ただ一点を見つめて
暗かった空がだんだんと白んできたころ、枕もとに置いておいて目覚まし時計の電子音が鳴り響く。
「ん……んん」
そのやかましさに顔をしかめながらも、のそりと起き上がり、目覚まし時計を止めて軽く伸びをする。
「……起きるか」
そうつぶやいて、僕ーーエイジ=タカナミはベッドから降りた。
鏡と向き合って制服に着替え、手櫛で寝癖を直してから、部屋を出て、住んでいるこの学生寮の一階にある、食堂へと向かう。食堂にはすでに数名の生徒がいた。
それに見向きもせず僕は食堂のカウンター近くに置いてある発券機のところへいき、懐から財布ではなく、通っている学園の生徒手帳でもあるスマフォのような端末を取り出し、発券機についているリーダーにかざす。そして選べるものの中から一番安い定食を選んでボタンを押す。
そうして発券されたものを、カウンターへと持っていき、食堂のおばちゃんに渡す。
「おはようございます」
「はいおはよう……また小魚定食かい?」
「えぇ、ポイントが苦しいので」
券を受け取って苦笑気味にそう言ってくるおばちゃんに、苦笑しながらそう返す。そのままおばちゃんは厨房の奥へ行き、お盆に漬物、小魚の焼き物、ご飯を乗せたものを運んでくる。
「ほい、それじゃ今日も頑張りなよ」
「ありがとうございます」
それを受け取り、手近な開いている席に座り、食事をする。
食事が終わり、食器をかたずけたあと、鞄を持って校舎へと向かう。
学生寮と校舎への道のりには複数人で集まり、談笑をしながら歩いている者たちが多い。
僕はそれを興味なさげに眺めながら、校舎へと向かう。
そうして、いつものように対異界種軍事教養学園の一日が始まる。
「ーーはい、それでは前回の授業のおさらいから始めましょうか。前回は《異界種》が現れたときのことを話しましたね」
社会や歴史を受け持っている教師が、教壇に立ち話を進める。
「異界種が最初にこの世界に出没を始めたのは今より20年ほど前です。異界種たちは二頭や四本の腕を持った異形の獣たちで、突然現れ、人類を襲い始めた。それが20年前の、後に《第一次異界戦争》と名付けられたものです。異界種たちはその戦いで我々人類に打撃を与え、去っていきました。それから世界は異界種たちの脅威に対抗するため、国同士の国境を捨て去り協力するようになりました。そして、今から15年前、再び異界種たちが襲ってきました。これが《第二次異界戦争》というものです。国同士の連携を高めた人類は今度は異界種たちに対し善戦し、両者の力は拮抗したまま、何年も戦争は続きました。そんな中、突如人類の中から、特殊な力を持つものが現れました。炎や水を操る者もいれば、自身の肉体を強化する者もいる。そんな不思議な力、《ロジック》を操る人間を《ロジックホルダー》と呼び、彼らの力のおかげで、人類は第二次異界戦争に勝利することができました。それから、異界種がたびたび出没することが現在まで何度もありましたが、戦争ほどの戦いにはなりませんでした。そして現在、ロジックホルダーたちが異界種に対抗するために、ここーー対異界種軍事教養学園が設立されたのです。ロジックを保有するあなたたちは将来のーー」
「(ーーまたはじまった)」
隙あらば生徒に異界種と戦わなければいけない、などの義務感を与えようとして来る社会教諭に内心飽き飽きしながらも、まじめに聞いているふりをする。周囲を見れば教室にいるほとんどの生徒が、溜息を吐きそうなくらいの表情をしている。
上のクラスの人間ならまだしも、ここにいる生徒たちに異界種と戦ってやろうという気はほとんどないのに。……いや、やる気ないというか、戦う力がないといった方が正しいだろうか?
ここ、対異界種軍事教養学園ーー通称学園は5年制の学校となっており、全寮制で学費は無料という親の懐事情には優しい学校となっている。学園内では貨幣の代わりにポイントを使う。このポイントは普段の授業を受けたり、テストの点によって加算されていく。学園の生徒はそのポイントを使って食堂などの利用ができるわけだ。さて、少し脱線したが本題に入っていこう。
学園での授業についてだ。1年ではあまり変化はないのだが 2年時からは各生徒の実力によりA~Eの5段階にクラス分けされる。そして僕が今いるクラスはもちろん3年のEクラス。4、5年になると実戦的な授業が始まる一つ前の段階だ。この時点で最低クラスにいるということは、もう役立たずのレッテルが貼られているといってもいい。
「(落ち込んでる生徒にやる気を出させたいのはいいけど、他にやり方があるでしょうに)」
今だ、ロジックホルダーとしての心構えなどを語っている社会教諭を眺め、そんなことを考えながら、教科書の先を読み進めることにした。この教科書かなり分厚いんだよなぁ……。
……………………………。
「ーーはい、それじゃ今日の授業はここまでですね。今日習ったところは各自復習をしておいてください」
「………っ!」
授業終了とともに鳴り響いたチャイムにより、僕は正気を取り戻す。
……またやってしまった。
いつのまにやら終盤あたりのページが開いている教科書を見ながら、思わずため息をついてしまった。
「ーーそれじゃこれから訓練を始める。各自、グループに分かれ好きに鍛錬に励め」
そういって、訓練担当の教諭はEクラスの生徒たちにグループに分かれるように伝えた。その後、教員はほかのクラスのところへ指導へ行ってしまう。まだロジックホルダーの数が少ない現在では訓練を見れる教員が足りていないため、Eクラスは特に指導を受けられないでいる。そして、生徒たちは各々すでにお決まりになってきているグループを作って、模擬戦などをはじめる。僕はというと……
「……素振りでもするか」
1人だった。別に友人がいないとかそういった理由はなく、ただ危険だから一人でいるのだ。ひとまず僕は、腕立てなどの筋トレを行い、その後に竹刀をもって素振りを始めた。部屋の隅には小さな炎を出したりしてロジックの訓練を行っている者もいる。そうして、しばらく訓練が続いていたとき、突如訓練場に声が響き渡る。
「やぁEクラスの諸君! 励んでいるかな?」
そういって、何人か集まって訪れた者たちは、AクラスーーEクラスとは真逆のエリートの者たちだった。何をしに来たのかはもうみんな察しているが、代表で近くにいた生徒が嫌そうに尋ねる。
「何しに来たんだ?」
「決まっている。この選ばれしエリートである僕たちが、凡人である君たちを高めてあげようとおもってきてあげたんだよ」
つまり簡潔に言うと見下しに来たと、わかりやすいな。
僕はちょうど休憩を入れようと思っていたので、壁際に向かう。
「そこの君」
「……僕ですか?」
しまった、みんなが動かなかったからかえって目立ってしまったようだ。エリート君は取り巻きを連れてニヤニヤしながら近づいてくる。……あれ?
「……」
取り巻きかと思っていた女性が一人離れて、こちらには興味なさそうにキョロキョロとあたりを見回している。なにしてるんだろうか?
「君、ひとりかい?」
「……えぇ、そうですが?」
おっと、いつの間にかエリート君が近くまで来てた。周囲にいる生徒たちは気の毒そうに僕を見る。気の毒に思うのなら助けてほしい……まぁ無理だろうな。
「一人で訓練なんて寂しいな。この僕が稽古をつけてあげよう。ルールはそうだな……実戦形式でいこう。そんな竹刀を振り回すのと実戦とじゃ全く違うからね。自分にあった武器を持って当たってくるといい。なぁに遠慮することはない。エリートである僕が胸を貸してあげよう」
なるほど、つまりぼこぼこにしたいと……本当に性格がねじ曲がってるなぁ。弱い者いじめって楽しいの? まぁ拒否権はないんだろうなぁ。
「……ではお願いします」
「いいだろう。それじゃ君の武器を持ってきたまえ」
そういわれた僕は自身の鞄へと向かい、その中からアタッシュケースを取り出す。そうして端末をかざしロックを解除して中身を取り出す。中身は黒をメインに、白いラインが入った反りのない刀とその刀の半分よりちょっと長いくらいの両刃の剣が入っていた。それをもって、エリート君のもとへ戻る。エリート君はすでに武器を構えて待っていた。どうやらフェンシングで使うようなレイピアが彼の武器らしい。
「準備はいいかい?」
「いいですよ」
変わらずニヤニヤしているエリート君を見ながら、武器の設定を模擬戦モードに切り替えて、その言葉に応じる。
どうやら取り巻きの一人が合図をするようで、エリート君と僕の中心あたりに立ち、手を挙げる。
「それじゃ……始めっ!」
その合図とともに、僕はエリート君の方へ駆け出した。彼は僕を待ちかまえるようにレイピアを構え、僕がその射程に入ると同時に、突きを繰り出してきた。顔面を狙ってくるその攻撃を、頬にかすらせながらも紙一重で避け、違和感に気付いて距離を取る。
そして相手の剣が当たった部分に触れてみると、血が流れていることがわかる。
「おいあれ、血が出てるぞ」
「え、それじゃあ模擬戦モードにしてない?」
周囲の生徒もそれに気づき、ざわつき始める。学園生に支給されている武器には通常モードと模擬戦モードに設定を変えることができる。模擬戦モードにすると、人体を傷つけられなくすることができるのだが……今回僕の頬が切れたということは……
「あぁ、すまない言ってなかったね。僕の剣はいまちょっと模擬戦モードに設定できないんだ。まぁ実戦形式といったし、こちらにはエリートの治癒能力者がいるからね。大丈夫だよ」
これは最初っからこうする気だったな。汚いさすがエリート汚い。
「それじゃそろそろロジックを使っていこうか」
どうやらやめる気は内容で、エリート君は武器を構え直す。そして彼は剣を持ってない方の手を僕の方へ向ける。すると、彼の手が発光し、そこから氷の塊が作り出され僕の方へと向かってくる。ご丁寧に先をとがらせているので当たれば痛いでは済まないだろう。
それを僕は、剣ではじいたりしながら紙一重で避けていく。
「へぇ、よくよけるね……それじゃ本気を出していこうか!」
そういって、エリート君は向かわせて来る氷の量を増やす。僕はそれをだんだんと捌ききれなくなり、腕や肩などに傷を負っていく。
もうなりふり構っていられない。ていうかそもそも遠慮する意味がない。
そう判断した僕は、自らもロジックを使用する。
「始動」
そうつぶやいた瞬間、僕の体が薄く光に包まれる。そうして、そのまま飛んでくる氷を剣で迎撃する。その剣を振る速度や体の動きは、先ほどよりも早く、苦戦していた氷の量を難なく処理することができた。僕が使用するロジックは、《加速》という、自身の速度を上げるものだ。反応速度や単純な速度、思考速度などだいたいを強化することができる。そして、攻撃に移るにはもう一段階上げる必要があることを理解する。
「壱速」
僕の体がさらに光に包まれる。そして光が収まると同時、その強化された速度で氷の弾をかいくぐって、エリート君のもとへ向かう。それにみてエリート君は驚愕しながらも持っているレイピアで迎撃しようとしているが……遅い。
「なっ……がっ!……ちょ、まって……やめ……」
剣を振って、相手のレイピアを吹き飛ばした後、連撃を加える。こちらの武器は模擬戦モードにしてあるので、切れたりはしないが、普通に打撃としては通じるので、まぁ……当たれば痛いだろう。
「がっ!」
隙だらけの腹部に蹴りを入れる。エリート君はそのまま尻餅をつく。それに対して剣を振り下ろそうとしたところで……僕は横から衝撃を受け、意識を失った。
「……知らない天井……でもないか」
目が覚めた場所は、カーテンに覆われたベッドの上だった。十中八九、ここは保健室なのだろう。声を出したので保険教諭が出てくるはずだ。ほら、そうこう言ってる間にカーテンが開いた。
「あ、目が覚めた?」
「……」
目の前には制服を着た女子生徒がいた。誰だ? 少なくとも保険教諭ではなさそうだが。
「あれ? 起きてますー? もしもーし?」
「起きてますよ……どちら様で? 保険教諭ではないでしょう?」
言いながら思い出した。彼女は訓練中にやってきたエリート君の取り巻きじゃないAクラスの奴だ。あの周りをきょろきょろしていた。
「あぁ、私はトウカ=アサギリ。感謝してねー。気絶した君を保健室まで運んで、先生がいなかったから治療までしてあげたんだから」
「はぁ……それはどうもありがとうございまーー」
「ーーお礼はいいからポイント頂戴?」
「えっ」
礼を言おうと思ったら手を出してそういわれた。お金取るんだ……。
「いやーたいへんだったよー? エリート君に攻撃を加えようとして、横からロジックによる攻撃を受けて吹っ飛ばされて意識を失った君の容態を確認して、背負ってここまで連れてくるのわー」
恩着せがましく言ってくる彼女の言葉から、いろいろと理解する。どうやら僕が戦闘中に受けた衝撃はエリート君の取り巻きの横やりだったらしい。体を見れば斬られたところに包帯がまかれている。……確かに治療もしてくれたようだ。しかたなく、ため息をついてそれに応じることにした。
「わかりました。いくらですか?」
「んーそだねー……500でいいよ」
500ポイント、まぁ1ポイント1円と判断すればいいので500円か。ただでさえ最近ポイントがきついのに……。お互いの端末を通信し合い、ポイントを譲渡したところで彼女が口を開く。
「にっひっひー毎度ー……いやーそれにしても君すごいねー……君、えっと……名前は?」
「端末を見ればわかるでしょうに。エイジ=タカナミです。それで……何がすごいんです?」
「エイジね、了解了解。それでさぁ、エイジが戦ったエリート君ね? うちのクラスじゃ結構上の実力なのよ。まぁ私の方が強いんだけど」
「いきなり呼び捨て……さりげなく自慢を入れないでほしいんだけど……」
「エイジも私のことトウカでいいよ? まぁそれはいいの。問題はその彼をエイジがフルボッコにしたこと」
「フルボッコって……ボコられてたのは僕の方だと思うんだけど」
トウカのフレンドリーさに毒気を抜かれ、いつの間にか敬語をなくして話す。
「いやいや、途中から完全にエイジが押してたじゃん」
「最終的に気絶してるけどね」
「んー、そこなんだよね」
「何が?」
トウカは心底不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「なんで最後のあの攻撃よけられなかったの?」
「あぁ……」
そのことか、と内心でつぶやく。
確かに、速度が強化されるロジックならあの程度の攻撃を避けるのは訳ないと思うだろう。
「……車を運転するときってさ」
「え?」
唐突に関係ない話を始めた僕に対し、彼女は目を白黒させている。
「運転席から周囲を確認できるんだけどね。スピードが上がっていくにつれて、視野が狭くなっていくらしいんだ」
「……それが?」
「僕のロジックは速度を上げるものだからね。加速していくごとに視野が狭まっちゃうんだ。それがあの攻撃を避けられない理由で、僕がEクラスにいる理由」
「……」
それを聞いて、彼女は黙り込む。理解できただろうか? 彼女は顎に手を当てるというわかりやすい考えているポーズをとったあと、僕の方を見てこう聞いてくる。
「本当にそれだけ?」
「……」
そういわれ、内心ドキリとする。たしかに、周囲の注意をおろそかにしてしまうことはこのロジックの性質だけではない。だが、それを伝える気はない。
「そうだけど?」
「ふーん? ……そっか、じゃあそういうことでいいや」
疑ってはいるようだが、踏み込んでくる気はない様だ。じゃあ、といってトウカが話題を変える。
「エイジ、私とチーム組んでくれない?」
「は?」
学園にはチームと呼ばれる生徒の団体がある。チームは課外活動の一環である、生徒や教師、学園周辺の人から出される依頼ーークエストをこなしてポイントなどを集めることを目的にしている。……まぁ、クエストは一人でも受けられるのだが。そんなチームに、彼女は僕に入れという。
「……なんで?」
素直にそんな疑問がでた。一対一でAクラスの生徒を倒せるといっても複数になるとダメダメになるであろう欠陥を持つ僕よりも、頼りになるやつらは多くいるだろうに。
トウカは朗らかに笑いながら言う。
「いやー、私も最初は一人でクエストをこなしてたんだけどねー? だんだん一人じゃきっついなーと思ってきたのよ。それでAクラスの誰かとチームを組もうと思ったら、もうほとんどのクラスメイトがそれぞれのグループで固まっちゃっててねー……見事にボッチになっちゃったのよハハハ!」
「お、おう……」
快活に笑いながらボッチ宣言をする彼女に、何と言ったらいいのかわからなかった。
「それで、まぁほかのクラスもクエストをこなそうとしてる人はだいたい固まっちゃっててねー。どうしたもんかと頭を抱えていたら思いついたの。あ、Eクラスならまだいけるんじゃないかって」
……たしかにほかのクラスと違ってやる気のないEクラスはクエストにもほとんど手を出していない。
「それで、掘り出し者がいないか探していたと」
「そゆこと」
だからさっききょろきょろしてたのか。
「それで、返答は?」
にこにこと笑いながら彼女は問いかけてくる。返答? そんなものは決まっている。
「いやだ」
「えー、いいじゃんかべつにー。一対一なら強いしー。やばい時は私が守ったげるよー?」
「そんなポジションなおさら嫌だな」
苦笑しながらベッドから降りる。
「仲間集めは他を当たってくれると助かるよ」
「やだ、あきらめないもんね」
「……お好きにどうぞ」
僕は再び溜息をつきながら、彼女を置いて保健室を出た。
……それから、トウカの粘着が始まった。
「チーム組んでよー!」
朝起きて食堂に向かえば券売機のところで待ちかまえ、
「チーム組もうよー!」
自分の教室へ向かえばなぜか僕の机に座っているし、
「べ、べつにあなたのことなんて、なんともおもってないんだからね! ということでチーム組んで!」
廊下でなぜかツンデレ口調で勧誘してきたり、
「僕と契約して、魔法ーー」
「ーーおいやめろ」
それはいけない。自身の机に座っているときに、正面の机に座って勧誘をしてくる彼女にツッコミを入れる。
「いい加減諦めないの?」
「まだだ、まだおわらんーー」
「ーーだからやめなって……はぁ、好きにしろといったけどまさかここまでとは」
「言質は取ったもんねー……ハハーー」
「ーーそれは一番いけない奴だ」
今度は某夢の国のネズミの笑いをまねようとしている彼女に、再びツッコミを入れる。
「何度言われようと、チームを組む気はないよ」
「ぶー……」
そういい捨てて、鞄から小説を取り出し、読み始める。いまだ正面でブー垂れているが無視だ無視。
………………………。
「ふぅ……」
小説を読み終わり、今の時刻を確認する。時刻は午後5時、小説を読み始めたのがHRの終わった午後3時半だったので、約一時間半ずっと机に座って小説を読んでいたことになる。
「……またやっちゃったか」
「またってなーに?」
「……っ!?」
正面から声を掛けられ、驚愕する。正面の机には、小説を読み始める前と変わらずトウカが座っていた。
読み切ってしまうというアクシデントはあったが、もともとは彼女を追い払うために小説を読み始めたのに……。
「……まだいたの?」
「いちゃだめなの?」
「いや……そういうことじゃないけど……」
何を言ったらいいのかわからないでいると、ふと彼女がしゃべりだす。
「過集中……だっけ?」
「……っ」
その単語を聞いて、再び驚愕する。
それは、僕が苦しんでいる体質のことだった。
「一つのことに集中しすぎてほかのことに注意を向けれなくなる……みたいなものだったよね」
「……概ねそんなものだね。それで? そんな厄介な体質を持つ奴をまだチームにほしいっていうの?」
「うん」
「……どうしてそこで即答できるかな?」
「だって大した問題じゃないし?」
あっけらかんと言い放つ彼女に唖然とする。
「日常生活だったら、まぁ今回みたいに終わるまで待つか、強く当たればいいわけだし? 戦闘面でも前に言ったように周りが見えなくなったら私が守ればいいし」
でしょ? といってくる彼女に対し、僕は何も言えずにいた。
そんな時、学園内に放送がされた。
『学園敷地内に異界種が出現しました。付近の生徒は注意をしてください』
「学園内に異界種? 珍しいこともあるもんだねー……じゃ、さっそくいこっか」
「は?」
いきなりの彼女の言葉に、混乱する。
「……一応聞くけど、行くってどこへ?」
「え? 異界種のところに決まってんじゃん。きっと異界種を倒したら報酬がっぽがっぽだよ」
ぐへへ、という表現が似合うような笑顔をしている彼女をみて、もはやため息すら出なかった。
「私が守ってあげられるってこと、証明してあげるよ」
「もう……好きにしてください」
そうして、僕と彼女は異界種がいるであろう場所へ行くことになった。
異界種が暴れているという場所に来てみれば、そこには鬼がいた。体長は3m以上あり、筋骨隆々の体で、腕にはかなりの太さの棍棒を持っている。オーガと呼ばれる異界種がそこに存在した。そのオーガの周辺には逆に体長1mもない、ゴブリンと呼ばれる異界種が多数存在した。
「よし、オーガならあのエリート君よりちょっと強い程度。行けるね?」
「拒否権はないんでしょ? どうしてこんな目に……」
溜息を吐きながら、手に持った剣を握りしめる。
「にゃはは……それじゃゴブリンは私に任せてエイジには近づかせないから」
「そんなのどうやって……あぁ、なるほど」
どうやるのか聞こうと、トウカの方を見て、理解する。彼女は二人になっていた。文字通り、二人のトウカがそこにはいた。
「そうやって僕に付きまとっていたのか」
「「そ、私のロジック《鏡の自分》だよ」」
二人のトウカがハモってそういってくる。通りで授業はどうしたと思ったときも勧誘に来れたわけだ。
「これで怪我したら、慰謝料ふんだくるから」
「「うわマジ勘弁」」
「勘弁してくれと言いたいのはこっちだよ……始動」
そんなことを言いながら、僕のロジックを発動させる。
「「それじゃ」」
「いくよ?」
そして、僕とトウカはオーガたちに向かった駆けだした。トウカたちはゴブリンに、僕はオーガにまっすぐにぶつかっていく。
「Grrrraa!」
「壱速」
向かってくるエイジに対して、オーガは手に持つ棍棒を振り下ろす。しかし、エイジが何かをつぶやくと、その速度が上がり、棍棒はよけられそのまま地面をたたきつける。たぶん速度を上げたんだろうなぁ。
周囲にいたゴブリンは、そのままオーガに接近するエイジに対して襲い掛かろうとするが……させないよ?
私は片手に持っていた拳銃をエイジに襲い掛かろうとしているゴブリンに向け、発砲する。放たれた銃弾はゴブリンにきれいにあたり、ひるませる。そのすきのもう一人の私が、逆の手に持った剣で切り飛ばす。
「さすが私」
「自画自賛かな?」
お互いに軽口をたたき合いながら、エイジに近づいているゴブリンを中心に処理していく。
「弐速」
チラリとエイジの方を見れば、もうほとんど目に見えない速度で、オーガを切り付けていた。オーガは棍棒を振り回しているが、まったく意味をなしていない。
「……まだ早くなるんだ」
「私単体じゃ勝てないだろうね」
「二人でなら注意が向いてない時に攻撃すればいいんだろうね」
その様子に驚きながらも、ゴブリンを処理していく。
「参速」
「まだ早くなるんだ!?」
「もはや注意力なくてもいいんじゃないかな?」
さらにロジックを発動させるエイジに片や驚き、片や呆れる。
……これは相当な掘り出し者だなぁ。
結局、オーガは最初に棍棒をたたきつけた以外は、特に何もできずに倒されてしまった。
「……っと、終わったか」
倒れたオーガの体の上で立ちながら、正気に戻る。
「やーおつかれさまー」
トウカが労いながら寄ってくる。その周囲には倒れているゴブリンが大量だ。どうやら本当に守れたようだ。
「……慰謝料ふんだくれなくて残念だ」
「エイジって意外と守銭奴だね」
「トウカと違ってポイントに余裕がないもので」
「お、名前で呼んでくれたね」
……そういえば彼女の名前を呼ぶのは初めてだったか。
「ま、それはいいや。これで私がエイジを守れるってわかったでしょ?」
「……そうだね」
「ということでチーム組もう」
何がということなのかはわからないが……まぁここまでやられて断るというのもちょっとなぁ。
「……とりあえず仮組ということで」
「往生際が悪いなぁ……まぁそれでいいよ。それじゃこれからよろしくねー」
「あぁ、よろしく」
そうして、僕たちは握手を交わした。
こうして、僕とトウカはチームを組むことになった。
まぁこれから、いろいろなトラブルに見舞われたりしてしまうのだが、それは別の話。
アオイです。
最後なんか中途半端な終わり方だと思った方がいるでしょう。
申し訳ありません、作者の力量不足です。
うまい終わらせかたが浮かばなかったんですよねぇ。
とりあえず異能物が書きたかったので書いてみました。はい、すっきりしました。