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6.救い主、現る

   ...ゥギャァァァアァァァァーーーーー!!!!!!!!!


 突然おぞましい呻き声が発せられたかと思うと、周囲に真っ赤な炎が放たれルナとユーリもその炎に身を包まれてしまった。

 それとほぼ同時に、レンがようやく二人の元に辿り着いた。目の前で激しく吹き荒れる炎に思わず身をのけ反るが、しかし不思議と熱さは感じられない。それどころか、むしろ冷たさを感じるようであった。

 レンが炎に気を取られていると、その中からルナを抱きかかえたユーリが姿を現した。二人にまとわりついていたはずの大量の影は既に身体から離れ、少し先で冷たき炎に身を焼かれ、呻き声をあげながらもがき苦しんでいる。

「大丈夫か!?」

「私は大丈夫。 でも、ルナ様が...」

 ユーリの腕の中のルナは、先程影に襲われた時のままの青白い顔でぐったりとしている。

「それにしても...この炎は、一体?」

 どこからか放たれた炎はいまだ激しく燃え盛り、影たちはその炎に焼かれて消えていくものや、消えることが出来ずいつまでも苦しみ続けるものもいる。辺りには影たちの断末魔に似た泣き声が響き渡る。まるで地獄のような様だ。

「敵とはいえ、哀れだな...」


   ...ジャマヲスルナ!!!!!!!!!!!


 その声と同時に、炎の中でうごめき続ける影がユーリたちに向かい再び襲い掛ってきた。

「きゃぁっ!!」


「...?」

 襲い掛かってきたはずの影が、やって来ない。不審に思ったレンがゆっくりと目を開けると、目の前に一人の人間が立ちはだかっている。

(...誰?)

 スラリとした背格好の男、突き出した手から発せられる真っ赤な炎、そして金色の髪...

「まさか、救い主!?」


   ギェェェェアァァァァーーーー!!!!!!!!!!!!!


 次の瞬間、炎は一段と激しく燃え上がり、僅かに生き残っていた影たちを一瞬にして焼き尽くしてしまった。

「ひ、ひどい...」

 初めからこうすれば良かったのに。先程までの冷たい炎は、苦しむ影たちを弄んでいたとしか思えない。ユーリは目の前の惨状に、ルナが襲われた時と同じような恐怖を覚えた。目の前に現れた人物が本当に救い主であるとすれば、まさに噂通りの残虐さ。この人物が自分たちを、そして世界を救ってくれるとは到底思えないのだが。

 と、突然救い主と思わしき人物が後ろを振り返り、ユーリたちの前にしゃがみこんだ。その顔に、神々しい金色の瞳を携えている。やはり、この男が救い主であることは間違いなかった。こんなにも残虐なショーを繰り広げたにも関わらず、後悔や憐れみといった感情は湧き上がらないのだろうか。その男の表情からは、何の感情も感じることが出来ない、全くの”無”である。

 救い主はユーリたちに視線を合わせることもなく、一点を集中して見つめている。その視線の先にいるルナをユーリは隠そうとするも、それより早く救い主はその左手でルナの顔に手をかざした。

「何をするの!?」

「...」

 問いかけにやはり表情を変えることない。救い主は無言のまま、かざした左手を支えるように右手で左手首を強く掴むと、静かに金色の瞳を閉じた。

 ユーリは辺りを警戒した。どこからともなく、ひんやりとした暗く冷たい空気が漂い始めた。どこかにまだ息を潜めている影の気配か、それとも、この目の前の冷徹な男の放つ空気のせいか。

「う、うぁぁぁぁ!」

 突然、ルナが苦しそうに声を上げた。

「お前、一体何を...!?」

 ルナに向けられた救い主の左手をレンが勢いよく跳ね避けようとするが、その手に黒いものがじわじわと広がってゆくのが目に入り思わず手を止める。それはまるで真っ白の布に黒いインクが染みわたるような、はたまた植物が根をはるようであり、大蛇が腕を這うようにも見える。レンもユーリも、初めて見る光景に見入ってしまった。

(もしかしてこれが、神力...?)

 魔法の使えないユーリから見ても、これは魔法ではないと直感した。魔法ではないとすれば、救い主のみが持つ力、”神力”であると推測するのが普通だろう。ユーリは再び救い主の表情を覗った。ゆっくりと開いた瞳に先ほどの神々しい金色の光はなく、まるで血のような真紅の光が携えられていた。ギラギラと輝くその冷たい瞳に、背筋が凍るような感覚を覚えた。しかし次の瞬間、救い主はルナから手を離しそのまま立ち上がると、まるで何もなかったかのように彼らのそばから離れていってしまった。そしてその姿は、あっという間に森の奥へと消えた。



「う、うん... ユーリ、レン?」

「ルナ様!」

 救い主がその場を去ってすぐ、ルナが目を覚ました。その頬はいつの間にかいつものピンク色が差し、直前までぐったりとしていたのが嘘のように元気を取り戻している。

「私、影に囲まれて...」

 自らの身に一体何が起きたのか、必死に記憶を辿ろうとするが、思い出されるのは真っ暗闇に包まれた光景、そして影を相手に自分の剣が全く歯が立たなかったという挫折感のみであった。

「お姫さん、影に乗っ取られそうになったんだよ。 でもそこに救い主が現れて、その影を一瞬で消しちまった」

「...!?」

 自分が倒れていた少しの間に、探していた救い主様が現れ、さらにあの大量の影を一瞬で打ち消したというのだ。一体どうやって。

「救い主様...」

 ルナは勢いよく立ち上がると、辺りを見渡した。しかしレンの言う救い主らしき人物はどこにも見当たらなかった。

「レン、救い主様はルナ様に何をしたのかしら?」

「うーん何だろうな、あんなの初めて見たぞ?」

 背後から、ユーリとレンの会話が聞こえる。

「でも救い主様のお力で、ルナ様が元通りになったのは確かよ?」

「俺の想像だけど...あれは、お姫さんの体に入り込んだ影を吸い出してくれたんじゃないか?」

「救い主様が、私を助けてくれたの!?」

 ルナは間髪入れずに会話に突っ込んだ。その鬼気迫る形相に、ユーリはごくりとつばを飲み込んだ。

「あ、ああ、姫さん影に身体を乗っ取られそうになって倒れてたところに救い主が現れて、こうやって手をかざして何かしてくれたんだけど、それが何なのかは分からないんだよね~」

 レンは救い主の行った動作を、忠実に再現し説明をした。

「その、救い主様は今どこにいるの!?」

 明らかにそわそわとした様子で、ルナが続けて問いかけてきた。その目はまるで子どもの様にキラキラと輝いている。胸の中に沸き起こった好奇心が、体の外にまで溢れ出しているかのようだ。

「あ、あっちの方に...ってお~い姫さん、どこ行くんだ~」

 レンが救い主が立ち去った方角を指差した瞬間、ルナはその方向へ一目散に走り去っていった。残された二人はしばらく唖然とした表情で、次第に小さくなっていく王女の背中を見送った。

「全く、倒れて心配したかと思えばすぐいなくなる。 自由な姫君ですねぇ、護衛官殿?」

 ユーリがくすっと笑いながら立ち上がると、再びルナの走り去った方向を向いた。

「...”最高のお姫様”でしょ? さ、レンも”かくれんぼ”の鬼やるわよ」

「はいはーい、王女様と一緒にかくれんぼが出来るとは、光栄であります!」


 レンが少しふざけた口調でそう答えた。まさか、城の外でも”かくれんぼ”をする羽目になるとは、これまでの護衛官人生の中で想像など...出来ていた。二人の鬼は、王女の姿が完全に見えなくなる前に森の奥へと足を踏み出した。

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