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わふわふと夕日は沈んでいく

1週間以内にできたよ!

今回はいつもよりみじか…みじ…おや?

変わらない?


人物表

しゅじんこー

ほぼ特権となっている、受け継がれしへたれの称号を獲得するのでしょうか?


アリス

たいちょー 辛いものがダメ


ナオさん

しょちょーだいり 玉葱が嫌い にゃんにゃん わんわん

 夕日を見ていると訳もなく悲しくなる。

 けれど、それは私には関係がないこと。

 だから、いつもその悲しみを噛み殺してすべて見なかったことにする。



□ □ □ □



 秋と言えば読書の秋、スポーツの秋、昼寝の秋に黄昏…は違うか。スポーツの秋でもあろう。そして食欲だよ、サンマに秋茄子。美味しいものが選り取り見取り。だがココにはサンマも秋茄子もなければ栗もない…なぜだ!

 ソレとは全く関係ないとは思うけれども、秋には新規に入隊してきたまっさらでふわふわな人たちが研修に来るらしい。そして例によって例の如く、不幸にも我が基地を研修先にしてしまった哀れな新人の方々が目の前でマラソンをしている。

 そのマラソンを面白そうに眺め、時折煽るような茶々を飛ばしているのは、何の因果か私の隊長であるアリス。その隣では、新人研修という役割を受け持った教官が激を飛ばしている。

 勿論、我らが部隊…というのかもよくわからないほど活動が不明な私の所属している部隊には、新人研修なんていう重要な仕事は降りてこなかった。というか、この部隊何してるんだろう?今のところ判子を押し続けるだけの事務仕事とか、基地内の希望を聞いては笑顔で却下する様な雑用しかしていない。

 奇怪である。

 そして私はなぜこの部隊に入れられているのか?

 不安である。

 ではそんな配属ほやほやの新人研修に、なぜアリスがいるのか?というと、それにはその辺の水溜りよりも浅く、ちびっ子が作った砂の山よりも低い理由がある。

 単に暇だったのだ。

 古来より、能力があるくせに暇をもてあます奴はろくなことをしない。よってアリスも例外に漏れず「お仕事疲れたー!」と主に耳で語っているナオさんを口先三寸で篭絡。新人研修で何か事故があってはいけないからその監視をするという、要約するとサボりの仕事を勝ち取った。そんなに暇なら事務仕事をしろよ。今この瞬間も『より良い職場のために』という紙に書かれた希望が溜まってるぞ。

 ナオさんも初めの頃はアリスの監視という名目で居たのだが、ちょっと目を逸らしている間に居なくなっていた。この気まぐれさとすぐに居なくなる辺り、さすが猫といえる。猫なのかは知らないけど。

 居なくなったナオさんのことを視線だけで探しながら、煮干の袋から適量掴んで宙へと放り投げる。数秒の自由を得た煮干は華麗に宙を舞いながら、ロケットの如きスピードで突っ込んできた魚達に攫われていった。

 しかし、私は何をしているんだろう?

 空を仰げば空飛ぶ魚介類達が旋回運動をしており、次なる獲物を虎視眈々と狙っているのが見えた。

 個人的にはどうにかしてあの魚群から待望のサンマをゲット。七輪と塩でこんがりと焼き、ごーじゃすで涎が出そうなディナーとしたいところなのだけれど、魚たちの速度が速すぎて捕まえようがない。無鉄砲に手を差し出そうものなら、私の手は即座にパージ。自由を求めて重力との戦いを繰り広げることになるだろう。

 ならば次の案として、こうやって餌をやり続ければ徐々に徐々に速度が落ちていき、いずれは手乗り文鳥ならぬ手乗りサンマとなって我が手中とお腹の中に収まる。かと思いきや、現実はそう甘くはなかった。

 餌である煮干を放り投げれば投げるほど、サンマ以外の余計な魚も飛んできて、その魚を狙ったさらに大型の魚が飛んでくる。かくしてあたかもウロボロスの輪の如く食物連鎖のピラミッドが回り続け、喰うか喰われるかの空中戦(ドッグファイト)白熱(デットヒート)していく。主に速度が。

 音速の世界についていけなかった魚達は力尽き、墜落し、喰われる。そして私が待ち望む地上へと辿りつくまでに、その小さき体躯は他の魚たちの血肉となって世界から姿を消していく。つまり私は失うばかりで何も残されないに等しい。無くなるのはただ煮干だけである。

 ならば止めればいい、という人も居るだろう。確かにその人のいうことは正しい。だが待って欲しい。

 この緩やかに真綿で締められていくかの如き世界の中、希望に包まれている新人達が喘ぐ表情を眺めて何が面白いものか。下手をすると、最期に見た光景はムキムキマッチョが汗と涙で沈んでいる光景になるのかもしれないのに。それでいいと本当にいえるのか?よくないだろう?

 どうせ眺めるならば美男美女、もしくはムキムキマッチョがその自慢の筋肉を惜しげもなく晒している笑顔であり、そんな男女達が血反吐を吐きそうな表情で血と汗と涙を垂れ流しているような、この世の終わりを連想させる光景ではないはずだ。

 大体、人類が敗戦して滅びるかもしれない現状で、この世の終わりを連想してどうするんだよ。不吉すぎるだろ。そんなリスクを負うなら、まだ魚達の空中戦を眺めていた方が幾分も楽しめるというもの。

 そうこうしている間に、また一匹加速の世界で力尽きて食べられた。私にも1匹くらい分けてはくれないだろうか?この際サンマじゃなくてもいいからさ。そんなに怯えなくても大丈夫。早く私の下へとおいで。

 とにかく魚を確保しなければ、せっかく用意した七輪と炭が無駄になる。

 これでは据え膳を用意されたのに、お預けを言い渡されて食べることのできないわんこの様な気分ではないか。たとえアリスが私を呼んでるみたいな声を出していても、私は止めるわけには行かないのである。


「ちょっと!聞いてるか!」

「あ…」


 突然隣で出された大声によって魚群は空の彼方へと一目散に飛び散り、ついでに私の夢も儚く散った。


「…何?」

「あ…何か…ごめんね」

「…大丈夫」


 謝られても魚群は帰ってこないのだもの。サンマにタイ…アジにイワシ…マグロ…さようなら、巡り巡る魚介達。そして幸せな夢をありがとう。


「で、何の用?」


 これでもしどうでもいいことだったら、私の黄金であったらよかった右腕が唸りを挙げて彼女を襲うだろう。私は男女平等主義だ。


「あ、ああ。ナオを呼んできてくれない?」


 私の右腕が唸りをあげた。

 涼しい顔でちょいっと避けられた。

 畜生!


「嫌だ」

「まぁそういわずに…今のは私が悪かったから…な?」

「嫌です」

「ふむ」


 今は無き魚群を空に探しながら断ると、アリスは思案顔で黙り込んだ。

 断っているのは何も、そんなくだらない理由で私の夢を破壊されたことに対する当てつけではない。というかその程度をことを私に頼むな、自分でやれ。どうせ暇なんだろう。大体、呼ぼうにも場所を知らないし。


「話は変わるが、魚は食べたくないか?」

「ナオさんだっけ?呼んでくるから場所教えてくれない?」

「…変わり身が早いとか言われたことない?」

「気のせい気のせい」

「…」


 やはり世の中はギブ&テイクである。私が困っている人を助ける。困ってる人は私に報酬を渡す。困っていた人は助けられて幸せ。私は報酬で幸せ。みんな幸せ。この様に世界中に幸せが広がり、ラブ&ピースの粉塵爆発が巻き起こることは言うまでもない。

 なぜか呆れ顔をしているアリスからナオさんが居ると思われる場所を聞くと、立ち上がって身体を二度三度と捻る。

 パキポキと言う、大変いい音が鳴った。

 そして、アリスが聞いてはいけなかったものを聞いてしまった人の様な、大変気の毒そうな顔で私の方を見てきた。


「…今度簡単な運動でも一緒にしようか」

「余計な御世話だ」


 言い捨ててからトコトコとその場を去る際、数少ない休憩を堪能していた他の人たちまで気の毒そうな顔で私を見ていたのがやたらと気になった。何?何なの?運動不足なんだあの人…とか言いたいの?もっと運動したらいいんじゃない?とか言いたいの?腰が鳴ったのがそんなに気の毒か!?

 そのことに対して深く言及したいところだが、事態は一刻を争うかもしれない。

 万が一ナオさんを連れて行くのが遅かったが故に約束を反故された場合、私のお魚事情は絶望的な戦いを余儀なくされるだろう。

 状況は切迫している。

 秋の日差しは否応なく暖かいのだ。



□ □ □ □



 のそのそとアリスが言っていたナオさんポインツの場所へと向かう。ぽかぽか陽気によって私の足取りは足かせでも付いたかのように重く、ぶっちゃけだるいし眠い。もう何もかも忘れて、ふかふかの羽毛布団へと篭りたくなってくる。

 よし、ナオさんが居なかったら部屋に戻ろう。約束なんて知ったこっちゃねぇ。未来(うえ)は見ず、過去(した)も見ない。私が見るのは現在(まえ)だけである。

 しかし私の希望は華麗に破壊された。角を曲がると見なれた背中があり、何やら「わんわん」とか「お前はふかふかなんだわん」とか聞こえてくる。どうやらこの数十分間見なかっただけで、ナオさんはわんころに変貌を遂げていた様だ。彼女にいったい何が起きたのか。

 それにしても、私が希望することは8割9分くらいの確率で裏切られている気がする。とすれば逆転の発想として、私が希望するのとは全く逆の事を希望すれば逆の逆が叶えられ「ふはは、それは私の本命の希望なのだよ」ということになって、幸せを掴めるのではないのだろうか?

 …ないだろうなぁ。

 このまま案山子になっていても何も進展しないので、目をそらしていた現実へと目を向ければ、わんわん言ってるナオさんから「ハッハッわふわふ」という別の何かの声がする。

 この事実を素直に受け止めるならば、ナオさんが私にも気づかずに熱心にくしくししているのは犬という結論が出せる。

 だが待ってほしい。

 この世界には本当に『犬』が居るのだろうか?

 何せナメクジと猫が合体し、魚が空を飛んでいる様な世界である。私の知っている『犬』と彼女たちの知っている『犬』は大きな隔たりがある可能性は否定できない。そして、その可能性が排除できない以上、うかつに接触するのは危険を感じる。

 もしも足が無く、「ぬーん」と鳴いてしきりに私の体をよじ登り、地面と接している部分には誰だかわからない顔が浮き出る様な生命体の仲間だったらどうするのだ。あんな奇妙な生物が2匹に増えてしまったら、私は夜寝れなくなってしまう。

 よって五感のすべてを駆使して、ナオさんの愛でている生命体Xを特定しなければならない。

 とはいっても、駆使できるのは精々が視覚と聴覚くらいなものである。私は遠くの物体の匂いを嗅ぎ分けることができる犬人間ではないし、触覚のために近くに行って触ったりしたら、それこそ慎重に特定する意味すらない。本質を見失ってはいけない。味覚に至ってはさらに意味不明だ。私に舐めろというのか。汗の味で嘘が分かる様な特技はないぞ。

 さて、聴覚だが…ナオさんが他人に聞かれたら存在を抹消したくなるような破滅の言葉を呟いている、ということ以外は何も変わりない。つまり何も特定できない。

 ならば残るのは視覚であるが、これがやっかいである。

 もしもナオさんの愛でている生命体Xが、裸で犬耳を付けているおっさんだったとしよう。当然、そんな衝撃的なおっさんの姿は私の脳裏に嫌でも刻み付けられることになるであろう。私が一度寝れば、夢の中で裸の犬耳おっさんがわふわふ言い、目覚めてナオさんを見れば、彼女が愛でていた犬耳付けた裸のおっさんの姿を連想し、いずれは目を閉じ、耳を塞いでいても裸のおっさんの犬耳姿を幻視するまでに至るであろう。それは怖すぎるだろう。

 しかしこのままここで破滅の言葉と、それに対する返事のわふわふを聞いていては、日が沈んでお腹がきゅるるるーと言い始める以外は何も始まらない。最悪の想像が的中しているのであれば、何も始まらないことを祈るばかりだが、課程で足踏みしていては何も出来なくなる。

 意を決して視覚に捉えなければならぬだろう。捉えたくはないけれど。

 不用意に直視するのはあまりにもリスクが大きすぎる。よって壁を背にして息をひそめ、ナオさんの背中をがん見しながらじりじりとスライドして生命体Xを認識することにした。

 こうすることによって、万が一おっさんの予兆が確認できた場合はナオさんの姿でおっさんを完全にブラインド。元へと戻って事情を話し、援軍を要請することができる。単体では寝ても覚めても付きまとってくる強大なおっさんも、複数人で直視すれば手のひらサイズのおっさんの妖精となり、一人一人の脳裏に焼き付けられる量は少なくなる、というわけだ。

 これを離散的おっさん法と呼ぶ。

 あまりに見つめすぎて、ナオさんの背中に穴が空くのではないかと心配になってきた頃、おっさ…謎の生命体Xの姿が見えそうになった。私の最高司令部である脳がソレを認識しようとした瞬間、ひゅんと鋭い刃物のような物が風を斬る音が私の側頭部付近から聞こえてきた。私の側頭部付近から、である。

 神秘のベールが剥がされる瞬間に起きた突然の非常事態に身体がついていけず立ち止まると、背中の壁からストっと刃物らしき何かが刺さったような音も聞こえる。反射的に振り返るとナイフが刺さっていた。そのナイフを見つめていると、徐々に混乱していた司令部が落ち着きを取り戻し、ほんの数秒間に起きた事実に対して思考が追いついてきた。

 どうやら私の頭の横、約数センチの辺りをナイフが「ちょっと通りますね」とばかしに通過したらしい。

 ということは、もしも私があとちょっと横に移動していたら…それはもう大変言葉にできない惨状になっていたということは想像するに難くない。それ以前に、私の身体が今以上に大きかった場合「ちょっと通りますよ」と言ったナイフは態度を一変。いちゃもんをつける不良や荒事業の皆様方の如く私の身体に激突し、世界に血の雨が降ることになったのであろう。

 生まれてきて初めて、自身の身体が日本人の美点である慎ましさを持っていることに感謝した事はなかった。ありがとう私の身体。だからもう少し成長してもいいのだよ。

 感謝を終えると、重大な事実を見落としていることに気付いた。

 人と同じく、ナイフは自力では飛べないということだ。

 その理屈からくると、ナイフを発射した原動力があるわけであり、その『ナイフ発射台』さんは的確に平均的な一般ピープルでいうところの心臓の辺り目掛けて凶器を飛ばしたわけである。


「さて、ここでクエスチョン」


 脳内の司会者さんがしたり顔で出題してきた。

 予算の関係上リポーターさんが雇えず、遠征もできない。よって司会者と出題者のマンツーマン形式でしか番組構成ができない、という哀しい裏事情があった。


「その『発射台』さんは誰でしょう?」


 いいのか司会者、そんな遊びみたいなクイズをしてて。今必要になっているのは「この危機を乗り越えるためにはどうしたらいいんでしょう?」とかいう問題じゃないのか。お前も私も、他人事じゃないんだぞ。

 もちろん私はスーパーたけし君を賭けれるほど自信満々に回答できるのだが、なぜだか答えを当てたくない。というか回答自体放棄して、今すぐここから逃げ出したい。

 そもそもココには『私』か『もう一人』しかいないわけである。ならばその『もう一人』が愛でているのが、所謂プレデター的な何か出ない限りは答えは明白である。


「ファイナルアンサー?」


 …番組違くない?それって回るやつじゃない?いや、回るのはタイムショックだからテレフォンとかのか。というか、どっちにしてもたけし君人形要らないじゃない。

 答え合わせのために私が『もう一人』の方へと振り向くと、彼女もゆっくりと私の方へと振り向いていた。ちらりと見えた横顔に感情らしき感情はなく、それが却って恐怖心を増進させてくる。

 ナオさんが完全に振り向くと、その手にはしっかりとナイフが握られているのが見えた。

 「パパー、パパパパパァーン」というファンファーレが鳴り響いた。私的にはスーパーひと…たけし君を没シュートされてもいいから、テレッテレッテー…という効果音を期待したかった。

 結局私が希望することと逆の事を希望してもかわらねぇじゃねぇか!

 あまりの仕打ちに世界へと呪いの言葉を投げかけていると、ナオさんは完全に私を認識したにも関わらず「あれ?」という顔をした。そして、しきりに私の背後を確認しようとしている。何かあるのか?と思ってもう一度振り向いてみても、彼女が投げたナイフ以外は何もない。

 再び彼女の方を見ると、今度はやってはならないことをやっしまった様な顔でわたわたと手を上げたり下げたりしている。

 どったの?一人百面相かい?


「ご、ごごごごめんなさい」


 かと思うといきなり謝られた。

 私は無意識で謝られる様な事をしたんだろうか、と思って記憶をたどってもナイフ投げ以外の事は何も思い出せない。離散的おっさん法?訳が分からないよ。


「どうかしましたか?」

「その…えっと…」


 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ともいうし、わからないことは聞くに限る。だが子供がお父さんとお母さんに「僕はどうやって生まれてきたの?」とか聞くと、全国のお父さんお母さんは緊急会議を開くほど思いつめるから言わぬが花だ。あんまり親を困らせない素敵なお子さんになってあげてください。

 ナオさんの目は空中戦(ドッグファイト)で後ろに付かれた魚の如く左右へと泳いでいたが、やがて私へと狙いを定めた。


「その…隊長かと思いまして…」

「…」


 まして…に至るまでで声のボリュームは一気に下降し、空気中に霧散した。しかしその一言で全てのピースが埋まった。ピースが3枚だけのジグソーパズル。もはやパズルである必要性すら成していない。


「つまり勘違いですか?」

「ご、ごめんなさい!」

「ふむ…」


 ぺこぺこと謝るナオさんを眺めながら、今日の晩御飯は何だろうなーと思考を飛ばす。しかし「アリスだと思ったからナイフを投げた」ということは、普段あ奴はどういう扱いをされているんだろうか?ナイフ投げよりもそちらの方が気になる。そうだなぁ、久しぶりに魚が食べたいなぁ。

 このままふわふわと自由気ままに思考を飛ばしていると話が進まず、ここに来た理由まで飛んで行ってしまう。それでもいいのだが、いい加減地に足を付けて言葉のキャッチボールをすることにしよう。


「まぁ…何事もなかったんですし、いいですよ」

「本当にごめんなさい」

「まぁまぁまぁ」


 何でもサラリーマンとなり社会という大海原へと旅立つと、感情を高ぶらせて大しけとなりかけているお方を「まぁまぁまぁ」と宥めなければならないらしい。そうでなければ安全な航海は望めないからだ。しかし、それを言っていた師匠はサラリーマンどころか、私と同じ学生だったので本当か嘘かはわからない。

 師匠の話が本当であったのかは全く分からないが、しばらく「ごめんなさい」「まぁまぁまぁ」とやっていると、ナオさんは落ち着いてきた。我ながら阿呆なことをした。

 そして本題(ボール)を投げ渡そううとした瞬間、ナオさんの足元で「わふわふ」と何かが鳴いて、彼女が受け取るはずであった私の本題(ボール)に割り込んできた。


「あ、ちゃんと待てたんですかー。お前はいい子なんだわん」


 ナオさんはそのわふわふへと視線を向けると、かぐや姫を見つけた媼の如く相好を崩した。…いい子なんだわん?

 私もその正体を探るべく視線を向けると、わふわふはふさふさとした毛に覆われていた。頭は紛うことなくわんこであり、ふさふさの尻尾もある。そして、どこぞの猫と違いきちんと足もあった。だが、何かおかしい。

 その違和感を見定めるべく目を凝らすと、気づきたくはないことに気づいてしまった。

 足が4本じゃない。

 何も前についているのは『前足』であり『足』じゃないよ、とかいう屁理屈を述べているのではない。犬というのは頭があり、胴体があり、尻尾がついている。これは正しい。胴体からはきちんと足もある。これも正しい。だが、胴体から伸びている足が8本もあるのはどういうことだ!ナメクジの次はクモか!クモなのか!?


「そ、それ何…?」

「にゃ!?」


 なるべく声が上ずらない様に平静を保って聞いてみると、どうやら私の事を忘れて愛でていたらしくえらく驚かれた。そして赤くなられた。

 しかしそんなことよりも何よりも、足が8本ある犬が私に気づいたようにキラキラした視線をこちらへと向けてくるではないか。おいバカ止めろ。尻尾を振るな。私を「この人遊んでくれそう」とかいう視線で見るんじゃねぇ。普通の犬ならともかく、貴様の様な気持ち悪い犬のとは遊ばないからな!


「あ、待ってください!」


 そんな思いも空しく、犬蜘蛛はナオさんのもふもふから解き放たれた。同時に私もその場から解き放たれ、全力で後ろへと駆けたのは言うまでもない。ついでにナオさんまで私と犬らしき何かを追って駆け始めた。

 世界一不気味なかけっこの開始である。

 ところで多脚式というものは、小回りが利かない分えらく安定性がある。それに対して二脚は小回りが利く分バランスを取らなければならず、安定性に難がある。何が言いたいかというと、直線を走る犬蜘蛛は恐ろしいほど速かった。涼しげな表情で私との距離を詰めてくるそのスピードは、夜中にカサカサと動く黒き悪魔を彷彿とさせ、気持ち悪さと恐怖が倍増となって襲いかかってくる。


「何で逃げるんですか!?」


 そして何故か二脚であるはずのナオさんも涼しげな表情で私に追いついてきた。その速度は犬よりも速い。ココには化け物しかいないのか!

 心臓は既に破裂寸前であり、ナオさんは私が答えてくれないことで何を勘違いしたのか傷ついた様な顔になっていく。つまりこのまま絶対に逃げ切れない逃亡劇を続けていても、双方に利点がない。だがあの犬はキモい。十人中8人は絶対に逃げるであろうほどキモい。残った2人はUMA生物研究科か、あるいは同族であろう。

 ついに私が限界を迎えて座り込むと、肺が酸素を求めて「こひゅーこひゅー」と鳴いた。そして追いついてきた犬蜘蛛も「わふわふ」と嬉しそうに鳴いて私へと圧し掛かってきて、シュンとしていたナオさんは、多脚式わんこに圧し掛かれてべろべろと味見をされている私を羨ましそうに見つめてくる。

 身体はこれ以上動くことはできないという警告を出しているが、あろうことか圧し掛かってきた8本の足が、変幻自在に私の身体を踏みつけて来る。その感覚は蜘蛛が捕食しているかの如きに想像を私にさせ、ついに耐え切れなくなってかの者の胴体部分を掴むと高い高いの如く持ち上げた。

 犬蜘蛛は暫くの間、嫌がるようにカサカサカサと8本の足をじたばたさせていて大変気持ち悪い光景を私に見せつけてくれたが、こちらに敵意がないということがわかると大人しくなった。

 ナオさんは相変わらず羨ましそうに私と犬らしき何かを交互に見ている。


「…よかったら持ちますか?私はもう疲れてるんで…」

「いいんですか!?」


 わふわふと鳴いている犬蜘蛛をナオさんへとパスすると、彼女は嬉しそうな表情でソレを抱えた。…しかし気持ち悪くはないんだろうか。


「…犬、好きなんですか?」

「はい!」


 わんわんーと頭をなでたり、肉球をふにふにしたりして遊んでいるナオさんに話しかけてみると、満面の笑みで頷かれていらっしゃる。

 犬であるのかわからない何かは大人しくされるがままで、ナオさんの愛らしさと犬蜘蛛の不気味さが合わさり、得も言えぬハーモニーを生み出し始めた。

 ああ、帰りたい…。今すぐ部屋に帰って、何も考えずに羽毛布団に引きこもりたい。

 だが部屋に戻れば戻るで、ナメクジ猫という訳のわからない存在が居るという事実を思い出して少し鬱になった。


「そういえば、私に何か用なんですか?」

「ああ…」


 生死を分けたナイフ投げと8本足の犬のインパクトが強すぎて、当初の目的をすっかり忘れていた。


「アリスが呼んでましたよ」

「隊長が?」

「はい」


 ナオさんは「うーん…」と唸りながら、名残惜しそうに腕の中で大人しくなっているわんこを見つめている。

 しかし諦めたのか、わんこを地面に置くと「ちゃんといい子にしてるんだわん」と頭を撫でる。そして犬蜘蛛はそれに答えるように「わふ!」と鳴いた。しかし、何故語尾に「わん」を付けるんだろうか。何かの法則?それとも…会話ができるのかい?

 かくして腕の拘束から解き放たれ、自由となった犬蜘蛛は颯爽とその場を去った。

 …なんということは一切なく、全身全霊で尻尾を振りながら私目掛けて一直線に突撃してきた。それはいいけど、私の身体を8本足で撫でまわすのは止めて頂きたい。

 その様子を見たナオさんがまるでいいことを思いついたかのように、笑顔で耳をぱたぱたさせた。

 その様子を見た私は最悪の事を想像してげんなりしてきた。そして犬は尻尾から蜘蛛の糸の様な物を発射して「ここに素敵な家を建てよう」とばかしに私の足に巣を作ろうとしてくる。何をしようとしてるんだ、お前は。大体、どう考えても大きさが足りないだろ。

 犬蜘蛛ハウス。建設開始5秒で崩落。


「どうもあなたに懐いてるみたいですし、いっそ飼ってみたらどうですか?」

「…本気ですか?」

「本気ですよ」


 これ以上こいつを自由にさせておくのは危険だと判断し捕獲していると、ナオさんが恐れていた事をのたまい始めた。


「い、いや…私の部屋にはもう小次郎がいますし…」

「だいじょーぶです!1匹も2匹もそう変わりません!それに、にゃんこも1匹だけじゃ寂しいでしょうし」

「わふ!」

「餌代が…」

「それくらいなら私が出してあげますから!」

「わふ!」

「実は私の部屋は満員でして…」

「そんなに部屋に荷物ありましたっけ?」

「…無いです」

「ならだいじょーぶでしょう!」

「わふ!」


 ナオさんに同意するように犬蜘蛛が鳴く。種族を越えたところで共同戦線を張るのは止めていただきたい。

 というか、そこまで言うならナオさんが飼えばいいのでは無いだろうか?


「それはそうなんですけど…」


 藁にもすがる思いでそのことを提案すると、ナオさんはしゅんとなって猫耳をぺたんと畳んだ。もし計算でやっていたとしたら恐ろしい人である。


「私はあまりお部屋に居られないので、構ってられないんです…」

「あー…」


 申し訳なさそうに言うナオさんを見ていたら、休憩時間以外は多忙でせかせかと働き、休憩時間だろうが仕事時間だろうがお構いなしで眠気に負けてお昼寝をしている事を思い出した。そして、その様子を眺めながらせっせと『より良い職場のために』という希望用紙を読んでは仕分けている私の隣で、読書をしたり怪しげな実験をしたり、はたまた私の邪魔をして遊んだりしているアリスの事も思い出した。

 …あれ?何かおかしくない?二人ともほとんど仕事してなくね?


「隊長がもう少しきちんと仕事をしてくれたらよかったんですが…」

「わふ…」

「…」


 考えろ…考えろ私…!

 このままでは私の部屋はかの魔境如きよくわからない生物の巣窟となってしまうぞ。というか、アリスは存在しなくても私に影響してくるのか!あいつめ…一体どこまで私に干渉してくるんだ…!

 思えばこの1か月と少し、隊長らしいことは一切された記憶がない。そもそも部隊らしいことも一切した記憶がない。というか、私たち以外の隊員も一切見たことがない。

 …大丈夫なのか、この部隊。


「…ダメですか?」


 申し訳なさそうに私を見つめてくるナオさんを見ながら、逃げ道がもうないことを悟った。この世には神も仏もいないのだ。


「…ちょっと飼う為の準備をするんで、その間こいつを預かってて貰えますか?」

「わー!ありがとうございます!」


 ハッハッわふわふと鳴いている犬蜘蛛を「よかったわん」と撫でているナオさんを眺めていると、これはこれでよかったかな…という気は一切湧いてこなかった。

 どうするんだよ、私の部屋。ただでさえ奇妙な鳴き声が聞こえてくるとかで他の人たちに魔境扱いされているのに…。いっそ開き直ってテーマパークでも作るしかないのか?

 よかったのは犬蜘蛛とナオさんだけであり、私は一切よろしくない。


「とりあえず、アリスが呼んでいるので行ってもらってもいいですか?」

「はい!」


 スキップしそうなほどふわふわと歩いていくナオさんを見送ってから、果たしてあの犬の飼い方は動物図鑑に載っているだろうか、という事を考えつつふらふらと歩く。名前は…小次郎が居るし武蔵でいいか。

 私の前に道はない。だが、私の歩いた後には道ができる。

 でも、たまには誰かが歩いた後の道を歩きたいたなぁ…。


『それは無理ですね』

「…?」


 くすくすと笑い混じりの声が聞こえた気がして振り向いたけれど、遠くで微かに見える塔へと夕日が沈んでいく風景しか見えなかった。

 そして、ぎちっと私の中で湧いてきた何かを噛み殺してから、資料庫へと歩きはじめる。

 口の中には鉄の味が広がっていく。

皆さん大好きG

実は水に浮くってことを知っていますか?


つまり彼らは排水溝を泳いで家への侵入を果たすわけでして、マンションの上のほうなんかにはそうやって侵入しているらしいです


「Gってどうやってマンションの上のほうってどうやって行ってるんだろうね?」

「エレベーターが来た瞬間に走りこんでるんじゃない?」

とかいう状況ではないらしいです

まぁそれはそれでありそうで面白そうなんですが

さてさて、そんなGですがゴキジッェトとかを使わずに天に召させるする方法があります

単純にお湯をぶっかけるだけです

耐えられる温度は50度程度までなので、俗にいう熱湯を掛けるとふつーに死ぬらしいです

私は試したことありませんが、死ぬらしいです

下手をすると煮汁が出来上がりますが、ゴキジェットとかを使うよりはるかに経済的でお片付けも楽ちんです

下手をすると煮汁が出来上がりますが


さてさてそんなGですが、さっきも言った様に50度までは耐えることができ、そして泳ぐこともできるらしいです

さらにGにとっては食物よりも水分が大事なわけです

何が言いたいか想像できますか?


つまり運が悪いとお風呂で優雅に泳いでいるゴキちゃんに遭遇するってことですよ!!

そしてお風呂の温度は高くても43、4度だからお湯をぶっ掛けても逃げるだけなんですよ!!


ということで皆様の素敵な浴槽ライフをお送りしたあたりであとがきです


そう思いましたが長いね、これ

ということで次回予告!


次はそろそろ戦闘要素でも入れないと銃と魔法のコンセプトが霧散しそうなので、つまりそういう感じです

私にしては珍しく血がどばぁ…って出たり誰かが天に召される様な殺伐しない戦闘になる予定です

あくまでも予定です

ええ、予定です


ではでは、少しでも楽しんでいただけたら幸いです

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