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──と、そこで既遂さんの驚きの思念がバックコーラスのように伝わってきた。どうやらアイラとぼくの共時性の度合いの高さに驚いているようだ。既遂さんいわく、よっぽどの信頼関係がない限り、ここまでのコミュニケートは難しいらしい。その思念とアイラの思念とを受信した途端さっき以上の歓びが全身を駆け巡ったけれど、噛みしめている暇はないようだった。ぼくは言った。
[よかった。そうしたら、しっかりとその動きを覚えて。肩で発砲の衝撃を受け止められるように。もしもアイラがひっくり返りでもしたら、町がいっこなくなっちゃうからね]
[うん、わかった]
アイラが笑い、ぼくも笑った。
[あとはそう、発砲するのはあくまでもぼくで、アイラじゃないってことを忘れないで。そして撃つ瞬間は瞼を閉じておいてほしい]
凛とした口調でアイラが応える。
[ありがとうニジ。わたしの急性ストレス障害を気づかってくれて」
アイラが専門用語を使ったことにより、ぼくはアイラが将来心理学者になりたいと言っていたことを思い出した。それを覚えていて、心理学について一通り勉強した自分のことも。
そこでとりなすようにアイラが伝える。
[あ、ASDってのはね、急性ストレス障害のことで──]
[大丈夫、わかってる。勉強してあるから]
[そう、なんだ……?]
[うん。少しでもアイラに近づきたくて。理解したくて。この8年間、考えることも勉強することも、できるだけのことは全部やってきた。ってごめん、なんかストーカーみたいでキモいね……]
そんなことないよ、とアイラが伝える。
[すごく、すごく嬉しいよ。涙が零れちゃうくらいに……]
アイラの思念は揺らいでいる。それが収まると共にアイラが伝える。
[あのね、ニジ。わたしはね、大丈夫だよ。ニジがそういう風に、気づかいたいって思ってくれた時点でもう大丈夫。それに、わたしは守られるだけじゃ嫌なの。わたしは、ニジと一緒に行動したいの。戦いたいの。だからわたしは、わたしの意思で撃つんだよ]
[……そうだね、わかった]
[よかった、わかってくれて]
ぼくは頷くと、一度カメラをアイラの視点に切り替えてもらうよう既遂さんにお願いした。すぐにパノラマモニターの風景が、アイラが見ているそれと同じアングルに切り替わった。
それからぼくは、アイラと共に、赤いアークテリクスがショットガンの射程圏内に入るのを待った。そしてほどなくその瞬間が訪れて、ぼくは弾くように思念を送った。
[今だよアイラ、撃って……!]
──直後、これまでに聴いたどんな雷鳴よりも大きな銃声が響き渡り、赤いアークテリクスが傾いたくの字の格好で落下し始めて、まもなく後、縮小して見えなくなった。