少し高いドアの音
「ぎゃははは!! 俺が?神識会!?笑わせんなよ!」
「うるさい。 店に入るまでの会話で、そう思い込んでただけだ」
「にしてもだぞ! 思い込みが激しすぎるだろ!」
「悪かったっての・・・」
今、僕は黒ローブの男・・・いや、もうローブは脱ぎ捨てている男と会話している。
あの後、僕はいつの間にか自分の部屋に運び込まれていた。ベッドから跳ね起きた時、部屋の床に黒いローブとともに男が転がっていたのだ。ゴウラに殴られた箇所が、ズキズキと痛む。この店に入った時点で、日の入りまでもう少し・・・って感じだったから、窓からキラキラ星が見つめるこの時間まで寝ていたということだろうか。だが、頭の痛みと時間、頭を冷やして会話をすることが出来た。
と言うよりは、この男のイメージが大分変わったからだろうか。組織の尖兵で、随分と下賤かつ狡猾な印象があったが、本当のところは、ただただテンションが高い調子者らしい。ローブがない男は、随分ハンサムだった。跳ねた金髪に、赤い瞳。端正な顔立ちだ。あんな動きができるのだから当然だが、体格もバランスが取れている。身長が特別高いわけではないが、ガチムチでもガリガリでもない。
あぁ・・・細部まで話すとキリが無いが、一言で説明するならFFのクラ○ドに酷似していた。瞳の色や武器など、違う部分もあるが。
で、男が起き上がった所で襲った経緯を説明して今に至る。下卑た男の笑い声が耳障りだが、こっちに否がある割には笑うばかりでこちらを糾弾しようというつもりがないらしい。まぁ、至極うるさいことには変わりないが。
「まぁ、黒いローブで来たのは俺も悪かったしな。ちょっと無神経だった。因みに、気づいてると思うが、俺は別に神識会とは全然関係ないからな」
「あんなに笑っといて、逆に組織の一員って言われる方が違和感あるんだけどな」
「そーゆーこと言うなって」
笑い覚めやらぬ、と言った感じで、ずっと笑顔が止まらない男。一種の老獪さも垣間見える。
この男と目を合わせていると、あの威圧感を存分に孕んだ視線を思い出す。組織の一員ではないと言っていて、僕はそれを信じてはいるが、かえってあの威圧の恐ろしさが浮き彫りになってるとも言えた。
それとも、この世界の人間は、皆こうなのだろうか?身震いしそうだ。
「しっかし、この部屋を見て思ったんだけれどよ。魔銃とは・・・珍しい武器に好かれたもんだな」
「そういえば、盗賊達も言ってたな。そんなに珍しいものなのか?」
「へ? お前・・・この世界に住んでおいて、これの珍しさも分かってないのか?一体どこの育ちなんだよ」
男は、棚の横に置いてあった僕の一対の銃を手に取る。右手に黒の銃。左手に銀の銃。それを、まじまじと見つめる。まるで骨董品を見定める鑑定人のように、一切の余念もない見方だ。あまりにも軽い出会いだったから、その価値については目を向けていなかったが・・・。
「育ちについては、おいおい話すよ。それより、どういうことなんだ?」
「こんなの、学園に1年でも通ってれば知ってる内容なんだがな・・・。まぁ、話してやろう」
そう言うと、男は両手に持っていた銃をいきなり投げ渡してきた。下投げかつ緩やかだったから、反射的に受け取ることが出来たが、自分の物を投げ渡されていい気分はしない。
だが、男はそんなこと気に留めないのか、気に留めようとしていないのか、僕を全く気にせず口を開く。
「基本魔術公式ぐらいは頭に入ってるよな?」
「あぁ、今日読んだ魔導書に載ってた」
「・・・へ? 嘘だろお前!今日まで知らなかったのか!?」
武器を投げ渡した事には全く気を使わなかった男も、僕の台詞には余程応えたらしい。 というより、驚きすぎじゃないかいちいち・・・。
「話が進まないから、先に全部話してくれ」
「いやいや、そう言われてもな。魔法の基礎のキの字の一画目だぞ。そんなの一から説明するって言う方が面倒くさいんだけどな」
その時、金具が立てる気の抜けた音がドアから響く。この部屋のドアは古いらしく、ドアを開ける度に変な音が響くのだ。裏を返せば、この音が響いたってことはドアから誰かが入ってきたということでもある。
そこを見れば、やはりカラが食事を持って入ってきた。食事の量がいつもより多いなぁと思ったが、自分に向かい合う形で男が座っているのを忘れていた。大きめのお皿に肉と野菜。2つの小皿に乗せられたパンと、2つのコップとピッチャーに入った牛乳。今日も美味しそうだ。
だが、男は食事のことには目もくれず、カラに問いかける。と言うよりは威圧する。嬉しそうに。
「おい、この兄ちゃん、どういう教育なんだよ! 何も知らないぞ!お前の連れなんだから、何か知ってるんじゃないのか?」
そして、その男はこういう事を隠そうともしないというのは男が開口一番叫ぶようにカラに話しかける時になってから知った。完全に手遅れである。
「あ、えぇっと、それはね~・・・えっと・・・」
そこで言葉に詰まるなよ! 余分に怪しまれるだろ!
しかし、僕の心配をよそに、カラはどんどんと暴走していく。
「とにかく、アトは全然怪しくないよ! 記憶喪失なだけで、決して異世界からやってきた異世界人ってわけじゃなくて、2日前に道端で倒れてたのを私が拾ったわけじゃないからね!」
「カラ、もう言っちゃってる。 見てよ、あの男の顔。輝いてるよ、もう手遅れなんだよ」
男の顔。それは、新しいおもちゃを見つけた子供の顔だ。さっきまで魔銃を見ていたときの真剣な表情は、霧のように消えてしまっている。
「なーんだ! それならそうと早く言ってくれよ、俺バカみたいだったじゃんかよ!なぁなぁ、異世界ってどんな所なんだ? ここと比べてどう?満足してるか?」
男は、僕のほっぺたを人差し指で突きながら問いてくる。良くも悪くも純粋な奴なんだろうか・・・。
目まぐるしく変わる男の顔とキャラに、何故か心が惹かれ始めている。
ある種自分と反対だからだろうか。同族嫌悪が成り立つなら、その逆も然りなのか。
「いや~まさか、こんな所で異世界人と会えるとは・・・驚きだ。あ、カラちゃん。食事はそこに置いて行ってくれ。俺、しばらくコイツと二人きりで話がしたいんだ」
「む~・・・」
カラは、なぜか頬を膨らませ、扉を急いで閉めて出ていった。
かと思いきや、30秒とせずに食事をもう1個持ってきて、カラは食事と自分の腰を床に下ろす。
「私も聞く!」
分かってる。
「まぁ、僕の話を聞くのは分かったけど。先にそっちの話から話してくれないかな」
「「早く!!」」
2人が、鬼の形相で僕に話の催促をする。あぁこれ、僕の願いは聞き入れられないパターンだ。
仕方なく、僕はもともと自分が居た世界。 そして、この世界に入ったきっかけを話す。
元々日本という国家にいた事。そこには高校という学校があり、そこで学んでいたこと。元いた世界では、魔法なんてなく、科学の力で世界は回っていたこと。
自分という人間の生い立ちを隠しつつ、最終的なこの話題のゴールであり、ローブの人間に連れ去られた事を話す頃には、2人ともぐっすりと夢に落ちていた。
仕方ないから、一つしか無いベッドの上にカラを載せ、男はソファの上に横たわらせる。そして、僕は椅子に腰掛け、眠りに入った。昔から寝床に入れない時はこうやって寝たから、本当にすんなりと夢の世界に入り込むことが出来た。
そして、夢の世界から出た時、既に日は昇りきっていた。日本の春で言えば6時半ぐらいだろうか。
カラはまだぐっすりと眠っていたが、男は目覚め、窓から外観を眺めていた。いつの間にか、黒いローブを羽織っている。フードまでしっかり被っているが、昨日みたいに危険な匂いは感じない。
話をしている内に重々分かったからだ、彼は何一つ危険なものなど持っていないと。
「なぁ、アト。 昨日聞きそびれた事があるんだ」
僕の立ち上がった物音を拾ったのか、男は窓の方を向いたまま僕に質問を投げかけてくる。
「話を聞いていると、お前の居た世界って随分不便そうだ。魔法もないし、政治も人を縛り付けるばかり。元々そっちに居たとして、そっちに戻りたいとは思わないがな。それも組織を利用してまで」
そんな質問をされて、僕は既視感を覚えた。
なぜなら、随分前にそんな質問を聞いたことがあるからだ。
―『ねぇ、なんで外に行こうとするの? 外には危険がいっぱい。ここに居る方が安全なのに。私は外に出たいとは思わないんだけど』
―『なんでだろう・・・多分僕は―――』
「あの世界に居たいんだ。 理屈とか関係なしに、そこに居たいんだ」
言ってから気づく、僕は何も考えずに言葉を口にしてしまった。
フラッシュバックした風景とともに、僕はあの時と同じ言葉をつぶやいていた。
「はぁ、変な奴だな」
男は、笑ったように肩を震わせる。 そして、そのまま振り向き、窓際に腕を置き、語り始めた。
「俺は、故郷で一匹狼でな。そんな自分を変えたくて、旅する分には遠くなくて、でも来ようと思わなければ来れないような距離のロマネアに来たんだ。酒場に来たのも、新生活の相棒を探すためなんだ」
窓から差す日光を浴び、黒いローブと、その中から見据える金髪が哀愁を見せる。
その姿は、太陽のように眩しくも、闇夜のように暗くも有った。
そして、男は右手を僕の方に差し出す。 その手の形は、握手を訴えかけていた。
「アト、お前の戦いぶりは一昨日見てきた。あの戦いを見て、お前を異世界人って思ったやつは一人も居ねぇだろうな。基本魔術公式を知らないで、あそこまでやれるのは大したもんだ。その才能を見越して、お前を俺の相棒に誘おう」
「なんで上から目線なんだよ、だが・・・分かった、お前の誘いに乗ってやる」
僕は、迷うこと無くその手を取った。そして、固く握手を交わす。
こいつとは退屈しない、そういう直感が有ったからかもしれないが、初めて邂逅した時に見せつけられた実力と、実際の人格の乖離に少なからず引き寄せられたんだろう。
「というか、スルーしそうになったが、見てたのか」
「痺れたぞ? あの交渉、癖になりそうだ・・・おっと、そうだ。 今から外に行くぞ、昨日出来なかった講義の時間だ。お前が何も知らねぇとありゃ、やりようもある。それとな」
男はドアのノブに手を掛け、ついてくるようにジェスチャーしながらドアを開ける。
その時に出る音は、少し高く軽く聞こえた。
「シンだ。 シン・ニューマン。これからよろしくな」