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だがそれも束の間、さっき言い争っていた中年男の胴間声で場の空気が一変する。
「おい貴様、いい加減なことを言うな! あんな女に期待して何になる! その前に海上警察だろうが!」
途端にまた子どもたちの泣き声が大きくなる。
ぼくはその中年男をぎっと睨みつけてやりたかったけど、にわかにまた起こった大きな揺れと、みんなの怒声とでそれどころではなくなってしまった。
「見て、浸水してきてるわよ!」
信じたくはなかったけれど、誰かのその叫びは真実だった。どこから浸水しているのかはわからなかったけど、壁と床の継ぎ目に滲むように海水が溜まり始めていた。
ぼくは船に関する少ない知識を総動員して考えた。あの中年男は横転事故と沈没事故を分けて考えていたようだけど、ぼくの記憶によると、完全にひっくり返ってしまったのならばともかく、横転した船の多くが沈むはずだった。
つまり、もし、もしこの船の現在位置がわからなくなっているのだとしたら……
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だよ、きっと大丈夫……」
口にこそ出さなかったものの、ぼくはまたしてもアイラのことを考えていた。アイラ、アイラ、アイラ──
既遂さんは失望しないために期待するなと言った。それはまっとうな考えだ。けれど違う、これは期待であって期待じゃない。祈りだ、もはや祈りなんだ。アイラ、助けてくれアイラ、アイラ──
幼女がぎゅっとぼくの首にすがりついた。
でも、実際はぼくこそがすがり付いていたのかもしれない──そのときだった。
片側一面の窓の外が明と暗とをじんわりじんわりと繰り返しながら、ゆっくり、本当にゆっくりと船体が水平状態に戻り、ふわふわとした優しい感覚と共に海面が遠ざかってゆき始めたのは。
誰もがただただ息を飲むことしかできない中、窓の外にとてつもなく大きくてあたたかい輝きに溢れている、黒と褐色に彩られた【宝石】が現れたのは。
絶対に見間違うはずがない。それは他の誰でもない、ぼくの幼なじみである十四歳の少女、薩川アイラその人の瞳だった。