第六話 ナニヲドウシテコウナッタ
ふぅ……
ミスった。ミスったよ……
便利屋やってた癖で、つい「報酬」のこと考えちまったからな。
「うん、さっきのは何でもないから気にしないでくれ、うん」
「は、はい……」
そんなわけで、俺こと竜ヶ崎 零は自分のミスを恥じながら、未だ反応の薄い栗色の髪の少女への弁解を考えていたのであった。
ちなみに俺の名前についてだが、竜ヶ崎飛行場で零戦が里帰り飛行したことが由来らしい。知らんがな。
「んーと、で、ケガはないか?」
「は、はい。大丈夫だと思います」
「そうかそりゃ良かった」
荷台から降りてきた少女にそう声を掛ける。
そこら辺、さっきの炎弾とかのとばっちりとかが大丈夫かと思ったのだが、嘘ではなさそうだ。俺主観でも悪そうな所は見当たらない。
「災難だったな。じゃ俺はこれで行くから……」
さて、ちょっと話し辛いからさっさと退散……
「あんたたち、こんなところで何をやってるんだい?」
とりもあえず、気まずい雰囲気なこの場を去ろうとした直後、どこからともなくおばさんのような声が聞こえてきた。
幻聴かと思い声のした方へ振り向くと、馬を引き連れた金髪のおばさんが徐々に近付いていた。
その服は多少豪勢で、首に下げたネックレスもそれなりに高価なものに見える。
「エ? ナニモシテマセンヨ? 今帰ロウト思ッテタトコロデスヨ?」
おうっと、ビックリして片言に……
おばさんは少女を守るように俺との間に割って入る。
「帰るって、一体どこにだい?」
「ハハハ、ソロソロ森ニ帰ロウカナーナンテ」
あれ? いったい俺は何を言ってるんだ?
「土に還る」みたくなってるじゃないか!
そしておばさんの目が疑いに満ち始めた!
やべーよ! 俺、本当になにしてんだよ!
「実は俺、森の妖精♪」‥なわけねーよ!
「あんたまさか、その子を襲おうとしてたわけじゃないだろうね?」
「ハハハ、マサカソンナ」
なぜだ! 片言が直らん!
危険時は外国人のフリをするスキルが裏目に出てるじゃまいか!
「ふん、そうかい……」
そうしておばさんが懐に手を突っ込んで何かを……
「ちょ、ちょっと待ってください!」
突如、割入るように少女が叫んだ。
おばさんはいきなりの少女の参加に驚いたように荷台の方を見る。
「あ? なんだってんだい? その男に襲われそうだったんじゃないのかい?」
「ち、違います! その人は私を助けてくれたんです!」
「ん? どういうことだい? ちゃんと説明してくれないかね」
栗毛の少女は先程の恐怖でも思い出したのか、泣き出しそうになりながら、それでも訳を話した。
「ごめんなさい! わ、私、お父さんもお母さんも死んでしまって、お金もなくって、それでたまたま居たこの馬車に勝手に忍び込んで……そのあと貴女様が先程どこか行ってしまった時に盗賊に襲われて……もうだめだと思って私……そんな所を彼が助けてくれたんです」
「そういうことかい……それは辛かったね」
そんな少女をおばさんはまるで母親のように抱きしめると、少女はこらえていた涙をその綺麗な瞳から流して今までの悲しみを吐き出した。
それを見守る俺。
「うん、誤解が解けたならいいんだ。じゃ、俺はそういうことで!」
「ちょっと何処行くんだい? そっちじゃ徒歩で2日は掛かるよ?」
「なん……だと!?」
あら、意外と遠いヨ?
「ちょっと、しっかりしな。で、折角だから乗って行くかい?」
Oh、意外と優しいネ。
「えーと、でもタダ乗りも悪いのですから、じゃあ代わりに護衛ということで乗せて貰ってもいいですか?」
「ならそうしておくれ。道中危険があるかもしれないしね。
まぁ、乗るんだったらさっさと乗りな」
そんなわけで俺は、いつの間にか馬が繋がれていた馬車に乗り込んだ。
「ほら、あんたも」
「えっ? 私ですか?」
少女が思わぬことに驚いたように問う。
「そうだよ。乗るなら早くしな。さっきの盗賊がまた来ないとも限らないしね」
その言葉に少女は涙を拭ってから、うれしそうに俺の隣に乗り込んだ。
☆~☆~☆~
私はまた馬車に乗ることとなった。
ただ、今回は一人ではない。
私を助けてくれた彼、真っ黒な服に身を包んだ黒髪の彼が、今は私の真横に座っている。
そんな彼は、なぜかずっとそっぽを向いてどこか遠くを見つめていた。
私も彼が何を見ているのか知りたくて、彼の頭越しにその景色を眺めた。と言っても、森しかないのだが。
だが、ずっと荷台を覆う布の下に隠れていた私にとって、それは新鮮なものだった。
そんなことをしていたら、突如彼がこちらへ振り向いた。
そして彼と目が合ってしまう。
沈黙。
なぜか胸がドキドキする。
緊張?
でもなぜか目が離せない。
「あ、あの……そういえばお名前は何というのでしょうか?」
名を聞いていなかったのを思い出して、私は思わずそう問いかけた。
「ん? ああ、そうだな……俺はレイだ」
「レイさんですか……あっ、私はマロン、マロン・シュー・モンブランです」
緊張して自分も名乗るのを忘れていた。
少し気恥ずかしさが走る。
「さ、先程はありがとうございました。私なんかの為に……」
なぜだか何の御礼も出来ない自分が申し訳なくなってしまう。
「あー、気にすんなって。無事だったならそれでいいから。
それにしてもマロンか、いい名前だな」
「あ、ありがとうございます」
そんな私を彼は何の気兼ねもなく言い放つ。
そして再び訪れる沈黙。
話題が見つからない。
でもどうにか探そうとして、結局何もなくて。
そうこうしていると突如、馬車の正面遠方に焦げ茶色の巨影がのそりと現れた。
その体は堅く分厚い剛毛に覆われ、体長はゆうに3mを越えている。歪な口元には頑強な白い牙が生え、四足で馬車さえをも手易く跳ね飛ばす凶悪なる大猪……名をジェエネラルワイルドボア
ソレは道の中央に立ち塞がると、地面を蹴りながらこちらをギロリと睨んだ。
「あー、すまん。ちょっと行ってくるわ」
「ちょっとあんた、あれはああ見えてCランクの……」
そんな相手に、商人のおばさんの制止も無視して、彼は何の躊躇いもなく立ち向かった。
剣を構えた彼と大猪が睨み合う。
ピンと張りつめた空気に私は思わず息を飲んでしまう。
永遠と思える一瞬の中、大猪のその巨躯が目にも留まらぬ速さで飛び出した。
大猪は一直線に猛進し、砂煙を巻き上げながらどんどん彼に近づいていく。
「ブギャ!?」
その巨体が彼に当たると思われた刹那、大猪は大空へと大きく打ち上げられた。
突然の出来事に驚愕したかの様に、大猪は空中で悲鳴を上げている。
「お前は森へ帰れ!!」
そうしてその固まりは、キレイな放物線を描きながら木々の中へと消えていった。
「やっぱりすごいです……」
思わず私はそんなことを呟いてしまった。
そんな私を余所に、彼はいつの間にか一仕事終えたような顔で馬車のすぐ傍まで近寄る。
「はぁ、来るならせめてウサギにしてくれよ……」
そうぶつくさ言いながら、彼は再び馬車へ乗り込んだ。
「あんた何者だい? ジェネラルワイルドボアを一瞬で撃退するなんて……」
商人のおばさんが先程の出来事に驚いたように彼に声を掛けた。
「いやぁ、ちょっと強いだけの、ただの放浪者ですよ。あのくらいなら何とかなりますって」
彼はこともなさげにそんなことを言い放つ。
彼が吹き飛ばしたジェネラルワイルドボア……あれは冒険者ギルドでもCランクに指定されている猛獣だ。
Cランクと言われると弱そうに聞こえるが、実際そんな生易しいものではない。
Cランクがどれくらいの強さなのかと言うと、戦士系のCランク冒険者4人パーティーで討伐に30分から2時間掛かる程度の強さである。
もちろん、そんな基準は状況やパーティーの構成でいくらでも変わってしまうが、それを考慮したとしても彼の強さは異常なものだった。
「はぁ、そうかい……」
そんな彼の言葉だったがおばさんは深く追及しようとはせず、呆れたようにただ馬車を走らせた。
「あれ? そういえば……ウサギを見たんですか?」
私はふと、彼がウサギについて何か言っていたのを思い出した。
なぜならこの付近でウサギと言われれば、なかなかに有名な物が居るからだ。
「ん? ああ、見たぞ。白くてめちゃくちゃかわいいやつをな」
「えっ? それ本当ですか? 白いウサギって言ったらピュアラビットですよね?」
――ピュアラビット――それは、非常にかわいらしい見た目と素早い敏捷性を持つ、一年に一度の満月の夜にしか姿を現さない、たい~へん貴重なウサギである。
「ピュアラビット? かどうかは知らねえが、白いウサギだったのは確かだぜ」
「それ、すごい貴重なんですよ?」
そう聞いた彼は非常に驚いた顔をした後、何かブツブツ言っていた。
それにしても……
「いいなー、私も見たかったな~」
「ん? 見たいのか? じゃあ、ちょっと待ってろ」
私が恍惚そうに妄想に浸っていると、突然彼が走行中の馬車から飛び降りて森の中へ突っ込んで行った。
おばさんは既に呆れ果てた様子で馬車を止める。
彼が森へ飛び込むと急に辺りが騒がしくなる。
そして当の彼は『ドドドドド!』や『ザシュザシュザシュ!』や『ズサァァァ!!』や『ゲッダァァァン!!』といった、なにをどうしたら出るのか分からない音を響かせる。
しまいに『だぜ!』
そうこうしていると、突然馬車の後ろの方の草々が揺れ出し、大きな黒い人影とその頭の上の小さな白色の、どちらも赤い瞳をした何かが道に飛び出し、黒い方が手を振ってくる。
「お~い、とったど~」
その一方は彼、そしてもう一方は……稀少であるはずのピュアラビットであった……
「……って、なんで捕まえてきてるんですか!」
「なんで、って、そりゃ居たからに決まってるだろ」
すると「どうだ!」とでも言うようにピュアラビットが胸を張る。
「まぁ、かわいいからいいじゃないか」
彼はそう言って走り出した馬車に乗り込むと、私の腕の中にピュアラビットを抱かせた。
それはとてもあたたかく、ふわふわで、そしてなにより……
「かわいいです……」
私はいつの間にか、ピュアラビットを頬をすり付けて堪能していた。
そんな行動に驚いたのか、ピュアラビットは私の腕から脱出して彼の頭へ跳び移ってしまった。
「ははは、嫌われたか?」
呆然とした私を見て彼が笑う。
「むぅ……レイさんばかりずるいです……」
私は頬を膨らまして少しむくれた態度を取ってみる。
そんな行動を取っても、ピュアラビットに触る権利は簡単には手には入らないのであった。
「あんたたち、そろそろ着くよ!」
一際大きな揺れと共に商人のおばさんがそんなことを告げる。
急な揺れに驚いた私は「きゃっ」なんて声を上げて彼の方へ倒れ込んでしまった。
そんな私を、彼はその腕でそっと受け止める。
「大丈夫か?」
顔が近い。
「は、はい、大丈夫です」
今、私の頬は火照っているかもしれない。
私は彼の温もりを感じながらゆっくりと体を起こした。
――なぜだか、少し離れたくないと思った……
しかし、残念ながら終着点が近付いたようだ。
遠方に石造りの外壁が見える。
商業都市エンドル……それがこの街の名前だ。
その名の通りここは商業が盛んな都市だ。
おばさんは外壁をくぐり街に入ると、その一角にある辺りを塀に囲まれた大きな商会の中へゆっくりと馬車を停止させ、一仕事終えたように汗を拭って地に立った。
私が降りようとすると、先に降りていた彼が私の手を取って支える。
「さて、着いたか……」
彼は辺りを見回しながら呟く。そこに馬を繋ぎ終えたおばさんが加わる。
「はい、コレ。護衛の報酬ね」
そう言っておばさんは、いくらかの金の入った袋を彼に渡そうとした。
「いやいや、お金はいいですよ。俺は特に何もしてませんし。
代わりに、あいつにでも使ってやってくれませんか? それに、できれば面倒も見てもらいたいですし……」
彼はこちらをちらっと見てそう答えた。
「もともとあの子が望むなら面倒は見るつもりだよ。だからあんたが受け取りな。さっきのアレを倒せるような冒険者を雇うのには、それ位するんだからさ」
そう言っておばさんは彼に袋を放り投げる。
「まぁ、そういうことなら一応受け取っておきます」
彼は渋々それをキャッチした。
「さてと……で、お前はどうしたいんだい?」
おばさんは満足したように笑うと、次には真剣な顔つきでそう私に話を振った。
「私は……」
私はどうしたいのだろう……
彼に助けてもらった。
できれば彼の助けになりたい。
でもそんなことを思って、いったい私に何が出来るであろうか。
いや、きっと何も出来ないだろう。
それでも……
「私は、彼と一緒に行きたいです」
それでもなぜか、彼と離れたくないと思った。
「ん、あー、えーっと……」
「だめ……ですか?」
私は彼の瞳を見つめる。
きれいな瞳。
でもどこかここにはない瞳。
「いや、ダメじゃないが……俺と来たって何もないし、俺は何もしてやれない。だからお前は――」
私は、その言葉を聞きたくなくて、耳を塞いでしまいたかった。
「――俺と来ない方がいい」
そう言う彼の表情はどこか悲しげで、そして寂しげだった。
「でも……」
「それに俺には先立つ物も殆どない。俺はお前を苦労させたくはないからさ。な?」
言い返せない。
このままでは彼が行ってしまう。
どうしたら彼は……
「あー、おばさん。そういえば荷台に何か積まれてますよね? それを見せてくれませんか?」
突然、彼がおばさんに向けてそんなことを言った。
「あんた、なんでそれを……」
私はふと思う。馬車の荷台には何も載っていなかったハズだと……
「いや、なんかたまにジャラジャラ鳴ってましたから、多分そうだろうと、ね」
どういうことかおばさんは少し驚いていたが、何か納得したように彼を連れて、馬車の荷台の元へ行ってしまった。私はなぜか近寄ってはいけない気がして、その場から見守っていた。
おばさんは荷台の裏の方をガサゴソとイジると、覆いの下から大きな一つの木箱を取り出して荷台の上で開けた。
「これはいくらです?」
なにが入っているのかここからは見えなかったが、彼はその中の一つを指さして呟いた。
「それは12万フィラインだよ」
「じゃあこれで」
そう言って彼はさっき受け取った袋をそのまま渡した。
「あんた、これじゃ多すぎだよ」
「まぁ今後、もしお世話になるときの『投資』ってことで、ね」
「ふん……じゃあそういうことで受け取っておくよ」
話がまとまったのか、おばさんはまたガサゴソと荷台をイジり始めた。
「マロン、ちょっとこっち来てくれ」
突然彼が私の名を呼んだので少しドキッとしてしまう。
私は少し緊張しながら彼の元へ駆け寄る。
彼が私の首に手を回すと、気付けば彼の顔がすぐ目の前にあって……その近さに思わず胸が高鳴ってしまう。
「ほい、これでOK」
見ると私の胸元は真っ赤な宝石の填められた美しいネックレスに彩られていた。
私はその優美さに見惚れてしまった。
「ふむ、似合ってるじゃないか」
彼は頷くように微笑む。
そんな風にされるとなぜか恥ずかしくなってしまう。
「でも、こんな高価な物、私には……」
そう消え入りそうな声で呟いて、私を飾る宝石を指でなぞった。
自分には不釣り合いではないだろうか、そう自らに問う。
だがそんな私を余所に、彼は補足して答える。
「ああ、すまん。お前の頼みを断っといてなんなんだが、その代わりにプレゼントとして受け取ってくれないか?」
彼からのプレゼント……正直それは嬉しかった。
でもそうだ、忘れていた。
彼は私を置いて行ってしまう。
「まぁ、しばらくはこの街に居ると思うから、すぐ会えると思うぜ?」
嘘は言っていないと分かる。でもなぜか、すぐには叶わない気がしてしまう。
「今度会った時には飯でも奢ってやるからさ」
そう言って彼は私の頭を撫でた。
「じゃあな……マロン」
遠ざかる背中。
彼が最後に呼んだ私の名が、私の中で思い起こされる。
「(レイ……さん)」
私は思わず呟く。
「いいのかい? 追わなくて」
おばさんが私に問い掛けた。
その誘惑に、一瞬出掛かった言葉を飲み込んで答える。
「いいんです、もう会えない訳じゃありませんから」
そう、また会えないワケじゃない。
だからせめて……彼にもう一度会えたときに、恥ずかしくないように精一杯生きよう。
そう決意して、私は彼の背を見送った。
だが本当に別の場所で、また違った再会をすることを、少女はまだ知らない……