びくびくティータイム
どうも今回は短い、次こそ短いとばかり言っている私です
結局同じ様な長さになりました
おかげでやりたかったことが出来ない始末
手段が目的になってしまうとはなんと情けない
恒例の言い訳タイムですが
指を怪我しました
詳細なご説明をするにはこの前書きは短すぎるので、要約すると自転車を漕いでいたら壁に激突しました
関係ないですが我が家の共同自転車は今年で約9年目を迎えます
1万5000ちょっとで購入した安物なのですが、激突しても壊れないそのしぶとさは黒くて早いアレを思い出させます
どうでもいい話は置いておいて本編です
人物表
しゅじんこー
私「男か女かどっちだと思う?」友達「女の様な気がする」私「タグ追加の瞬間である」
アリス
たいちょー 前回空気でしたね 今回は主役だといいね
ナオさん
しょちょー代理 お友達曰く「ヒロインでしょう?」私「え?」お友達「え?」
暗い道を走り続けている。ゴールは全く見えない癖に、目の前の時計だけは無情にも時を進めていくのがいやらしい。
病院の偉そうで実に偉いんだろうなという先生は「不安の象徴なんじゃないかい?」等という助言を下さったけど、私に聞くな。自分自身のことすらわからない私は、実は出来損ないなのかもしれないという妄想をした事もある。何かの拍子にそのやり取りをぶちまけたら、笑い声と味噌汁をぶちまけられた。あの時ほど後悔と感謝が同時に来た日は無い。今じゃもう味わえない、中々深遠な味が思い出からした。
世界は暗い。真っ暗。
ここには誰も居ない。もしかしたら私も居ないのかもしれない。
真っ黒に溶けてしまいそうになったとき、その暗闇から手が差し出される。
救いの女神の様に差し出されたその手からは赤い液体が滴り落ちて、その流れ出る液体を見ていると手を取るのを躊躇する。そうこうしている間に差し出された手は再び暗闇へと戻っていって、私はまた走り始める。
けれど段々と、その躊躇が無くなって来ている気がする。
願い事は何ですか?
□ □ □ □
クッキーを作ろうと思った。
しかし私は全身からお菓子の香りを漂わせるふわふわした人間ではない。どちらかというと、全身からお気楽な雰囲気を漂わせているふわふわな学生だった。こうなると、同じふわふわでも意味がかなり違う。
つまり唐突にクッキーを作ろう、等という思考が湧く余地はないのだ。
ならばなぜ湧いたのだろう?
考えられる理由としては、小次郎なるナメクジ猫の存在があげられる。正確には祖奴が食べていたペットフードが原因だろう。
以前に友人の「旅行に行くからこの子預かって」とかいう無茶なお願いを聞き入れてしまったことがある。当時の私は純粋無知の阿呆で「子猫というのだから、純真無垢な愛されボディで我が灰色の領域を七色に染めるに違いない」等と考えて2つ返事で応じた。だが現実はそう甘くは無かった。そう、いつでも現実という鋭い刃は私の期待を一閃していく。
名前を忘れた子猫は、最初の方こそ借りてきた猫状態ともいえる大人しさだったが、一度自身の領域を認識し始めると傍若無人の好き放題、やりたい放題。私もあの猫の如く傍若無人の好き放題やりたい放題をしたいのだが、文明人としてさすがに自重した。ところで猫の場合は傍若無猫になるんだろうか?傍若無にゃん?まぁいいか。とにかく我はここにありの好き放題。
一度お腹が空けばにゃーにゃーとご飯を催促し、私がトイレ行こうとすれば我先に駆け込んで便器から水分を摂取しようと試み、お風呂に入ろうとすれば浴槽の周りを周って風呂の中へと落ちる。挙句の果てには寝ている私の耳を全身全霊で噛んで遊べと命令してきた。ならばと私も多種多様な策を練って対応したのだが、所詮奴は借り猫である。下手なことして怪我や病気にさせたら全責任は私に降りかかって来る訳であり、効果の薄い穏便な策を実行するしかなかった。おかげで、ほんの数日で私の腕は噛み傷と引っかき傷だらけになった。
その小さき悪魔を預かる際『カリカリ』という名前のペットフードを貰った。正式名称は知らない。おそらく飼い主も知らぬであろう。
そのカリカリが今現在、ナメクジが食べているものと酷似している。異世界に来ても猫の食べる物は変わらないのか、調査をする必要を感じたけどめんどいからいいや。気が向いたらしてくれ。
何も私は子猫という悪魔の苦き思い出話を未来永劫残そうとしているのではない。そんなことをしては双方とも無益だ。そうだろう?
要は『クッキーを作りたいが材料や道具はあるのか?』という命題を問いかけているのである。何とかして頑張ってくれ。
ということで忘れても思い出せる様にこのような長い文章を執筆して保管する。未来の私よ、何とか道具を揃えてクッキーを作ってくれ。
事は慎重を要する。まずは調理場のおば…お姉さんと仲良くなり、調理場を使わせて貰える様にしてもらおう。
ちなみに私は眠いから寝る。明日から本気を出そう、な?
□ □ □ □
調理場のおばちゃんと仲良くなろう計画を続けて約2週間、10回以上は寝て起きる回数があやふやになってきた。メモらないといけないかもしれない。
ふと部屋の掃除をしていたら、何時書いたのかも解らない手紙を発見した。長ったらしくて中身の無いその手紙を読んでいると、あの猫に対する怒りがむらむらと湧き上がってくる。早々に水を掛けて鎮火しよう。
いつの間にか調理場のお手伝い生活も板について、食事時は私のところにこっそり依頼が来るほどである。だがしかし、私が目指していた目的は『クッキーを作ること』であり『あのおばちゃんの超絶技巧を盗み取り、あわよくば調理場を乗っ取ろう』ということでは無い様だ。どうも私は知らない間に手段を目的としていたらしい。
昔の私は「何とかしてクッキーを作れ」という。だが今の私はこう言おう。そんなものをどうやって作れというのだ!
確かに以前はイベントというイベントの数日前は蘇るクッキー職人となり、渡し渡される無益な関係を律儀に続けていた私だが、その関係が強制終了してから約1年間、クッキーのクの字も無かった。
大体自身が作ったものはどんな味だったのかも忘れたぞ。代わりに呪われし灰色の青春時代の思い出が蘇り掛けたので、むらむらと湧き上がっていた怒りの炎に放り込んでおく。放り込んだ拍子に、縁日で砕いたラムネビンの音色が聞こえてきた。
だがしかし、おそらく材料はそろうだろう。絶望的な材料なら揃いすぎているので、そろそろ売り払いたいけど誰か買わないだろうか。
どういうわけかこの世界は私の暮らしていた場所と共通する食材もある。そして調理機材は私の家から持ち込んだ荷物の中にある。不安なのは一番重要であろうレシピを記録しているのが、劣化し始めている脳細胞にしかない事だ。コレでは画竜点睛を欠く。道具は他のもので代用できるがレシピは代用できないのだ。
まぁ、なんとかなるか…。
とにかく今は眠いし明日頑張ろう。
ファイトだ未来の私!そしてお休み現実。
□ □ □ □
バターが柔らかくなる間退屈なので適当に見繕った本をめくる。タイトルには『ナメクジ猫の生態に迫る!!』等と豪語しているのに、内容は私が書いた手紙のように薄い。というか記述が不明ばかりで全く参考にならない。何故書こうと思ったのか。そして何故本にした。
あまりにも無益なのでここに至るまでの記憶を整理して時間を潰そう。
結局動き始めるのに1週間程掛かった。寝て起きたのが7回程度だからきっと一週間なんだろう。しかも手紙を見つけてから連鎖的に全てを思い出し、様々なものに対する怒りに震えた。私よ、意志が弱すぎではないか。概算しても1月くらい経ってるぞ。
そして恐ろしいことに、私がこの世界に来てもう1月が経とうとしているのか。経っていたりしているしい。「時間の流れって早いなぁ…」と笑えない呟きをしたら、この1ヶ月間が無駄に過ぎ去っている事に気づいて布団から出たくなくなった。1月掛けたというのに私の交流はアリスとナオさん、そして調理場のおばさ…お姉さんだけである。他の皆様は名前も顔もわからぬ。私はわからないのに、向こうさんはこちらを知っている怪奇現象すら巻き起こっているほどである。いい加減名前と顔を認識できるようにならないといけないなぁ。
思い出を整理しようとしていたはずなのに、気づけば未来に対する課題を提示していた。反省しよう。今を生き、先は考えない事を信念としています。誰一人として共感はしてくれないが。
そうこうしている間に、出会い始めはつんけんしていた異性も時を経てお付き合いを始めると周囲に熱波を振りまいてくるかのように、冷たくつんけんしていたバターも丸く柔らかくなっていた。出来るなら私もこんなバターではなく異性とお付き合いしたい。そして周囲を焦がす熱波を振りまきたい。
何時までもくだらないことを考えていても、お腹が空いてバターが溶けるだけだ。早速ハンドミキサーのコードを引っ張ってコンセントに差し込む。信じがたいことだが、電化製品は普通に使えた。コレでは異世界というより外国に旅行に行った様な気分だけど、どちらも意味は大して変わらないか。
適当なところまでグイーンとかき混ぜると砂糖をぶち込む。量がわからなかったので完全に目分量である。食べれる物ができることを祈ろう。
グイングインしながら、一体コレをどのような状態になるまで混ぜればいいんだっけかと記憶を混ぜっかえしてみる。確か混ぜすぎるとダメだった様な気がするのだが、肝心などうダメだったのかは隠された宝の地図張りに見えない。
悩みながらも混ぜ続け、あまりにも混ぜすぎて視界が回り始めたころ、自動ドアが開く音が聞こえてきた。反射的にそちらを見るとダンボールが動いているのが見える。異世界で過ごし続けたあまり、ついに伝説の傭兵がお迎えにきたのかと思った。
一端ハンドミキサーを止めると、2度3度頭を振る。そしてもう一度見てみると、やはりダンボールが動いている。しかも何を思ったのか私の居る方向目掛けて一直線に走りよってくる。当然ながらコレまでの人生の中、ダンボールが駆けて行く姿を見たことはあるけど、走り寄られたことはないのでささっとその場を離れた。
かくしてダンボールは速度を緩めることなく流し台へと直撃。中から声にならない呻き声が一つした後、沈黙を保った。勿論この基地の中でこんな事をする奴は1人しか居ないだろう。
そうでなければ伝説の傭兵が来たか、あの世からのお迎えが来たに違いない。前者なら大歓迎だが、後者はいささか反応に困る。
「何してんの?」
一応声を掛けてみると、ダンボールは驚いたようにびくっと動いて静かになった。まさかコイツ、私に気づいていなかったのか。
さてどうしようか。
このままダンボールを持ち上げて中身を拝見するのもいいのだが、そうなると窮鼠猫噛むの言葉のとおりに噛まれかねない。戦闘能力が限りなく0に近い私としては暴力的な手段ではなく、あくまでも平和的に解決したいところ。
少し悩んだ挙句、ガスガスと蹴ってみた。まるで何かが入っているかの様だ。中々蹴り応えがある。
私が蹴ることに楽しみを見出してきた頃、ダンボールは限界が来たのか、緊急時にホタテが泳いて逃げるがの如きジャンプをし、遠く離れたところで着地した。ジャンプした際に、ストロベリーブロンドの綺麗な髪が見えたしそろそろ確定をしていいだろう。追いかけて蹴りを再開してもいいけれど、私にはクッキーを作るという重大な使命がある。心惜しいが、後2,3回ほど同じことをしたら決着を付けなければならないだろう。
「アリス、何してんの?」
「…ボクはワルいダンボールじゃないよ」
「何処の世界に喋るダンボールが居るんだ」
「ココ、ココ。ココにイルよ。ダンボールはイツでもココにイルよ」
「…」
いい加減追いかけて蹴り続けるのも面倒になってきたので「ボールは友達、怖くない!」と言いながら友達を蹴飛ばしているサッカー少年よろしく、踏み込んで蹴った。ココ数分間の間で考えても改心の出来だった。
さすがに痛かったのか、アリスはのそのそとダンボールから出てきて呻いている。
「で、何でダンボールなんかに変身していたんだい?」
「わ、私は暴力には屈しないからな!」
「あー、蹴ったのは悪かったからきちんと説明しろ。そして立て。誰かに見られると少し困るから」
涙目で暴力に屈しないと叫んでいるアリスにソレを見下ろしている私。誤解される要素は十分といえる。
「…ナオの差し金で私を捕まえに来たんじゃないのか?」
「…あんたまたサボったの?」
「…」
「…」
「…ふむ」
私の立場が中立であることがわかったのか、アリスは無言で立ち上がると胸を張った。その姿は失われしカリスマを取り戻そうとしているように見えるけど、たぶんもう無理だろう。しかも背中にはダンボールがくっついたままであり、色々と物理法則を無視しているように見える。そして少々へっぴき腰なのは蹴られた部位が痛いからだろう。
「サボりとは人聞きが悪い。自主休憩を取っていただけ」
「はいはい、あんましナオさんを困らせない様にね」
謎のダンボール襲撃もあっけなく解決したので、本来の目的であるクッキー作りへと戻る。
何かを蹴った拍子に次の手順を思い出せたので、ショートニングを適量叩き込んでハンドミキサーでぐいーんとかき混ぜる。手順は思い出せたが分量は思い出せなかった。蹴りが足りなかったのかもしれない
「何してるの?」
私が『クッキー』から『クッキーらしき何か』へと変貌を告げていくものをかき混ぜていると、興味津々な様子でアリスが話しかけてきた。やはりコイツはダンボールのままにしておくべきだったか。
覆水は盆に返らないのだ。しかし覆水って何だろう。
「何してるように見える?」
「そうだな…」
質問に質問で返したのは面倒だったからではない。ダンボールに語る言葉が無いだけだ。背中にダンボールをつけて、何時でも緊急事態に備えられるその姿はヤドカリを思い出した。
「よくわからないものをかき混ぜてるように見えるかな?」
「…」
一端ハンドミキサーを止めると自身のかき混ぜていたものを眺めてみる。バターの黄色にショートニングの白が混ざり、所々で砂糖の粒粒が見えるソレは確かにクッキー生地には見えない。小麦粉入れてないから当然だけど。
「…クッキーでも作ろうかと」
「くっきぃ…?」
私の言った事が理解できていない様子のアリスさん。この反応には2つの可能性が考えられる。1つ目はこの世界にクッキーなるお菓子は存在しない。もう1つはコイツの耳か脳が腐り果てていて言葉が理解できていない。でも彼女の反応から見てどちらでもないんだろうなぁ。
「どったの?」
「いや、余りにも似合わないものだから何を言ってるのかわかんなかった…」
「もしかしてケンカ売ってる?」
「意外性があるのは大事だと私は思うよ。うん。でもお菓子作りっていうのはこう…グラム単位で計って丁寧に作るものだったと私は記憶しているんだけど。君って、まぁコレくらいか…みたいな感じで適当に分量を決めて作るタイプじゃない?」
「…あんた見てたの?」
「ん?」
「…いやなんでもない」
まぁこれくらいだろうという感覚でチョコチップをばさーっと流し込んでゴムベラで混ぜる。どうして私がしていたことがわかるんだろうか。いちいち本質を突くと可愛げが無いぞ。
しかしこのまま引き下がったままでいるのはなんだか癪だ。別に失われるプライドなんて欠片もないのだけれど、所詮は暇つぶしだし。
「そんなに気になるなら味見してみる?」
「ソレを?」
「作製途中でしか味わえない至福の味でございます。お嬢様」
端っこの方を指で掬うとアリスの前へと差し出してみる。自分で言って何だけど、私はこの段階で味見をする程のチャレンジャーじゃないから至福の味かどうかはわからない。
わかりたくもない。
アリスは少しばかり悩んでいた様だけど、やがて未完成の生地をぱくっと口の中へと含んだ。
私の指ごと。
「…んぐ」
「…」
おい、何で指ごと舐める。
「…ひゃらひゃらしてる」
彼女が喋るともごもごと口内で私の指先が持て遊ばれ、色々な部位に当たる。上目遣いになったからか、彼女の顔は少しだけ赤らんで見える。というより、そこは手渡しならぬ指渡しで自分の指につけるんじゃないの?
にゅるにゅると熱くてやわっこい何かが指から脳へと刺激を送り、大脳皮質をプリンの如き柔らかさに変貌していく。与えられる刺激は電気の如く全身へと駆け巡って、発熱して私の思考を焼き尽くさんとしてきた。
「…美味しい?」
「ん…?」
何となく聞いてみると不思議そうに首をかしげた。彼女が動くと硬くて鋭いものが私の指を削って少し痛い。
「…ぅっ!?」
「あ、ごめん」
痛みから逃れるようにして第一関節を少しだけ動かすと、動かした先で柔らかい何かに当たった。驚いたように目を白黒とさせたアリスへと、脊髄反射の領域で謝ったのは私がへたれだからではにぃ。
なるべく動かないように指を固定していると、恐る恐ると言った感じでゆっくりとやわっこいのが這い回り始める。
しかしくいっと指を動かすと、突然の刺激に驚いたようにぴくっと動くのが面白い。暫くの間、無言の撫で舐められる関係が続く。
突然自動ドアが開く音がしたので、口内から指を引き抜くとハンドミキサーに手を掛けた。ちゅぽんと言う音と共に冷たい外気が触れると、私は何をしていたんだ?という自問自答で死にたくなった。
「…どうかしましたか?」
「にゃっ!?」
警戒する様に部屋の中を見渡している侵入者に声を掛けると、私に気づかなかったかのようにびくっとした。アリスも気づかなかったようだし、私はそんなに存在感が無いのか…。
「あ、いえ…その…人探しをしていまして…」
「…またアリスですか」
「はい…見かけませんでしたか?」
「もしかして動くダンボールを見つけませんでした?」
「はい?」
「いえ、なんでもないです」
首をかしげて不思議そうにしているナオさんを見ながら、アリスを引き渡すべきかどうかを天秤に乗せてみる。ちなみに探されている本人はあの一瞬でダンボールとなり、私の足元でガタガタ震えていた。ダンボールが震えたら意味無いだろ。
しかしどうしてか、私の天秤は片方の腕が折れていて使い物にならない。コレは後で修理しておくとして…どうしようかな。
「力に慣れなくて残念ですが、ココにはいないみたいです」
「そうですか…」
嘘じゃない無難な言葉でやり過ごす。「ココには居ませんがソコに居ますよ」という言葉は罪悪感と一緒に飲み込んだ。身体に悪い異物ばかり送られていく私の胃が潰瘍にならないことを祈るばかりである。
「ところで、何をしてるんですか?」
先ほどから気になっていて仕方がなかったかの様に、興味津々の様子で私の手元を覗き込んでくるナオさん。びくっと震えて静かになるダンボール。もうコイツを引き渡して楽になろうかと考え始めた私。
「クッキーでも作ろうかと思いまして」
「ほぇー…」
今度は素直に答えると、これまた意外そうな反応をされた。
「意外ですか?」
「い、いいいえ!そんなことはありませんよ!?」
「…」
耳をぴこぴこ、お手手を振り振り。身体は正直である。
このままナオさんで和んでいると、すべきことを忘れ去りそうなので小麦粉を適量ぶち込んで塊にするべくこね回す。その様子をナオさんは興味深そうに見つめていた。ぽけーっと口を開けて。
「…コレ食べれるんですか?」
「まだ食べれないかと思いますよ」
「そうなんですかー…」
私の答えに講義するようにダンボールがガタガタと鳴ったけれど無視する。あんまし五月蝿いとばれちゃうぞ。
じーっと私の手元を見つめながら「美味しいんですか?」「どのくらいで食べれるんです?」とかの質問を投げかけてくるナオさん。もしかして食べたいのかな…?
「もし良かったら出来上がったものを食べますか?」
「いいんですか!?」
「ええ、まぁ…味は保証出来ないですが」
「だいじょーぶです!」
「それでは出来上がりましたら連絡しますね」
「はい!」
ナオさんはパタパタと耳を揺らせながら笑顔で答えた。自然と私も笑顔になる。かくして世界に笑顔が満ち溢れ、愛と平和、ついでに恐怖も満ち溢れた。
「ところで、アリスは探さなくてもいいんですか?」
「あ…」
ナオさんは忘れていたかの様に声を漏らした。耳が再びピコピコ。
「わ、忘れてませんよ?」
「そうなのかー」
忘れてなかったのかー。そうだったのかー。いやー、何にも聞いてないのに答えてくれるとは…さすがナオさん優しいなー。
「そ、それじゃ私は探しに行ってきますね」
私の視線から逃れる様にしてナオさんは調理場から出て行った。出て行くまでの間にちらちらと何度も私の方を振り向いていたのだけれど、5回以上はカウントするのが面倒になったから止めた。
「…もう出てもいいんじゃない?」
ドアが閉じてからきっかり60秒ほどカウントしてから、悪くないダンボールに語りかける。何も知らない人が見たら完全に不審人物である。
実はダンボールの中は既にもぬけの殻で、私が語りかけたコレは本当にダンボールだった。なんてことがあったらどうしてくれようかと思っていたけれど、どうやら大丈夫だった様だ。ガタゴトとダンボールから白衣を着た女性が生まれてきた。だからどうしたというレベルなのでスルーする。
アリスはきょろきょろと辺りを見渡してからほっと胸を撫で下ろしている。
「逃げなくても良いん?」
「ん?ナオは一度探したところをまた探すほど馬鹿じゃないよ」
「ふーん…」
ねぇアリス。あなたが見つからなかったら一度探したところも探しに来るんじゃないの?
「それにココは広いからね。ところで何か手伝う事ないか?」
「そうだねぇ」
キラキラとしたした目で見てくるアリスを前に形だけ悩んでみる。もう生地もまとまったし何かあるかねぇ。放置するとさらに五月蝿そうだし、ココは子供でも出来る簡単なことを押し付けてこの場を乗り切りたいところ。
「それじゃ天板にシート敷いてくれる?」
「あいさ」
こど…アリスにしか出来なさそうな事を適当に言うと、嬉しそうにシートを敷き始めた。ただ天板にシートを敷く事の何が面白いのか、全く持って検討が付かない。
「終わったけど、次は何をすればいい?」
…やはり作業が簡単すぎたか。だが他にすることと言われても、特にない。
「次って言われても…後はタネを形にするくらい?」
「ふむ」
「…」
「…」
天使が数人ほど通り過ぎた。
「やるの?」
「もちろん」
「さいですか…」
何をあたりまえな事を、というような顔で頷かれたのでしぶしぶとタネを適量手に取る。そのままこねこねと円形を作ると、天板のシートの上に乗せた。まじまじと見られるから非常にやり辛い。
「それだけか?」
「これだけ。出来る?」
「私を誰だと思ってるんだ」
誰だよ。
アリスは自信満々にタネの中に手を突っ込むと、こねこねと円を作るべく形を整え始める。けれどもタネがべとべとくっついて思うように出来ない様子。うん、知ってた知ってた。
彼女に任せていると何時までたっても終わることはなさそうなので、自分でせっせと作り始める。ひたすら無言でクッキーの形を作る二人。シュールな絵だ。
「出来た!」
「ん?」
アリスが叫んだのでそちらを見ると、ちょっと不恰好ながらも一応は円形のクッキー生地があった。
1つだけ。
何度見ても1つだけである。
その間に私がいくつ作ったかは…いや何もいうまい。
「よ、よくできたね」
「だろう?」
ほめてほめてーとキラキラした目で見つめてくるので、精一杯の感情を込めて褒める。
「後はもっと早くできると完璧だね」
「ぐぬ…すぐに出来るようになるさ」
「はいはい」
指摘することも忘れない。そして喋りながらも手は動かす。
二人とも同じボールからタネを取っているものだから、たまに手が運命的ではない出会いをしては離れる。どうも私の手とアリスの手はS極とM極の様に引かれ合うのではなく、SSかMMの様に反発しあうらしい。それでも黙々と作業をしているから微妙に気まずい。
何か言うべきか。
「手、暖かいんだね」
「へ?」
「…ごめんなんでもない」
言った直後に後悔した。私は何を言ってるんだろうか。タネをこねる余り、脳みそまでシェイクされたんだろうか。阿呆か。
気まずさを廃墟すべく発した言葉は、新たなる気まずさを生んで空気を膿み始める。誰か新鮮な空気をこの場に!
「き、君の手は冷たいんだな」
「ん?」
「いいいや、なんでもない」
「…」
何だこの会話は!付き合いたてのカップルか!何?私達知らない間に付き合ってたの?爆発するの?いっそ爆発してしまえ。
アリスはタネを見つめたまま無言でいるし、私はただ無心となり悟りを開きそうになった。その間も私の手は機械的にクッキー生地を弄り続けて、丸くて平べったいものたちを作り続ける。形も見た目もそっくりさんなこの子達はいくつ子になるんだろうか。
「なーにをしてるんですかー?」
「…」
「…」
悟りを開きすぎた結果、地獄の釜が開いたのかと思った。いや、あながち間違ってはいないか。
横目で私に助けを求めてくるアリスに同じく横目で諦めろと諭す。
「や、やぁナオさん。ご機嫌麗しゅう」
「どうも先ほど振りですね。ところで、お二人で楽しそうに手の暖かさを確認しあっている最中悪いんですが、すこーし用があるので隊長をお借りしていきますね」
「ど、どうぞどうぞ」
がくがくと壊れた機械人形の様に首を振る。今のナオさんの笑顔は、数日に渡って私の夢に出てきて快眠を妨害してくれるのであろう。
かくしてアリスは地獄へと引きずられていき、調理場では私一人だけが残された。ど、どこから見られていたんだろうか…。
□ □ □ □
かの先人の教えに従うべきならば、行動すべきなのだろう。とかくナメクジ猫が『宙を滑空した』等という意味不明な記述をしていた本で現実逃避をすることは止めて、可及的速やかに次なる手を考えなければならない。
なぜならばアリスという目的を達成した以上、その矛先が私に向く可能性がないとは言えない。
先人達の知恵を信じるべきならば、女性は甘いものには目がないらしい。ならば今現在、焼いている最中のクッキーを誠心誠意ナオ様に献上することによって、彼女の機嫌を取るのが最善な手と思える。
だがしかし、そうする場合は不動明王と化しているナオさんと対峙しなければならず、もしも計画が頓挫したら…どうなるかは想像したくない。そもそもナオさんが甘いものが嫌いだという可能性もある。
けれども他に有効となる手も見つからない。嫌な方向へは考え出したらキリがない癖に、栄光の未来へは真っ暗である。そうこうしている間にもクッキーは着々と焼きあがってきて、タイムリミットを知らせてくる。
こうして手をこまねいていてもクッキーが焦げて事態が悪化するばかりなので、意を決して内線を掛けよう。
「あ、ナオさん?その、クッキーが焼けたんですが…少し休憩してお茶でも如何でしょうか?」
受話器らしきものからは、一足先に冷たい空気が飛び出て私を凍りつかせていく。かくして賽は投げられた。
上手くいったら皆でティータイムと洒落込もう。
どうも、期間限定のクッキー職人です
レシピに対する参考文献は『ひとりでできるもん』を私のさび付いた脳細胞で適度にアレンジした内容となっております
私の使っているひとりでできるもんは相当昔のレシピ本なので今から入手するのは困難かと思われますので、興味のある人は挑戦してみてください
マイちゃんが料理していた頃って言ってわかります?
さてさて
人物表に書くことがねぇと友人に嘆いたところ「主人公の一言コメントにすればいいじゃない」というありがたいお言葉をいただきました
そいつはいい!
見返さなくても解るとおり主人公の一言コメントなんて欠片もありません
実行してもよかったのですが、それをするとただでさえ遅い執筆時間がナメクジの移動速度並みに減速しかねないので泣く泣く廃棄しました
勿論、何を書けばいいのかわからねぇよ!等という私的個人的な理由で廃棄したわけではないことは、聡明な読者様ならばわかっていただけるかと思います
なんといっても膨大な小説の辺境からコレを見つけてきたのですから…それでも私は世界は狭いといいますとも
さて、当方白米にぷれみあるなもるつのビールにすき焼きに漬物と刺身と爽健美茶という、とんでも組み合わせで晩御飯を食べた後、勢いでどら焼きと緑茶を飲み食べした次第です
何がいいたいかというとお腹からのエマージェンシーコールが鳴り止まず、食物を異物と勘違いした身体と理性とが全面戦争をしている真っ最中でございます
文章がおかしくてもソレは理性的な内容を書く暇がないのが原因ですので、決して私の思考がちょっとアレなわけではありません
ということで今回はこのあたりにしておきます
これ以上文章を捻り出すと、出してはいけないものまで出してしまいそうなので
ではでは少しでも楽しんでいただけたら幸いです