『ニュクス』と『ノルン』
やぁ・・・今回は主人公が素晴らしい事になりますよ?
7階には、ざっと見るだけで20種類の武器があった。
剣、刀、槍、斧、鎖、杖、大盾、鎚、棍棒、弓、短剣、鎌・・・エトセトラ。
武器の細かい種類までは分からないが、要は大雑把に分けて20種類以上の武器があるということ。
デパートの階一個がそのまんま武器屋になっているのだ。当然といえば当然だが。
「あまり迂闊に触らないほうがいいわよ~?触っただけで呪われる剣とかあるから」
「え!?」
「冗談よ」
シルダは人をからかうのが得意らしい。いや、この流れだと普通に信じるしかないのだが。
「それに、話を聞いてる限り、武器に詳しくないみたいじゃない。エストックと斬馬刀の違いも分からないようなひよっ子が武器を選り好みするなんて。10年早いわ」
「むっ・・・」
さすがに、エストックと斬馬刀の違いは分かる。
エストックは切る剣であるが、斬馬刀はその重さで潰し切るのが本旨とされる武器だ。
また、エストックは刃渡り120cm前後であるが、斬馬刀は刃渡りは200cm以上あるのが多い。
だから、斬馬刀は従者に運ばせ、従者の手から引き抜くのが本来の携行の仕方であるのだ。
ところで、さっき気になった単語を聞いた。
「精神分析士・・・ですか?」
「そう。本来、商売をするには商人の方が都合がいいんだけどね。反発も多かったわよ。精神分析士のクラスでありながら商売業に手を出すのかって。まぁ、このクラスだったら商人よりも学者のほうがずっと向いてるもの。だけど、後悔はしてないわ」
「・・・そう、ですか」
「ふふっ、変な空気にしちゃったわね。大丈夫よ。むしろ家族はこんなに大きな店を持ったのかって驚いてると思うから。それに、私だけの商売も出来てるしね。さ、これがアトの武器のコーナーよ」
そう言われて気がついたが、すでに目的地に到着していたみたいだ。
このコーナーには、銃火器がたくさん置いてあった。
拳銃、散弾銃、狙撃銃、機関銃。
現代日本ではおよそ見ることのないだろう銃がズラリ。しかも実銃だ。
「銃、ですか」
「まぁ、アトが使いこなせるのはこれかしらね」
そう言って、シルダは壁に掛かっていた一挺の拳銃を手に取る。
拳銃にしてはすこし大ぶりで、片手で持つには少し疲れそうだ。
「銘は『ニュクス』。決して初心者用ではないけど、アトなら使いこなせると思うわ。それに、この銃は素晴らしい性能があるのよ」
「素晴らしい性能、ですか?」
「さっきは触れるだけで呪われる剣、みたいなこと言ったけど・・・まぁ、言ってしまえば呪いみたいな物よ。グリップを握ればわかるわ」
僕は、シルダが持っていた拳銃を手に取ってみる。
間近で見ると、その凶悪さがよく分かる。共感と言うのだろうか?実際に触れたら、自分に合うという確信と恐怖があった。
禍々しいような黒の銃の体、非金属的な質感と異常な軽さ。剣や斧なんかより、異世界ということを理解させる、そんな武器だった。
「・・・ふ~ん、私の見立ては正確だったようね。ここまで武器に共感するなんて、珍しいケースよ。素質がなきゃ『ニュクス』は操れないから、むしろ安心というべきかしらね」
「そ、そうなんですか・・・」
「さて、グリップを握ってみなさい」
「あ、はい」
言われるがままに、銃のグリップを握り、引き金に人差し指をかける。
すると、この銃は自分の手に吸い付くようにして握られ・・・離れなくなった。
押しても引いても、自分の手に吸着して離れない。
タコの吸盤は、無理に引き剥がそうとすると皮膚が剥がれるというが、まさにそれに近い感触であった。魔力的なものが自分の手を離してくれない。
「その『ニュクス』のメーカーは、前から魔力の篭った銃を作る傾向にあったけど、これはその傾向が特に強い逸品。刀が持ち主を選ぶ、という伝承がヤマトにあるみたいに・・・その銃は、銃が握り手によってその性能を変質させるというのよ」
「ちょっと!解説してないでこれ離してくださいよ!」
「『離れろ』って念じれば取れるみたいよ?」
今度は、さっきまでの苦労が嘘のようにスポンと取れてしまった。正直言って、この銃が今まで自分の手から離れなかったというのは実感がわかない。
「でも、その分なら操るのには問題なさそうね。買う?」
シルダが催促してくる。まぁ、あっちも商売なので当然なのだろう。
正直言って、迷っている。武器を持つのがこの世界の常識と言われれば、持つべきなのだろうが・・・。こんな曰く付きみたいな武器は持つ気にはなれない。
「迷ってるみたいね。まぁ、迷うのは悪くない事よ。いかに迷いを断ち切るかで、戦士の質は変わってくるからね。自分の未来よ、後悔しないようによく迷いなさい」
シルダは僕の方を見つめてくる。商売業という事を抜きにしても、僕のことを一生懸命に気にかけてくれているみたいだ。優しい人なのだろう。そういう点ではカラに似ている。
迷い・・・自分には要らない感情だ。それのおかげで、自分は中途半端に・・・
「要りません。もっと・・・違う武器が欲しいんです」
「あら、そう。しょうがないわね・・・」
「キャーーーーーーーーーーーーーー!!」
自分が商品棚に『ニュクス』を置いた時、突然悲鳴が聞こえた。
同階からだ。声からしてカラの物だろう。
「カラ!?」
シルダが素っ頓狂な声を上げてしまう。姉妹の危機なのだ、当たり前の反応だろう。
だが、怯んでしまって動けていない。
「ここの武器って、いいの揃えてるから・・・ちゃんと店員も護衛も配備してるのに・・・。もしかしたら、その全員がやられちゃったのかも・・・。魔物の襲撃・・・強盗・・・カラが襲われてる・・・」
「な、カラ!大丈夫か!?」
僕も、無意識の内に声を上げていた。そして行動に移っていたのだ。
声のした方向に走り出す。着の身着のままであるが、そのへんに置いてある武器類を持って機動を下げてしまってはしょうがないだろう。
なんとしても、カラを助けなければ・・・。だが、使い慣れない武器は持てない。相手が誰なのか、そもそも人間なのかさえわからないのだ。
こうなったら、諦めて・・いや、カラは命の恩人だ。絶対に助けねばならない。
だが、後ろの方で。先まで僕が居た商品棚からカタカタと何かが震えるような音が聞こえた。そこからだけ音が鳴っていたため、地震のたぐいではないだろう。
さっきまでへたりこんでいたシルダが今度も驚きの声を出す。
「嘘・・・『ニュクス』と『ノルン』が・・・震えてる・・・キャッ!」
そこから先は何も聞いていない。
だが、振り返ってみると、二つの拳銃が飛んできているのだ。誰かが投げたとかではなく、自分の手に向かって。
そして、気が付くと『ニュクス』が右手に。見知らぬ銃、銀色に煌く拳銃が自分の左手に収まっていた。
「こんなこと・・・今まで無かったのに・・・」
シルダは自分を見て驚いている。僕だって驚いてるけど!
何が起こったら自分に向かって拳銃がフライングするのか見当がつかないが。おそらく魔力とやらが影響してるんだろう。
だが、さっきまで持ってた武器だ。そこら辺の剣よりは十分いい獲物だろう。
片方は握ったのも初めてだが・・・。感覚でわかる。この『ニュクス』と同じような物だ。銘は、『ノルン』だったか。
「大丈夫か、カラ!今向かう!」
僕は、カラの叫び声が聞こえた方へ向かった。
次回、ついに主人公が進化する!(嘘)