第七話 みんなの受付嬢
さて、そんな感じで俺はこのエンドルの街に到着した。
あの少女――マロンと言ったか――何故か俺と一緒に来たがっていたが、俺なんかと来るよりかは、あの商人のおばさんと居た方がよっぽど幸せだろう。
それにあんな美少女と同伴を許されるのは、英雄気質の主人公達であって、俺みたいな悪人ではない。
それはさておき、とりあえず先程のやり取りから大体の通貨価値は把握出来た。
買ったネックレスは12万フィライン、対して袋に入っていた硬貨は金貨が十枚、銀貨が六枚だった。
恐らく金貨一枚は1万フィライン。
辺りの店での取引を見る限り、銀貨は1000、銅貨で100、鉄貨で10、青銅貨で1フィラインだろう。
金に価値が付いているという事はこちらでも思ったより産出量は少ないということか。
まぁ、どちらにせよ稼がなければ生きていけない事には変わりないが。
商会から出た俺は、降り注ぐ日差しの中その様に辺りの様子を観察しながら街の中央を目指した。
この街について説明すると、まぁ当たり前のようだが「中世」という言葉がよく似合っている。
立ち並ぶ家々は全てレンガ造りで、街の広さから言えばかなり発展してはいるだろう。
街中には水路が張り巡らされ、石畳の街道や魔法でも利用していそうな街灯などからも察するに、ある程度の文明の高さが伺える。
商店や露天も充実しており、なかなかに盛況振りだ。
さすがに、住民の貧富の差は多少なりは見られるが、それでも局地的な貧困は無い様である。
おそらく、下水路でも整えられているのだろう。
そうこうしている内に俺は目的の場所へ辿り着いた。
周りと比べ一際大きな建物。
両開きの扉の上には羊皮紙を丸めたような絵の看板。
その下にはきちんと「冒険者ギルド」と書いてある。
そういえば何故、異世界なのに字が読めるのだろうか?
《あ、それはほんやくこn……》
ストップ!
それ以上は言ってはいけない!
《いや、だから私とほんやくこんよk……》
ちょっと待って。それはそれでオカシい。
俺はそんな□リコンなプレイヤーじゃない。
操作方法は初期状態だから○リコンな傭兵だ!
《えっ? この前「銭湯モード」とか言って嫌がる私を連れていったじゃないか》
なにそのエキサイト混浴。
そんな変態なことをした覚えはない。
あと「スキャンモード」とか言って3サイズを測った覚えもない!
《そして君の不明なユニットを私に無理矢理……》
なんで抉り取る刃まで戦闘モードになってんだよ!
棒を穴にシューしてエキサイティン! じゃないんだよ!!
これじゃ幼女に浴場で欲情してるただの変態じゃないか!
そもそもまだ一度しか会ってないのにそんなことするヒマ無かったハズだ!
《……と、ホントは面倒だったからこの世界の言語の知識あらかた詰め込んどいただけだから。言うの忘れてたけど》
ずいぶんと面白そうに演技をしていた神だったが、ようやく熱が冷めたようだ。
だがそれは良かった。某青い狸の仕業でも俺の幼女趣味のせいでもなくて実に良かった。
……って、俺がナニカサレタことは確定じゃないか。人体改造か? コンチクショウ。
まぁバッタっぽくされたりレーダー積まれたりブレード光波が使えるようになったり無反動でキャノンが撃てる様になったりしたワケじゃないから良かったが。
もしそうなってたら違う世界で活躍しないといけなかったぜ。
……と、話が逸れたがそんなわけで俺は冒険者ギルドに来たわけだ。
何故かって? もちろん金を稼ぐ為だ。
というわけで、俺は少し古びた木の扉を押し開けて中へ入った。
「御帰りなさいませ、冒険者様」
えっ? 此処って冒険者ギルドだよね? まさか娼館じゃないよね? って疑問は取りあえず置いておこう。
入ってすぐ正面のカウンターにいるのはピンク色のショートヘアーの笑顔がステキな綺麗な受付嬢さん。
その彼女が、まるでメイドのように美しい御辞儀をしている。
さて、最初のインパクトからすると何かいかがわしい場所に見える気もするが。
「ここが冒険者ギルドか?」
「はい、そうで御座います。御新規さまで御座いましょうか?」
「ああ、そうだ」
にこやかである。
そう、にこやかなのである。
この笑顔を見ると自分が何か悪いことでもした気がしてくる。
別に何をした訳でもないが。
「では、登録の際の御説明が、丁寧(通常版)、丁寧(初回エディション版)、垂れ流し(通常版)、垂れ流し(通常の三倍版)がありますがどれになさいますか?」
意外と数が多い。そんなに必要なのだろうか?
「……じゃあ垂れ流し(通常の三倍版)で」
その途端、受付嬢さんはどこからか取り出した仮面を付けてあり得ない速度で言葉を発した。
「では……登録時にはまずお名前を記入して頂きます! そして血液の登録! これは依頼時の本人確認のほか、データ等として全ての冒険者ギルドへの情報の通知のために必要になります! 冒険者のランクはSABCDEFGの順で高ランクであり、最初はGランクから始めて頂きます! 冒険者ランクは同一枠内でもSSS、SS、Sランクの様に、全てのランクが分かれるので御注意ください! ランクによって決まるのは第一に受けられるクエストのランクになります! クエストは受注の際依頼者への保証として契約金が掛かるものが多数存在致します! 自分と同じランクのクエストを受ける場合は特に何もありませんが、自分より高ランクのクエストを受注する場合は契約金の上乗せが必要になります! これは自分の冒険者ランクより高ランクになるほど高額になるので御注意下さい! 契約金はクエスト成功時には返却されますが、失敗時には戻りません! クエストには期日が存在する物も御座いますので、よく確認して頂けますよう御願い致します! 既に対象が討伐されていた場合に関しては、その旨を御伝え頂ければ契約金は返却致します! クエストを受注せずに討伐した魔獣に関しましては、場合によってはクエスト成功として処理出来る事が御座いますので、御確認の程を宜しく御願い致します! 討伐成功の確認に関しましては、後ほど渡される『記憶者の楔』を対象へ少し打ち込んで頂ければギルドカードに自然と情報が記載されますので御安心下さいませ! また、依頼と同じ付近のクエストであれば同時に三件まで受注頂けます! 冒険者ランクを上げるには同ランクのクエストなら5件、自分より上位ランクのクエストならばランク差一つにつき1クエスト分と見なし、計5以上となれば昇格クエストを受注可能となります! 昇格クエストはギルドが指定するクエストであり契約金は発生致しません! このクエストに成功すれば晴れて冒険者ランク上昇で御座います! ちなみに失敗時には同ランクを最初からやり直しとなります! その他トラブルの発生に関しましては、各自最寄りの冒険者ギルドへの御相談を宜しく御願い致します!」
その間、およそ三十秒。
まるで早送りを聞いているようだった。
彼女はニュータ○プなのか?
で、今のを「まとめ」ると、つまりはそういうことだそうだ。
え? まとまってないって?
じゃあ3つに分けよう。
1.ま まず登録する
2.と とにかくクエスト受ける
3.め めんどくさいことには首突っ込むな
以上だ。
「はぁ、はぁ、はぁ……あの、もう一度ご説明致しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。全部理解したから」
いつの間にか仮面を外していた受付嬢さんが息も絶え絶えに訪ねてきた。
なにかエロさを感じたのはきっと気のせいであろう。
「(今のを聞き取るとは、この御新規の冒険者様は化け物でしょうか……)」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ、なにも」
既に呼吸を整えている辺り、プロの気質を感じる。
なかなかに出来るようだ。
「では、お名前を御伺いしても宜しいですか?」
目の前にはいつの間にやら水晶の様なものが用意されていて、もはや準備万端という感じだ。
流石の俺でも手際の早さに少し驚きを隠せない。
「ああそうだな、レイだ」
「レイ様で御座いますね?」
「そうだ」
「では血液登録の為、御手を拝借しても宜しいですか?」
俺が右手を突き出すと、受付嬢さんはその手を優しく握って水晶(仮)の上へそっと被せるように置いた。
女性に免疫のない男なら今の仕草はドキッと来たことだろう。
まぁ俺はきっと大丈夫だが。そうきっと大丈夫。
ガラス質のひんやりとした感触の後、まばゆくない光と共にチクっと指す様な痛みが走ったが、ただそれだけで終わってしまった。
ふぁんたじー世界にしては案外あっけないものだ。
「有り難う御座います。これで御登録は完了致しました。ではこちらがギルドカードとなります。紛失等御気をつけ下さいませ」
そう言って受付嬢さんは、水晶(仮)の中からにゅるっと取りだした一枚の黒いカードを渡してきた。
黒とはまた良い趣味をしている。
「サービスで黒色に致しました」
そうして素晴らしいスマイルである。
だが何故か、とんでもない額の代償を請求されそうな怖さがある。
にしても黒色は好きだから有り難いけど、実はオプションだったのね。
「ちなみに今ならオプションで私も付いてきます」
「えっ? 冗談だよな!?」
「ええ、冗談で御座います」
一瞬本気にしちゃったよ。
受付嬢さん……恐ろしい子!
「で、早速クエストを受けたいんだが何か良いのはあるか?」
「そうですね……では特別内容として、このクエストなどはいかがでしょうか?」
提示されたのは……ジェネラルワイルドボアの捕獲
場所はここから西の森だそうだ。
というか、最近聞いた名前だ。
「これを成功して頂ければ、特別処置として冒険者ランクをDランクへ昇格させて頂きます」
かなりの好条件である。
何故そんなうまい話を持ち出すかは置いておいて、恐らく受ける価値はあるだろう。
「で、なぜ俺にこんな話を?」
「それはですね……現在、中~高ランクのパーティー群による飛竜討伐の大遠征で、ここにいらっしゃるほぼ全ての高ランク冒険者が出払っているのです。
そして最近、ジェネラルワイルドボアの目撃情報が相次いでおり、襲われた馬車まで出ております。状況から考えて、早急に対処したいので御座います。
それとあとは、私の勘ですね」
なるほどな。
報酬については金貨二十枚だそうなので、金額としては妥当なところだろう。
「そうか、ならそれを受けさせて貰おう」
「承知致しました」
そうして契約が成立したところで、一つ、とある疑問が浮かんだ。
「そういえば、捕まえた魔獣はどうやって運ぶ?」
「ああ、そうですね……レイ様は御一人ですので、私からの個人的なサービスとしてコチラをお使い下さいませ」
そう言って堂々と取り出されたのは、ピンポン球サイズの小さな黒球であった。
「なんだこれは?」
「こちらは『生命の黒牢』と申しまして、中に如何なる生命体をも無制限に捕らえる事の出来る代物です」
なんともエゲツなさそうな内容である。
無制限とは恐らく質量や数量についてなのだろう。
「使用方法は通常は対象物の意識にレジストされてしまうので、気絶等をさせてから『我が理に従い汝の全てを閉じ込めん』もしくは『おまえが欲しい!』と唱えて下さい」
いや片方おかしいだろ! なによ『おまえが欲しい』って。どこの変態だよ!
まぁともかく、手渡されたソレはどこまでも漆黒で、まるで全てを飲み込んでしまいそうだった。
まぁ、これで運搬についての問題は無くなった。
安易に使って良い品ではなさそうだが、そこは気にしないで有り難く受け取っておくとする。
「それで、こちらが『記憶者の楔』になります」
続いて取り出されたソレは、ヘドロ色の楔に今にもドクドクと動き出しそうな赤色の触手のような物が血管の如く張り付き、持ち手は苦悶の表情を浮かべた亡霊に似て、グロテスクと言うほかない。
正直言えば、誰もが生理的嫌悪感を抱くデザインであろう。
だがそれをこともなさげににこやかに持っている受付嬢さんの方がよほど恐ろしいモノがある。
「こちらの使い方は、倒した魔獣の死体に刺してから『俺のメモリーにお前も刻んどいてやる』とか『お前もまさしく強敵だった』とか『お前のことは一生忘れない』とかなんでもいいので、それらしいセリフを吐いて下さい」
いやいや、オカシいでしょ。
なんでそんな恥ずかしいセリフ群を言わなきゃいけないのだ。
俺、中二病じゃないよ?
「まぁホントは刺すだけで良いんですけどね」
「それでいいんかい!」
冗談が過ぎるぜ。
だがそう言う受付嬢さんはどこか楽しそうだった。
「あ、ちなみにこちらもサービスで邪神教verにしておきました」
え? 何? 嫌がらせ?
ちょっと禍禍し過ぎでしょう。
「って、そんなにサービスして大丈夫なのか?」
「いえ、なにか似合いそうでしたので、つい」
それでいいんかい冒険者ギルド。予算とか予算とか予算とか。
いやまぁ俺は嫌いじゃないデザインですけどね。
と、こんな事をしていても金は手に入らないので、俺はそろそろ出発することを決意する。
居心地の良さに、ついつい時間を浪費してしまった。
「じゃあ、行ってくるぞ」
「いってらっしゃいませ、冒険者様」
俺はそのふつくしい御辞儀を背中に受けて、冒険者ギルドを後にした。
♪~♪~♪~
「金がない~♪金がない~♪ しっごとをするまで、金がない~♪」
「えーと……ダー、だー?」
まだ日がずいぶんと高い中、即興の『お金がないの歌』を口ずさんで街中を歩いていると、どこからともなくそんな声が聞こえた。
誰を探しているのかは分からないが、ダークとはまた中二病チックな名前である。
「あ、違う違う。そこの黒髪の……レイ君?」
ん? 俺?
今確かに俺のネームが聞こえた。
声のした方向に目をやると、見るからに怪しい雰囲気を漂わせた古風な占い師のような女性が、人気のない路地からじーっとコチラを見つめていた。
「俺か?」
「そうそうキミキミ。占い、やってかない?」
黒髪の女占い師は笑顔でそう言い放つ。
とても怪しげな気配に一応注意しながら、狭い路地にある黒魔術でもしてそうな禍禍しい机に近づく。
何であろうか。何故今日の俺はこんないかがわしい様な場所に誘われているのだろうか?
というか、何故に占い? 金なんか持ってないのに。
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。今回はお金取るつもりはないから。それに今キミお金持ってないでしょ?」
なん……だと!? 俺の金欠情報を知っているなんて……
まさか、孔明の罠!?
「いやいや、さっきキミ、自分でへんな歌口ずさんでたからね?」
あぁ『お金がないの歌』か……
なぜか心を読まれてることは気にしないでおこう。
「で、代わりにお前の魂をいただく! とか言わないですよね?」
「言わない言わない。悪魔じゃないし、これでも私お金に困ってはいないのよ。言うなれば、無料お試し体験みたいなもんだから。
あっ、でも君の遺伝子なら欲しいかも……」
「まぁそれなら良いですけど……って、なんかサラっと変態な事言いませんでした?」
「そ、そんなこと言ってないわ……」
女占い師は目を逸らして知らんぷりした。
だったら口に出すなし。
「……なら聞かなかったことにします」
「ありがと……じゃあ、始めるわよ」
そう言って女占い師は嬉しそうに意気揚々と水晶に両手をかざして目を瞑った。
その姿はどこか不思議で、今にも何かが起こりそうである。
すると突如として水晶がふわふわと浮き始めた。
……って浮いた!?
「見えるぞ……私にも未来が見える!!」
「は?」
なにをおっしゃるウサギさん。きみも、ニュータ○プかい?
「――って言いたくなる様な人に出会ったようね。ってこれは関係ないわね……」
ああまぁ確かに会いましたよそんな受付嬢さん。
通常の三倍で説明してましたよ。
そんな俺を余所に女占い師は力を込めて集中すると、水晶が更に高く浮かび上がる。
というか、既にかざした手のひらを飛び越え荒ぶっている。
シュールである。
「え~と、なになに? 『お前は死ぬ』…………じゃなくて、『全ては決断によって決まるであろう?』あと、『所有物に注意?』」
だがその姿には何故か説得力があって、人をひれ伏させる様な何かがあった……疑問系じゃなければ。
なんか「死ぬ」とか物騒な言葉が聞こえたのは、ただの空耳であろう。そうに違いない。
「まぁ今回はそんな感じね。とにかく持ち物には注意しといた方が良いわ」
どうやらもう終わりらしい。
タダでやって貰ってるんだから、所詮こんなもんなんだろうか。
ただそれよりも「死ぬ」の真相を知りたい。
ちなみに宙に浮いていた水晶は、いつの間にか天高くに召されてしまって、もう何処にもその姿はなかった。
途中全てを浄化しそうな神々しい光を放っていた事は気にしないでおこう。
「そうですか、ありがとうございます。で、アレ飛んでっちゃいましたけど大丈夫ですか?」
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ。アレ、ただの見せかけだから。
ちょっと力が入り過ぎちゃってね……」
「見せかけかい!」
「そうそう、私はルカ・ダテレ・アストロ・チェン・コーラルレイ。会いたいときはどっかの掲示板にって貼っといて。いち、にの、さんで会いに行くから」
「なんか呪文みたいな名前ですね」
「よく言われるわ。じゃあ末永く宜しくね。まぁしばらく会わないでしょうから、すぐ忘れちゃうかもだけど」
「たぶん、インパクトだけは忘れないと思いますよ」
「そう、ならいいのだけど……」
いや、インパクトだけなら絶対に忘れないよ、そんな中二病。
というか何者よ。
「ちなみにコマンドは↑↑→→→よ」
「なにが!?」
「私が何者かについてよ」
なるほどね。
これはもう、気持ちを差し変えた方て何も考えない方が良いかもな……
「なぜだ!? 心が読めない!!」
「だから心を読むな!」
まったく、某精神カマキリさんじゃあるまいし、勝手に人の心を読まないで欲しい。
「まぁ、ありがとうございました」
「いいのいいの。じゃあ、お仕事がんばって。
夜のお仕事はまだみたいだけど……」
俺は心の耳栓で耳を塞ぎながらお辞儀をすると、そそくさとその路地を引き返した。
わるかったな! 彼女なんて居ないんだよ!
それにしても持ち物に注意ね……
麻酔銃が暴発するとかか?
などと考えていると不意に背後から声を掛けられる。
「あ、そうそう。ちなみにさっきの受付の子、自称孤児の、シャミアって言うから、覚えてくと良いことあるかもよ~」
だからって記憶を読むなよと、そう思う俺であった。