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ちなみに彼は着けていたネクタイをハチマキとして用いながら、アイラが棍棒で殴られたように見えた瞬間に、きゃっという悲鳴を上げたとある女性客を終始必死で口説いていた。
それまでは礼儀正しく奥手そうなイメージの彼だったけれど、アイラの突然の再起動と謎の巨人とのバトルによって、何かが吹っ切れてしまったようだ。余談ながら、口説かれている女性客も満更でもないように見えていた。
ぼくはそんな彼らをほぼ無言のままに、でも気持ち的には同じかそれ以上のテンションで見やりながら、普段よりも大量のお酒を飲んで、近年稀に見るほどまでに酔っ払った。けれどそんな風な状態であっても、アイラについての新着情報をスマホで逐一チェックすることだけは決して忘れなかった。アイラの行方がものすごく気になっていたからだ。そうして数時間が過ぎ去った。
改めてスマホでアイラの情報をチェックしているぼくに、隣りに座る檀那寺が言った。
「ずい分熱心なんですね」
「そう、かな?」
照れ隠しを兼ねてふと周囲を見渡すと、店内はたいていの客が帰ったあとらしく、閑散としている状態だった。荒川たちもみんな酔いつぶれてしまっていて、まともに起きているのは檀那寺とぼくぐらいだった。
「そうですよ」
とテーブルに頬杖を付いて、赤いツン顏でぼくを見ながら檀那寺。リストバンドが白でTシャツがピンクのせいか、その上半身の色合いはまるでいちご系スイーツのようなグラデーションになっている。
「さっきからスマホばっかり。ニジ先輩ってアイラちゃんのことがだーい好きなんですね」
「……そういうのじゃないよ」
「じゃあどういうのなんですか?」
「ええっと、幼なじみだか、ら……?」
檀那寺がタンッとテーブルに手をついて立ち上がった。
「先輩、わたし帰りますから駅まで送ってください」
思わず左手首のGショックに目をやったぼくに檀那寺が続ける。
「大丈夫です、まだギリで電車ありますから」
「……わかった」
ぼくは檀那寺から受け取った割り勘の料金を荒川のデニムのポケットにねじ込むと、檀那寺と二人で居酒屋を後にした。自分の分は戻ってきたのちに払うつもりだった。
おそらく気のせいではないはずだ。アイラの再起動のせいで、街は普段よりも確実に活気付いていた。
でもそれは見方を変えると、殺気立っているようにも見える少し危うげな活気だった。
通りかかった居酒屋の前ではぼくたちと同年代らしき集団がやたらと騒いでいて、ぼくは向かいの歩道へとさりげなく檀那寺を誘導した。
歩いてる間ぼくらは一言もしゃべらなかったのだけど、駅が見えてきた頃にポツリと檀那寺が言った。
「わたしじゃ、ダメなんですか?」
「……え?」
檀那寺が並んで歩くぼくとの幅を狭め、きゅっと手を握ってきた。リストバンドの生地がふっとぼくの手首に触れる。
「わたし、先輩のことがほんとに好きなんです。だから先輩さえよければ、わたしとちゃんと──」
「きっと」とぼくは檀那寺を遮った。
「きっと檀那寺は、何か思い違いをしてるんだよ。おれの中に何を見ているのかわかんないけど、おれは平均かそれ以下の、なんの取り柄もない普通の男──」
ぼくの方を見ないまま、今度は檀那寺が遮った。
「わたしは思い違いなんてしてません。それに、人が人を完全に理解できるなんてことは物理的にありえません。だからたとえ思い違いだとしても構わないんです。とにかく、わたしの中の先輩は絶対なんです」
「でも──」
檀那寺がまた遮った。
「あと平均以下とかなんの取り柄もないとかって先輩、そういうのってちょっと卑屈ですよ? 知らないんですか? 女から見て一番ダメな男の人の態度が卑屈なんです。それだったら自惚れの方がまだマシです」
「……わかった、覚えとくよ」
「ぜひ」
ぴしゃりと檀那寺は言い切ると、Tシャツから突き出した華奢な首をくっと回し、上目使いでぼくを見た。拍子に使っているトリートメントか整髪剤のそれだろう、とても彼女らしい甘酸っぱげな匂いが鼻先をふすりと掠める。
「それと先輩、今日、先輩のアパートに泊まってもいいですか?」