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「……おい、あのキリスト男、どう見てもアイラを殺ろうとしてるだろ!」
ぼくの後ろでがなった男性客の声により、店内に緊張が走りその場に留まる。まさにその通りだったからだ。
キリスト男は画面を揺らしながらアイラを追い越すと、アイラの正面に回り込み、ぐるっと体を四分の一回転させてアイラの方に向き直った。キリスト男の背中により、座っているアイラの姿がほとんど見えなくなる。
まもなく後、うねりだすキリスト男の肩甲骨。キリスト男はいつの間にか棍棒を両手に持ち直していた。そして高々と振り上げられる棍棒──一気に振り下ろされる。
店内にいた一人の女性客がきゃっという悲鳴を上げる。静寂。
ぼくは拳をぎゅっと握りしめながら、棍棒が振り下ろされる瞬間を見た。微かな振動ののち、静止する画面。
しかし、こちらからはキリスト男の棍棒を振り下ろした後ろ姿と、アイラのWに曲げられた両足の一部分くらいしか見ることができなかった。ただしどういうわけか、キリスト男を中心として、湯気のようなものが辺り一体に拡散しているのが見て取れた。
「……どうなってやがる!?」
みんなの想いを代弁するように、後ろの男性客が声を発した、数秒後だった。
振り下ろされたはずの棍棒が、スロー巻き戻しでもされるかのようにキリスト男の冠越しに見え始め、と同時に実は棍棒を両手で受け止めていたアイラが間接部分の灰をバラバラと落としながら、フリル付きのニーハイストッキングに包まれている片膝を立て、ゆっくり、ゆっくりと立ち上がり始めたのは。
「う、動きやがった!」
後ろの男性客がまたがなったが、今度のそれは、歓喜にも似た声だった。
そしていつの間にかぼくの近くに集まってきていた荒川/伊藤/上埜/円堂たちが声をそろえて叫ぶ。
「「「「マジですかっ!!」」」」
そんなみんなの声に応えるように、アイラは棍棒を両手で握りしめたまま、遂に立ち上がりきった。
それからぼくたちに横顔を見せる格好で、しばしの間キリスト男と力比べでもするかのように、ゴスロリ服の至るところからバラバラと灰を落としつつ均衡状態を保っていたが、そんなときでさえもそこはかとなくにこにこ顏なのが彼女らしいとふっと思う。
「「「「「いけっ、アイラッ、負けるなっ!!」」」」」
と見ると、荒川たち四人と男性客が、旧知の間柄でもあるように身を寄せ合って宙を殴り付けながら、一緒になって声を上げていた。
ぼくもおおかたの気持ちはみんなと一緒だったものの、しかし一部反面では、どうにもスッキリとしないものを感じていた。
と言うのもそれは、敵が神聖なる救世主、イエス・キリストの容貌をしていたからだ。
──その時だった。
「違う、あれは、キリストじゃない!」
とぼくの想いを見抜いたかのごとく、檀那寺さとかが声を上げた。
見ると、檀那寺の手にはスマホが持たれていて、その画面にはイエス・キリストととてもよく似た、裸の男の古い絵が表示されている。
ぼくは言った。
「それって……」
檀那寺が頷いた。
「ルシファー……あれはキリストじゃなくて、魔王ルシファーだったんです!」
「「「「「魔王、ルシファー……??」」」」」