白馬の王子
なし
平川先生が水を得た魚のように
話し出す
音大にいながら
教養の西洋美術史を教えてきた御大
古代ギリシアが、古代ローマが、
生き生きとはなしだす先生を
見ているようでみていない
聞いているようで聞いていない私
さきほどは、疲れた
休憩が休憩でなく
かえって疲れた
このまま部屋に帰って寝たい
しかし、さっきの休憩で
気が付いたのは
私にとって
女子大は心の底から
完全に徹底否定で
無理と思ったこと
親にレッスンを辞退したこともあって
いろいろな選択肢の中に
女子大も輝きだして
いこうかいくまいか
迷ったけど
いまさらながら
いかなくてよかった
でも、高校時代は
本当に平和だった
G大めざしている関係もあって
女子中、女子高と
エスカレーターできたけれど
さすがに
彼氏とった、とらないはなかったし
友達といえば
チョーてんねん系のもっちゃんとか
つっこみ名人のリカとかいたし
美人な人とか
ファッションセンスのいい人とは
食わず嫌いで
何をはなしていいのか
わからなかったから
距離をおいてたし
通学の電車や
レッスンが同じ通い友達の
きょうこやななとは
家の方向が一緒で
家ともで落ち着く友達だったし
本当に平和だった
いまは
そのときのみんなは
ばらばらになっちゃったし
結婚した人もいるし
会社でばりばりやっている人もいるし
ほんとうに
それぞれ
高校時代といえば
部活もしておけばよかったかな
ブラスバンド部もあったけど
それこそ
高校に入学したばかりの頃から
頻繁に大学に向けてのレッスンがあって
放課後は練習があって
それどころでなかったし
でも
いま思えば
幽霊部員多数の
マンドリン部くらいは
はいっておけばよかったかな
そして
ぼんやり
しろい霧のような感じ
「けやきさん」
「けやきさん」
ここちよい声で
私を呼ぶこえ
白馬の王子
先輩は口々に
「そんな王子様はいない
けやきも現実をみなさい、
そんなものは妄想よ」
一時期、講師を務めた
ピアノスクールYで
飲み会のたびに言われたこと
けっこうスタイルもルックスも
いい先輩から
「女は売れ時があるのよ、
それを過ぎると
あなたも選べなくなるわよ」
ときびしい愛のむちか
自分自身に言っているのか
「いったいぜんたい
先輩でだめなら、
わたしはどうなるんですか」
「それより、
先輩
また破局したんですね」
「結婚は、また、先なんですね」
「だから、この荒れ飲み会ですか」
「もしかして
先輩から結婚の言葉をだして
うざがられて破局ですか」
「もう、まいったなあ
給料安いんだから愚痴料金で
先輩のおごりですよ」
などなど
居酒屋での世界
先輩から
飲み会で
そんなことを
言われてからしばらく
結婚を言い出して
別れることに
そこにはたして愛はあるのだろうかと
もんもんと考えた日々
そして
くやしいのは
言われた私がしばらく落ち込むのに
性懲りもなく
先輩は
また
合コンで彼氏をつくって
「このまえより
イケメンだわ」
とハートマークだらけの
ルンルンの先輩
わたしも幸せをつかみたいわよ
いや、なんとしてもつかむわよ
白馬の王子を信じないOGは
多いけど
絶対にわたしはつかんでやる
わたしは、絶対に
泣き寝入りしない
そう誓います
「けやき さん
け や き さん」
肩をゆすぶられる
心地よいバリトン
そして
明るいLED照明の教室に
ここは
やだ、私ねてた
さらに
よだれもでてるし
隣の席の男
ヤナギハラ
いや可奈子。
そうだ邦男
やつが呼んでる
「けやきさん
けやきさん
平川先生が
すこしはやく午前の講座が終わったけど
午後の講座は
何時から始めますかと
相談されてますよ」
完全にわれにかえった
寝ていた
乙女の寝顔を見られた
まさか、自分が
講義終了まで寝ているとは
穴があったら
本当に入りたい
なし