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1.王妃の話

―――――デュランダル王国、王立軍事研究所。

「...よっし、皆一旦休憩だ!」

「はい、隊長! ...ん?」


   ......ナ様ー! ルナ様ー!!


「あっはは、今日もまた始まりましたねぇ」

「ホント、ご苦労なこった」


「ルナ様ー! ルナ姫様ー!」

 デュランダル王国王女の護衛官ユーリが主である「ルナ様」を探すこの光景は、デュランダル研究所のちょっとした名物だ。一研究所所員がユーリ様の美貌を間近で見られるということもあり、実はこのイベントを楽しみにしている者も多いという。

 ”姫様のかくれんぼ”、研究所の所員たちからは親しみを込めてそう呼ばれている。

「...まったく、どこ行っちゃったのかしら!」

 王女ルナの傍に常に仕えその身を守るのが彼女の仕事...のはずなのだが。最近の仕事はもっぱら”かくれんぼ”の鬼。少し目を放した隙に姿をくらますお姫様に翻弄される毎日だ。

 それでも文句ひとつ言わず、今日もその端正な顔を少ししかめながら日課をこなしている。


「よぉユーリ! 残念ながら、お姫さんはここにはいませんけど?」

 剣兵隊の訓練所の大きな扉を勢いよく開き中の様子を覗き込んできたユーリに、隊長レンが呆れた顔で声をかける。その言葉を聞くや否や、彼女の眉間に寄せたしわが一層深く刻まれた。そんな顔ばかりしていると、しわが消えなくなるぜ!そう頭の中に浮かんだ言葉は、声として発せられることもなく心の奥底に仕舞い込まれた。

「そう...王妃様から大事なお話があるそうで、探してるんだけど。 レン、心当たり無い?」

「ユーリ様、何て御美しい!」「隊長、名前で呼ばれてるぜ!?」「隊長、お二人はどういう関係なんです!?」

 ユーリの登場に、休憩中の隊員たちが一斉にざわめき立つ。

 研究所内のルールとして、一般隊員は王族及びその身の回りの世話をする者へ話しかけることが禁止されている。そもそも王族やその周りの者が研究所に姿を見せることは滅多に無いのだが、この”かくれんぼ”中のユーリに遭遇する確率は極めて高いのである。姿を見かけても話しかけることが出来ない、隊員たちはいつしか彼女に対し強い憧れを抱くようになったのである。

 自分で話しかけることが出来ないのなら、会話権限のある隊長を通じて一言でもお話がしてみたいと、皆この絶好のチャンスを逃すまいと必死だ。

「大事なお話? お、遂にお姫さんの任務同行許可が下りたとか! いや~助かるな~♪」

 しかしレンの耳に、そんな部下たちの熱い想いは全く届いていない。


 研究所に所属する部隊は、剣兵・武兵・弓銃兵・槍兵部隊の四つ。その中でも最も兵力が高いと評価されるのが、レンの統括する剣兵部隊である。王女ルナの父親譲りの剣の腕前は目を見張るものがあり、レンに言わせると「この国でオレの次か次の次くらいに強い」とのこと。その腕を見込んで剣兵隊の任務同行を王妃に熱心に打診しているのだが...もちろん承諾されたことは一度もない。

 というのも、研究所では各部隊の兵力に比例してよりハイリスクな任務を割り当てる。兵力の高い剣兵部隊へは自動的に危険な任務が課せられるため、隊長として優秀な人材を一人でも多くメンバーに迎えたいという思いがある。かつては非常にリスクの高いS級任務を一挙に引き受ける専門部隊が存在したというのだが。

「まさか! 王妃様がお許しになるはずないでしょ? いい加減に諦めなさい」

 いくら剣の腕が立つとはいえ、一部隊の任務に一国の姫が同行するなど、誰がどう考えても有り得ない話である。

「俺だって分かってるって、ちぇっ」

 GOが出ないのは百も承知だ。しかしこのところ世界情勢は混乱を増し、凶悪な盗賊団の横行や姿を消していたはずの影の再発生などにより、部隊の出動回数・任務の危険度共に日に日に高まっていることは王妃も承知済みのはず。隊員はその命を懸け国を守っている。王族だけが高い塀の中で穏やかに過ごしていて良い訳がない、そう国民の誰もが心のどこかで感じている。しかしそんなことを口に出来るほど勇気のある人間もいる訳が無かった。

「練習熱心なお姫さんのことだから、いつもの第二訓練所で訓練中なんだろうな、やっぱりうちの部隊に欲しいなー」

 レンはユーリがギリギリ聞こえるくらいの音量で呟いた。しかし彼女は何の反応も示すことはなかった。聞こえていないのか、はたまた聞こえない振りをしているのか。

「...あそうだ、王妃様から伝言で、あなたも後で部屋を訪ねるようにって」

 その言葉に、待ってましたと言わんばかりにレンはエメラルドグリーンの瞳が零れ落ちんとばかりに大きく見開いた。

「じゃあね!!!」

 そう稲光のようにピシャリと言い放つと、ユーリは風のようにするりと訓練所を去って行った。

「俺もユーリ様に怒られたい~!」「かっこいい~!」「また来てくださいね~!」

 屈強な男たちはうっとりとした目で、ユーリの出て行った扉に向かいいつまでも黄色い声を送り続けた。部下たちのその様子にやっと気づいた隊長は、深い溜め息をついた。

「こいつら...休憩終わりっ! 訓練再開すっぞ!!!」

 レンはその声に急に背筋をピンと伸ばした部下たちの背中をどんと突き飛ばし、訓練場へと再び送り出した。



―――――王立軍事研究所、剣兵隊第二訓練所。

「あ、あらユーリ...」

 先ほどのレンの予想は的中していた。

 ”かくれんぼ”中「五割の確率で出没する」とユーリ自身も分析するくらい、ルナはこの場所が気に入っている。亡き王の形見である細身の剣を手に、素振りか何かの練習をしていたのだろうか、少し息が上がっているようだ。王女は本当に剣を振れるのかという細い腕を下ろすと慣れた手つきで剣を鞘に戻し、申し訳なさそうな表情でユーリの顔を見上げてきた。

「ごめんなさい...少し時間が空いたから、剣の練習をしようと...」

 兄弟のいないルナにとって、物心ついた頃から傍に仕えているユーリは親友であり姉のような存在だ。ユーリもまた兄弟がいないことからルナを本当の妹のように可愛がっており、彼女の多少のわがままはついつい許してしまう。それゆえ毎日の”かくれんぼ”も苦にならない...という訳である。

「いつものことですから、分かっていますよ」

「ありがとう、ユーリ」

 ルナの顔に、やっと笑顔が戻った。

「それより、王妃様が大事なお話があるとルナ様をお呼びですよ」

「お母様が? 分かったわ、すぐ行きましょう」

 ユーリの言葉にルナは一瞬にして顔色を変えた。



―――――デュランダル城、王妃の部屋。

「あら、ルナにユーリ。 遅かったわねぇ」

 透き通るような白い肌に、栗色の豊かな長い髪、木漏れ日のようなやさしい笑顔。デュランダル国民の誰もが憧れる女性といえば、このナーシャ=デュランダルだろう。今日も変わらぬ笑顔で、散々待たされたはずの彼女たちをベッドの上から温かく見下ろした。

「王妃様、申し訳ございません。 私が王女様にお声をかけるのが遅くなってしまいまして」

「いいえ、私がまた勝手に剣の練習をしていたから」

「いえ、私がいけないんです!」

 そんな二人の相変わらずのやり取りに、王妃は目を細めた。

「うふふっ、いつものことだから分かっているわよ。 ...こほっこほっ」

 デュランダルはかつて医療魔法士の人材不足に悩まされており、王妃は治癒魔法の第一人者として、医療魔法士の育成や任務で負傷した多くの隊員たちの治癒をたった一人で行ってきたのだという。だが数年前に突然その力を失ったとして、医療魔法士としての立場から一切退くこととなった。そしてその頃から頻繁に体調を崩すようになり、今では一日の大半をベッドの上で過ごす生活を余儀なくされている。

「お母様、大丈夫?」

「心配してくれてありがとう。 大丈夫よ、ルナはやさしいわね」

 幼い頃に父と死別しているルナにとって、母は唯一の家族である。最も大切でかけがえのない存在である母の苦しむ姿を見ることは、まるで自分の身が引き裂かれるように辛く悲しい。

「私にも、力があれば...」

 ルナの表情が曇る。

 治癒魔法の力を全く持たないこと、それが彼女のコンプレックスである。偉大な医療魔法士の娘であるはずの自分が、なぜ同じ力を持っていないのか。自らに癒しの力があれば、多くの国民を、母を救うことが出来るのに…。そう母の姿を見る度思い悩み、落ち込む。

 そんな自分が唯一自信を持てるもの、それが父から教わった剣術であった。それ故、ルナは異常なまでに剣に執着しているのである。結果、デュランダルでは一、二を争うほどの腕前に成長したのだが、それでも彼女は自分の力に限界を感じていた。いつか自分が母を、国民を守らなければいけない。でも...剣の力で一体何が出来るのか、と。


「王妃様、私たちに大事なお話があるということでしたが?」

 ユーリの声に、ルナははっと我に返る。

(私ったら、また...)

 物事を悪い方に考えてしまうのは悪い癖だと自覚はしている。しかし、ずっと心の中に抱えてきた葛藤はもはや抑えることが出来ないほどまでに膨れ上がっている。ただ守られているだけの自分が嫌いだった。大切なものを守るためにと鍛えてきた自らの力は、城にこもっているだけでは何の意味もない。

 しかし次の瞬間、そんな焦りは一瞬にして崩れ去ることとなる。

「二人とも、これはデュランダル王国王妃としての命令です。 ......救い主と共に、旅立ちなさい」

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