然立ち去ろうとする。
それについて来るようにその子も家から出てきて、イザベラに抱きしめられる。
(もっと見続けたかったのに)
一瞬で終わってしまった至福の時間に、不満を思いながらも立ち上がる。
尻に付いた砂を払って腰の短剣の位置を調整し、ちょっとした意趣返しをする。
「さぁて、これで依頼は終わったな。早く帰ろうぜ。村に戻って溜まったもん出してすっきりしたいしな」
イザベラが子どもを見るような目で俺を見てくるが、気にしない。
バルトシュが言っていたように、これ以上の長居は魔獣に襲われる可能性を上げるだけだ。
捜索だけじゃなく、救助までしたんだ。依頼は大成功と言ってもいいだろう。
イザベラが子どもを抱き上げるのを見て、羨ましく思いながら歩き始める。
「おい、坊主。お前はどうしてゴブリンになんか捕まってたんだ?」
「ちょっと、この子がその変な喋り方覚えたらどうすんのよ」
イザベラは、口ではそう言いながらも顔はニコニコだ。
イザベラも女性だし、子どもが好きなのだろう。
目線の9割が子どもに向けられており、目が合うたびに「ふふっ」という声を上げている。悔しい。
だが、俺やイザベラがいくら話しかけても、子どもが何かを話す素振りは見せない。
イザベラによると、家に閉じ込められていたときは何か呟いていたそうなので、喋れないわけではないだろう。
単純に、心を開いていないだけだろうか?
そうだとしたら、早くその美しい喉から発せられるであろう麗しい声を聴いてみたいものだ。
途中、バルトシュの倒した魔獣を有効活用できそうなところだけ解体してから、先を急ぐ。
そうして、順調に村に向かって歩いていると俺とイザベラの魔法で壊滅させたゴブリンの巣に着いた。
「ここが、お前に悪さしていた奴らの巣だぞ。俺たちが懲らしめたからよーく見とけよ」
俺とイザベラの作り出した魔法をよく見てもらいたくて、ついこんなことを言ってしまった。
お前は必ず俺たちが守ってやると教えたくて。
「ちょっと!せっかく気持ちよさそうに寝てたのに。……ほら、良い子だから見ちゃダメよ」
当然、イザベラに窘められる。おまけに、せっかく気持ちよく寝てた子を起こしてしまったようだ。
「すまん」
素直に謝っておく。
幸い、今のイザベラは機嫌がいいため小言はこれで終わったが、そうじゃなかったら延々とうんざりするような話を聞かせられるところだった。
「そういえば、バルトシュは身体の調子はどうだ? 今日はだいぶ無理してただろ」
「ああ、もう大丈夫だ。問題ない」
今日の最も活躍した人物は、バルトシュで決まりだろう。
ゴブリンの巣でも、魔獣の襲撃にもバルトシュがいなければこの結果には至らなかっただろう。
普段、口にすることはないが俺はバルトシュを尊敬しているし、目標にもしている。
気付けば会話はなくなり、黙々と歩く音が森に響いていた。
森の切れ目が遠くに見える。足の疲労感には気づかない振りをしながら、一歩一歩進んでいく。
「さあ! 森を抜けるわよ!」
イザベラが叫ぶと同時に夕陽が俺たちの横顔を照らし、その眩しさに目を細める。
ここから、開拓村まではすぐ近くだ。夕陽が沈むまでには帰ることができるだろう。
安心すると同時に身体が疲労を訴えてくる。
一刻も早く帰りたい。
「ねえ、ちょっと。二人とも待って」
イザベラが呼び止める。
「何だよ、早く帰ろうぜ。ベッドが俺たちを待ってる」
「……この子を、さ。マントで隠した方がいいと思わない?」
イザベラの提案は単純だ。
1.開拓村にエルフを連れて行くと目立ってしまう。
2.そうなると思いもよらない悪いことを呼び寄せてしまうかもしれない。
3.だったらそうならないよう隠しておこう。
単純明快で反論の余地がない。
さっさとその子をマントで包んで、村に帰ろう。
いつの間にか、また眠ってしまったその子をバルトシュのマントで包み込み、バルトシュが背負う。
「……軽いな」
バルトシュが呟く。
「そうなのよ。この子見た目の割に軽すぎると思うの。きっとあんまり食べさせてもらってないのよ」
依頼がもうすぐ終わるからか、それとも子どもを抱き上げてないからかイザベラがよく喋るようになった。
俺はもうクタクタだというのに、スタミナが無限にあるのだろうか?
そうして村までの道のりは順調に進み、開拓村に着いた。
「この子も寝てるし、今のうちにギルドに報告に行った方がいいんじゃない?」
疲れていることは確かだが、面倒くさいことは早めにやっておく方がいいだろう。
そういうことで、バルトシュと子どもを空き家で留守番させ、俺とイザベラでギルドに向かう。
まだ、それほど踏破者が来ているわけではないのか、ギルドはがらがらだった。
職員であろう男も、こっくりこっくり船を漕いでいる。
「おい、起きろ。」
軽く肩を揺すると、寝言か何かよく分からないことを呟きながら男が顔を上げる。
「ふあぁぁあ、あ? 何だお前ら。何の用だ。」
「依頼の報告に来た。寝ぼけてないでさっさと働け」
依頼を受けたときは違う男が受付だったが、この男はあまり相手にしたくない。
「……どれどれ、これか?エルフの捜索の奴」
「そうだ、それの報告だ」
「ふむ、では聞こうか」
「結果から言うとエルフは「いなかったわ」、え?」
「捜索場所のゴブリンの巣があって、殲滅してきたわ。これが証拠」
いつの間に手に入れてたのか、ゴブリンの耳を職員に見せる。
「周辺に他のゴブリンの巣はなく、おそらく商人の見間違いだったと思われるわ」
イザベラはそう言って、ゴブリンの巣の掃討分だけの報酬を受け取ろうとする。
俺がそのことに異を唱えようとするも、イザベラに睨まれ何も言えなくなってしまう。
そのままわずかな報酬を手に、ギルドを出て空き家に戻る。
「何で、エルフを保護したことを報告しないんだよ?」
家に入るや否や、イザベラに抗議する。
多額の報酬を手にできたはずなのに、どうしてだと。
「あのね、もしこの子を救助したってギルドに報告すれば、商人にもこの話は届くでしょうよ。そうなったら、この子。何をされるか分かったものじゃないでしょう」
確かにそうかもしれない。
だが、それなら見つけたが連れてこれなかったという報告でもいいはずだ。
「そしたら、今度はそのエルフのところまで案内しなければいけなくなるでしょう? 虚偽報告で罰則とか最悪じゃない」
イザベラはそう言って会話を終えようとしている。
確かにイザベラは俺よりも頭の回転が早く、言ってることも正しいかもしれない。
だが、それでもあれほど頑張って、命張ってやった依頼がたったの27ウォト銀貨にしかならなかったのは納得がいかない。
普通の依頼よりは高いが、どう考えても割に合わない。
バルトシュが倒した魔獣は解体して魔法鞄に入れているが、できれば売りたくない。
(クッソ! 捜索した分の報酬も貰い忘れてた!)
それは明日ギルドに行けばいいだろうが、どうせ二束三文にしかならないだろう。
どうにも心がざわついて仕方がないが、これ以上ぼやいていたって解決はしない。
さっさと水浴びをすませ、就寝することにする。
(……眠れない)
自分が疲れているのは自覚しているが、どうにも眠れない。
魔獣との戦闘で興奮したのが残っているのか、イザベラとの言い争いが心残りなのかは分からないが、とにかく目が冴えてしまう。
(夜風にあたって、頭を冷やそう)
周りを起こさないよう、ゆっくり立ち上がって外へ出る。
軽く、村の周りを歩けば眠たくなるだろう。
そう思ってとりあえず、あてもなく歩き始める。
ここは森が近いからか、やけに風が冷たいな。
まるで、森の奥に潜む魔獣の恐ろしさを伝えようとしているかのようだ。
今、もし森から魔獣が飛び出してきて、村に向かっていたら……なんてことを考えてしまい慌てて頭から振り払う。
もしかして、と思い森の方を見てみる。
そこには月明かり照らされた大きな人影がこちらに向かってくる姿があった。
(ゴブリン……? ゴブリンの親玉か!?)
俺たちが壊滅させたゴブリンの巣の親玉が、復讐しに来たのかと思い、腰の短剣を引き抜く。
「止まれ! 俺が相手になってやる!」
「落ち着け、アレク。俺だ」
そこにいたのはバルトシュだった。
てっきり、家で寝ているのだと思っていたがバルトシュも眠れなかったのだろうか。
「バルトシュか、脅かすなよ」
「すまんな」
バルトシュは俺の元まで歩いてくると、立ち止まった。
「村に帰りながらでもいいが、少し話したいことがある」
バルトシュがこんな風に話しかけてくることは稀だ。
よほど重要なことがあるのだろう。
俺とバルトシュは並んで歩き始める。
「俺はな、アレク。あの子をエルフの里へ帰してやろうと思っている」
「あの子を? エルフの里に?」
「そうだ。それが最善だとイザベラとも話はついている」
「イザベラが……いつの間に」
いつの間に俺を抜きに話をしていたんだろうか?
「……お前は、踏破者になって多くの報酬を手に入れたいと思っているようだが、俺たちはそれぞれの思惑があって踏破者をしている」
バルトシュは続ける。
「だから、ここで一度パーティを解散しないか?」
……こいつは何を言っているのだろう?
俺の口は、何かに縫い付けられたかのように開かない。
今の思いを、言葉にすることができない。
「エルフの里に行くとなれば当分の間は依頼も簡単なものになり、貯めていた金も減る一方だろう」
嫌だ。それは嫌だ。
俺は金を稼がなくちゃいけない。
そうしなければならない理由がある。
夢を叶えるためにも、復讐を果たすためにもなんとしても金が要る。
だが、今この気持ちを口に出してしまうのは、ためらってしまう。
「……俺たちは明日の明け方にはここを出る。それまでに返事を聴かせてくれ」
俺が何も言わないことを察すると、バルトシュは立ち去ろうとしてしまう。
バルトシュやイザベラと知り合って、パーティを結成してからまだ三ヶ月も経っていない。
だがこの三人の冒険は、今まで損得で動いていたパーティのそれよりも、ずっと楽しかった。
だから、
「……俺たちは最高のパーティだ」
俺は呟く。
バルトシュには届かない。
早く、早くこの思いを言葉にしなければ!!
「俺たちの!この三人のパーティは!!最高だっただろう!?」
バルトシュの足が止まる。
もっと、もっと言葉を重ねよう。
「今!ここでパーティを解散すんのは!!ちょっともったいないと思わないか!!!」
「……ならば、どうする?」
バルトシュが待っている。
俺にはそう見える。
「しょうがないから!俺が一緒に行ってやるよ!!」
「そうか、一緒に付いてきてくれるか」
振り返ったバルトシュの顔は、笑っていた。
今まで見たことない嬉しそうな、それでいてちょっとニヤけているような顔だった。
「なら、パーティは解散しなくていいな。明日は早い。すぐに寝るぞ」
そう言ってバルトシュは足早に帰ってしまった。
その変わり身の早さに驚いていた俺は、ふと我に返って、
「やられた!」
まさかバルトシュがこんな搦め手を使ってくるとは思わなかった。
まんまとしてやられてしまった。
悔しい。
悔しいが、顔が笑ってしまうのを抑えきれない。
そろそろ日が昇り、日付も変わりそうだ。
「ああ!もう!今日も気張っていきますか!!」
俺は苦労性だ。
アレク「俺たちの冒険はこれからだ!!」
続編『外伝α』と『外伝β』はそれぞれ一週間後と二週間後を予定しています。
連載化について活動報告に載せてますので、そちらもどうぞ。