漆黒のローブ
上出来だ。 正直、本の物量が有っても、1日に読める本の量には限りがある。物語や図鑑、カラに進められて魔導書なんかも読んだが、母国語ではない物の本を読むのには時間が掛かる。
小さな辞書レベルの物を3冊。正直、内容をしっかり理解できてるかと問われればそれも怪しい。
でも、読まないよりはマシだ。そう思って僕は自分の中に芽生えた不安を無理矢理押さえつけた。
「そう言えば、カラ。 少し質問があるんだけれど」
「何?」
ゴウラの酒場に戻るまでの道すがら、僕はカラに質問をぶつけ続ける。今まで丸一日溜まりに溜まった疑問が抑えきれずに飛び出すのだ。 矢継ぎ早に僕の口から飛び出る質問にカラは少々疲れ気味だ。
「今日読んだ物語に出てきた『黒いローブに着替える』って描写なんだけどさ。イマイチよく分からないんだ。前後の文章ともあまり上手く噛み合ってなくてさ・・・」
「あぁ、それはね。悪事を働くって意味もあるんだけどさ。一番良く使われる意味としては、組織に入るって事なんだよ・・・ほら、話したでしょ? 神識会のこと。」
「へぇ・・・」
その組織の名前の有用性は、今日で思い知った。
全く無作為に読む本を選んだはずなのに、その全てに3回以上は名前が出てきたのだ。
それだけで、この組織の有名さ。もとい恐ろしさは頭で理解できたと思う。
「組織は、街を滅ぼす理由はあまり分かってないんだ。完全な気まぐれとも言われてるし、その街に隠れている重大な知識を自分のものにするためとも言われてる。で、組織が街を襲う時には、顔を隠すために必ずフードが付いてる漆黒のローブを身に纏う。その様から、黒いローブを着るって慣用句が出来たんだよ」
聞いていて、妙な納得が心を支配した。
故事成語のような物なのだろうか? 事実から慣用句が出来るのは珍しいことではないとは言え、模範的な例をここで聞けるとは思いもしなかった。
「あ、ちょっと笑ってる。 アトって、少し掴めないよね。そういう所」
「え?笑ってたか? そんなつもりは無かったんだけれど・・・」
「結構ね。」
マジか・・・自分では真顔を貫いていたと思っていた手前、少しだけ気恥ずかしくなる。
「あ、着いたぞ! それなりに遠いんだな、図書館と酒場は」
「ずるい! 勝手に話をそらさないでよ!」
しかし、実際に酒場について、目に入ってきたのは少しだけ奇妙な光景。
ゴウラの店の前に、並ぶ行列。10人よりは多いだろう。並んでいることを問題にしているのではない。実際、今の時間は日の入り直前と言ったところか。 正確な時間とこの世界の常識を上手く把握できていないから自分の尺度で判断するのは危険だが、取り立てて不思議な事でもないだろう。
「おかしいなぁ・・・もうこの時間はお店開いてるはずなのに・・・」
いや、やはりおかしい事だった。お店が開いてるのにお客が態々並ぶような事が何故あるのか。
そもそも、待っているお客さんの表情も少し変だ。 開くのを待っているという体ではない、苛立ちの表情がメインに立っているのだ。立ったまま貧乏ゆすりをしている人だっている。
「どうしたのか? 何か有ったのか?」
情報もないまま考え続けるよりは、情報を得たほうが正確な判断がし易い。
手近な客に近づき、尋ねてみる。すると、やはり怒りを隠しきれない様子で、僕に対してまくし立ててきた。
「どうしたもこうしたもねぇよ! あの店にな、変なヤローが居るんだよ!」
「いやいや、変なヤローぐらいどこにでも・・・いや、何処にでもは居ないか。でも、そのぐらいなら別に外に出て待ってる必要はないんじゃないか?」
「そうも行かねぇよ・・・」
すると、男は少しだけ口を閉ざすが、迷いを振り切るようにして小声で耳打ちしてきた。男は僕の耳に口を近づけ、そっと呟いた。
「中に聞こえるとヤバイんだけどよ・・・黒いローブの客が居るんだよ。下手に恨みを買うと何をされるか分からねぇ。だから、皆怖くて入れねぇのよ・・・秘密だぜ!」
「黒い、ローブ・・・」
心臓が高く鳴るのが自分でも知覚できた。研鑽のためなら、他の命の冒涜さえ許さない危険な組織。しかし、自分を元の世界に帰すことが出来る手がかりでもある。
接触のチャンスを得たのだ。後でどうなろうとココは・・・。
僕は急いで考えを整理して、カラと合流する。
「アト・・・笑ってるよ。ホントに掴めないよね。そういう所」
「え!? 本当か?」
まただ。僕は自分の予想もしていないタイミングで笑っている。
今更、笑っていることを突かれたところで恥ずかしい気持ちは薄れてきたけれど、その理由は自分でもよくわかっていない。抑えられないクセと似たようなもので、それは少し気味の悪さも感じさせる。
だけれど、そんな事を気にしていられない。僕は呼吸を整えて、整理した考えを告げる。
「黒いローブの客が居るらしい。説得して追い出したいが、僕はこの世界の常識を知らない。カラと一緒に店に入ってもらいたい。一緒に説得してほしいんだ。」
「・・・プッ!」
今、笑ったか!? なんでだよ!
考えを告げると、カラは少し考え込んだ後、吹き出したように笑い出す。抑えきれなかった笑い、と言った物で、何処のツボを突いてしまったのか分からない分、困惑の情が浮き出てしまう。
「アトのキャラ・・・2日で変わり過ぎだよ・・・。初めて会った時は、クールぶってたのに・・・いつからそんなに熱くなったの?」
「それは・・・! カラだって、知らない世界に飛ばされたら緊張するだろ!それと同じだ!」
「え~?私、別の世界に飛ばされた事無いもん」
僕からしたら、カラも大変わりした。と言うより、これが本来のカラなのかもしれない。
最初に会った時はあんなに突慳貪だったのに、今となっては感じと調子と気のいい女の子だ。これなら人のいいシルダの妹と言われて納得できる。
だが、そんな事を考えてる場合じゃない。客のこともある、先んじるに越したことはない。
「とにかく! 入るぞ!」
「はいはい~!」
意を決して、酒場のドアを開く。すると、矢張り聞いていた通りの光景が有ったが、少し想像と違うような部分もある。
漆黒のローブの人間は確かに居た。だが、カウンターに座る姿はローブ越しでも分かるほど、その人間は悲しげな雰囲気を帯びている。少なくとも、組織の知識を聞いたとおりの野蛮さは全く感じられない。ゴウラに酒を差し出されて、そのままチビチビと飲む姿は、消沈した中年男性のそれだ。
こいつなら、少し脅せば言うことを聞いてくれるかもしれない。そう思って、少し強腰で出ることにした。
「あのね、無法者さん。外にいる皆が、貴方のお帰りを待ってるみたいだよ・・・さっさと出てってくれないか?」
だが、強腰に出た僕の判断は完全に間違っていると知った。
その人間は、カウンターに常設されているナイフの1つを取り、僕の喉元に突き付けてきた。問題は、その速さ。僕が全く反応することができなかった。
更に、フードから覗く真紅の目は、さっきまで纏っていた悲しい雰囲気を無に帰してなお余りある威圧感を放ち続けている。見据えられたと分かった時から背中の冷や汗が止まらない。
魔銃2つを部屋に置いていったことを後悔した。僕はまだこの世界に適応できていなかったのだ。
『ナメると一瞬で死ぬ』。ゲームでの鉄則を僕は見誤っていた。
「おいおいおい、無法者とはどういう事なんだよ? 俺はただ酒を飲んでただけだぜ?」
フードの奥から聞こえた声は、中年男性よりはるかに若い。声だけでは判断しきれないが、少なくともしゃがれた声では決して無い。
自信に満ち満ちた、20~30代の男。というのが良いところだろう。
「しかしマスター、従業員のマナーが成っちゃいないな。客が酒を飲んでるところを邪魔した挙句、俺を無法者扱いだと? 冗談も大概にしてくれよ?」
冗長な動きで、軽口を叩きながら、しかし警戒は解かずに男は立ち上がる。これが『場馴れ』という事なのか、と思い知った。問われたゴウラさえも、身動ぎすらしない。
「しかし・・・」
男は、僕にナイフを突き付けたまま、僕の後ろで身構えていたカラの方に歩を進める。
カラは小さく、ひぃ、と声を上げるが、当然そんなことを耳に入れて止まる男ではなく、カラと密着寸前、と言った所まで近づく。
「良い生娘だ。俺はお前みたいに、気の強そうで16,7の女が大好物なんだ。お前みたいな女を見かけると、思わず・・・」
男は舌なめずりをし、カラの顎を手でなぞる。いわゆる顎クイの体勢。
カラは嫌悪感に顔にシワを寄せる。それと対照的に、男はまるで恍惚とした声色で呟いた。
「食べてしまいたくなるんだ」
「い、いやぁ・・・」
カラは膝から崩れ落ちた。恐怖の許容限界を迎えたからだろう。
このままじゃ、何も状況は好転しない・・・、ならば僕は、男に抵抗するしか無い。
ゴウラの方が、強いだろうし、カラの方が言いくるめられる可能性は高い。だが、二人共抵抗は不可能だ。だったら僕が動くしか無い。
僕は、ナイフを持つ男の手首を掴んだ。決して離さないように。
「おい、なんだ? その手は・・・俺とやる気か?」
男はフードの下で笑顔を浮かべる。まるで、獅子が兎を見つけたかのような猟奇的な笑顔だ。だが、怯んでいられる状況ではない。
湧き水のように浮かび上がる恐怖を無理矢理胸の奥に遣り、僕は口を開いた。
「あぁ、僕がお前を倒してやる」
「面白い!」
男は、腰の後ろ側から何かを僕に突き付けんと瞬時に動いた! だが、さっきと違って不意討ちではない。僕はその姿をしっかりと捉えることが出来た。
反応不可能な速度ではない。 僕は拳を握りしめ、男の顔にぶつけてやった。
だが、拳が男に届く前に、何かが僕に届く前に。 僕は頭に強い衝撃を受けた!
まるで、隕石でも落下してきたような衝撃、僕は意識を手放さざるを得なかった。消え行く意識の中で見えた光景。
ローブ男も僕と同じように倒れていき、そして見えた黒幕。
ゴウラが、いつの間にか腕を振り下ろしていた。片方は男に、片方はおそらく僕に。
「そんなの・・・」
それだけ口から出すのがやっと。 僕はあっさりと意識を失ってしまった。