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 ぼくは、聞いたことを極力そのまま受け止めようと思った。既遂さんが菊君をグランドの実験素材として提供するという決断を下すまで、一体どういう葛藤をくぐり抜けたかは、きちんと聴取しなければわからないことだからだ。そうしてすべてを知った時、ぼくは既遂さんに対して怒りを覚えるかもしれないし、共感を覚えるかもしれない。それはその時になってみないと決してわからない。だから今の時点で決めつけて、相手へ想いをぶつけることは可能な限り回避しなければならないのだ。


 それとは別に、できることなら、ぼくは既遂さんの横に座り直し、その肩をそっと抱きしめてあげたいと思った。けれどもぼくが既遂さんよりも年下であることや、男であること、そして誰よりもアイラを愛していることなどの理由により、そうできないことが歯がゆかった。不甲斐なかった。ぼくはぼくが人間で、常識を捨てきれない単なる男でいる事実に恥じ入った。


「ありがとうございます、話してくれて」


 今のぼくには、そう言うだけがやっとだった。


 拳を口元に当て、涙を噛み殺したのちに既遂さんが口を開く。


「他にも何か訊きたいことがあれば、訊いてちょうだい」


 はい、とぼくは答える。


「その、グランドというのは、具体的に、どういった原理で行われるんですか? グランド過程における容貌の変化はまだかろうじて理解できますが、衣服や装飾具までもがそうなることが、どうしてもわからないのですが……」


 既遂さんは小さく息を吐くと、いつもの調子で話し始めた。


「幻想と物質の二点間を超速度で螺旋(らせん)状に永続運動し続けている、思念の根幹を成すとされる、新しい粒子が発見されたのよ。わたしたちはそれをMagna illusio粒子、便宜的にMi(エムアイ)粒子と呼んでいる。ラテン語で【素晴らしい幻想】という意味よ」


「……つまりアイラは、幻ということなんですか?」


「端的に言うと、れっきとした現実よ。けれど同時に、幻想でもあるの。これは構造が粒でもあり波でもあるという光子の性質にとてもよく似ている。物質だから周囲の物質に接触できるし、幻想だから劣化することもない。幻を見せることもできる。ありのままを理解することは難しいでしょうけれど、一般的な言葉で言うとそういうことになる。今言ったMi粒子で説明すると、対象の全原子を構成する粒子のあらゆる隙間に侵入同化したMi粒子が原子自体をグランドさせるということになるかしら」


「ということは、質量はどうなるんですか? 実際よりも軽いということでいいんでしょうか?」


「さすがに理解が早いわね。実を言うと、アイラちゃんの重さはわかってないの。と言うのも、アイラちゃんは常に幻想でもある状態だから、計器による測定が不可能なのよ。ソートによる脳波のキャッチだけはできるのだけど、重量計やその他の機器には一切反応しないことが確認されたの。そしてアイラちゃんのグランドは自然発生的なものだから、これらの理屈も厳密には当てはまっているかどうかはわからない。ただ、現象の観察結果から予想して、おそらくは実際の三分の一から半分程度は質量を持っているだろうと科学者たちは予想してる」


 そうすると、かつてアイラの遺伝子はまったくの人間と同じものと報道されていたあれは、捏造ではないが、あくまでも予想に過ぎないということになる。そのことを質問すると、その通りだと既遂さんは答えた。


 とそこでぼくは、八年前にミロから聞いた、アイラが大きくなった仮説の原因をふっと思い出した。それはアイラが、全国における思春期の少女らの苦悩を一身に背負ったがゆえに巨大化し始めたのではないかというものだった。もしも何か目に見えない緒状のものや、そのMi粒子が移動できる電波帯のようなものがあったとして、それによってつながったアイラへ少女たちのMi粒子を含む思念が流入していたと考えれば、論理的に解釈することができる。ある瞬間からアイラは生物としての成長を放棄すると共に、その膨大なるMi粒子によってグランドし始めたと解釈すれば……。


 ぼくは言った。


「でも、どうしてその結社厖大梵我一如はアイラを狙うのですか? その目的は何なのですか? アイラを疎外して、彼らは一体何をしたいのですか?」


「それは、」


 ──既遂さんがそこまで言った時、笑いにも似たざわめきが、隣りの司令室広間からどっと聞こえてきた。直後にノック音が響き、ドアが開くと共に現れたASIT隊員が、青ざめた顔とかすれた声で既遂さんに告げた。


「既遂リーダー、緊急事態の発生です……」

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