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現在/鹿児島/ASIT本部/午後
ASIT隊員いわく、アイラの下へ向かっている新たな敵が現れたそうだ。
人型で、身長はアイラと同じ3キロ程度。東京を起点に徒歩でまっすぐこちらへと向かっていて、今は愛知県付近を通過中とのことだった。
頭を抱えたくなるのは、まっすぐ進んでいるがゆえに、建物を踏み潰し、街を破壊しながらこちらへと向かっているということだった。歩調がゆっくりなために、人的被害は最小に抑えられているものの、足の下ろされる場所によってはビルや住宅が全壊したところも既に少なからず存在するということだ。
「ニジ君、すぐにソートの部屋に戻りましょう。質問の続きは、その敵を討ってからよ」
「わかりました」
ぼくは既遂さんらに続いて速やかに部屋を出た。──見ると、司令室前の巨大モニターには、こちらへ向かってやって来る途中の敵の姿が映し出されていた。どうやら国営放送局と民法TV局の幾社かが、ドローンヘリを用いて前後左右からくまなく敵の姿を撮影して報道しているようだ。そのすべての映像がモニターを分割する形で映し出されている。おかげでどういう容貌の敵なのか、はっきりと確認することができた。
それは全身がなまめかしいほどに艶やかな濃い桃色の皮膚に覆われた、羊のそれと同じような、太くて丸まった二本の漆黒の角をこめかみの辺りから下方向へと生やしている、見るからに悪魔を連想させる敵だった。一回り濃い桃色のまだら模様が筆を振ったかのように幾箇所かに入っていて、異常なまでの筋肉質ではあるけれど、細身の体型と突き出した胸となだらかな股間から、女性性だということが見て取れた。
ぼくは小さな子供たちもがこの狂おしいまでに扇情的な敵を見ていると思うとなんともやりきれない気持ちになってつい視線を外そうとした──その時だった。敵を左側から撮影している映像がふと目に止まったその瞬間、ぼくは立ち止まって両目を限界まで見開いた。なぜならその左手首には、よく見覚えのある【白いリストバンド】を彷彿とさせる、白い手枷が嵌められていたからだ。
「ま、まさか……」
ぼくはズボンのポケットからスマホを取り出すと、既遂さんに一言叫ぶように断ってから電源を入れて、檀那寺さとかの名前を画面に呼び出したのち、発信ボタンを押してスピーカー部分を耳に当てた。桃色の悪魔を見上げながら。
モニターの向こう側では、無数の細い銀の針をばらまいたような雨が降り始めていた。