プロローグ
宮原真緒は戦う女の子だ。
戦うと言っても、別に大学受験や英語のテストとかそんな物との戦いの事じゃない。
彼女が戦う敵は諸悪の根源。斬っても突いても死なない悪の魔人。不死身のチェーンソー男。
奴を倒さねば僕たちに明日はない。
だから彼女は戦う。僕も戦う。
毎夜々々、僕たちは自転車で町中をかけずり回って、戦っている。
何のために?
正義のために。
……でもなぁ。本当にそうなんだろうか。
僕には『諸悪の根源』と『正義のために戦う』だなんて大きな話しすぎて、全くもってピンとこない。『諸悪の根源』も『正義のため』も抽象的で曖昧すぎて、僕には身近に感じられない所為なんだろうか。
なんていうか、もっとこう個人的な問題で戦ってるって言われた方がピンとくるし、まだ納得もできる気がするんだけど……。
「本当のところ、どうなの?」僕は思ったままを口に出して、隣に立つ真緒ちゃんに聞いてしまう。
「何が」ジャングルジムにもたれながら、ナイフを弄んでいた真緒が僕を睨む。その目線は鋭く、声もすごく冷たい。今にもその手で弄ばれているナイフが僕に向けて飛んできそうだ。
「いや、ごめん。なんでもない」その雰囲気に僕は慌てて謝った。
戦闘前の真緒は、集中している所為でいつもピリピリしている。
あんまり機嫌を損ねると、鋭いローキックを放ってくるので本当に注意が必要だ。
僕から目線を外した真緒が目の前に広がる闇を見つめる。
僕たちは今、寂れた公園にいる。街灯の類のメンテナンスさえされていないのか、僕たちの目の前にはただの闇が広がるばかりだ。明るいうちからここにいなければ、ここが公園だとは思えなかっただろう。
僕も口を閉じ、目の前の闇を見つめる。
静まりかえった空気が、静かなる闇が、僕の頬に突き刺さる。
今から僕たちはここでチェーンソー男と戦う。
待ち伏せて、戦うのだ。
正直なところ、戦いに関して恐怖はもうあんまり感じていない。
それは僕の感覚が麻痺してしまったのか、それとも――。
「来た」
隣の真緒が小さく呟いた。どうやらお待ちかねのチェーンソー男が今夜もやってきたようだ。
「怪我しないようにがんばってね」
「陽介こそ、しゃんとしてよね」
その言葉で僕も考え事を中断して、戦いに備える。
真緒が敵に向けてナイフを投げた。牽制だ。
ナイフを追い抜くような速度で走り出す真緒の背中に、僕はそっと願った。
――どうか真緒が今日も怪我しませんように。