《火の銃弾》
吹雪に完全に包まれる前に。
イメージする、学んだ式と陣を。シンはあれを吹雪息と言った。
ならば、効くはずだ。あれが氷の属性ならば、同量の火の属性で打ち消すことが出来るはず。そう学んだ。
僕は、吐かれた吹雪の中央・・・着弾する、という言い方もおかしいかもしれないが、僕達に対して侵攻してくる吹雪に対して銃口を向ける。
式を組み間違えるなんて事は犯さず、最早成功は絶対だった。後は僕の魔力の問題だけ。
「――火の銃弾」呪文を唱える。シンは思い浮かべるだけでいいと言っていたが、こっちの方が成功率が高いことは分かっていたからだ。
放つは吹雪を最初から打ち消す、大いなる業火。太陽の光のイメージが脳から、口から四肢に染み渡る。自分の体の延長にまでハッキリと。
呪文が銃にまで染み込んだ事を確認したから、引き金を引いた。
イメージ通り自分の両手にある銃口から、赤い二条の光が放たれた。間違いなく、あの光は吹雪など簡単に消し去る豪炎を含んだ銃弾。
吹雪と、赤い銃弾がぶつかり合う。しかし、赤い銃弾は違う。
吹雪なんて、障害とも思わぬとまっすぐに真っ直ぐに進んでいった。当然だ、吹雪なんてただ吹き荒れるだけの氷の嵐だ。
僕が放ったのは、圧倒的な火属性のミサイル。吹雪程度ならば、それを退かして道を作る。
今回の場合、退かした先にいるのは・・・倒すべき敵だ。一石二鳥とはこの事だな。
赤い銃弾がまるで一つの恒星であるかのように、銃弾が顎に当たったドラゴンは大きく仰け反る。
いかに硬い外皮を持っていようと、何かが当たった衝撃からは逃れることは出来ない。今までは圧倒的な巨体と、あの筋力で素で耐えていることが出来ていたんだろうけど、今回は別だったみたいだ。
ドラゴンに決定的な隙ができる。ここぞとばかりに撃ち込もうと銃口を向ける・・・が、僕の体は意思とは裏腹に、膝から僕の体は崩れていく。僕の体を支えていた糸が切れたように、立てなくなる。
「魔力切れかな・・・」素直に感想を漏らす。
と、僕の体が地面に付く前に無理矢理に持ち上げられた。肩を貸されるようにして立ち上がる。誰に・・・かは見なくても分かる。
「お前、なんでこんな事出来るって言わなかった?」シンに結構神妙な面持ちで問われる。ああ、そりゃ重要な案件だろう。
「だって、出来るって言ったらシンは止めるだろう?」
「当たり前だ! ・・・だが、助かったのも事実だしな、これ以上叱りはしねぇよ。だが、テメェ何者だ?ありゃ炎の中級魔術に弾丸化と硬化のオプションを付けてんだろ?そんなん出来る奴は、既に魔法使い以上の魔法使いだろうが」
そう言われると、少し照れる。要は自分が凄いって事なのだから。
一度も敵わなかったシンにそう言わせたって事は、僕はシンを追い越せたって事なのだろうか・・・いや、そんなことはないか。単純に相性の違いか。
ただ、何者だ。と言われると少し答えに困る。シンが望むような答えはまず用意できないからだ。
僕は、物心付いた時からそういう数式に沢山触れてきたなのだから。
「―――何者でもないよ。ただ、そういうのが好きだっただけだ」
その受け答えを考えている頃には、僕の膝も活力を取り戻してくれた。シンの支えがなくても立ち上がれそうだ。
毎日のシンとの鍛錬があったから、魔法の鍛錬は最小限になってしまったとは言え、それでも最初の戦闘と比べてしまえば随分力がついたと思う。魔弾を連射した所で三十や五十は連発できるだろう。
「それに、シンもまだ本気出してないだろ?」
「な、なんで分かった!?」
「だって、僕と戦ってるときと同じ目してたからな。おそらく、すぐに倒せるとでも思って手加減してたんだろ」
「まぁな。でも、本気を出しても倒せるかどうかは五分五分だぞ?」
シンは顔を笑顔に歪ませて言う。五分五分もあれば十分だろうけど、そこには敢えて触れないでおこう。
そんな会話をしていると、眼の前に居るドラゴンが僕達・・・というか僕を食い千切らんと襲ってくる。どうやら、さっきのが効いたらしく、その報復のつもりだろう。
牙が迫る、だが僕は恐れることはしなかった。なぜなら、僕の横で短剣を構えている男がいるからだ。
それも、まるで死神が見せるような気魄を纏って。その存在の大きさで言ったらドラゴンとくらべて遜色ないだろう。浅ましく襲いかかる牙に対し、その短剣を構えたシンは鎌鼬のようにドラゴンの横を通り過ぎる。
その刹那、短剣はドラゴンの首を切り裂いて行ったらしい。・・・確信が持てないのは、僕自身シンがドラゴンの首を斬った瞬間を目撃したわけではないからだ。シンの動きはしっかり見ていたはずなのに、切り裂く瞬間を見ることができなかった。
一体どんなスピードで刈って行ったのか・・・不思議で仕方がない。この事実から感じ取れることは、決してドラゴンは軽傷で済んでいないという事。ドラゴンは、痛みからか動きを止めてシンの方を向く。その眼差しは怒りに満ちていた。
だが、その隙を見逃すような僕ではない。最初に撃ったものとは比べることさえも烏滸がましいほどの、魔力と構成式を組み込んで弾丸を編む。
魔弾に、衝撃を与える魔法と硬化の魔法。単純な弾丸としてはこれが最も基本かつ威力の高いもの。さっきの火の銃弾の原型となる弾丸。
「基盤の銃弾!」
その呪文のもとに弾丸を放つ。その弾丸の針は、ドラゴンの体をいとも簡単に貫いていった。
それがまるで紙やベニヤ板であるかのように貫かれていったドラゴンはたまったものではない、断末魔を叫びながらそこら辺をのたうち回った。
僕たちは離れていたから大丈夫だったが、洞窟が崩落しないか心配になってしまう・・・存外丈夫なようだから、問題はないみたいだが。
だが、ドラゴンの方は只では済まない。どうやら、僕に一矢報おうと、また恐ろしい速度で僕の上に陣取り、牙を剥く。
だが、基盤の銃弾は、最も基本的な銃弾だからか、魔力の消費量が少ないのかもしれない。僕の体には余裕が残っている。
僕は、上に聳え立つドラゴンに対して、銃弾を放つ。口腔から貫かれていったドラゴンの向こう側の景色が蒼く輝いているのが見えた。
だが、マズイことにドラゴンは動きを止めなかった。痛みに慣れたのか、それとももう生きては要られぬと僕には分からない覚悟を決めたのかは分からない。だが、確かなことはこのままじゃ僕は喰われて死んでしまうという事だけ。
「まぁ、関係ないけどね」ふっと、そんな言葉が僕の口から漏れる。紛れもない本心の言葉。
規則正しく並ぶ悍ましい牙、その向こうの喉――その更に向こうにある景色の中にある、黒い点。蒼い太陽の黒点のように浮かぶその点。
だが、それは三日月のように鋭利な刃を落とすために空に浮かんでいたに過ぎない。
さっき撃った弾、それは基盤の銃弾にほんの少し手心を加えたものだ。が、その手心こそが僕を助け出す物であること。
洞窟の天井に蜘蛛のように張り付いていたシンの短剣を狙って放った銃弾は、その武器に衝撃の魔術を付与する魔弾だ。――兎に角言えること。
それは、僕を喰らうことに夢中なドラゴンに対して振り下ろされるのは、最早逃げようもなく落とされる、僕とシンの力が合わさったギロチンだった。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
シンの叫び声が洞窟内に響く、ドラゴンはそれを介さない。介した所で無駄なんだけれど。
そして、天井から跳ねたシンは、ドラゴンの首を斬った時のように見えなくなる。元よりドラゴンに開いた穴から見えていた微かな点だ。僅かにでも動けば見えなくなる。
だけど、見えなくなった一瞬の後、ドラゴンが止まった。
止まった・・・と言うのは、比喩表現を全く用いていない。僕を喰らおうとするドラゴンの動きも、ドラゴンの息の根も止まったということだ。
ドラゴンの頭部を支えていた頸部は既に頭を失い、血が吹き出る。蒼い壁に付く赤い液体は、コントラストを生み出してしまい、美しいと思ってしまう自分が居た。
そして、頭は落ちてくる・・・僕に向かって。支えを失った分、すぐにでも僕を押し潰そうと・・・落ちて・・・。
「へ? 嘘だろ?」
いや、こうなることは予想しておかなきゃいけなかったんだけど、ドラゴンを倒すことに精一杯でその後の事なんて全く考えられていなかったというかこのままじゃ死なないまでも大怪我を負うのは確実というか―――
僕は考えることをやめた。




