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三日前/東京/夜
大学近所の格安居酒屋三品において、ほぼいつものメンバー六人で飲み食いしている最中に、珍しくアイラの話になった。
「やっぱあいつは弥勒菩薩だって絶対」と荒川が言った。
「いやいや、政府が遺伝子操作で生んだ生物兵器なんじゃね?」と伊藤が言った。
「どっちにしろ原発を守ってるのだけは間違いないと思うのね」と上埜が言った。
「いや、おれたちはみんな幻を見てるんだよ」と円堂が言った。
「それかゲーム世界の住人なのに気が付いてないか。でなきゃなんで服とか小物まで巨大化してるのか説明できないだろう?」
座敷席の最奥に座っているぼくは彼らの話を黙って聞きながら、ビールを日本酒のようにちびちびと舐めている。【珍しく】とは言えど、アイラについてはもはや完全に語りつくされている状態だったから、どうせすぐに他の話題へと移ってしまうに違いない、とそう思っていたのだけど、ぼくの左隣りに座る飲み会初参加だった編入二年生の檀那寺さとかの質問により、事態はコペルニクス的転回を迎えることになった。
「すみません、アイラって誰なんですか?」
ぼくを含めた四人の男と一人の女が、えっという顔でいっぺんに檀那寺を見た。
「……わたし、そんなに変なこと言っちゃいました?」
ぼくを除いた三人の男と一人の女が、うんうんといっぺんに頷く。
唯一頷かなかったぼくを、助けてくれというような顔で檀那寺が見た。トレードマークである白いタオル地製のリストバンドの嵌められた柔らかそうな左腕で、自らの身体を抱きしめている。
「池島先輩、アイラって人そんなに有名なんですか?」
「うーん……本当に知らないの? 専用のTVチャンネルまであるんだよ?」
まさかこの世界にアイラを知らない人間がいるとは思わなかった。
「知らないから尋ねてるんです」
と、ラクダみたいにびっしりとまつ毛の生えそろっている、大きくて垂れがちの両目でぼくを睨みつけながら檀那寺。その後、
「だってわたし、ずっと厳格な寮で暮らしてましたから……」
とそのあからさまな萌え顏造形の繰り出したツン顏とヤン顏のコンボに不覚にも少しだけ萌えてしまったぼくに向かい、各自そこはかとないにやけ顏を浮かべた荒川たちが言った。
「まあそういうこともあるだろ、教えてやれよニジ」
「教えてやれニジ」
「教えてあげなよニジ君」
「まかしたぞ池島」
なぜか正座でぼくの方につっと向き直った檀那寺が言った。
「教えてください、ニジ先輩」
荒川たちがにやついているのは、ぼくが誰よりもアイラについて詳しいことを知っているからだ。そして檀那寺がどういうわけか、編入当初からぼくのことを好きだと公言してはばからない女子だからだ。
「……まあ、別にいいけど」
ぼくは眉を掻きながらアイラについて話し始めた。
今から約八年前に、当時十四歳だった幼なじみの薩川姶良が、ぼくの地元の鹿児島県において、突如として巨大化し始めたこと。
その理由は今もなお不明なこと。
身長は約3㎞あること。
灰にまみれて石像のような格好になったまま、移動先の標高約1.1㎞の桜島の前で女の子座りをし、飲まず食わずでずっと生命と体形を維持していること。
鼻で静かに呼吸をし続けていること。
全身の体温は二十度ほどの超低体温なのだけど、心臓部周辺は三十六度前後を保っていて、かつ遺伝子自体は人間とまったく同一であると発表されていること──