食い逃げ、時々メイド服
「バカ!」真緒が怒鳴る。
「いいから早く!」僕は走っている所為で乱れる息の中、とにかく急ぐように真緒に向かって叫ぶ。
後ろからはファミレスの店員の足音と怒声が聞こえてきている。
――とにかく急がないと。
僕と真緒は、とにかくめちゃくちゃ走った。走って逃げた。
足音と怒声が聞こえなくなった後もしばらく走り続け、そうしてる間に見つけた小さな神社の敷地内に僕たちは逃げ込んだ。
そこで息を潜め、ようやく僕たちは一息ついた。
真緒が肩で息をしながら僕を睨んでいる。視線にダメージがあったら僕はすぐにでも死にかねない目だった。
「こぉんのぉバカアア!」
あまりの声のでかさに耳がキーンとする。思わず耳を塞ぐ僕に真緒が続ける。その口の動きはさながら、マシンガンといったところだろうか。
「あんたの所為で前科一犯になっちゃったじゃない!」
僕の所為とは心外なだ。いや、確かに財布を持っていなかった僕にも責任の一端はあるのは事実だし、ファミレスにお金を払っていないのもまた事実だ。
だけれど真緒だって他人の財布を当てにして頼みすぎだったし、それに財布を持っていなかったのは真緒だって一緒じゃないか。
ただ、僕にそれを指摘する勇気はない。僕が頭の中でいろいろな言い訳を考えている間中も、ずっと喚き散らしている真緒にそんな事を言えば、僕の助手という立場はあっという間に消えかねないからだ。
だけど間違いぐらいは正してあげた方がいいかもしれない。
「あのさ、まだ前科一犯じゃないよ。ほら、僕たち捕まってないし。いい? あのね、まず逮捕されるでしょ、それから裁判で――」
僕の言葉を聞いて真緒の肩がプルプルと震え出したのを視界に捉えた。
――ん? どうしたんだろう。
そんな事を思いながらも僕の口は止まらない。
「――有罪になって初めて前科が」
「こんの、バカ!」
大音量の叫びと共に繰り出されたローキック。
それは僕の左スネを的確に捉え、僕はそのローキックの衝撃によって縦に一回転半し、背中から地面に落ちた。
――痛い。いろんな所が痛い。スネが痛い。背中が痛い。
痛みの所為で滲む視界の中、真緒が二撃目の為に足を引くのが見えた。
僕は必死に、そして瞬間的に謝った。あれをもう一発はやばい。本能的にやばい。
「ゴメン! ごめんなさい! 本当に! 本当にゴメン!」
「捕まらなかったら何してもいいの!? 違うでしょ? ねぇ!」
真緒はすごく怒っているようで、まだ蹴りの構えを解いていない。
「はい! そうです! ごめんなさい! もう、しないです!」
僕は倒れていた姿勢から、正座し、華麗に土下座を決めた。
僕の土下座プラス必死の謝罪が効いたのか、真緒は蹴りの構えを解いて深いため息を吐いた。
「もう絶対しないでね。立てる?」
そうして僕に手を差し伸べてきた。
僕はその手を掴んで立ち上がる。ローキックを食らった左足がまだ痛んだけれど、ここで痛がったり泣き言を言うのは格好悪すぎる気がして、僕は黙っていた。
*
空の色が夕方から夜に変わる頃、僕と真緒は大型ショッピングモールにいた。
どちらかと言えば、若者たちのデートと言うよりは家族連れをメインのターゲット層にしたようなショッピングモールだ。
その場所に僕と真緒が二人でくるのはすごく異質に思えたのだけれど、真緒曰く「ここならクラスの子とか知り合いに遭遇する可能性、低いでしょ?」との事だった。
そしてその真緒はと言えば、ここの百円ロッカーに昨日着ていたメイド服を預けているらしく、「着替えてくるね。ここで待ってて」と言い残し、ショッピングモールの中にそそくさと消えて行ってしまった。
僕は真緒の着替えを待ちながら、近くにあった駐輪場をぶらつく事にした。
――ここになら一台ぐらいあるはずだ。
僕の狙い通り、探していた物はすぐに見つかった。
二人で乗るための荷台が付いていて、鍵のかかっていない自転車。
それが僕の探していた物、だった。
僕の足は未だにひどく痛みを発していてこれ以上歩きたくなかったし、それに女の子ってのはちょっと悪い男に惹かれるらしいじゃないか。そしてそれは『モテる男講座』にも書いてあったから確実だ。
僕はその自転車を何食わぬ顔で、駐輪場から引っ張りだし、跨がった。
僕が自転車に跨がって待っているとすぐに真緒は現れた。
昨日見たメイド服を身につけた真緒は、それだけで既に少しカッコいい。
僕の乗る自転車に気づいた真緒がすこし首を傾げた。
「あれ、自転車?」
「うん、歩くより早いでしょ?」
「それはそうだけど……。ってかその自転車どうしたの?」
「あぁ、すぐそこの駐輪場に――」
僕は途中で気づいた。今度は気づいた。これは罠だ! 軌道修正する。
「――すぐそこの駐輪場にとめてあった僕の自転車だよ」
真緒が追及の眼差しを向けてくる。
「まさか、盗ったりしてないよね?」
「盗ってない、盗ってない。それより早く行かない? その、ほら」
僕は即座に否定しつつ、周囲に目をやった。
その目の動きに釣られて真緒も周囲を見回す。
周囲にいた家族連れはメイド服の真緒が気になるのか、じろじろと見てくる。いつの間にか注目を集めてしまっていたようだった。
一気に顔を真っ赤にした真緒が僕の後ろに跨がる。
「は、早く行きなさいよ! バカ!」
「ごめんごめん」
僕は笑いながら、自転車の後ろに真緒を乗せて真っ暗な町の中へと自転車を走り出させた。