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既遂さんはすっとレンズの向こう側にある奥二重の目を細めた。
「繰り返すわ池島ニジ君。これは、世界規模の事案なの。今はまだ詳しく話せないけれど、あなたの行動に全人類の未来がかかってるのよ」
「全人類の未来だなんてそんな……だってぼくはただの、」
──そのとき、【卑屈が一番ダメ】という檀那寺の言葉を思い出してはっと口をつぐんだ。
「ただの、何?」と既遂さんが尋ねる。
「……いえ」
ぼくは覚悟を決めた、というよりは居直って言った。
「それより、絶対に断れないんですよね?」
「そうよ」
「だったら、せめて注文くらい付けていいですか?」
「善処するわ」
「鹿児島へ行くのが二日後でかまわないなら、船で行きたいんです」
既遂さんの整った眉がすっと動く。
「船? どうして?」
「それは……黙秘します」
ぼくが言うと、既遂さんはまた曲げた人差し指を口元に当ててくすっと笑った。
それからすぐに斜めを向いて何かをし始める。眼鏡のレンズに映った映像と手元の動きからして、隣りにあるPCを操作しているように見える。
「わかったわ、じゃあ船でも大丈夫よ」
脇を向いて作業を続けたままで既遂さんは言った。
「早速手配しておいた。東京/有明港フェリーターミナルから出港の本日17時の便。このあとあなたのスマートフォンに送るパス画像を見せれば料金は請求されないから費用については安心して。ちなみにそのパスで国内すべての交通機関に無料で乗ることができるから、港までは好きな方法で行くといいわ。じゃあ船に乗ったら必ず電話ないしメールするのよ。その連絡先も一緒に送っとくから。わかった?」
「わかりました」
ふっと閃いたというような表情で既遂さんがこっちを向いた。
「もしかして、ニジ君が船で行きたい理由は、アイラちゃんに会えるかもしれないからかしら? 消えた彼女が、また桜島まで戻ってくる可能性にかけて? 帰路に就いているアイラちゃんに、船旅の途中で遭遇できるかもしれない可能性にかけて……?」
「……黙秘、します」
既遂さんはまたくすっと笑うと、滑らかな指でつるをつまんだ。
「わかったわ。あなたには刑事訴訟法第198条に明記されている通り、歴とした黙秘権があるものね。ただそれとは別に、老婆心で一つだけ言わせて。ニジ君、あなたの望みはきっと叶わないわ。そう思っておいた方がいい。これは可能性の問題を言っているわけじゃない、心がまえの問題よ。そうすれば失望のダメージを軽くすることができるから。むろんわたしの推理が当たっているという前提の話になるのだけど。それじゃ、また船に乗ったときに」
そう言うと、既遂さんはふっつりと画面から消えた。