ピンクのコンサートドレス
なし
終わって
音楽実習室は拍手の渦だった
平川先生も
これほどまでとは
思っていなかったのだろう
立ち上がり
いつになく上機嫌で
力強く拍手している
昼にあった
あの暗い
真面目な
几帳面そうな男の姿は消え
そこには
自信にみちあふれた男の姿があった
そして
スタンディングオベーションでの
盛大な拍手に
ソリストごとく
その拍手に礼をかえしている
「いやっああ
ユーちゅーぶで見て
どうかとおもってたけど
いやあ
まじかで本物を見ると迫力あるね
すばらしかったよ」
まだ拍手の心地よさが残る中
いきなり肩をだかれた
「どうしたの、あの男。
どこでひろったの。
彼、伝説のロッカー。AKIRAじゃない」
学部も卒業のころ
口コミできいたことがあった。
AKIRA、このあたりの
路上で突然ライブをするロッカー
その演奏はすばらしく
プロのスカウトもきているそうだが
それを断っている
そして
このなぞとき
まったくもってこの二面性
これなら正体もわからないわけだ
「おお、めずらしいね
おれっちのこと好きになったあ」
伝説のロッカーにうっとりして
肩をだかれたままになっているわたしに
昨日パルテノンで会った
金さんが言う
今日はなぜか酒臭くない
「辛気臭い話でさあ、
わりい
おそくなっちゃった」
今、昼の弁当にがてんがいった
「おれ、
おじの会社、手伝うんだってよ」
ぼそっと金さんが言う
なんでも
家賃30万、もちろん賃貸
そのマンションに住むおじに
今日さっきまで呼ばれた話
いや、説得をされたらしい
「おそろしく、生活感のない家でさあ
俺が望むのは、
あとは、しあわせな家庭だけだって
おじき
なんでも持ってて、
ばかにしてるよね」
やはり
金持ちの話は本当なのか
すべて持ってて、
あとは結婚
というのもすごい話
「あああ、おれっちも
会社づとめか
けやき、
ここで会ったのも何かの
縁だし、来年から
おれたちつきあわないか
おれも社会人になっちまうし」
一瞬
上流階級夫人をイメージした
またまた
ポニーテールを左右にふる
「金さんには、
ふさわしい人いっぱいいるよ」
それを言うのが精いっぱいだった
わたしは
ロックとかは
わからなくて
演奏を聞いたのは
はじめてだったけど
本当に魂の声を聴いた
AKIRAは、声を高くしたり
低くしたり
小さい
つめみたいな
白いので
ギターを演奏しながら
演出もしていた
本当にすばらしかった
そして
芸術研修はすべて終了し
大学が手配した
ケータリングの用意がされている
学食ホールに参加者は三々五々むかう
残されて
AKIRAの片づけを
なんとはなく手伝っていると
またもや柳原がやってくる
「けやきさん
さっきのイケメン
彼氏ですか?」
ずいぶん
ずけずけと聞いていくる
最近
何度目かの髪をゆする
「そうかあ、
でも、さいごだから聞くんですけど
けやきさん
来年いい年にしたいですか?」
そりゃあそうでしょ
とも思いつつ
何を言いたいのかわからずも
だまってうなずく
「そしたら
まずメガネをやめて
コンタクトにして
つぎに
髪をアップにしたり、
ばっさり切って
ショートにしたほうがいいですよ
イメチェンですよ、イメチェン」
何を言い出すのかと思いきや
あまりの唐突さに
おかしくてたまらなかった
はじかれたように
大きな声で笑う
その笑顔に安心したのか
「ほら、昼に話してた
学部卒業時にした
演奏コンサート
その時に、着た服のイメージですよ
ピンクとかのドレス」
わたしが声楽を発表した時のドレスが
ピンクで思わず
「そうそう、わたし、ピンクの着てたわ」
そういって二人で大笑い
そばで片づけていた
AKIRAが
「おれも賛成っす
けやきさんも
俺みたいにかわれるっすよ」
いけしゃあしゃあと
昼とはまったく別人で言う
このロッカーめが
しかし、そんなAKIRAにも
おもわず笑ってしまう
とにもかくにも
3人で片づけて
大急ぎで
打ち上げ会場に向かう
わたしはそんな
柳原の後ろ姿に
思わず携帯の番号を聞こうと
迷う
しかし、そんな迷う自分が
好きだなあとも思う
なんとはなしに
また、どこかで会えるような気がして
番号は聞かないでおこうと
会場に向かう渡り廊下を
歩きながらわたしはそう思った
なし