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フルコースは低価格で

 翌日。僕は朝から宮原に声をかけるタイミングを窺い続け、そして放課後になってしまっていた。

 さすがに、学校で他のクラスメイトのいる前で「昨日のチェーンソー男ってなんなの?」などとは聞きにくかったし、そもそも宮原が僕のことを避けてるようで、話しかけるタイミングが無かったのだ。

 そうしてひたすらタイミングを窺っていた結果、今現在、僕は珍しく一人で下校していく宮原を追いかけていた。

 早足に歩く宮原のスカートが揺れている。

 全身から『話しかけてくるんじゃねぇ』オーラを出している宮原の後をそっとついて行く。

 これじゃまるでストーカーだ。そう思った僕は意を決して声をかけた。

「あのさ、ちょっと待ってよ」

「何」

 宮原の声から、彼女が不機嫌なのがビシビシと伝わってきた。

 やばい。このパターンは想定外だった。

 てっきり、『戦いに巻き込んでしまった。あなた無しじゃもう戦えないの。私の秘密を聞いて!』『しょうがないなぁ。じゃあ俺も一緒に戦ってやるよ』みたいなパターンになるもんだと思っていた。

 こんな時どうすればいいんだ?

 というかこの状況、他の人が見たら僕が宮原のことをナンパしているように見えたりするんじゃないだろうか。それはマズい。恥ずかしい。

 そういえば、少し前にネットで見た『モテる男講座』に、女の子をナンパするには、まず飯に誘えと書いていた気がする。

 その講座は僕が見てもかなり怪しい内容の物だったが、今の僕が頼れる物なんてそれぐらいしかなかった。

「いや、あの、ほら。飯でもいかない?」

「行かない」

 僕は焦った。めっちゃ焦った。なんだよ。全然役に立たないじゃないか。

 こうなったら追加で攻撃するしかない。

「じゃあフルコース! フルコースおごるよ!」

 どうだ? これでダメなら……。

 焦る僕の目の前で宮原が口を開いた。

 「……やっぱり、行く」

 おお! 役に立ったよ。さすが『モテる男講座』だ。



 数十分の後、僕と宮原はファミレスに居た。

 テーブルの上には所狭しと料理が並べられている。

 シーザーサラダ。コーンポタージュ。マグロのたたき丼。肩ロースステーキ。そして僕の頼んだポテト。

 うん、なんていうかフルコース……なのか?

 いや、確かに「好きなもの好きなだけ頼んでよ」などと言ったのは僕だったし、「フルコースおごる」などと言いながらファミレスに連れてきた僕も悪かったのかもしれない。

 が、これはいくらなんでも酷くないだろうか。あきらかに頼みすぎだ。

 ポテトとドリンクバーしか頼んでいない僕の様子をみて僕のお財布事情を察してほしいものだ。

 それにしても、これ全部食べられるのだろうか。

 しかし僕の心配は杞憂に終わる。宮原は瞬く間にそれらの料理を食べ終わったのだった。

 唖然。しばし呆然となってしまった僕はなんとか気を取り戻し、質問を開始した。

「あのさ、昨日のあれってなんなの?」

「敵」

 フルコースのおかげなのか、宮原の態度に刺々しさは感じられない。

「敵?」

「うん。敵」

 いや、だから敵ってなんだよ。

「それってどういうこと?」

 僕の質問の何が恥ずかしいのか、宮原はなぜか急にモジモジして俯いてしまった。

 何? なんかそんな恥ずかしいこと聞いちゃった? 意味がわからない。僕は混乱した。

 混乱している僕の様子に気が付いたのか、宮原が顔を上げた。ふいに上目遣いになった宮原がジッと見つめてくる。

 ――え、なに。ってか宮原ってこんな顔してたっけ? ちょっと可愛い。

 どきどきする僕に宮原が問う。

「絶対笑わないって約束できる?」

「するする。絶対笑わない」

 僕は即座に約束した。

「絶対だからね。あのね――」

「――アイスクレープ、季節のフルーツ添えのお客様ー」

 宮原が話し始めようとした瞬間、狙い澄ましたかのように店員さんがデザートを持ってやってきた。ちなみに注文したのは僕ではない。

 僕の向かいで、明らかにムクレた表情を浮かべつつも、少しだけ恥ずかしそうに宮原が小さく手を挙げていた。

 宮原が目の前に置かれたデザートを見ながら、去っていく店員さんを見て言う。

「ほんっとタイミング悪いよね。なんだか話しする気なくなっちゃった」

 僕は焦った。めちゃくちゃ焦った。このまま機嫌を損ねたらマズい。

 確か『モテる男講座』にも書いてあったはずだ。「決して女の子を飽きさせてはならない」と。

 僕はメニューを広げて言った。

「どんどん頼みなよ。ほら、これもこれもおいしそうだよ」

「別に……。でも、そこまで言うならじゃあ――」

 そして宮原は追加で三品ほどデザートを注文し、そのすべてがテーブルに届いてから口を開いた。

「ごちそうさま。で、なんだったっけ?」

「あの男が敵って。 あいつは何者なの?」

「知らないわよ。そんなの」

「え」

「別にあいつが何なのかなんて知らない。でも、私にはわかるの。あいつは私の敵」

 ……だめだ。どういうこと? 僕はわけがわからなくて素直に質問する。

「ごめん、どういうこと?」

「だ、か、ら、あいつは私の敵で、私はあいつを倒さなくちゃいけないの」

「どうして宮原が戦わなきゃいけないのさ。そんなのって警察か自衛隊の仕事なんじゃないの? 宮原が戦うには何か理由みたいなのがあるんじゃないの? 僕はそれを教えてほしいんだけど」

「別に私が戦う理由なんて陽介には関係なくない?」

 唐突に名前を呼ばれて僕はどきどきした。さっきみた上目遣いの所為だろうか。

「いやいや、僕だって関係者じゃん。昨日戦ったし」

「そういえばそうだったね」

 宮原はそう言って笑う。その笑顔がなんだか可愛くて、僕は名前を呼んでしまう。

「それに真緒が戦ってるの知ってしまって僕だけ家で寝てるなんてできないよ」

 急に名前を呼んだ所為か、真緒は目を見開いて僕を見てくる。……やっぱり名前で呼ぶなんて、大それた事やるんじゃなかった。

 後悔しはじめる僕に真緒は、にへらと笑った。

「いいねー。陽介に名前で呼ばれるとは思わなかったよー。えへへー。じゃあ特別にもう一回、名前で呼んでくれたら教えてあっげるー」

 真緒は急にデレデレし始めた。なんだこいつ……。

 ただ、もう一回などとリクエストされると少し恥ずかしくなってくる。僕は半ばやけくそになりながら名前を呼ぶ。

「教えてよ真緒」

「いいよー」

 うれしそうに頷いた後、真緒は一気にしゃべり出した。

「あのね、一ヶ月ぐらい前の日、私はある人のお葬式に出てたの。で、その帰り道、私は深く絶望してた。もう世界なんて消えてなくなっちゃえばいいのに。全部壊れてしまえ。って本気で思ってた。そしたらあいつが目の前に現れた。私は直感で理解した。世の中の悪いことはこいつが原因だ。諸悪の根源だって。でね、あ、こいつは私の敵だって思った。私が倒さなきゃって。でね、そしたら、私の体が軽くなって――それは陽介も昨日見たから知ってるよね――でね、とにかく強くなったの。でも、あいつはもっと強かった。何回殴っても蹴っても死なないの。ナイフを突き刺しても――これも昨日見たよね――死なない。でね、何をしても倒せない。ただ、逃げていくだけ。だから私はまた理解した。不死身の魔人。それがたぶんあいつの正体。私はそいつを倒すための美少女戦士。たぶんあいつを倒さなかったら明日はこない気がする。だから私は戦ってる」

 僕は返事に困った。なんていうか、うん。意味がわからなかった。でも、このチャンスを逃すわけにはいかないと思っていた。

 退屈な日常、透けて見える将来のヴィジョン。それから逃げ出すにはこれしかないと思っていた。

「その、僕も真緒と一緒に戦いたいんだけど」

 最初からそれが目的だった。そして僕はいつか真緒を守って死ぬのだ。そんなカッコいい人生の終わりなんて、考えただけで痺れる。

「だめだよ」

 だけど僕の願いはたった四文字の返事で破壊された。

 予想外だった。断られるなんて想像してなかった。

「なん……で?」

 絞り出すように聞くので精一杯だった。

「だって陽介は普通の人間でしょ? 死ぬよ?」

 僕はその言葉にそっと胸をなで下ろす。死ぬとかそんな心配なら大丈夫だ。僕はもともとそのつもりだ。

 ただ、それを正直に伝えるつもりは無い。たぶん正直に伝えたら絶対に一緒に戦わせてもらえないだろう。

 僕だって自殺志願者と一緒に戦えと言われたらイヤだからだ。

 だから僕は鞄から一脚を取り出し、真緒に見せる。

 この一脚はカメラ好きの親父の物を勝手に持ってきたものだ。総チタンで、なかなかの重さだけれど、強度は優れている。これならチェーンソーだって受け止められそうだ。

 一脚を見て固まってる真緒に僕は言った。

「大丈夫。ちゃんと武器も持ってきてる。それに、ほら、僕って自転車の運転得意だしさ。相棒……は無理でも助手ぐらいはできると思うんだけど」

「じゃあ別に良いけど……。でも、死んでもしらないから」

 僕は助手の立場を手に入れた!


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