少女巫女の思い
私は見習い巫女であった。巫女とは本来、《神々の神託を受け取る者》であったという。しかし、先輩巫女たちは言う。神々は最早人の世界に姿を現さなくなったのだと。その記録は七百年以上前にも及ぶという。
この神殿は、《火の神・フラン》を祭る神殿だ。だけれども、彼の方は、この地に降り立ってはくれない。どれだけ私たちが祈ろうが、その祈りは届かない。確かに昔は神々は人の前に姿を現していたというのに、神々はいつしかその姿を現さなくなった。
信じられないかもしれない、いや、誰も信じてくれないと知っているから私は一度も誰にも言っていない事だけど、私は昔恐らく神様を見た事がある。―――昔、本当に幼かった頃、とても神秘的で人間とは思えない少女が不思議な力を使い、そして涙を流していたのを見て居た事がある。
赤い髪と、緑色の目。何処までも神秘的で、何処までも美しい少女の涙を見た。私の住んでいた村の北東には不思議な美しいクリスタルが存在していた。山の上に鎮座しているそれは、何処か神秘的で美しい――大の大人が一人すっぽり入ってしまいそうなほどの巨大さを持っていた。
その目の前で、泣いていた少女。それを私は神様だと思った。だってその少女は一瞬で姿を消した。風と共に消えていった。それは古い昔話で語られる神様の居なくなる時と一緒だったから―――。だから、だから私は。誰も信じてくれなくても、それでもあの少女を神様だって信じる。
そんな私は、一人の不思議な事を言う少年に出会った。
「忘れられし風の女神・ウィントの使者だ」と、そんな聞いたこともない女神様の事を語る不思議な少年に。
彼は誰にも相手にされていなかった。ウィントなどという名前の女神様の事を誰も知らないからだ。この世界には神が存在していて、確かに遥か昔に人々の前に存在していた存在。
だから、神様の名は沢山残っている。その中でもウィントなんて名前はなかった。だけど何処までも必死で、嘘なんてついているように見えないその少年と私は話してみたいと思った。そして私はその少年に話しかけた。
彼は私が話に興味を持ってくれた事が嬉しいとそんな風に言って笑って、語ってくれた。
生まれてから一度も聞いたことのなかった、『風の女神ウィント』についての事を。私が最も驚いたのはその女神様が、私の崇拝する火の神フランの妻だという事実だ。彼の方に妻が居るというのは知っているが、その名前は私どもには伝えられていない。
よく考えればそれはおかしなことである。火の神フラン様は、偉大なる神。その神の妻が居る記述さえも世に残されているのは少数で、その名前に至ってはまるで意図的に排除されたかのように消えている。そこには執念さえも感じられる。神々の世界で、そういう、その女神様を排除する動きがあって、そうなったとされた方が自然な気がする。
私が信じるよと口にすれば、その少年は本当に嬉しそうに心の底から微笑んだ。私はそれから少年のいう女神様たちに会った。そこでまた驚いたのは、その『風の女神ウィント』の隣に過去に私が見た事のあった、誰にも語ることのなかった、私が神様だと信じた少女が居た事だ。
「私は風と火の女神・フィート」
少女はそう名乗った。驚いたことに火の神フランと風の女神ウィントの娘であるのだという。
その少女が口を開いた途端、どうしようもなく心に来た。なんていえばいいんだろう、一度だけ目撃した事のあるその人をもう一度見ることができて、その人が口を開いて動いているという事実がそれだけでどうしようもない気持ちにさせられた。
目の前に神様がいる。
何百年も姿を見せなかった神様が。それは、巫女として、心から喜べることで。
そしてもう一人の、どこにでもいるような女性が風の女神ウィントなのだという。確かに美しいけれども、フィート様のような神秘的な雰囲気はない。その理由は、封印されていたからなのだという。そして封印されていた理由は一人の神にあったという。そして神々が人の世に姿を現さなくなった理由は、その神のせいだという。
神々を魅了した一人の光の神は、神々を自身の傍にはべらせ、そして神々は堕落しているという。
何とも言い難い事実だ。
風の女神、ウィント様はいった。
「力を貸してくださいと」そんな風に、真摯な態度で。
なんでも信仰は力になるのだという。ウィント様は、光の女神ピリカの策略により亡き神とされ、信仰を強制的に失わされたという。七百年物間、封印されていた女神。
ウィント様とフィート様の傍らにいる少女は、七百年物間ウィント様への信仰を失わずにいた旅芸人の一座の一員であったという。少女、カルッサの祈りが、ウィント様へと届いたと。そしてその願いをかなえようとしているのだという。
その願いは、《前世》という驚くべきものにまつわる話であった。
前世なんて突拍子もない話だけれども、カルッサにとっては真実であるらしい。そしてもしかしたらそんな不可解な状況には神の力が影響しているのかもしれないのだという。
ウィント様は、信仰を手に入れれば封印によって弱まった力をどうにかできるのだという。だから、信仰を広めてほしいと。そして光の女神ピリカに対抗する力を、本来のあるべき姿に神々を戻す力を手に入れたいと。
それを聞いたとき、私の心は躍った。
だってそれが実現すれば、神々は世界に舞い降りる。
そうすれば――その世界を思っただけで、巫女として嬉しかったから。
私は、はるか昔に存在したという神々が人々の前に姿を現す世界をこの目でみたい。だから――うなずくのであった。
―――少女巫女の思い。
(少女巫女は、そうして女神に力を貸すことをうなずく)