蹂躙
先程この銃を操ってみて分かったが、シルダの見立て通り、これは自分にとても向いたものであるらしい。
弾丸もなしに発射され、しかも反動は気になるレベルでは無い。
銃なんて殆ど持ったことは無かったが、これなら誰だろうと簡単に操ることが出来るだろう。
さらには、僕の感覚も非常に鋭敏になっている。
後ろから来る敵、横から来る敵。 前から走りながら襲い掛かってくる敵。
その全てが手に取るように分かっている。
まるで集中状態にでも入ったかのように冴え渡っている。
「この! 仲間のカタキ!」
ナイフを持って、右斜め後ろから僕の首筋を狙っていることが手に取るように分かった僕は、前を向いたまま右手に持った黒い銃を相手の肩口に向かって撃つ。
右手で右の肩に触れるような、無理な体勢で弾丸を撃ったにも関わらず、反動がほぼ0。しかも、ノールックショットであったにも関わらず、完全に狙い通りの場所を貫いているのが分かった。
「凄い・・・これが本当に僕の体なのか?」
思わず声が漏れ出すが、仕方のないことだと思う。体が自分のものではないみたいになっているのだから。
どの方向を撃てば良いのか、次にどんな行動を起こすべきかが息をするように思いつく。
思いついたままに銃を撃てば、そのとおりに敵を無力化していく。
1発の銃声で、一人の盗賊を倒す。 両手に持った銃でそれを際限なく繰り返すことが出来た。
「ひ、ひぃ! 親方、俺はもう逃げます!」
「俺も! 魔書に魔銃が相手じゃ敵うはずがねぇ!」
シルダと僕が交戦を始めて20秒経つ頃には、倒れた敵が15を超え、立っているのはカヤを人質に取った、盗賊の長らしき屈強な男一人だけだった。
「う、動くな! 動いたら、この娘がどうなるか・・・」
二の腕で抱え込むようにしてカヤを携えた男は、そのままカヤの首にダガーを当てる。
カヤは、いきなり突き付けられた死の銀色に光るナイフを見て、瞳を潤させる。
「カラ!」「動くんじゃねぇ!」
シルダが驚きの声を上げた。だが、それさえ許さないとばかりに長は怯えるようにしてナイフを構えた。
「くっ、ここから狙い撃つしか・・・」
僕は、右手の銃を構えたが、ここで僕の体に異変が起きた。
まるで貧血でも起こしたかのように、手に力が入らなくなる。先程まではあんなに軽かった銃も、今は鉄の塊のように重く感じて、耐えられなくなった手から滑り落ちそうだ。
「うっ、どうして・・・」
ついには、足にさえ力が掛からなくなり、膝から崩れ落ちるようにして床に伏す。意地で両手に持っていた銃を離さなかったが、果たしてまともに狙うことが出来るのか。
「魔力の使いすぎよ・・・あんなに撃つから・・・」
「魔力・・・?」
そう言われて、嫌に納得した自分だった。そりゃそうだろう、あんなに使いやすい物が科学の力だけで成り立つはずがない。
おそらくは、自分が弾丸の代わりに撃っていたのは自分の中にある魔力だったのだろう。
「だが・・・カラが・・・」
カラが危ない・・・。そんな思いが僕の中に有った。少しの間全く動けなかったからだろうか、今は少しだけ動くことが出来る。
足に力を込め、銃を持った左手を3本目の足の代わりにして、右手で男に対して銃の狙いを定める。
「う、撃つのか・・・?俺がこの娘を刺してもいい―――」
「やれよ」
僕の口から、まるで殺しを助長するような台詞が飛び出したことに、周りに居る聴衆もシルダも、カラも驚きを隠せなかったらしい。
「その娘となんて、昨日今日の関係だ。 そんな奴と関係があるなんて思うなよ。僕は、カラごとお前を撃つ。」
ふと、すすり泣くような声が聞こえてきた。その声の方向は男の方・・・いや、カヤからである。
「ひどいよ・・・アト、そんな事言わないでよ・・・」
カラは、元々涙目だったのに、さらに顔色を青白くしてついには涙をポロポロとこぼし始めていた。
その言葉にシルダは反応したのか、僕の胸ぐらを掴んできた。
「アンタ! カラを何だと思ってるの!彼女は人質で」
「だから何だ。今のこの状況を打破するには、カラごと男を撃ったほうが効率的だろう」
僕は、胸ぐらをつかんできたシルダに対して、“ある言葉”を囁いた。
すると、シルダは驚いた後、顔を真っ赤にして怒り、僕に対して涙目で平手を打つ構えをしたのだ。
「許せない! 彼女をそんなに侮辱するなんて!」
その様子を見てか、盗賊は叫ぶようにして言った。
「う、うぅ! わ、分かった!この娘は殺してやるぅ!」
そう言い聞かせるように言い放って、ナイフを引き、勢いをつけてナイフを首筋に刺そうとでもしたのだろう。
本当に予想通りの動きをしてくれた。
この男は、盗賊なんてやる割には臆病だった。シルダの声に怯えるようにして反応したのはその為だ。
だから、今まで殺しなんてしたことがない。きっと、言い聞かせるように言い放ったのも、聴衆に言い聞かせるのではなく、むしろ自分に対して、だったのだろう。
だから、『人質なんて関係なくお前を撃つ』と言った時、一番怯えたのはカラではなくあの男自身だった。
今までやったことのない『殺し』という行為に対して踏ん切りをつけるため、思い切り刺すためナイフを一旦カラから離す。
その瞬間を待っていたとも考える思考は残っていなかったのだろうな。
僕は引き金を引いた。男に対して・・・と言うよりは、カラから離れたナイフを握った右手に対して。
前もって狙いを定めていたから、寸分違わず狙うことが出来た。僕自身にも見えない弾丸を受けた男の右手は、衝撃のお陰で大きく後ろに動き、ナイフは衝撃に耐えきれず右手から離れる。
男も、カヤも、あらゆる観衆も、その状況を掴めずに居た。唯一、こうなることを予測していたのはシルダだけ。
あの人、役者にでもなれるんじゃないのか。あそこまで迫真の演技ができるとは思っていなかった。
―――『もっと怒る演技をしてくれ。今の僕が彼女を助けるにはこう言うしか無いんだ。そして、僕が撃った後は、その手を離してくれ』
すぐに解放された僕は、魔力不足とやらで鈍い反応をしているみたいだが、それでも十分なほど速く、盗賊の男とカラの懐にまで飛び込む。
「あれ・・・アト・・・?」
カヤは、未だに何が起こったのか分からない、と言った顔をしている。当然だ、さっきまで冷たく突き放されていたと思っていたら、今度は自分を助けてくれてたのだから。
「ごめんな、さっきまでは。こうするしか無かったんだ。もう大丈夫だ」
そして、今度は僕の本心からの言葉をカラに伝える。カラは、驚いてるのだか笑っているのだか分からない顔になったが、徐々に笑いの色の方が強まってきたみたいだ。
「嘘だろ・・・お前は、この娘を見捨てるはずじゃなかったのか!」
盗賊の男の方は、カラとは反面徐々に希望の色が薄れてきているみたいだ。
その顔を見て、さっきから言い放ってやりたかったことを存分に言い放ってやった。
「さっきまでのは嘘だ。そして、僕の恩人を手を掛けようとしたことは許さない!」
そして、銃に『離れろ』と命じる。すると、まるでさっきまで何が有っても離れなかった銃2つは、まるで糸が切れたように離れ、床に落ちる。さっきと同じだ。
そして、僕はせっかく自由になった右手を握りしめ、そのまま男の顔面にゲンコツを食らわせてやった。
まるで力の入っていないように感じた拳だったが、盗賊の男からしたらとても十分な重さだったのだろうか。鼻血が両の穴から垂れ、そして男はそのまま後ろ向きに倒れた。まるで操り人形の糸が切れたかのように、あっけなく。