宝の山
あの後、僕たちは周りを警戒しながら進んでいっていた。
不意打ちされた状態での戦闘で全くの手傷を負わずにオークを倒せたのである。警戒した状態、つまり不意討ちがない状態でオークに襲われても危険があるわけがなく、オークはむしろカモとなっていた。
そして、10匹ほど狩った辺りから、オークは僕達に寄り付かなくなっていた。おそらく恐れをなしたのだろうが、そっちの方が好都合であるので態々オークを探しに行くこともせず、僕たちは洞窟を歩いていた。
シンの意見ではあるのだが、10匹ほど倒せば十分。そして、討伐という名目だが、今回の依頼の本質は洞窟の調査であるからだ。魔性結晶が見つかっている以上、オークを100匹狩るより、この洞窟の内部を知って報告した方が相手に恩を売れて金になる、と推測しているのだ。その意見に異論は無いため、僕もシンに従って歩いている。
その道すがら、あの青い光を見るたびに、シンの頬がほころぶのを見ると、僕まで笑いそうになる。
シンは少なくとも僕よりこの世界に詳しい。だから、僕はシンの反応で状況を予測することが必要不可欠なのだ。シンが笑うということは、状況は芳しいということにほかならない。
「なぁ、ところでシン」
「ん?なんだ?」
シンが振り返る。その表情筋は笑いを噛み殺そうという考えを表に出している。
僕の顔を分かりやすいと言ったが、シンも分かりやすい方なんじゃなかろうか・・・。
「いや、心なしか、魔性結晶が出る頻度が増えてる気がするんだよ。奥に行くにつれて。気のせいじゃないよな?」
「・・・そういえば、そんな気がしてきたな。よく気づいたな」
「そういうのには敏感なんだよ」
元々は、5分歩くごとに1欠片顔を出していたら十分ってぐらいだったのに、間隔が狭まっている。
どれ位狭まっているかって言うと、ここから見える結晶から20m離れた所にもう1個見えるぐらいには狭まっている。ついでに言うなら、出てきている大きさも少しずつ大きくなっている。
これが何かしらの予兆である気がしてならない。そのことを指摘してからは、心なしかシンが警戒を強めているように感じたので、僕もそれに倣う。
警戒をしながら歩くこと数分、僕たちは、洞窟の終着点らしき所に行き着いた。
しかし、行き着く前に僕たちは目を疑わざるを得なかった。シンでさえ開いた口が塞がっていないのだ、僕だってこの状況を理解している以上、当然のように驚きを隠さずに居た。
なぜなら、終着点が、辿り着く前に分かっていたからだ。『ここが終着点なのか』と、本能的に。
なぜなら、そこがこの世ならざる風景だということを予感させたからだ。
なぜなら、その終着点は蒼く輝いていたからだ。僕たちはその輝きを知っている。
魔性結晶の輝きであった。しかし、それは今までのような欠片の弱々しい光ではない。
その他の光源さえ要らない、強く明るく、神々しささえ感じさせる輝き。
それを終着点の遠くから感じていたのだ。
はぁぁ――シンの口から息が漏れる。感嘆の表情をしたその顔は、未だ見ぬ希望の形相であった。
終着点に着いたなら・・・そこは、その輝きの中心点だった。
案の定、幻想的蠱惑的な光に包まれている。まさかその輝きの全てが鉱石によって賄われているとは考えもつかないが、事実ここに輝きがあるのだから仕方がない。
目の前の風景を見てもなおそれを疑う、それほど美しい世界だった。
「おい、アト、これを運搬籠に入れておいてくれ」
シンは、いつの間にか掌に収まりきらないほどの大きな結晶を持ってこっちに歩いてきている。採掘道具はどこから取り出したのだろうか・・・。
「偽証を疑われて当然だからな、証拠用だ。しっかし・・・」
シンは辺りを見渡す。まるで、新築一戸建ての家を見に来たサラリーマンのように・・・その目は景色の一部始終を目にして全てを収めようとしているようで、希望に満ち溢れた顔をしていた。
「こんなアタリ引き当てるなんて、ツイてるな俺達は。この分じゃ・・・報酬のケタが1つぐらい上がってもおかしくねぇ。」
「そんなものなのか・・・?僕には良く分からない」
「そうか・・・まぁ、お前でもここが凄いってことは分かるだろ?」
「まぁ、それは分かる」
こんな所、日本じゃ信じられない。偶にテレビで絶景特集みたいなものをやっていたのを思い出す。現実に見たから、というのも有るかもしれないが・・・その特集で見たすべての景色を打ち消してくれるような絶景であった。
「ここで少し休んだら帰ろうぜ。 歩き通して疲れたろ?」
「そう・・・だな。疲れた。」その辺の座りやすそうな所に腰掛ける。結晶は全て尖っていて座りにくそうだし、そもそも心理的に座ることが躊躇われる。探すのが難しかったが、露出していた岩肌に腰を下ろした。
しかし、こうやって周りを見渡してみると、すごい場所だな・・・宝物庫の中に入ったならばこんな感じなのだろうか。
ここは余りにも、さっきまでの洞窟と一線を画していた。まるで別世界だ。
・・・そう思うと、少し寒気がした。気温のせいならどれだけ良かっただろうか。
埋め尽くすほどの黄金を抱え込むようにして悪竜は座していたのだ。ここにもそんな存在が居ないとも限らない。
僕は、そんな考えに行き着くと、取り憑かれたように立ち上がる。シンもその様に違和感を覚えたのか、僕に近づいてきた。
「どうしたんだよ、アト! もう休まなくて良いのか!?」
「あぁ・・・少し、嫌な考えに至ってしまってさ。少し早くここを出よう」
「・・・凄い汗だな。分かった、お前が言うならそうしよう、さっさとここを出て―――」
シンは固まった。僕も同じだ。禍福は糾える縄の如し。希望の裏には絶望が迫っていることにさっさと気づくべきだった。
まるで出口を塞ぐようにして立ち塞がっていたのは・・・
「竜種・・・」二人して、同じことを呟いていた。それが悪かったのだ。
ドラゴンは、僕達の声を感じ取ったのか、こちらを向く・・・気づかれた。ツイていると言っていたのはどこへやら、僕たちの心は絶望に支配されていた。