クリスマスメモリー
本作品の時系列は私がその話のネタを考えた瞬間に依存します
つまりリアルで2カ月たってようが中ではクリスマスなんだよ!!
執筆ペース遅いですね
必要あるの?人物表!
楓
しゅじんこー サンタは信じてません
アリス
たいちょー サンタは狩る対象です
ナオさん
しょちょー代理 サンタと会いたいと思ってる
ヨゾラさん
にんぎょーし お医者さん代理 サンタになったりしてた
恋人の皆様が地球温暖化に加担しているであろうクリスマス前日、私は何を好き好んでか、雪の降る中を歩いていた。
勿論、イベント前日なのに独り身という緊急事態に急かされて伴侶を探しているわけではない。むしろその方が何倍もありがたみがあるだろう。何故私は凍える手を擦りながら、サンタ等というUMA並に伝説な生物を探しに来ているんだろうか。
その理由は以下の通りである。
「サンタを探しに行こう」
絶望のクリスマス1週間前、師匠が言った。
以上が私がサンタ狩りへと駆り出されている全貌である。我ながら阿呆の極致だとは思う。まぁ、その辺りを詮索するのは野暮というものだろう。
大体人を暖かい我が家から放り出しておきながら、師匠が来ない。これはもしかして置いてけぼりを喰らったのか。ならば私の鉄拳が必ずしや奴の顔をぶち抜くであろう。しかも間の悪いことに雪まで降ってきた。ホワイトクリスマスである。私の心までホワイトになりそうだ。
雪の降る中、白い息を吐きながら元凶が来るのを待っていると、突如背後からもふもふとしたひも状のものが私の首を絞めてきた。『大学生、クリスマスに絞殺される』という笑えない新聞の記事が脳裏に点滅する。
もふもふとしたものが完全に巻き終わると、締まるのが止められて私の身体が自由になった。
「待ったかい?」
振り向くと、私にマフラーを巻き付けた師匠が笑って言った。
「…一般的に言って、それは言う立場が逆なんじゃないですか?そして何でサンタ服なんですか?」
「クリスマスと言ったらこの格好だろ?それにしても良かった。マフラーがよく似合ってる」
「…渡すなら値札くらいは切っておいてください」
顔を見られない様に値段のタグを見つめながら私が答えた。
あの日、私たちはサンタなどという謎の生命体を探しに出て、夜空を駆けるソレを見つけた。
数々の人々が驚愕した中、私と師匠だけは反応が違った。
師匠はサンタが実在したという発見を楽しそうに笑い。
私は何事もなくサンタが現れた事に胸を撫でおろした。
チラチラと舞う雪を眺めながら、昔の事を思い出していると、私の首に後ろから何かが巻き付いてきた。ココで迂闊に暴れると余計締まるのは経験済みである。
既視感でクラクラしながら大人しくマフラーが巻かれるのを待ち、振り向いた。
「待ちましたか?」
彼女が笑ってそう言った。
「いえ、今来たところですよ」
手作りであろう少々不格好なマフラーを眺めながら私が答えると、チリンっと何かが鳴るのが聞こえてきた。
□ □ □ □
目を覚ますと、絶対に雪は降らないであろう晴天の空が見えた。身体を起こして周りを見てみると奇妙な姿かたちをした同居者は夢の中の様で、2匹寄り添ったまま眠っている。
ぼーっとする視界の中、ナオさんと出かける日だったな…と記憶を掘り起こす。いくら私が日々の事に関心がないとしても、前日に嫌というほど念を押されればさすがに忘れることは無い。
事の発端は、誰得なのかわからない私の入浴シーンが流出された『ドキッ!見知らぬあの人の素顔』という、頭に蛆でも湧いているんじゃないかという事件発生から1週間ほど経ったところにある。ちなみに事件関係者は皆、何者かに頭部を強打され、病院にて精密検査を受けた。残念なことに特に異常は見つからなかったそうだ。
とにかく1週間ほど経ち、私の記憶も霞んできた頃である。
その日、事件の当事者の一人であるナオさんが意を決したかのように私にお詫びをしたいと言ってきた。私が戦慄したのは言うまでもない。全く身に覚えがないのにお詫びとはこれいかに?
耳をパタパタ、手もパタパタさせる彼女から発せられる数々の言葉を、我が脳内の優秀な暗号解読班が繋ぎ合わせ、改変したところ、以下の様な文が生まれた。
「12月24日 ニテ 応援 求ム」
なぜカタカナであり、なぜ片言なのか。そりよりも暗号解読班のはずなのに、具体的な内容を一切解読できてないのはどうなのか。そもそも12月24日って今からどのくらい寝て起きてを繰り返せばいいのか、泉の如く湧き出た疑問は私の容量を超えて空へと飛び立った。
その時の私にイエス以外の選択肢があっただろうか。いや、ない。
わからなかったらとりあえずオーケーをしておこうという魂胆である。かろうじてお詫びをしたいというのは解っているのだし、特に問題は無いだろう。まさかコンクリート詰めにされて、湖の底に沈められる様なお詫びではないだろう。無いことを信じたい。
その時のナオさんの顔は、隣にいたアリスの顔と対比され、実に忘れがたい記憶となって脳裏に焼き付けられた。太陽なの如き満面な笑みと、阿修羅に恵比寿のお面をかぶせた様な顔を並べたら、誰でも強烈なインパクトを感じるだろう。しかし私の受け答えのどこに阿修羅が垣間見る要素があったのか、謎が深まるばかりである。
後日、私の巧みな諜報技術によって12月24日はクリスマスイヴだという事も判明した。クリスマイヴというイベント日をすっかり忘れていた事にも驚いた。
クリスマスイヴと言うと、恋人たちがきゃっきゃうふふと遊んでいるかのような現実を垣間見るが、私に至ってはそんなことは無い。私がされるのはお詫びであり、でぇと等という他人が聞くと笑顔の裏に阿修羅が潜みかねない単語ではないのだ。
そもそもこの世界のクリスマスと私の世界のクリスマスは同じ概念なのだろうか。もしも同じだとしたら、あの恐らく世界一有名な神様も存在していたのか。
そんなことわ目覚めて考えながら、がさごそと数少ない荷物を漁ると、写真立てを取り出して眺めてみる。
クリスマスねぇ…。
ぬーん、わふわふ、と目覚めた同居者達が絡みついてくるのを片手で捌きながら薬を含んで水で流し込んだ。たとえクリスマス前日といえども、この2匹は変わることが無い。それでは余りにも風情が無いので、何となく頭にサンタ帽を乗せて見た。
私の部屋に小さなサンタが2匹生まれる。だがプレゼントは無い。いや、要らないから。糸を吐くな!私によじ登るな!合体するな!
そんな小さきサンタから押し付けられるプレゼントと静かな戦いを繰り広げていると、ドアがリズミカルにノックされた。始めはコンコンと静かなノックも、特に反応が無いことがわかるとゴンゴンとなり、ガンガンと叩くような音へと変わっていく。それに伴ってドアが限界を告げるようにミシミシと鳴り始め、このままでは私の部屋から防犯と風通しという2つの単語が消え失せてしまう。
一瞬の隙をついてカリカリの入った皿を床へと置き、2匹が分離した瞬間にドアへと駆け寄り開いた。
「あ…」
まるで止めの一撃を加えようとしているかの様に手を振り被っていたナオさんが、小さく呟く。はて…正確な時間は覚えてないけれど、集合時間はまだだったような気がする。
「おはようございます。もしかして遅刻しましたか?」
「い、いえ!いえ!そんなことはないれふよ?」
「そうでしたか。では朝ごはんでしたか」
「は、はい!その…一緒に食べようかと…」
「すぐ行くんで待っててください」
「ら、らじゃーれす!」
いつにも増して不思議なテンションのナオさんを部屋の外へと残すと、パジャマを脱ぎ捨てて適当な服を着る。一瞬クリスマスという単語が脳裏にちらついたが、出かける時に着替えればいいか。
どことなくふわふわしてるナオさんと一緒に食堂へと行くと、アリスが座っているのが見えた。
豪勢な食卓を得たければ武器を手に取れ、と言われる食券を巡る戦いへと身を投じるナオさんと別れてアリスの向かいに座る。私は朝はあまり食べないから、余り物でも問題は無い。というより食べれない。
「おはよ」
「おはよう、今日は出かけるのか?」
私が座るのと同時に発問を問いかけてくるアリス。その視線は私に向けられているわけではなく、手に握られたフォークが自身のオムレツをツンツンと突いている。
「うんまぁ、出かけるらしい」
「ふーん、どこに行くんだ?」
「ん、んー…」
どこに行くと聞かれても、どこに行くのか知らないから答えようがない。そんな答えに窮する私をどうとらえたのか「まぁいいけど」と話を切り上げる。私に答えさせる気はあるのか!
「…アリス?」
「何だ?」
「…怒ってる?」
「ん?君は私が怒るような事を何かしたのか?」
「い、いや…何となく」
「そうか、なら変な事を聞くな」
…聞くんじゃなかった。
「…」
「…」
アリスが無言になるので私も無言にならざるを得ない。
周囲では朝の和やかな雰囲気が満ち溢れているのに、この一角だけ針地獄の如き気配を漂わせている。ツンツンと突かれている彼女のオムレツは、余りにも突かれ過ぎた結果スクランブルエッグの如きぐちゃぐちゃな物体と変貌していた。私もそんな玉子の様に「緊急発進だ!」とかぬかしてこの場から離脱したい。
しかし私が小食であり、緊急発進どころか離着すらしないこともあるのは既にばれている。つまるところ、そんな笑えないジョークを飛ばせるほど私は勇者ではない。あの勇者ならやりかねないが。
結局、戦利品を勝ち取ったナオさんが帰ってくるまで針のむしろ状態は続き、私の朝食は部屋で飲んだ水と薬のみという結果となった。水だけで活動する。実に近未来的である。
□ □ □ □
「待ちましたか?」
「いえ、今来たところですよ」
大人しくマフラーを巻かれた後、ナオさんとお決まりの言葉の交換をする。
果たしてこの待ち合わせに意味はあるのか。
そもそも同じ場所に住んでいるのだから、待ち合わせの必要すら皆無である。しかしナオさんのよくわからん理論によって、私は寒空の下で凍えることとなった。
おまけに知っているんじゃないかと思うくらい同じ行動までとってくれた。
現在と過去との間で板挟みにあっていると、ナオさんが不思議そうな顔で首をかしげた。そしてしきりに私の服を見ては空を見上げて何かを呟き、また私の服を見つめる。
しかしそんなに変な格好してるのかな。
「どうかしましたか?」
「あ、その…何でその服なんですか?」
「クリスマスと言ったらサンタ服でしょう」
「ふむぅ…」
即答すると納得していない様子で考え込む。そういうナオさんは白を基調とした私服で、制服ばかり見ている身としては新鮮である。そして考え込むのはいいけれど、些か場所が悪い。お話をするなら暖房の効いた部屋の中とかがいいなー。
深く突っ込まれると大層困るので、話題を変えることにしよう。ナオさんも私の昔話等されても困るだろうし。
「ところでこのマフラー、私に?」
「あ、はい!その、どう…ですか?」
話題逸らしついでに私の首を締め上げているマフラーを持ち上げると、笑顔から一転して不安そうになる。ところどころに変なところのある手作り感満載な毛糸のマフラーさんは、たまに聞くのろけ話みたいに長さがおかしいと言った様子は全くない。
「よくできてると思いますよ、暖かいですし」
「ホントですか!」
「ホントです」
耳をパタパタとさせながら喜ぶナオさん。
ほんとによく出来てる。おかげで懐かしい事まで思い出せましたよ。HAHAHA、吐きそうです。
「ココに居ても寒いですし…そろそろ行きましょうか」
「そうしましょう、そうしましょう」
そうしましょうとは言いつつも、どこに行くのか未だわからず。結局はカルガモ親子の如く、ナオさんの先導に従うしかあるまい。
不審者と間違われかねないほど、彼女の黒髪と同じ色をした猫耳を眺める。彼女の機嫌を表わすかのように動く耳。相変わらずよくわからない人だ。
そういえば手触りはどうなんだろ。
探究心という名目で可愛らしく揺れる耳に手を近づけてみると、ゆらゆらと揺れていた耳がピクッと止まってナオさんが振り向いた。その瞬間に光の速さで伸ばしていた手を元に戻し、余りに早く戻しすぎて転びかけた。
「どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもないです」
「そうですか?」
不思議そうに首を傾げて、再び前を向く。け、気配?それともセンサーの類?
再びひょこひょこと揺れる猫耳に悶々としながら、彼女の後をついていく。
□ □ □ □
どうやら移動はバイクでするらしい。何と空飛ぶバイクである。重力をあざ笑うかのように地面から数センチ浮かんでいるソレは、どんな悪路でも問題なく走行するのだろう。
さて、ここからが問題である。
私はバイクに乗れない。
運転するのはナオさんである。
二人乗りである。
しかも宙に浮く。
もしもサイドカーの様な物が付いているか、4輪の車であるならば何の問題は無いのだろう。
「あの…車か何かじゃダメなんですか?」
「ダメです」
提案してみたら笑顔で却下された。何が「ダメ」なのか理由を請いたいが、それよりも近い未来に訪れる事態をどうするかを考えよう。
私はバイクの二人乗りを余儀なくされているわけだが、そのためにはナオさんの身体をぎゅっとしなければならない。
それはいいだろう。
私も紳士を目指しているからには、必要とあれば下心の無い誠心誠意な気持ちでぎゅっと出来る。問題は私の背後から発せられる並々ならない気配である。
ちらりと後ろを振り返ってみると、何かがサッと隠れた。しかし隠れる気があるのか無いのか、毎日見ている赤みの掛かった金髪が見える。同じ金髪でも、アレが勇者であるなら私は何も気にしなくて済むのだろう。
「ナ、ナオさん…?」
「んー?」
「やっぱり車じゃ「ダメです」」
今度は最後まで言い終わる前に却下され、ナオさんはバイクの準備にかかる。何でだよ!後ろが怖いんだよ!
この人は気づいていて無視しているのか、それとも気づいていないのか、非常に疑問になる。こうしている間にも後ろの気配は膨れ上がり、今にも爆発しそうな風船を思い出させる。気のせいであってほしいが、真冬の車庫というどう考えても暖かくは無い場所なのに、チリチリと何かが焦げる音まで聞こえる。
まるで浮気中に恋人と遭遇したみたいな事態であるが、待ってほしい。私に恋人はいない。誰に誓ってもいい。
つまるところ私は無罪である。そもそも罪状が無いので無罪も有罪もない。なのに何でこんな状況に怯えてるの…泣いていい?泣いていいかな?
「さぁ準備万端ですよー」
「出来ちゃいましたか…」
悪魔の一声が掛かると、後ろの気配がピークに達し始める。耳を澄ませば、基地の人たちが必死に宥めている声まで聞こえる。「た、隊長!落ち着いてください!」「そうですよ!せめて爆発させるならココじゃなくて別のどこかで!」…何かおかしい。コレじゃ宥めてるというより、爆心地を別の場所に移そうとしている様にしか聞こえない。
「んー…?」
さすがのナオさんも不思議に思ったのか、私の視線の先を見つめる。そして無造作に近くにあったレンチを拾うと、ドアの向こう目掛けて投げ飛ばした。ナオさんの手から放たれたレンチは風を切り、私の動体視力じゃ追いかけられないほどの速度を放ちながら目標へと向かっていく。
数秒後、何かが倒れる音と救護班を呼ぶ声が聞こえてきた。
「さぁ行きましょうか」
「…」
何事もなかったかのような笑顔のナオさんに対して、私に黙って頷く以外の何が出来ただろうか。
ナオさんの後に続いてバイクに跨ると、言われた通りに後ろからぎゅっと抱きつく。その際に「ひゃっ!?」とかいう声が聞こえてきたけど、気のせいだろう。ついでにナオさんの身体が明らかに硬直し始めているのだけれど、気のせいであって欲しい。
「…大丈夫ですか?」
「ら、ライジョブデスヨ?ふ、ふ、ふふ振り落とされると危ないですから、ぎ…ぎゅっとしてて下さいね?」
「は、はい」
大丈夫じゃない…絶対に大丈夫じゃないよこの人。
そう感じた瞬間にバイクが急発進をし、私の余裕が吹き飛んだ。
ガチガチに固まったナオさんにしがみ付いた私にできる事は、無事目的地へと到着できる事を祈るだけである。
□ □ □ □
「生きてるって素晴らしい…」
私は今、全身で大地に感謝している。
「地面って素晴らしい…」
「うぅー…」
ふらふらで四つん這いになりながら空を仰いでいると、ナオさんの唸る声が聞こえる。ついでに「そんなに酷くないはずなんですが…」とかいう呟きも聞こえる。
何事もなく目的地へと着いた。確かに、何事もなく、目的地へは着いた。その点についてはナオさんを褒めてあげたい。道中の速度が私の許容できる限界を軽く突破して無ければの話だが。
宙に浮くという事は、摩擦が無くなるという事と同意である。つまり何が言いたいかというと、空飛ぶ飛行機の如く意味不明な速度が出せる。バイクが音速を超えれる可能性があるという事を始めて知った。
当然ながら一般人な上に運動不足な我が身体がそんな状態に耐えれるはずが無く、振り落とされない様にナオさんにしがみ付くので精いっぱいである。どういう原理か、私が強くしがみ付けば付くほど、ナオさんの悲鳴と共にバイクが加速する。バイクが加速されると私が振り落とされて見るも無残な姿になる。ソレは嫌なので死に物狂いでしがみ付く。
負の連鎖と言えよう。
最後の方は五感もなく、意識すら落ちかけていた。
とにかく今現在に余裕を持つと、帰りの心配で鬱になりそうなので、無事辿り着けた事を全身で感謝する。帰りは考えたくない。
「ほ、ほら!何事もなく辿り着けたんですし!」
私とは対照的にぴんぴんしているナオさんが言い訳するかのように言った。この人は化け物なんじゃないのか。
とはいえ、私もいつまでもお馬さんごっこをしているわけには行かない。文明人たるもの、二足歩行しなければならないだろう。そもそも人は四足歩行できるように進化していない。
ふらつきながらも立ち上がって気づいたけれど、ココは街はずれの郊外の様だ。つまりは何だ。いくら郊外とはいえ、私は人がたくさんする街付近でお馬さん状態になっていたわけか。しかもサンタ服である。四つん這いになるサンタさん。シュールすぎる。
知人に見られたら悶死しかねない。
そんなことをふつふつと考えながら、心配そうにしているナオさんを安心させようとすると、私の視界の端で金髪を捉えた。
アリスではない。アリスは基地に居て、ナオさんの代わりに事務仕事をしているはずだからだ。そもそも髪の色が違う。
金髪は腹を抱えて笑っていて、大層面白そうだ。幸か不幸か、付近にはいつもの面子が居ない。
次にゆっくりと辺りを見渡すと、郊外らしく人の気配もない。
つまり、今ここで何が起きたとしても目撃者は居ない。
「…ナオさん?お願いがあるんだけど」
「は、はい!?」
なるべく顔が引きつらない様に気を付けながら笑顔を作ると、何故か畏まるナオさん。そう難しい事を頼む気はないから、もっとリラックスしてほしい。
「アレ、狩れる?」
「アレ…ですか?」
先ほどまでの私の姿がおかしくてたまらない様子の馬鹿を指さすと、釣られるようにしてナオさんの視線が動く。そして合点が言ったのか、スゥっと目が細くなった。続いて口元に笑みが広がる。
人気のない街並みに、世界を救うはずの人物の悲鳴が響き渡った。
□ □ □ □
さて…色々あり過ぎて目的を忘れていたが、今回は『お詫び』という名目で連れ出されているのである。
そのお詫びが何のお詫びかというと、なんてことは無い。ただ食事だった。別にすさまじい事をされても困るのだけれど、生死を彷徨う経験と生死を彷徨わせる経験をした後だと余りの平和っぷりに涙が出そうになる。
何か欲しいものがあるなら買ってくれるとナオさんは言うけれど、別に私は欲しいものがあるわけでもないし、色々あって時間も時間であった。
よって二人でぶらぶらとお昼の場所を探す事にする。気づけばお昼というには少々過ぎた時間であり、私のお腹は大合唱を始めている。全く…どこぞの勇者が逃げ回りさえしなければもっと早く食べれたのに…。
私は基地内から一歩も出たことない出不精なので、知らない人がたくさん歩いているという光景は久しぶりである。しかし誰もが物珍しそうに私を見ていくのは何故なんだろうか?もしかするとサンタ服の迷彩効果が効いてないんだろうか?
そんなことを考えながら意を決した様にして私を見ては、心がくじけた様に俯くナオさんと無言で歩く。
すると救護班の皆様らしい人たちが私たちとは逆の方向に向かって走っていった。休暇中だったのだろうか、ご苦労様と言いたくなる。
しかし私たちが彼らを労うと、返って殴られそうだ。
ここは心を鬼にして、彼らの休日が速やかに取り戻されることを祈ろう。だから勇者よ、堕ちろ。いつまでもこっちにしがみ付いているんじゃない。
「んー?事故でもあったんでしょうか?」
「そうですね…案外誰かが襲われたのかもしれないですよ」
「ソレは怖いですねー」
「全くです」
誰にも見られなかったという事は幸せだなぁと感じます。
そういえばこの状況、一般的に言うとデートというものなのだろうか。デートの定義は難しい。恋人同士だとそうだとか、片方がそう思うとそうなのだとか答えも十人十色である。
私のデート経験はほぼ皆無であるが故、この様な疑問が生まれても答えが出る事は無いだろう。超常現象求めて富士の樹海に侵入した挙句、遭難しかけて3日間彷徨い続ける等というのはデートとか言わない。ただの奇行である。
ならばどうするか、自分で解決できない疑問を解決する方法は3つほどある。他にもあるかもしれないが、少なくとも私が知っているのは3つだ。
1つ目は調べる。上手くすれば独力突破をすることもできる。しかし物によっては多大な時間を消費するであろう。
2つ目は人に相談する。三人寄れば文殊の知恵。複数人で意見を出せば解決法が出るかもしれぬ。
そして3つ目は人に聞く事だ。何事も知っている人に聞くのが一番手っ取り早い。しかしソレが身に付くかは別である。
悩むまでもなく、ここには私かナオさんしかいない。そして調べようにも調べる時間が無い。つまりは3つ目を選択するしかないだろう。
「ところでこれってデートなんでしょうか?」
「にゃっ!?」
前提を踏むのが面倒だったので直球勝負を掛けてみたら、大層驚いたらしくビクッとした。考えればその反応ももっともか。もし2人で出かけたとして、相方が「これはデートなのか?」という疑問を何の前提もなく突然提示して来たら私も驚くだろう。怪電波でも受信したのかと疑いたくなる。
ナオさんもその例に漏れず、目を白黒させながら私の怪電波を解析しようと頑張っている。
「で…ででででぇとですか?」
「ええまぁ、ふと思いついたものでして」
「え、えっとですね…そのですね…」
今更言い訳の様にフォローしても遅かったかもしれない。ナオさんはブツブツと何か呟き始めてしまう。
仕方ないので空へと問いかけてみた。
『これはデートかい?』
『知らんがな』
『…』
…まさか返事があるとは思わなかった。そして返事がこんなにも身も蓋もないものとも思わなかった。
「そ、その!楓さんは…ど、どう思います?」
「私ですか?」
デートなのかどうなのかわからないから聞いたというのに、まさかのブーメランである。もしかしてこれは自力で考えろというナオさんの戒めなのではないのだろうか。空の誰かも『知らんがな』とか言っていたし。あちらは戒めというより、面倒の割合が大きく感じるが。
そういう訳で思考をフル回転させた結果。答えの代わりにきゅるるーとお腹が鳴った。
こうなるともうダメである。思考はデートから食欲へと逸れて、そういえば朝は何も食べてないな…とか考えた後、懐かしきクリスマスの思い出が引っ張り出されて倒れそうになった。
困ったので天秤に掛けてみると、悩んでいるかのように止まっている。私的には早く答えを出してくれないと沈黙がつらい。
ナオさんはもじもじと私の回答を待っているし、道行く人たちは私の服装をもの珍しそうに眺めていく。
やがて天秤も意を決したのか、ゆっくりとデートの方へと傾きはじめた。
「デートなんじゃないでしょうか?」
「そ、そうですよね!」
答えが出たので返すと、笑顔になったナオさんも同意した。なるほど、デートだったのか!少々血生臭いイベントもあったけれど、双方同意なのだからこれはデートなのだろう。
合点が言った私が一人納得していると、ナオさんが何かを決意した様な顔で片手を出してきた。何?こういっても何だけど、私は一文無しだぞ。
「で、でぇとなら…その…て…て、手をつなぎませんか?」
「ふむ?」
突然のお誘いに呆けた用に固まる。あれ?デートってお手手つないで何やらするんだっけ?私の状況が特殊だったのか?さすがに崖下に落ちかけた時とかは手を取られたけど、それは余りにも特殊すぎるだろう。
「あ、あの!い、いやなら…別に…」
言葉とは裏腹にしょんぼりと倒れるナオさんの猫耳。なるほど、ココは悩んではいけない場面だったのか。私覚えた。今後使う時があるのかは知らない。
ということで私も片手を出す。
「いいですよ」
「え?そ、それじゃ…その…お、お邪魔します…」
「どうぞどうぞ」
ゆっくりと握られたので、同じくらいの強さで握りなおしてみる。そのまま何となく彼女の手をにぎにぎしてみたら、一瞬ビクッと硬直してにぎにぎを返してくれた。それに伴って彼女の耳がひょこひょこと揺れる。
あったけぇ…そしてやわっこい。
「そ、その!あそこのお店がですね!」
クリスマス前日、先ほどとは打って変わって何かに急かされるかの様に饒舌となったナオさんと並んで歩く。顔も赤いし調子でも悪いんだろうか?
けれどもその辺りは指摘しない。本当に悪かったら向こうから何か察しろという空気が出るだろう。
だが私から行動を起こさないとは限らない。
「にゃっ!?」
ただ握り合っているのもアレなので、指を絡めたり、わざと力を緩めたりして遊ぶ。そのたびに驚いた様な反応があるけれど、我に返ったかのように私と同じことをしたり、対照的に強く握りしめたりしてくれるのが少し面白い。
私の一部始終毎に漏れてくるナオさんの小さな声。その反応に応えるようにして、首に巻かれたマフラーが上機嫌そうにゆらゆらと揺れた。
□ □ □ □
結局ナオさんのお勧めらしい喫茶店へと入った。私たちが中へと入ると、ドアがチリンと風鈴の様な音を鳴らす。
不思議に思って振り返ってみても、どう見てもドアについているのは風鈴ではなくドアベルである。チリンとは鳴らないはずなのに…。
「どうしました?」
「いえ、なんでもないです」
これ以上考えるのは止めておこう。正直どうでもいい。
見た感じは『喫茶店』と言ったら大抵の人がイメージしそうな様子である。しかし暖房が効いた店内は、もうお茶の時間だというのに私たち以外にお客が見えない。
つまりは透明人間でもいない限り、現在の売れ行きは限りなく0に近い。
大丈夫なのか、この店は。
「ちょっと変わってるところもありますけど、美味しいんですよー」
「そうなんですか」
「ちょっと変わってる」という部分がものすごく気になるけれど、きっと知らない方がいいんだろう。頑固な親父がやってるラーメン屋も、普通に食べる分には美味しいからいいんじゃないのではないだろうか。
入って辺りを見渡すと、数秒で何かおかしいことに気づいた。
外装は普通である。なら内装はというと、そんなことは無い。
まずカウンターに立つ店員の代わりに大きなクリスマスツリーが存在する。他に店員は居ない事から、恐らくあれがマスターなのだろう。
そして壁にはサンタ帽を被っているトナカイの頭だけの剥製があり、変わり果てた相棒の姿をサンタが見たら号泣しそうだ。
最後にこれでもかと言わん限りにクリスマスリースが辺り一面を占拠し、テーブルではミニサンタたちがマイムマイムを踊り狂っていた。かと思えばミニサンタたちは私の姿を見つけるや否や、私を囲んでマイムマイムを踊り始める。
何なんだろうか、水でも渡せばいいんだろうか。
しかし私に水は無い。いくら踊られても水は無いのだ。よって彼らと同じサンタ服を着ている身として、笑顔で数匹まとめて踏み潰した。
飴玉を潰したような感覚がして、彼ら待望の赤い水が飛び出る。
「いらっしゃ…しゃ、借金の期日でしたか?」
「いえ、お食事でもと」
「あ、わかりました。お好きな席へどうぞ」
ナオさんとクリスマスツリーが謎の会話を交わす。
アレは喋るのか!
ここまで来ると「ちょっと」どころではない「かなり」変わってる。というよりこの時点でお客が寄り付かない理由がわかったような気がする。私もナオさんが居なかったら、今すぐ回れ右をして外へと飛び出しただろう。ミニサンタたちも私の周りから蜘蛛の子を散らすように逃げてマイムマイムを踊り始めているし。そんなに踊りたいのか。
お好きな席と言われると、選択肢が多すぎて選り取り見取りである。今は冬なので、外が見える日当たりのいい席に向かい合って座ることにした。
程よい日差しがぽかぽか陽気であり、穏やかな午後を演出してくれる。マイムマイムの曲さえ気にしなければだが。
しかしいつまでもミニサンタたちの奇行に付き合っていてはお腹がすくだけなので、ナオさんが見ているメニューを覗き込んでみる。
…当然ながら見えない。自慢ではないけれど、私の視力は悪い。眼科では眼鏡を掛けろと言われたけれども、ああいうレンズ一枚挟んだ世界というのはどうにも好きに慣れない。よって自然と顔を寄せることとなる。
「んー…んんっ!?」
亀の如く首を伸ばしている私がよほど気持ち悪かったのか、ナオさんが驚いた様に動いた。そして慌ててメニューをこちらにも見えるようにしてくれる。一言お礼を言ってから二人して覗き込む。
覗き込んでいるとナオさんから私に向かってチラチラと視線があるのだけれど、生憎私の首は伸びません。
メニューにはコーヒーや紅茶などの飲み物にケーキにサンドイッチと言った軽食。パスタの様な食事もできるらしい。そして何故かその中に緑茶や漬物、酢昆布という毛筆がある。…この店の方向性が解らない。
そんな緑茶とほうじ茶の間で揺らめいていると、『竜鍋始めました』という一文を見つけた。
…鍋?喫茶店に?
まぁ毛筆で書いてあるからには恐らく和食なんだろう。しかしこの世界に和はあるのだろうか。ところで竜ってアレかな。ドラゴォンなアレかな。食べるのか?美味しいのか?
「ナオさんナオさん」
「ひゃっ!な、ななな何ですか??」
「この竜鍋って竜の肉を使ってるんですか?」
聞いてみると、納得したかのように「ああ…」と呟いた。
「竜のお肉じゃなくてですね…」
何故か声を低くしてぽつりぽつり語り始めるナオさん。どうにか不気味な雰囲気を出そうとしているのかもしれないが、日当たりのいい席の上、猫耳がぴくぴく動いてる時点でソレは難しいと思います。まぁ、コレで平然としていては余りにも彼女が可哀そうなので、真面目に不気味に感じていることにしよう。
話をまとめるとこうなる。
むかーし竜という大層美味なお肉があったそうな。
とても美味しいので人々は「ヒャッハー!新鮮な竜だー」と大興奮。当然の結果として竜が激減。肉が取れなくなった。
しかしその味が忘れられなかった一部の方々が「なら別のお肉で代用すればいいじゃない」と言う理論で限りなく竜に近い肉を探し始めたのが竜肉の起源とされる。
そして時は過ぎ代は変わり、元の味を知っている人が全くいなくなったとき竜肉という意味が変わった。つまるところ『何の肉かわからないけど美味しい肉』のことを竜肉と名付けることにしたのである。
例によって例の如く、この竜鍋のお肉も何だかわからず、私もそんなロシアンルーレット的な料理を食べる気は全く持ってない。私的には『何の肉かわからないけど美味しい肉』より『何の肉かわかってて美味しい肉』を食べたい。
「気になるなら食べて見ましょうか」
「…食べるんですか?」
「物は試しですよ」
精一杯不気味さを演出できた様でご満喫なナオさんがクリスマスに注文をする。当然そんなナオさんに付き合っている間に私も謎の肉を食べることになった。正直者は損をすると言ったのは誰だ。正直じゃなくても損をするぞ。
とはいえ私は一文無しであり、彼女に食事させてもらう立場なので大人しく黙っている。ついでにクリスマスツリーが動くのかどうかの興味もあった。注文は動かなくてもできるが、料理を運ぶのは動かないと出来ないだろう。
ナオさんも黙って外を眺めてるし、ぼけーっと外を眺めながら料理が来るのを待つ。手持無沙汰でポケットを探ると、入れた覚えのない箱の感触。
何となく箱を手で包み込んで叩いてみると、指が少しだけ沈んだ。
「え?」
「どうしました?」
「あ、いえ…なんでもないです」
「んー?」
拙い…思わず声が漏れた。慌てて訂正したけれど、思いっきり不振がられている。しかしいくら説明したくても、私自身よくわかってないので説明出来るわけがない。「箱を叩いたら指が沈みました」とか言ってどうするんだ。ビックリ箱か。下手すると変人扱いだぞ。
ごまかすために全力で笑顔を作っているのに、ナオさんの視線はごまかされるばかり不信感を増してきている。私に訪れる絶体絶命の危機。
しかし神は私を見捨てなかった。もしも存在しているならば早く死んでいただきたい。
「はい、じんに…竜鍋お待ちどうさま」
クリスマスツリーではなく、和服のウェイトレスさんが料理を運んできたのだ。結局あのクリスマスツリーは何なんだと新たな疑問が湧き出る一方「この人今何て言った?」という疑問も湧いた。聞き違いじゃなければ、じんに…とか聞こえたはずである。
私たちの間に置かれる謎の肉が入った鍋。湯気が立って大変おいしそうであるが、じんに…という謎の一言が私の食指を阻む。じんに…くが入れば共食いである。
「熱くなっていますので…ん?誰かと思ったら君だったのね」
「はい?」
注意を促していたウェイトレスさんが声をかけてみたので見上げると、銀髪が見えた。次いで頭に乗っけている狐のお面。このお祭りでもないのにお面と和服を付けている人は紛うこと無く私の担当の夜空さんである。しかし何故ここにいるのか。
「どうしてあなたかここに居るんですか」
しかし私が口を開くよりも早くナオさんが口を開いた。心なしか声が冷たい。
「暇なときに手伝ってるのよ。先立つものが無いと色々と困るでしょ」
「ふーん…ならさっさと引っ込んでください」
「あなた患者と医者が話すくらい大目に見れないわけ?」
「あなたは医者じゃないでしょう。それに患者って…」
「知らないの?その子、私の担当よ」
「…」
ナオさんの視線がこちらに向いてきたので黙って頷くと、少しだけ目を閉じてから夜空さんを睨みつけた。よくわからないけど空気が張り詰めてる。ここは私が粋なアメリカンジョークを飛ばして張り詰めた空気を砕くべきだろうか。
「それとも何?私の記憶が無いから医者が出来ないとでも言いたい?」
「それは…」
「夜空さんって記憶が無いんですか」
気になる単語が出たので思わず割り込んでしまう。すると夜空さんは言葉に詰まったナオさんから目を外して私を見た。
「言ってなかったね。でも私に記憶が無くて困るのは、昔から知っている人だけだと思わない?そもそも初対面なら記憶があろうとなかろうと関係ないのだし」
そういって彼女は口だけで笑みを作った。始めから過程を知らないのなら、その過程があろうがなかろうか関係は無いと。
それは…そうか。でもそうすると…。
何かを考えないといけないのに、それをしようとすると頭が痛くなる。
「君だって記憶が無いって言っても「黙ってください」」
何か決定的な一言を言おうとした夜空さんをナオさんが遮った。
「楓さんは記憶喪失なんですから、あまり混乱させるような事を言わないでください」
「…」
割り込まれた夜空さんが静かにナオさんを見つめる。
「…はいはい、失礼しました。ではごゆっくりどうぞ」
二人の間にどんなやり取りがあったのか、夜空さんは敵意を隠さないナオさんの姿にクスリと笑うと、奥に引っ込んだ。
何を言おうとしたんだろう。
「楓さん…」
夜空さんが完全に見えなくなると、ナオさんが私の呼び名を口にする。どうして、そんな哀しそうな目で私を見つめるのか。
「ごめんなさい。まさかあの人とは…良ければ担当を変えましょうか?」
それは…困る。
「いえ、大丈夫です」
「ですけど…人を人として見て無いような人が担当じゃ…」
「ナオさん」
何か言いたそうにしている彼女の言葉を遮ると、この話題を終わらせるために無理やり笑顔を作る。大体、私は何処も悪くは無いのだから医者に掛かる必要が無い。
「私の担当は夜空さんだけです。それに…せっかくの食事も冷めますし、この辺りでおしまいにしましょう」
「そうですか…」
多少の罪悪感を味わいながらもしょんぼりとしているナオさんの分をよそうと、湯気で彼女の耳がピクっと反応した。何だかんだで食欲には勝てないのである。
その姿を微笑ましく感じながら手を合わせると、二人で「いただきます」と言って食べ始める。
そしてやたら美味しい肉を飲み込んだ瞬間に思い出した。
結局これは何の肉なんだ…。
その瞬間に人肉という二文字が脳内で踊り狂い、私の食欲は一気に落ち込んだ。
「食べないんですか?」
早くも一杯目を空にしたナオさんがお代わりしながら聞いてくる。生憎と私の食欲は最低値である。
「いえ…ちょっと食欲が…」
「そうですか…」
「良ければ私の分も食べますか?」
「いいんですか!」
提案すると嬉しそうに器に山を作り始める。
こちとらキラキラとした目でもぎゅっもぎゅと食べていくナオさんを見ているだけでお腹いっぱいである。
□ □ □ □
「ごちそうさまでした」
「…ご馳走様です」
結局、竜鍋のほとんどをナオさんが食べた。それにしても彼女のどこにこんな大量の食物が入るのだろうか。もちろん食べた以上はその栄養がどこかへと行っているはずであり、その結果として前なり縦なりに大きくなるのというのが説物というものではないのだろうか。
しかし彼女の体系は小柄であり縦に伸びているとは考えづらい。もちろん前に太くも無い。ふわふわの膨らみもアリスと違って慎ましやかな物を持っている。ならこの大量に摂取されたエネルギーはどこに行っているのだろうか。
気になって観察してみることにしよう。決して私が合法的にナオさんを眺めるためのいいわけではない。
暫く観察を続け、やはり慎ましやかだなと思っていると満腹で幸福そうに猫耳がパタパタと動いているのが見えた。…栄養は猫耳に行ってるのか。
そういえばアレは天然ものなのか?
「ところでナオさん…」
「はい、コレサービスね」
出会ってから今に至るまでに存在していた疑問を解消しようと勇気を振り絞ると、トンっとテーブルの上に飲み物が置かれた。見れば夜空さんが笑いながら立っている。
「いちゃつくのもいいけど、きちんと周りも見なさいな」
「にゃっ!べ、べべべ別に私たちは…」
無責任極まりない言葉を残しながら去っていく。私的にはナオさんの思考ショートするのであまり弄らないで頂きたい。
「…い、いちゃついてないですよね?」
そして私に小声で同意を求めるのは止めてください。反応に困ります。
「さ、サービスらしいですね!」
「そ、そうですね!」
知らぬが花というのだし、聞かなかったことにして話を飲み物に振ったのだが、どもった時点で失敗したと言えるだろう。
サービスらしい飲み物は緑色で炭酸の泡が見え、いかにも身体に悪そうと言った見た目をしている。そしてなぜか一つしかない。
持って来るのを忘れたのか?
「ああゴメンゴメン。忘れてたね」
一人だけ飲むわけにもいかず待っていると、夜空さんが颯爽と現れてストローを2本差して去って行った。おい待てどういう事だ。
私たちが引きとめるよりも早く奥へと引っ込むお祭り女。
残されたのはご丁寧にストローが2本差された飲み物だけである。しかもやたらとデカい。
「これは…?」
「そういう事なんですかね…?」
ナオさんが小さく呟いたので、私も応じた。古い…古いぞお祭り女。
顔を赤くしたナオさんが目で私に意見を伺ってくるけれども、そもそも私に意見なんぞない。
「せっかくですし飲みますか?」
「そ、そうですね!」
私が一本に口を付けると、ナオさんがもう一本に口を付ける。このまま額を合わせあってじゅるじゅると一つの液体を啜るのだけである。ほら、何もやましいことは無い!
「…」
あ、目が合った。
「んぐっ!」
その瞬間ナオさんが目を白黒させてむせた。何度も激しくむせる姿は実に辛そうである。
「大丈夫ですか?」
「だ、だだだ大丈夫です」
彼女の顔が赤いのは呼吸が出来ないからだろう。
けれども律儀にまたストローを加えると、ゆっくりと飲み始める。私も負けずに吸い込むけれど、やたら甘い緑色の飲料は減ってる気配が無い。
「…」
「…」
無言で見つめ合っていると悶死しそうになるので、視線の逃げ場を求めて外の景色見ることにした。
ガラス一枚挟んだ下界はぎゃーぎゃーと人が騒いでいて何だか騒がしい。怪獣でも現れたんだろうか。
そして何だかとても明るい。昼だからとかいう次元ではなく、まるで燃え盛る太陽に正面から照らされているかのようだ。
実際に大きな火球が宙に浮いているのが見える。
「…ふむ」
ストローを加えながら外から視線を逸らすと、今見えた光景に付いて考える。数秒思考をしてから再び見ると、火球の下にアリスらしき女性が居るのが見えた。彼女は私と視線を交わらせると、大変素敵な笑顔を向けてくれる。
「…」
いや待て、アリスがココにいるわけがない。だってアイツは基地に居るはずなのだから。なら今見えたのはアリスらしき何かであり、つまりは私の見間違いであろう。
そう自分に言い聞かせたけれど、私に二度見る勇気はない。そして目の前でストローを加えているナオさんも私と同じように外を見ていることに気づいた。
私が見ていることに気づいたのか、彼女の視線がこちらへと向き、口元に笑みが広がる。私の背筋には寒気が広がる。
ナオさんがストローから口を離したので私も離した。
どうやら私も覚悟を決めなければならない様だ。
「ナオさん…あれ…って!?」
覚悟を決めて今見た光景について聞こうとした瞬間、私の頭が鉛にでも変化したかのように重くなった。突然の重量増加を我が軟な首は支えきる事が出来ず、私の額がテーブルと忘れられない出会いを交わした。
強かに頭部をぶつけて今すぐ悶えたいところだけれど、頭どころか身体全体が重い。ミシミシと骨が鳴る幻聴まで聞こえてきた。
「あ、私です。そこに勇者いますよね?教え子の不始末を付けさせるためにちょっと呼んでくれませんか?」
貼りついたように動かない頭の上から、ナオさんが誰かに連絡をしている声が聞こえてきた。
「はい?骨が折れてるから無理?手足は動くんですから大丈夫でしょう?」
どうやら交渉は難儀しているらしく、物騒な会話が聞こえる。
「そうですか、わかりました。このままだと怪我人がさらに増えることになってあなたたちの休暇が潰れることになりますが、…それでもいいんですね?」
しかしその交渉もナオさんの鶴の一声で決着がついたらしく、現在地を伝え始める。果たして救護班に安息は訪れるのか。そして私は何時までこの格好のまま耐えなければならないのか。今意識を失うと窒息しかねない。
「アレ、楓さん?…やっぱり体調が悪いんですか?」
私がテーブルに伏せている元凶が白々しく言った。
「まぁ…私はちょっした所用で出かけるので、ゆっくりここで休んでいてくださいな」
「…」
果たして私に意思表示の選択権があっただろうか。
ナオさんは満足そうに立ち上がると、気配を鋭くして外へと飛び出していった。
やがて聞こえる破壊音と爆発音。善良な一般市民の皆様方の悲鳴。
「君も大変ねぇ…」
動けないまま放置されている私の頭を夜空さんが撫でた。
同情するなら助けて頂きたい。
□ □ □ □
基地から帰ってくるとやはりというかなんというか、アリスは居なかった。
「今日はごめんなさい…」
「いえ、久しぶりに街に出れて楽しかったですよ。ありがとうございます」
数時間前の生き生きとした表情はどこへ行ったのか、しょんぼりとした様子のナオさんをフォローしておく。嘘はついていない。ただ、できるならもっとラブ&ピースを感じるお詫びがよかった。
結局街中で起きたサンタクロース事件(仮名)の被害者は犯人らしき存在とソレを止めに言った勇者が満身創痍となるだけで済んだ。一般市民に被害が無くて何よりである。
「そ、そうですか…」
人的被害は無い物の、物的被害は色々とあるから事後処理やらなんやらがたくさんあると思うのだが、もじもじとしたままその場を動かないナオさん。傾いた日差しが私たちの顔を赤く染める。
「どうしました?」
「あ、あのですね…その…」
「はい」
「また…一緒に行ってくれますか?」
「…」
あれ?前にもこんなこと無かったっけ…?
軽い既視感を覚えつつも、今度は間を開けずに笑顔を作る。
「ナオさんが良ければいつでもいいですよ」
「ホントですか!」
嬉しそうに彼女がそういった瞬間、くすりと誰かが笑う声がする。
その瞬間ぽつりと白い何かが私たちの頭に降り注ぐ。
「雪…?」
私と同じ様に頭上を見上げた誰かの不思議そうな声が遠くから聞こえてきた。
空には雲一つないのに、そこには夕焼けで赤く色づいた雪がチラチラと降り注ぎ始めているのが見える。
空から降り注ぐ赤と白のコンストラスト。ああ、忘れてた。
「メリークリスマス、ナオさん。まぁプレゼントは無いんですが」
「は、はい!?メ、メリークリスマス」
一日早い気もするけれど私にはそれくらいがちょいどいいのだろう。
明日に思い出はない。
クリスマスイヴにサンタを探して。
クリスマスに二人で遊んだのだから。
□ □ □ □
やたらとハイテンションなナオさんと、包帯まみれで今にも力尽きそうなアリスと別れると、食堂へと向かう。食堂では超人と密かに呼ばれるおば…お姉さんが明日の仕込みをはしてた。腕の動きが早すぎて千手観音みたいになっている。
「こんばんわ、美味しいワインはありますか?」
「赤と白どっち?」
「赤でお願いします」
「はいよー」
仕込みをしながらも涼しい顔で要求を呑んでくれるおば…お姉さんからワインを手に入れると、ついでにグラスも貰う。
「グラスは2つ?」
「あ、3つでお願いします」
「3つ…?そうかい…」
微妙な間が空いたのが気になったけれど、滞りなくワインとグラスを受け取った。彼女が悟り妖怪の類でないことを祈りたい。
部屋に戻れば、ナメクジ猫と犬蜘蛛が上下に合体して窓の外を見つめていた。その恰好気に入ったのか。
朝から放置したままだった写真立てを窓際に置くと、グラスを3つ並べてワインを注ぐ。時が止まっている枠の中の世界では、感情を隠そうとして失敗したみたいな何とも微妙な顔をしている私と何が面白いのかわからないほど笑顔な師匠が映っている。当然ながら写真を撮った本人が写ることは無い。
「ぬーーん」
「あなたたちも飲むの?」
「わふ!」
写真立てを手に取って思いに耽けていると、合体中の2匹が目ざとく反応したので、水で割ったワインを2匹の前に置いた。しかし犬猫はアルコールはどうなんだろうか。まぁ犬でも猫ではないから平気か。
「何の気まぐれですか?」
「ただのサービス」
「そうですか」
後ろから聞こえてきた声に何ともなしに答える。声の主はくすりとした笑い声を残して、何も言わなくなった。
「わふ?」と私の声に反応した武蔵の頭を撫でると、グラスを持ち上げて誰も持ち上げないグラスにかつんと鳴らす。
「…メリークリスマス」
当然ながら持ち上げられたグラスは1つだけ。
窓から見える景色は本物の雪が降っていて、今夜はホワイトクリスマスになる様だ。
サンタはまだ見つけれない。
□ □ □ □
「な?な!?サンタはホントに存在しただろ!?」
「そうですね。いい歳した大人がみっともないんで、サンタくらいではしゃがないでください」
「君は夢が無いなー」
「それは悪うござんした」
興奮した様子の師匠を宥める。夢が無いも何も仕掛け人が私自身なのだ。夢を見せている立場にどう夢を見ろというんだ。
「まぁ今回は付き合ってくれてありがと。まさか見つかるとは思わなかった」
「何ですか急に…らしくない」
何か悪戯を思いついたかのように笑う師匠に嫌な予感がした。
「という事で、付き合わせたお詫びにクリスマス一人で居る組らしく、二人で遊びに行くか」
「デートの誘いならもっと上手くやってください。風情の欠片もありません」
「まぁまぁそういわずに、当日は奢るからサンタを見つけたところに集合な」
「…別に良いですけど」
ぽつりと呟いた私の返事を聞いたのか聞いていないのか、師匠は楽しそうに家路に帰っていった。気づけば私の家の前である。
「…デートか」
さて…明日は何を着ていこうか。現時点ですぐに着れる服は…もっと早くに言ってくれれば色々準備できたのになぁ。
そんな阿呆なことを事を考えながら家の中へと入る。
その時点での私はまさかクリスマス当日に遅刻された挙句、サンタ服を来た馬鹿にマフラーで絞殺されかける恐怖心を植え付けられるという忘れがたいスタートを切るという事は知ることもなかった。
明日はきっとホワイトクリスマスになるのだろう。
ほんとにあった作品裏話
新コーナーですね!
このコーナーは初回から最終回であるが何もおかしいことはない
私「でぇと回とバトルのとどっちがいい?」
お友達「でぇと!」
構想練り直しが決まった瞬間である
言い訳じゃないですよ!
ただ書いても書いても話が前に進まなかっただけですよ!
なじぇ?
ということでデート回になりました
デート回なのに甘くないとか、よくわからん内容となっているのはいつも通りです
ほんとはサンタ側と防衛側で別れて水鉄砲で撃ち合う話の予定だったんです・・・
なんでこうなったんだろうね
そしてこの話が終わる日はあるのか!
そもそもどこへ向かっているのか!
それは作者にすらわからないのです
ではでは少しでも楽しんでいただけたら幸いです