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 あまりにも唐突なその申し出に、自分で自分が情けなくなるくらいまで狼狽えてしまったあと、……ごめん、今日は、と言おうとした直前に、再び前を向いた檀那寺が言った。


「なーんちゃって。本気にしました? 嘘に決まってるじゃありませんか。だってわたしの家、門限がすっごく厳しいんですから。今日だって家出同然の気持ちで来たくらいなんですよ? だからお泊まりとかは絶対に無理なんです」


「……そう、なんだ」


 そう言えば檀那寺の住所関連、というかその他のことも含めてほとんどの情報を知らないな、とぼくは思った。知っているのは、彼女が春に編入してきた事実と、檀那寺さとかという名前と、そのあからさまな萌え顏造形と、かつての妹のミロのような小柄な体型とショートカットと、そしてぼくと同じ文学部に所属しているということと、将来作家になりたいということぐらいだった。


 などと彼女の勢いに押され、漠然と思っているぼくに檀那寺が言った。


「ここでいいですから。送ってくれてありがとうございました」


 でも、檀那寺はぼくの手を握ったままだった。


「……うん、それじゃ」


 そうぼくが言ってほんの少しだけ手を動かした途端、握っていたのは何かの間違いだったとでも言わんばかりの調子でぱっと檀那寺は手を離し、スタスタと振り返りもしないままに駅へと向かって歩いて行った。


 もしかしたら怒らせてしまったかもしれないと心配になったけれど、まあいつも通りと言えばいつも通りの檀那寺だったからさほど気にすることはないぞおれ、と己に言い聞かせつつ彼女が駅の中に消えたのを見届けたあと、居酒屋に戻るべく回れ右をして歩き始めた、ちょうどそのときだった。


「先輩!」


 ──振り返って見ると、いっそ滲んで見えそうなまでに湿度の高くて生ぬるい夏の夜の向こう側に立った檀那寺さとかが、じっとぼくを見つめていた、と言うよりはキッと睨みつけていた。


「いくら大きくて強いからって言っても、アイラちゃんは十四歳ですからね! ニジ先輩のバカ! ロリコン! 変態! わたしだって、わたしだって先輩と幼なじみだったらアイラちゃんなんかに……覚悟しててくださいね先輩! いつかぜーんぶ小説に書いてやりますから! 実はわたし、ノンフィクションも書ける作家を目指してたりするんですからっ!」


 檀那寺は周囲の目線などまったくのおかまいなしにそう怒鳴り終えると、闇に浮かんで見えるリストバンドを振り振り、今度こそ駅の中に消えていった。


 ぼくは束の間ぼうっとその場に佇んでいたけれど、ちらりと受けた通りすがりの女性からの視線ではっと我に返り、居酒屋へと戻るべく来た道を戻り始めた。


 警視庁公安部の職員である既遂典子さんと初めて会ったのは、それからまもなくのことだった。

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