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チェーンソー男とメイド女と僕 2

 僕はメイド女の声に頷き、逃げだそうとした。

 でも、足がすくんで動けない。

 逃げなきゃいけないのはわかっているし、こんなところに一秒たりとも留まってなんて居たくなかったけれど、僕の体はどうやら僕の気持ちに従う気は無いようだった。

 目の前の男がチェーンソーを唸らせ、振りかぶる。

 僕の様子を一瞥して、メイド女が舌打ちしたのが聞こえてきた。

 ――僕だって逃げれるなら逃げたかったし、でもできないんだからしょうがないじゃないか。そう思った。

 メイド女が一歩踏み出してチェーンソー男と切り結ぶ。

 その様子を見ながら、自分でも身勝手だと思ったけれど、なんだか舌打ちされたことに腹が立ってきた。

 腹が立った所為か、恐怖が薄らいで体が動く様になった。

 僕は猛ダッシュでその場を離れることにした。

 少しだけ離れたところで、僕はふと思った。

 ――このまま女の子をおいて自分だけ逃げていいのか?

 女の子は武器を持っていたけれど、それで勝てるだろうか?

 僕は立ち止まって、振り返った。

 五十メートルほど向こうでメイド女とチェーンソー男が戦っているのが見える。少し離れたおかげか、戦いを冷静に観察する余裕も出てきた。

 少女は木刀でチェーンソーを受け流すようにして、戦っている。時に大きくバックステップし、左右に細かくステップを刻み、チェーンソー男を翻弄して戦っていた。

 少女がステップを踏む度、木刀を振るう度、白いフリルがその動きにあわせて揺れる。

 そして、そんな少女はなんというか、すごく――格好良かった。

 だけれど見ているうちに気がついた。少女の方が圧されている。

 そりゃそうだろう。木刀とチェーンソー。どっちが勝つかなんて火を見るより明らかだった。

 一般的に言ってチェーンソーは木を切る道具だし、木刀は木でできている。なら、木刀に勝ち目は無いだろう。そんなの、チョキでグーに勝つようなものだ。

 そういえば、何かの本で読んだ記憶がある。男の価値は非常事態にどういう態度をとるかで決まるのだと。

 よし、オーケー。僕も男だ。今こそが、非常事態だ。ならば僕はあの少女を助けるべきだろう。

 ――もしかしたら死ぬかもしれない。でも、そうやって死ねたなら、それはもしかしたらカッコいいかもしれない。

 ただ、なにもせずに殺されるより、このまま逃げて退屈な日常の末に死ぬのより、そんなのよりも女の子を助けて死ぬ方が、絶対に格好良いはずだ。

 僕は覚悟を決めた。

 ただ、どうやって助けるか。それが大事だ。考える。その時、地面に落ちている空き缶が目に入った。

 これだ! 僕はそう思った。

 その空き缶に手早く土を詰めると僕は走り出した。

「くらええええええ」

 叫びながら男に向かって土入りの空き缶を投げつけてやる。

 チェーンソー男とメイド少女が僕の方を向く。

 僕の投げた空き缶が空中で土をまき散らせつつ、飛んでいく。

 ただ、空中で土の抜け始めた空き缶は、僕の狙いを逸れて、メイド少女の顔面にクリーンヒットしてしまった。

「――ッ!」

 メイド少女が声にならない悲鳴を上げる。

「ご、ごめん!」

 僕は焦った。焦って謝った。だけど、チェーンソー男はそんな隙を見逃さなかった。

 男のチェーンソーがメイド少女の頭上から振り下ろされる。目を瞑りながらも、少女は木刀でチェーンソーを受け止めた。

 だけど木刀は何度も切り結んで限界だったのか、あっさりと折れてしまった。

 チェーンソーが少女の体へと迫っていく。

 ――あぁ。死んでしまう。僕の所為でメイド少女が死んでしまう。

 だけど、ギリギリのところで少女は限界まで体をひねってチェーンソーを回避。そしてそのまま地面に倒れ、転がるようにして僕の隣まで一気に後退してきた。

「なにすんのよ! もうちょっとで死ぬところだったじゃない!」

「ごめん! でも――とにかく逃げよう!」

 僕は少女の手を取って走り出した。後ろからはチェーンソーのエンジン音が聞こえてくる。

 田んぼの中を突っ切って走る。走って、走って、走る。

 意味のわからない通り魔から女の子の手を引っ張って走って逃げるなんて、まるでヒーローみたいだ。

 走ってるうちに僕はなんだか楽しくなってきた。

「もっと早く!」

 調子に乗って女の子にそんな事を言ってしまう。

「ダメだよ。あいつからは逃げられない」

「な――」

 なんで? と聞こうとした時、後ろから何か重たいもので地面を殴るような音が聞こえてきた。

「まずい。止まって!」

 繋いでいた手を急に引っ張られて、僕は肩が外れるかと思った。

「ど――」

 どうしたの? と聞こうとした僕の目に飛んでくるチェーンソー男が映った。

 チェーンソー男は僕の頭上で体を半回転させ、僕たちの前方に、音もなく軽やかに着地した。

 どうやらさっきの音は飛び上がるために地面を蹴った音だったらしい。

「そりゃ――」

 そりゃ、ないぜ。そう言おうとしたら、いきなり背中を蹴られた。

「ごめんね」

 少女の小さい声が聞こえ、チェーンソー男に向かって僕の体は倒れていく。

 ――なんで? なんで? 蹴られた? 蹴られた! あの女! 蹴りやがった。どうして? わからない。ごめんねってなに。でも、蹴りやがった。くそっ! やっぱり一人で逃げればよかった。あの女、僕を囮にして逃げるつもりだ。クソッ! クソがっ! こんな死に方、あんまりだ。どうせなら格好良く、あの女の子を守って死にたかった。なのに、なのにあの女、僕を蹴りやがった!

 僕は必死に倒れる体を止めようと両手を振り回してみるけれど、ただただ空気を掴むだけで、その行為は虚しい結果に終わる。

 ――あぁ。もう本当にだめだ。僕は死ぬ。

 田んぼの土に顔から倒れ込んで、すぐにやってくるであろう衝撃と痛みに備えて目を閉じた。

 ――怖い。めちゃくちゃ怖い。

 でも、いつまで待ってみても、衝撃も痛みもやってこなかった。

 おそるおそる目を開けて、そーっと様子をうかがってみる。

 僕の目の前にはチェーンソー男の足があった。

 そのまま目線をあげていくと、男の胸にはナイフが深々と突き刺さっていた。

 驚いて跳ね起きる。そのまま後退。メイド少女の足下まで下がった僕は理解する。

 どうやらあのナイフはこのメイド少女が投げたものだったらしい。ナイフを投げるための軌道上に僕が居て邪魔だったから蹴り倒したのだろう。

 チェーンソー男は動かない。胸に刺さったナイフに片手を添え、微動だにしない。

 そりゃそうだろう。ナイフを胸に刺されて、生きていられる人間なんて居ないはずだ。

 背中がすごく痛むけれど、あの通り魔を倒すために必要な行為、その為の痛みだったと思えば我慢できる。

 とにかく、僕たちは倒したのだ。真夜中に現れた凶悪な通り魔は正義感あふれる男子高校生とメイド少女によって倒された。

 悪は正義によって倒された! 僕たちは勝った。勝ったのだ。

 しかし、喜ぶ僕をあざ笑うかの様にチェーンソー男は唐突に動き出した。

 胸に突き刺さったナイフを無造作に抜く。月光にナイフが光る。そのナイフには血が一滴も付いていなかった。一滴もだ。

 そしてチェーンソー男は僕に向かってそのナイフを投げてきた。

 全く動けなかった。ナイフは僕を掠めて、後方へと飛んでいった。思わず後ろを振り返ってナイフを目で追ってしまう。

 僕が再び正面のチェーンソー男を視界に捉えるのと、ドンという地面を重いもので殴ったような音をたててチェーンソー男が飛び上がるのはほとんど同時だった。

 男はそのまま上空へと舞い上がって、月を背にそのまま高く高くあがって行ってやがて見えなくなった。

「アンタの所為で逃げられちゃったじゃない」メイド少女が不機嫌そうな声をだした。

「ごめん」僕はあんまり訳がわからないながら、もとにかく謝っておく。

 起きあがりながら、ズボンに付いた土を払い落とす。メイド少女の方を見ると髪を手櫛で整えていた。

「ま、別にいいけど。アンタ死ぬとこだったんだよ? わかってんの?」

「いや、まじでごめん」

「ま、私には関係ないし、別にいいけど。じゃーね」

 そう言って去っていこうとするメイド少女。僕は思わず呼び止める。

「あ、あのさ、ちょっと待ってよ。あれって何? 通り魔? 普通の人間じゃ無かったよね?」

「は? なんで私がアンタにそんな事教えなきゃいけないの?」

「いや、ほら。あの、警察! 警察とか通報しなきゃ!」

 僕の発言にメイド少女はため息を吐いた。

「あのさー、警察になんて言うの? チェーンソーを持った男が暴れて空に飛んで消えましたなんて言って信じてもらえるとでも思ってんの? アンタってまじでバカだね」

「な――」

 なんでそこまで言われなきゃいけないんだと反論しようとして、僕は言葉に詰まった。

 メイド少女の顔を見てしまったからだった。

 その顔は僕の同じクラスの宮原真緒にそっくりだった。

 僕が顔を見たまま固まったのを見てメイド少女――宮原真緒――がイラついた様子で言葉を吐き出してくる。

「なに? 人の顔ジロジロ見ないで――」

 そして言葉の途中で詰まった。

 目が合う。

 どうやら宮原も僕の事に気づいたようだ。

 僕は意を決して聞いてみる。

「あ、あの、もし間違えてたらわるいんだけど、その……宮原さんですか?」

「イ、イエ、チガイマス。ヒトチガイデスネ」

 思いっきり片言っぽく喋り、そして人間離れした動きであっという間に宮原は去っていった。

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