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「警視庁公安部……」
ぼくが言うと、既遂典子と名乗った女性は頷いた。
「どういう組織かはわかるかしら?」
「えっと、日本のFBIっていう認識ですけど……もしくは警察が学級委員だとしたら、公安は生徒会という感じです……」
既遂典子は曲げた人差し指を口元に当ててくすっと笑った。
「面白いたとえね。でもそういう風に言うなら、まずは【警察が生徒会】ね。そして【公安は教育委員会】。生徒会よりも広義における秩序や規律に関する管理ないし、捜査をするという意味でね。そうすると、学級委員は各都道府県警察ということになるかしら」
「なるほど」とぼくは言った。
「それで、その教育委員会のお偉方が、しがない一生徒であるぼくになんの用でしょうか」
酔いに任せて軽口をたたいたのがいけなかったのかもしれない。既遂さんは銀色の【つる】を人差し指と親指でつまんで眼鏡の位置を整えると、真剣な顔になって言った。
「それは盗聴の問題もあるから直接話すわ。二日後、鹿児島で会ったときに──? どうかした?」
そう言われて、ぼくは既遂さんを凝視してしまっていた自分に気が付いた。
「……いえ、なんだか、どこかで会ったことがあるような気がしてきて」
それは本当だったけれど、きっと勘違いに違いない。どう考えても既遂さんとぼくは、初対面だったからだ。
既遂さんは整った細い眉の片方を跳ね上げると、一転また口元に指を当ててくすっと笑った。
「口説き文句にしては、ちょっとありきたりね」
「そんなんじゃないですけど」
「そう、それは残念」
既遂さんはまたすっと真顔になると、改めて繰り返した。
「そういうわけだから、少し急だけど、二日後に鹿児島まで来てちょうだい。大学の方は夏期休暇中だから大丈夫よね? 飛行機やタクシーの手配はこちらですべてしておくから。もちろん、費用の心配は一切しないでも大丈夫」
「ちょ、ちょっと待ってください」
既遂さんは左右に首を振った。
「悪いけど、ニジ君に断る選択肢はないの。これは日本、ううん、世界の未来がかかってる事案だから」
「いきなりそんなこと言われても……絶対に断れないんですか?」
「厳密に言うと、今のところは任意だから断れる。でもそのときは即座に裁判所から令状を取ってきて強制にするから結局は同じことよ」
「……それでも、断ったらどうなりますか?」
「その主張を檻の中ですることになるでしょうね」
「……酷すぎです」