戦い
オークと向き合って、覚悟を決める。
人の形を取ったものを殺す覚悟。モンスターの一種とは言え、自分の手で殺すことには多少の躊躇が伴う。
でも、その覚悟は簡単に決まった。さっきの一撃の恐怖で確信していたからだ。
殺らなきゃ、殺られる。 圧倒的存在感を放つ眼の前のモンスターを見て、その普遍かつ不変の理を言葉ではなく感覚で。理性ではなく本能で理解したからだ。
「落ち着いて相手の動きを見ろよ」
シンの言葉が染み渡る。脳にではなく、産毛の先々にまで。水を打ったように僕の体は静謐そのものだった。
オークの体を見据える、先程のようなパッと見ではない。構造解析のようにハッキリと、じっくりと。
無駄な弾は撃てない。僕の銃声は、1発1発が命を刈った跡の残響でなくてはならない。現実はそうは行かないだろうが、無駄弾は撃たないに限る。また倒れたら目も当てられないからだ。
「アト、来るぞ! 避けろ!」
分かってる。 棍棒を振り下ろす動きが僕の目に映っているからだ。
僕は、オークが破壊した地面を見る。さっき肌に感じた衝撃は嘘じゃなかったのだ。僕が踏みしめても靴音しかならなかった岩の地面だが、既に小石しか残っていないようにハッキリと粉砕されていた。
それもそのはず、リーチの長さは速さに直結しているからだ。
同じ速度で武器を振り回したとして、その末端の速さは短剣より長槍の方が遥かに早い。同じ理屈を僕は立てていた。オークの身長は僕の三倍弱。腕の長さもそれに比例するだろう。
それこそ人間が振るうより遥かに早い一撃となるだろう。巨躯のオークは何を意識することもなく、ただ振り下ろすだけでも速くて重い、壊滅の一撃になっているはずだ。
その一撃がまた振られる。今までの僕の人生で最も破壊的な象徴が、空を切って・・・ん?。
なぜだろう、思っているより遥かに棍棒の動きが遅い。
まるで転がっている樽を撃つように、振り下ろされるオークの手を撃つ。外すことを考えることさえ無意味な確信を得て、その通りに過たず撃ち抜いた。きっかり、5発。
そう、きっかり5発。1発では足りないだろうと思って5発だ。それで足りたのだろう、1発1発は微小なものだから、大して痛がることもしなかったが、それでもオークの腕の動きは止まる。それでも棍棒を持つオークの右手は力が抜ける。
握っていた右手が無力化されるということは、武器を離すと言う事。重力に従い、オークの棍棒は岩肌に向かい落ちる。
しかし、僕は棍棒が落ちきる前に行動を済ます。オークの胸部に向かい、銃口を向け、魔力の弾を放つ。胸部にまんべんなく、たっぷり9,10発は撃った。
狙いは当然心臓。巨体だから、詳しい位置も分からないから、殆ど当てずっぽうだ。
だが、豚か人間の形をとっているなら、内臓の位置もさして変わらないはずだ。胸部には心臓だけでなく肺もある、重傷になるのは予想できる。
そして、その予想の通りになったのだろう、オークは初めて苦しむ様を見せた。
しかし、オークも黙っていないのだろう。腹に響く呻き声を上げながら、僕に左腕をぶつけようとする。
僕のはるか上からのパンチ。拳の1個が僕の身丈ほどもある。喰らったら僕に命はないだろう。
咄嗟に跳ぶ体勢を取る。だが、すぐにその体勢は崩すことになった。
なぜなら、腕は地面に落ちたからだ。僕が右手から棍棒を撃ち落としたように、オークの左腕は胴体から切り離されていた。左腕は僕に届くことなく、重力のままに地面を引き摺られる。その切り口から血液が吹き出る。
こんな事をしてくれる奴を、僕は一人しか知らない。 黒いフードを首に乗せ、赤い血液を身に浴び、短剣を持つ、僕よりはるか格上の戦士。
「アト、調子が良いみたいだが、調子に乗るのはよくねぇぞ!」シンは、笑いを飛ばしてこちらを見る。
余裕綽々、と言った顔だ。明らかに短剣の刀身よりも大きいオークの腕を楽々と切り落とすぐらいの熟練。
おそらくは、僕が相手をしている間に、シンはオークの背中側へ回り、攻撃の機会を伺っていたのだろう。僕1人だと、倒すまでに攻撃を喰らってしまうことを見越して。
考えてみれば、オークの振り下ろしを遅く感じるのも当然だ。僕は、オークの振り下ろしより疾く武器を振るう相手と実践訓練を行っていたんだ。何度も何度も。目が慣れるのも当然なのだ。
オークはこれを受けて、悲鳴を上げて頭を落とす。それは、勝利への確信に繋がった。
知的生命体全てが持ち、その全ての急所。即ち脳。オークの巨体で上手く見えていなかったが、自ら頭を落としたなら簡単に撃ち抜くことが出来る。
「さよならだ!」
僕は、両手の中で一発ずつ。 双銃の魔弾がオークの頭部を穿つ。
2発の銃弾が、オークを支えていた全てを断ち切った。事切れたオークは、膝から崩れ落ちる。
オークが膝をつくのと、棍棒が地面に落ちるのとはほぼ同時だった。そこから先は早いものだ。
膝をついたオークは、そのまま腹・胸・頭と順番に地面に付ける。少なくとも、それだけの仕草で僕達の勝利を噛み締めるには十分だった。
「いい動きだったぞ!」
「そりゃどうも!」
シンが、右手を頭の上で構えた。ハイタッチの構えだ。
僕は、それに応えて右手を勢い良く合わせる。 手同士がぶつかる乾いた音が響き渡った。
僕達の初戦闘は、完全勝利で終わったのだ。