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現在/鹿児島/ASIT本部/午後
辿り着いたチームアイラことASIT(正式名称:AIRA Special Investigation Team=アイラ特別調査班)の本部司令室は、いつか映画で観たことのある警視庁通信司令センターや、NASAことアメリカ航空宇宙局の司令室を彷彿とさせる場所だった。
ただ二つ決定的に違うのは、先のどちらにも設置されている巨大なスクリーンが前面のみならず、360度の全方向に渡って展開されているという点と、それに合わせて室内が円環状になっている点だった。
しかも普段はオフにされているが、いざというときはドーム型になっている天井までをもスクリーンとして使用できるらしい。
もちろん映されているのは桜島を中心とした風景だ。島の中心部をはじめとした数カ所に設置されている、超硬化ガラスに包まれたカメラによって撮影したリアルタイムの映像を流しているということだ。
ASIT本部の位置としては、桜島の西側にあたる薩摩半島の中央部に【掘られている】とのことだった。あとは本部全体が地下シェルターの役割も果たしているということだったけれど、現段階では県民及び国民には一切知らされていない機密事項ということだ。
そんな説明を聞きながら既遂さんについて歩き、行き着いた中央付近の応接席において彼女から手渡された片眼鏡式のヘッドマウント端末を装着し、視界の隅に半透明で映る画像を見せられつつアイラの元に向かっているらしい四羽の始祖鳥の話を聞いた。ミロと中村はここへ来る途中ゲストルームに通されたあとだった。
「四羽もいるんですか?」驚いてぼくは尋ね返した。
「最低でもね」と既遂さんが応える。
「わたしたちの大きさに沿って言うと、カラスやニワトリくらいの鳥が四羽ってところかしら。実際の数値で言うと、全長が最大で三百メートル近く、翼開長が半キロ近くになる怪鳥ね」
「よくかいちょう……?」
「完全に広げられた両翼の端から端までの長さのことよ」
ぼくは頷いた。
「飛んで向かっているんですか? 始祖鳥は飛翔が苦手だと聞いた覚えがあるのですが……」
「そうね、普通のアークテリクスなら難しいかもしれない。でも今ここに向かっている四羽は、自由な飛行に不可欠とされる竜骨突起という骨を持っているの。スキャンでそのことが確認できた。だから普通の鳥と同じかそれ以上の飛翔能力を持っていると見て間違いないわ」
「……どうやって駆逐するんですか?」
そうぼくが尋ねると、既遂さんはテーブル上のノートPCを操作して、ぼくの装着する端末のディスプレー内に、ほとんどアニメのそれのようなロケットミサイルとその砲台を映して見せた。
「まずは、これでわたしたちが試みる」
そしてそう言ったあと、今度はその画像を一丁の長い銃に変えた。
「それでダメだった場合は、これでアイラちゃんに仕留めてもらうつもり」
ぼくの記憶が確かなら、それは鳥撃ち用の銃、散弾銃のはずだった。
「……アイラにって、こんな大きな銃を用意してるってことなんですか?」
既遂さんは頷いた。
「ショットガンは構造が簡単だから最初に作っておいたの。本人は知らないと思うけど、ニジ君の妹さんの製造会社でね。もちろん極秘によ。他にはリボルバー式の銃や、ナイフや斧等の刃物も数種類用意してある。あとは今わたしたちが着ているような防御服も。複雑なものは製造中よ」
と言うことは、以前からこの事態は想定されていたと言うことなのだろうか?
しかしぼくは違うことを訊いていた。
「殺させるのですか? アイラに……?」
「前回のようにはいかないのよ」
前回というのは、対魔王ルシファーのことだろう。あのときは戦意を喪失させるだけで、殺すまではいかなかったからだ。
ふっと思い出してぼくは尋ねる。
「そう言えばあの子……【菊花】のようにはいかないのですか?」
菊花というのは、八年前にアイラが鹿児島にて徐々に巨大化し始めたとき、北の大地北海道においてごく短期間のうちに巨大化を遂げて有名になった、アイラと同じ十四歳の少女のことだ。
その菊花は巨大化直後にノイローゼとなってしまったのが災いし、図らずとは言えど数十名単位での死亡者を出してしまったためにやむなく自衛隊の武力によって命を絶たれるという最悪の結末を迎えてしまったのだけど、当初は麻酔弾で眠らされる予定だったのだ。既遂さんが言った。
「菊花のよう? ──ああ、麻酔薬を使わないのかということね。けれど散弾式の麻酔弾はまだ開発されていないのよ。リボルバー用の単発麻酔弾はあるんだけど、今回は複数羽いるからそれじゃ対応が難しいと予想されてるの。一羽だったらなんとかなったのだろうけど……」
「でも、見かけを信じるならアイラはまだ十四歳の少女なんですよ? それにぼくの知っているアイラは活発ではあるものの、決して暴力的な子ではないんです。なのにそんな、殺させるなんて──」
「だからニジ君にお願いしてるのよ」
ぼくは目を見開いた。
「要はぼくに、アイラを説得しろというのですか?」
「そうよ。そうしなければ世界は【破局的状況】を迎えることになる。それにカーゴの中でも言った通り、それはアイラちゃんたっての希望であり、条件なの。つまりあなたと【接触】を果たすということが」
「……一体、どうやって説得するんですか?」
「ついて来て」
既遂さんはそう言うとソファーから立ち上がり、さらに奥へ向かって歩き始めた。
ぼくはその場にいた百名近い職員たちの視線を受けながら彼女のあとをついてゆき、俯瞰すればきっと曼荼羅のように配置されているに違いない、司令室と同じ円環状の小部屋へと入って行った。
そこには、まるで【流線型の棺桶】とでも言うような金属製の箱が置かれていた。