幸せの白昼夢
前回までのあらすじ!
突如おっぱい派などという謎の組織に陶酔した艦長!
紳士派である副艦長は血の涙を流しながら説得に挑むも、交渉は決裂。ついには一人だけとなってしまった!
よろしいならば武力解決だ、とばかりに必殺!副艦長ぱんち!で己の上司をパンチドラッカーへと叩き落とし、同僚たちを紳士の名のもとに目を覚まし続けていた副艦長。
しかしそこに第三の派閥、太もも派が現れたのだ!
太もも派は少数ながらも強大で、必殺!副艦長ぱんち!を放ち続けた副艦長の体力も限界に近づく!
どうする副艦長!どうするこのあらすじ!
紳士派の明日は副艦長のぱんち力に掛かっている!!
あらすじ終わり!
存在意義を問われている人物表
楓
記憶喪失(仮) 某作品のヒロインと名前が瓜二つで呼び方に難儀しています
アリス・イン・ワンダーランド
ヒロイン(候補) 某作品のヒロインと主人公との名前が瓜二つなのでよく混乱しています
ナオさん
猫耳ヒロイン(候補) お友達がやたらと尻尾を付けろと言ってきますが付けません
夜空さん
記憶喪失…意味あるの? 長ったらしい肩書きがありましたが本編には一切関与しません
ガラスメン
皆のヒーロー 主に砕けるのが役割
目を開くと見知らぬ天井だった。
何でこう、私が目を覚ますと見知らぬところばかりなのだろう。これは重大な議題であると言えよう。どうでもいいけど。
黙って天井を見上げていても答え何て返ってこない。いっそのこと話しかけて来たら、全て紛らわせれるかもしれないのに。万が一そんなことが起きたら、他人に見せられない姿になる事は間違いない。
上半身だけ起こして見渡してみると、お人形さん達と目が合った。
「…」
暫くの間無機質な瞳とにらめっこをして遊んでみたけれど、人形は人形だから動くわけがない。
人間と人形。
たった一文字の違いとは言えとも、これは重大な一文字である。
けれども人形と見つめ合っている間に記憶が微かに戻ってきて、アリス達に拉致られていたことを思い出した。その記憶に付随する様にして『太もも万歳』とかいう不埒な言語が蘇りかけたが、必殺!副艦長ぱんち!で鎮圧した。
太もも万歳…一体何の意味があるんだ…。
コレ以上思い出す事は危険だと判断すると、身体を起こして洗面台へと向かう。身体は鉛の様で、実に最悪な気分の朝だ。かといって布団に戻ったところで眠れる気はしない。
冷たい水を顔にぶちまけてタオルで拭くと、鏡の中が見えた。
鏡に映っている誰かは眺めの黒髪に浴衣姿で、ソレを誰か特定するための顔は黒く塗りつぶされていてよくわからない。
「あなたは誰?」
鏡の中の誰かが聞いてきた。
「私は…」
その問いに応えようとした瞬間、部屋のドアが勢いよく吹っ飛ぶ。決して鋼鉄製などではない木製のドアは、鈍い音を立てながら襖に衝突。襖もろとも畳へと倒れ込んだ。
「ぐっもーにんぐ!さぁ、少年少女よ!書を捨て街へと出る時が来た!」
強盗でももう少し静かに入るだろうという事態に硬直していると、聞き覚えのある声と共に和服込みの赤色が転がり込んでくる。突然の来訪者は、倒れている襖とドアを踏みしめながら笑顔でサムズアップ。修理費は誰が払うんだろう。
「という事でお姉さんと出かけよう」
「…もう少し静かな入り方は出来なかったんですか?」
「ん?その答えはオーケーということね?よーしよしよし、邪魔な馬鹿2人が来ない間に早速出かけよう。さぁ行こう」
夜空さんは私の意思等気にしないとばかりに我が身体を抱えると、颯爽と駆けていく。小気味良いリズムで全身がシェイクされて、寝起きと合わさって世界が回り始める。
「あ!ちょっ!何してるんですか!」
ぐるぐると回る世界でナオさんらしき声が聞こえてきた。
そんな中、いつだか見かけたメイドさんとすれ違ったのが見える。どういう訳か分からないけれど、件の人物は私に向かって笑顔で手を振っている様子。全く記憶に無くとも、手を振られた以上は手を振りかえすのが礼儀であろう。残る力を振り絞る気持ちで笑顔を作ると、メイドさんに手を振りかえし、限界を迎える。
□ □ □ □
「今日の月は赤そうね」
「血でですか?」
「そうともいうわねー」
一緒に見上げれば、魚群たちが生死を掛けた空中戦を繰り広げている。生存戦略に負けた個体は朝ごはんとなり、赤黒い液体を振りまいていく。
都会か田舎かと言われたら、間違いなく田舎だと答えるであろう並木道を抱えられながら歩く。季節が季節ならばさぞ綺麗であろう木々も、私には春を待ちわびたままミイラ化しているようにしか見えない。
向こうから歩いてきた人が私たちを見つけると、警戒するように距離を開けながらすれ違っていった。無理もないだろう。この寒い中、浴衣でお姫様抱っこされてる変質者が居たら誰だって避けて通る。しかも抱えている本人は和服に赤いコート、そして祭りでも無いのに狐のお面を付けているのだから。
私だって当事者じゃなかったら、すたこらさっさと逃げているところである。
ならば何故しないか?答えは明快で、私の恰好は浴衣を着ているのみである。下着すらない。しかも突然連れ去られたが故に「迷子になったら困るから」とか、思わず助走をつけて殴りたくなる言葉とともに渡された携帯もどきも持っていない。
つまり今夜空さんから見放されたら、素足に浴衣のみ、しかも迷子という状態で皆様方のお世話になるしかなくなる。涙目になりながら防備極まりない恰好で見知らぬ道を歩くくらいなら、私は不名誉ながらも奇異の視線を受けよう。
「というかそろそろ降ろしてくれませんか?」
「そ、そんな…あなたは私の事が嫌いなの…?」
無表情で夜空さんが言った。
「露骨に傷ついてるみたいなトーン出さないでください。余計怖いです」
「降ろすのはいいけど、素足で歩くの?」
「致し方あるまい!」
「そんなこともあろうかと拙者が懐で温めたでござる」
そう言ってホントに懐からサンダルを出してくる夜空さん。一応、現状維持か大人しくサンダルに足を通すかを天秤にかけてみる。悩むまでもないとばかりにサンダルへと傾いた。
「はぁ…どうも」
サンダルに足を乗せると、微妙な生暖かさと外気温の冷たさが、何とも言えない気分にさせてくる。熱源から離れたからか、風が吹いた瞬間に容赦ない冷たさが襲い掛かって来て身体が震えた。
ぷるぷると震える生体反応で寒さに耐えていると、背中から何か掛けられる。何かと思ったら、夜空さんが来ていた赤いコートが見えた。素材がいいのか、思った以上にふかふかで暖かい。
「コレ、いいんですか?」
「んー?そのままの格好だと目立つでしょ?」
夜空さんは「カモフラージュ、カモフラージュ」と楽しそうに呟き、また私を抱きかかえて歩き始めた。一体に何に対するカモフラージュなのかは…言われなくてもわかるし、聞かなくてもいいだろう。大方猫耳の何とかさんとか金髪で魔術師な何某さんとかだろうし。
「…何でまた抱きかかえるんですか?」
「何か問題でもある?」
「…」
数秒思考した後、問題なしという結論が下される。別に知人に見られる訳でもないし、お姫様抱っこくらい大した事はないだろう。意外と楽だし。しかし抱きかかえたらカモフラージュも何もないんじゃないだろうか。
それにしても、どうせ抱えるなら何故サンダルを出したのだろうか。
「何処に行くんですか?」
「そうだねぇ」
プラプラとサンダルを揺らしながら聞くと、特に目的は無い様で私を見下ろした。
「ひゃぅ!?」
何を思ったのか、コートの中に手を突っ込んで服の中をまさぐるまさぐる。縦横無尽に表皮を這いまくる指たちに反応できずにいると「あったあった」とかぬかしながら飴玉を取り出した。私の身体のどこに飴玉が?と思ったが、冷静に考えてコートのポケットに入っていたのだろう。
「あなたも食べる?」
「あ、はい」
口の中に放り込まれた飴玉を舐めながら、人間は理解できない事態になると硬直するものとはホントだなぁ…とレモン味と一緒に噛み締める。しかし、もしも私が突然水をぶっかけられた猫の如く暴れたら、それはもう強かな腰痛が私を襲った事だろう。そうならなかったことは、一体誰に感謝したらいいんだろうね?
「時に君は何か欲しい物でもあるかい?」
「はい?」
「せっかく日の光を浴びているのだし、何か買ってあげよう」
「欲しいもの…ですか?」
「何でもいいわよ、さすがに世界が欲しいとか言われると時間が掛かるけど」
「…」
先に釘を刺されたので少し考える。欲しい物か…そうだね。考えている間にも景色はゆっくりと動き続ける。
「風鈴でもいいですか?」
「風鈴?いいけど…あなたも好きねー」
夜空さんはくすりと笑うと空を見上げた。
「今日は満月になるわね」
「満月ですか」
私も見上げたけれど、真昼の月は見つからない。
□ □ □ □
「それで、何で私を連れだしたんですか?」
「んー?」
店の中では降ろしてくれるようで、駄菓子屋らしき空間内で風鈴を眺めながら問いかけると、色とりどりの飴玉を選んでいた夜空さんが振り返った。そもそも私が何でここに居るのかすらもわからない。
店内は薄暗く、狭い通路を作っている棚にはスルメイカや都昆布、飴玉なんかの駄菓子に、よくわからないくじ引きの紙の束。さらには水鉄砲に文房具、風鈴まである。
カウンターらしき場所に店員さんは存在せず『お金はこちら』とだけ書かれた缶がぽつんと置いてあった。全く持って儲けようという心意気が感じられない。
色々ごちゃ混ぜにしすぎて何の店かわからなくなっているという、まるで熟成され過ぎたウィスキーの如き独特の空気が私たちの間を漂っている。長く居すぎると独特の雰囲気に当てられて、おかしなことになりそう。
「仕事の話でもしようかと思ってね」
「仕事?私にですか?」
「そうそう、あなたにしか出来ないこと」
「はぁ…」
私にしかできない事とは何だろうか。だいたい一般人から数ミリもずれていない私にしか出来ないというと…囮くらいしか思いつかない。
「もしかして囮ですか?」
「わかっちゃった?もう少し遠まわしに言おうかと思ったんだけど」
「…」
一番当たって欲しくなかった予想が当たって、どんな顔すればいいのかわからない。こんな時に「笑えばいいと思うよ」と言ってくれる人は居ないだろうし。そもそもこの状況で笑ったらソレは囮を享受しているという事となり、私の寿命が縮まってしまう。
結局泣き笑いの出来損ないみたいな顔になった気がする。
そんな私の顔が面白かったのか、夜空さんがくすくすと笑う声がする。
「じょーだんじょーだん。あなたを囮になんかしたら後で何言われるかわからないもの」
「では如何にして?」
「君には私たちに出来ない事を頼みたいのである」
「単刀直入にお願いします」
全く分からないので素直に聞くと、返事をする様にして風鈴がチリンと鳴った。よし、いい心意気だ。君に私の部屋でチリンチリン鳴る権利をあげよう。
「…夢をね、終わらせてほしいの」
「はい?」
気に言った風鈴を手にして悦に浸っていると、夜空さんの返事が聞こえてきた。声のトーンが気になって思わず振り返ったけれど、相変わらず飴玉を眺めていて表情は読めない。
「夢…ですか」
「そうそう、夢。新しく見るためには終わらせないといけないでしょ?壊されるよりも早く、終わらせてあげる事を君に任せたい」
「全く話がわからないんですが」
「まぁ、わからないならそれはそれでよし!」
そういうと夜空さんは飴を手にして振り返った。見えなかった表情は笑顔なのだけれど、どこか悲しそうにも見える。
「買う風鈴は決まった?」
私が返事をする代わりに、チリンと風鈴が鳴る。
「うむ、いい風鈴だ。君を買ってあげよう」
「さすが夜空さん」と言おうとした瞬間、私の身体が押さえ付けられた。柔らかき脂肪に口と鼻をふさがれ、至福と窒息の危機にもごもごとする。私が最も恥ずかしい死因ワースト3に入りそうな状況で意識を朦朧とさせかけていると、呼吸のためのスペースは開けてくれた。けれども両腕はがっちりと固められているので、特に何が出来るという訳でもない。
とりあえず見上げてみると、夜空さんは悪戯をするような顔で口に指を当てた。静かにする事態が何か起きたんだろうか?
「どこ行ったんでしょうね…?」
「さぁね、でも夜空が一緒だし問題ないだろ」
「余計に問題ですよ!!」
外から微かな声が聞こえてきた瞬間、私の身体がビクッと震えるのが解る。その震えは夜空さんに伝わった様で、優しく抱きしめられた。トクントクンという心音が私の平静を保たせる様に聞こえて来る。
え?何でココにいるの?仕事?仕事なの?この町がどのくらいの広さなのか知らないけど、偶然入った駄菓子屋で偶然出会うものなの?それはちょっと世界狭すぎるだろう。
いや待て、コレ見つかったら拙くないか?駄菓子屋で抱きしめあっている光景何ぞ見られたら、要らぬ誤解を与えるのではないだろうか?
おあつらえ向きに店の中は暗いし、店員らしき人は奥に居る様で私たち以外は他に居ない。即ちアレコレしても目撃者は居ないという訳で、裏を返すと目撃者がいると非常に哀しい誤解を生むだろう。
ならば離れたらどうか?とも思ったけれど、突然磁石の同極の如く離れたらそれはそれで不自然すぎる。何よりも今離れたら丸見えじゃないか、結果と過程を間違ってはいけない。
「大体二人でどこかに行くとか怪しすぎます!こっそり何かしてるんじゃないでしょうか?暗がりとかで!暗がりとかで!」
微妙に興奮している様子のナオさんの声に反応して色々な思考が脳内を駆け巡るけれど、駆け巡るのは思考だけで身体はヘビに睨まれたカエルの如く硬直している。別に『何か』をしている訳じゃ無い。だが私の服装は肌着一枚に赤いコートであり、暗い場所に二人で居る。これではまるで『何か』をしている、もしくはしようとしていると思われても仕方がない状況ではある。そしてまず間違いなく、外で出会ってしまったら追及は免れないだろう。
「あ、駄菓子屋さんがありますよ?もしかしたらあそこに居るかも…」
「っ…」
思わず出そうになった声を済んでの所で止めた。厄介なことに、ナオさんとアリスの笑顔が走馬灯の如く蘇り始める。お二人ともとっても素敵な笑顔なのはいいんだけど、どうして目が笑ってないんですかね?どうして怒っているみたいな雰囲気なんですかね?
夜空さんはこの状況を楽しんでいる様で、頭上からくすくすという笑い声が聞こえてくる。嗚呼、私も笑い飛ばせるくらいに図太い神経を持ちたい。
「ぐちぐち言うな、それより仕事だ仕事」
過去に読んだ『上司に怒られないための百の対処マニュアル』という胡散臭い内容を必死に思い出そうとしていると、アリスの声がした。次いでナオさんの不満そうな声が遠ざかっていく。今この瞬間はアリスが仕事熱心だったことに感謝したい。
感謝したいと思う、確かに思った。だが私の記憶では、アリスはホカホカに暖房が効いた『特殊工作隊』という胡散臭い部屋の中、椅子に座りながら本を読んでるかナオさんの邪魔をしているシーンしか浮かばない。この記憶が間違ってなければ、まず間違いなくアリスは仕事熱心なんていうものではない。
そんなアリスを『仕事熱心でよかった』と崇めるのは、神様を一ミリも信じてない人が都合のいい時だけ『神様ありがとう』と抜かすのと同義であろう。ならば私が感謝すべきはアリスじゃない。
神様ありがとう。
「いやー、危なかったわねー」
万が一届いたら天罰が下されそうなほどいい加減な祈りを捧げていると、夜空さんが楽しそうに言った。
危機は去ったのだ。コレで針のむしろに座らされる気分でアリス達と対峙することもなく、温かきお布団へと入ればすべてが終わる。
抱きかかえられながら、ふかふかの悪魔に思いを馳せる。「そもそも何で抱きかかえるの?」という疑問は無意味だと悟った。そして現段階で下手な抵抗をした場合、私の身体が重力に任せて自由落下するであろうことは想像するに難くない。ならば流れに身を任せて、彼女を乗りこなすのが最善だろう。
私は飛べないのだ。
まぁ、終わりよければ全てヨシである。
私は結論を出すとそう笑った。
「それじゃお腹もすいたし、アリス達でも誘ってお昼にしましょうか」
私の頭上で夜空さんがそう言った瞬間、私の笑顔が凍りついた。
□ □ □ □
時に行動にはしてはいけないタブーというものがいくつかある。例えば戦争では非戦闘員の殺害は原則として認められない。そのルールが守られるか否かは別として、タブーを犯すにはそれなりの覚悟が必要である。
そしてルールは歴史から学ぶものであり、タブーもまた歴史によって作られる。
その中でどこかの誰かはこう言った。
『高いところに登る時に下を見てはいけない』
そのルールを守らなかった場合どうなるか?
答えは簡単だ。今現在、私が身を持って味わっている。百聞は一見にしかずとはよく言うけれど、一見しない方がいい事も世の中にはあるという事をこの経験を持って示そう。
「ししししし師匠!ぜ、絶対に!絶対に離さないでくださいね!?」
「解ってるから早く登っておいで、実に絶景だ」
「ふざけ半分で揺らすのも無しですからね!?絶対ですからね!」
「君は心配性だな。そんなところに居るから余計怖くなるというのに…」
そう言う師匠は私を見下ろしている。その余裕綽々な顔を今すぐ恐怖に沈めてやりたいが、生憎と諸事情でソレが出来ない。それどころか私の手足はメデューサに睨まれたかの如く硬直状態を維持し続けていて、あそこまでたどり着けるかもわからない。
それでも勇気を奮い立たせて手足を進める。
今や私の命と等しい価値をしている梯子がギシッと不吉な音を発した。
「ひぅっ!?」
喉から変な声がして思わずしがみ付く。その節に遠く離れてしまった地面が見えて、クラクラとした。
今見た景色を消し去るために上を見上げると、のんきそうな表情の師匠と目が合った。恐らく、今の私は雨に打たれる子猫も哀れむ顔をしているんだろう。
「大丈夫かー?」
「だ、大丈夫じゃないと言ったらどうしますか?」
「受け答えが出来るなら大丈夫だ。安心して登っておいで」
「全く安心できません!」
叫びながらも手足を動かし、軋みに驚いては止まる…を繰り返す。しかし絶対に…絶対に本人には言わないけれど、ここに師匠が居てよかった。もしも私一人だったら、にっちもさっちも行かずに不安定極まるこの場所で留まり続けていただろう。
だがこうなっている事態の発端は「天体観測をしよう」とかぬかし、あろう事か廃墟の上目掛けて梯子を掛けた師匠にあると思うので、絶対にお礼は言わない。
私がその答えに二つ返事で了承しなければ何も問題はなかった。そもそも登っている最中に下を見るというタブーを犯さなければこうはなっていなかった。という至極真っ当な意見は軋みと共に地上へと叩き落とした。
今重要なのは一刻も早くこの不安定から解放される事であり、そのためには降りるより登った方が早い。一応最速で降りる方法はあるけれど、まだそれを選択するほど人生を捨ててはいない。私は飛べないのだ。
カタツムリの如き速度で何とか梯子の頂点に到達し、師匠の伸ばす手にしがみ付いた。ロマンチックの欠片もない、ぜーぜーという喘ぎ声が私の口から洩れる。
頂点に到達すると余裕が出来た様で、頭上に広がる宝石群を眺める事が出来た。月明かりの無い新月の夜は冬で気温が低いこともあって、手を伸ばせば触れれそうなほどの星空が広がっていた。
「わぁ…」
思わず漏れそうになった声を慌てて抑え込む。けれど少し漏れていた様で、師匠が微笑みながら私を引き上げる。一瞬でも登ってよかった等と思った自分を全力で非難したい。私は何時でも巻き込まれているのだ。
「いい夜空だろ?」
「…そうですね」
一応、不承不承を装って返事をしてから大人しく引き上げられる。
もしも今この瞬間師匠が手を放したら、私の身体は成す術無く宙に舞う事になるだろう。状況的には『梯子』が『師匠』に置き換わっただけともいえる。しかしどういう訳か、今まで自宅を警備している方々の如く働かなかった手足は嘘のように労働意欲にあふれ、するすると私の身体を屋根の上へと運ぶ。
「時に…知ってますか?」
「…え?」
認めたくない現実を認めるべきか否かで葛藤をしていると、聞き覚えのある声がした。呆けた様な私がおかしい様に…師匠だった者はくすりと笑う。どうしてかその顔は影になっていて、誰だか…わから…な…い…?
「なん…で…?」
「私が居たら不思議ですか?」
「ししょう…は…?」
「愚問ですね。ココは夢なんですから、居る訳ないじゃないですかー」
「ゆ…め…?」
辺りを見渡しても、どこにも師匠は見当たらない。その代わり、頭上で振ってきそうなほどの星空が禍々しい輝きを放っている。そして、師匠の居た位置に居るのは…私から伸びている手を掴んでいるのは…私と同じ顔をしているアイツだった。
「っ離せ!」
「いいんですか?離したら落ちちゃいますけど」
何がおかしいのか、そいつは人と同じ顔でくすくすと笑う。そしてゆっくりと頭上を見上げた。
「時に知ってますか?夢の中で落ちると目が覚めるらしいですよ?」
「お前と一緒に居る夢なら覚めた方がマシだ!」
「…そうですか」
私の叫びに応える様にして、身体が宙へと飛び出した。
宙を舞ったのは数秒だけ、その後は逆らうことなく重力に従って地面へと落ちていく。
当然だ、私は空を飛ぶことはできない。
腹部に感じる熱も、両腕の中に感じる柔らかさも、にじみ出てくる赤い液体も、全てが飛ぶ事が出来ずに落ちていく。そんな一瞬の浮遊の間に見上げた夜空には、いつの間にか赤い月が輝いている。
「せめて次は素敵な夢を見れるといいですね」
私の身体が地面に叩きつけられる直前、誰かの声がした気がした。
□ □ □ □
ホラー映画で死者が目覚めるかの如く目が覚めた。
…最悪な夢を見た。
手を腹部に当て、自分の身体が何ともない事を確認しててたら私を見つめて固まっている誰かに気づいた。段々と焦点が定まっていくと、びょこっと頭上で猫耳が揺れた。
「…なにしてるんですか?」
「へっ!?い、いや!な、何もしてないデスヨ?」
この反応は…ナオさんかな。
そう決断を出すと、段々と輪郭がはっきりしていく。ナオさんはどういう訳か、手をパタパタさせながら何かをもごもご言っている。その姿が時代劇の黒子のように見えるのは、部屋の中が真っ暗だからか。
しかし、何でナオさんが私の目覚めにいるんだろう。
ここ最近、私の目覚めを襲うのは蜘蛛もどきかナメクジもどきが兵糧攻めされてる時くらいだった気がするんだけど。
全自動旗振り機の如きナオさんから視線をずらして状況を確認すると、見慣れぬ部屋が見えて余計わからなくなった。その中で風鈴がチリンと涼しげな音を鳴らし、その音に導かれる様にして記憶が蘇った。
その過程で喫茶店らしきところでの修羅場がまざまざと蘇りかけたので、笑顔で封印した。今後この封印を解くことはないだろう。ついでに『上司に怒られないための百の対処マニュアル』とかいう、何の役にも立たなかった知識も突っ込んでおく。
さて、目の前の全自動旗振り機はどうしようか。ブンブンと振られ続ける腕はいつ私に直撃するかわからなくて気が気じゃない。
粋なジョークでも飛ばしてみようか。
「目覚めのキスでもしてくれるんですか?」
「へ…?」
何も考えずに脳裏に浮かんだ言葉をのたまってみると、ナオさんの動きが止まった。とりあえず旗振りの脅威からは解放されたと言っていいだろう。
「ところで今何時ですか?」
「え…?あの…?え…?」
「…ナオさん?」
「そ、その…私はあなたが望むならですね…その…」
「ふむ…」
指でツンツンと布団を突くナオさん。何が引き金になってるのか知らないが、乙女チックな妄想をしている様なので邪魔しないでおこう。
出来る限り気配を殺して布団から抜け出すと、備え付けの冷蔵庫から水を取り出す。そのまま薬を飲もうとして、自分が何も持っていない事に気づいた。まだ夢の中から抜け出せてないのかもしれない。
少しだけペットボトルと見つめ合った後、夜空さんを探すために外へのドアを開ける。アリスは…うん、あまり出会いたくはない。
「それじゃナオさん、先に行きますね」
まだ布団に向かって何か言っていたナオさんに声を掛けると、明らかに応急処置といった様子なドアを閉じた。蝶番ががたがた言ってるけれど…大丈夫なんだろうか。
数秒後、ドアが吹っ飛ぶんじゃないかと心配になる速度で部屋と廊下の境界が失われ、再び役割を消失した木製の板との強烈な出会いをした私の意識の境界も紛失した。
□ □ □ □
「んー、問題ないんじゃない?たぶん」
「随分と自身なさげなんですね」
「私は精神面と人形専門なの」
夜空さんの指先を目線で追いながら問うと、肩をすくめて氷枕を渡してくれた。早速患部に当てると、ひんやりとした冷たさで少し痛む。
「で、何でこんな事になったの?」
「ちょっと上司との間で哀しい誤解と事故が起きまして…」
「ああー、なるほどー」
夜空さんはくすりと笑うと、聞こえない振りをしている二人に視線を送る。そもそもの所、この人が昼間に意図的な修羅場作成なんぞ試みなければこうはならなかったことには気づいているんだろうか。
全力で視線を合わせない様にしている二人を面白そうに眺めている辺り、気づいているんだろう。
「わ、私たちは少し出てるか!」
「そ、そうですね!人目があると何かとやりづらいでしょうし」
結果として、視線に耐えられなくなった親愛なる上司諸君はこそこそと外へと出て行った。一体何がやりづらいんだろうか。ぎぃぃぃと2度の破壊でガタガタになったドアが哀しそうに鳴く。
まるで見た目だけで害虫扱いされている夏の季語の如く、威厳の欠片もない二人を見送ると、夜空さんが「さて…」と呟いた。
「アレが私の所の副隊長と隊長か…」私も心の中で呟いてみた。直接言ったら泣かれそうだ。
「何かあったの?」
「はい?」
「思った以上に衰弱してるから。お昼の件だけじゃないわよね?」
「…気づいてたんですか」
「一応主治医だからねー」
チリンと風鈴が鳴ったので反射的に視線を向けたけど、見えたのは静止したままの風鈴だった。どうしようかな…と問いかけてみたけど、風鈴はうんともすんとも言わなかった。せめてチリンとか鳴ろうぜ。
「ちょっと夢見が悪かったもので…」
「ふーん、夢見…ね」
「…そういえばココってメイドさんが居るんですね」
「メイド?それって人形の事?」
「アレだけあれば1つくらいはメイドの人形がありそうですが…私が言ってるのは人間の方です」
「ふーん、人間ねー」
二人で飾られた人形たちを見つめる。無機質な瞳は私たちを見ているのかどうかすらわからない。是非ともそのまま、こちらを見る事はしないでほしい。
「で、何処で会ったの?」
「何にですか?」
「そのメイド…私は見かけなかったんだけど」
はて…夜空さんが居る時にすれ違った気がするんだけど。まぁすれ違う人なんて、気にしなかったらいちいち覚えてないものかもしれない。
「この旅館の中ですよ。たぶん宿泊客じゃないんですか?」
「もうちょい詳しく」
「詳しく…確かこの部屋と…お風呂場…後は廊下ですれ違った気がします」
あれ?何で宿泊客が私の部屋に居るんだ?
普段からナメクジやら蜘蛛やら猫耳やら魔術師やらが不法侵入してて、寝てる間に誰かが入ってるという事に慣れている気がする。これは結構重大な問題の様な気がするんですけど如何でしょう?
声に出さずに問いかけると、夜空さんは「へぇ…?」と面白そうに呟いた。
もしかすると読心術が使えるのかもしれない。実際食堂のおばちゃんが使えるのだから、夜空さんが使えても何の不思議もないだろう。二人目からは感動は薄くなるものだ。
「いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
「どっちも聞きたくないです」
「それじゃいい知らせから」
…わかっちゃいたけど私の意見を取り入れる気はない様だ。
うん、わかっちゃいた。しかし、突然いい知らせと悪い知らせという2択を迫ってくるのはどういう事だろう?どうせ両方聞かされるんだし、どっちが先でもあまり変わりないような気がする。そもそもソレを私に知らせて、一体何の意味があるのかすらもわからぬ。
「この旅館の宿泊客ね、私たち以外は居ないわよ?」
「ん?」
それじゃメイドさんは従業員だったのかな?旅館にメイド服…まぁ、「和洋が織りなす新感覚を心行くまでご賞味あれ!」とか何とかいっとけば大抵のものは通ると思う。きっとあんこケーキみたいな味がするんだろう。過剰摂取で胸焼けしそうだね。
「ちなみに従業員でもないわよ」
私の思考を読んだように否定の言葉が投げかれられると、一瞬であんこケーキがただのあんこに様変わりする。それにしてもあんこケーキって『あんこ』と『ケーキ』のどっちがメインなんだろうか。
そんなどうでもいい疑問の隅で『それじゃあのメイドさんは何だったんだろう?』とか『何で私の寝起きは高確率で誰かが居るの?』とか『そもそもナオさんは何をしようとしたの?』という様な疑問がまとまる事無く流れて行った。
別に回収する気はないのでそのままただ流れである。
「次に悪い方の知らせ。旅行は今夜で終わりそうよ」
…一体今のどの辺がいい知らせと悪い知らせだったんだろう。
尽きる事のない疑問達はどんぶらこと流れて行って海の藻屑と消えていく。冷静に考えると、桃太郎って回収されなかったら悲惨だな。「どんぶらこどんぶらこ」とか言ってる場合じゃないぞ桃太郎。
桃太郎が川太郎、海太郎、漂流太郎辺りまで変化している様を想像していたら「それじゃ、怪談でもしましょうか」という聞き捨てならない単語が聞こえてきた。
「…今なんて言いました?」
「せっかくだから怪談でもしようかと」
「嫌で「ほぅ、怪談か?」」
「怪談ですか!私好きなんですよ!」
「…」
私の拒絶を遮る様にして、突如アリスとナオさんが現れた。一体どこから湧いてきたんだ。
「楓も参加するんだろ?」
「参加するんですよね?」
「…やりたい人だけやって」
「つまり参加だな?」
「つまり参加ですね?」
…誰かこいつらを黙らせてくれないかな。
どういうわけか、二人ともキラキラとした視線を夜空さんではなく私に送ってきている。言わなくても解るだろうけど、私は怪談なんぞ一切話さないし聞かないからな!
大体、怪談なんぞ何が面白いのか。怪談の事をホラーと呼ぶけど、ほとんどは法螺話じゃないか。どうせ作り物の物語を聞くなら、もっとフハフハしてて、美しいもので頭がいっぱいな脳内お花畑な話が聞きたい。何が哀しくて恨めしがる幽霊や正体不明の怪物なんぞに襲われる話を聞かにゃならんのか!
自慢じゃないけれど、怪談話は夜トイレに行けなくなる程度には苦手だ。この歳になって私にお漏らしをしろと言うのだろうか。
「…もしかして怖いのか?」
「…まさか?」
しかし哀しいがな。私にもプライドはある。お漏らしは嫌だが、いい歳して怪談を怖がっていると思われるのも心外だ。確かに私は怪談話を見聞きすると夜中眠れなくなるし、一人でトイレに行く事も出来なくなる。だがそれは決して私が怖がっているからではなく…つまりは心理学的な高度な話なのである。
決して…決して怖がっている訳ではない。大体まだ話が始まってすらいないのだ。
いつの間にか部屋の電気が消されていたとか、なぜか灯りがろうそく一本だけになっているとか、思ったより本格的な雰囲気が出来始めているとかあるけれど、まだ話が始まってすらないのだ。
だいたい何でナオさんもアリスも余裕そうなのか!どうしてにやけてこちらを見ているのか!これでは不公平ではないだろうか!もしも万が一どちらかか極度の怖がりだったりしたら、不本意ながらも手を取り合って安心させるという気持ちでいたのに…私の気遣いをここまで蔑ろにされるのは心外である!いいのか!そんなに我慢してばかりだと怒髪天を衝くぞ!
だから抱えた枕に力が入るのは仕方のない事である。これは…そう、戦の前の武者震いとか、そういった感じのなのだ。
「それじゃ…楽しい楽しい怪談を始めましょうか…」
「ひゃぅっ!」
思わず漏れそうになった声を枕に押し当てて消し去る。誰かに聞かれていないものかと辺りを見渡してみたけれど、幸いにもアリスもナオさんも別々の方向を向いていた様で聞いていなかったようだ。しかし、ぷるぷると何かに耐えてる様に身体が震えているのはなぜだろうか。
そして、哀しいことに夜空さんが怪談を語り始めた。
□ □ □ □
何時間とも思える怪談が終わった。
既に魂が抜けきった私の記憶に残っているのは、夜空さんの無駄に雰囲気を煽る話し方と両手に残るぬくもりのみである。
怪談の内容はよくありそうなもので、何処かの誰かさんが泊まった旅館で人形に追われ続ける様な話だった。ただの概要だと全く怖くないのに、何故怪談となると怖いのだろう。いっそのこと怖くない様に話してくれれば私も大手を振って聞き流すというものなのに。
今ではすでに解散し、夜空さんとナオさんは部屋の外に出て行った。解散前に何やら密談していた様だけれど、正直私はそれどころじゃなかったので何の話だったのかは全くわからない。
別れる時にナオさんがやたらと不機嫌だった事を思い出しながら、口の中をゆすいで歯磨き粉を洗面台へと流す。顔を上げると見慣れた顔があった。脳裏で怪談の中に鏡があったかを確認しそうになる思考をぶった切りながら、夜空さんから受け取った薬を手にする。そういえば今日はアイツを見て無いな…。
出来る事なら一生見ないでいたいものなのだけれど、見慣れていたものが見えなくなるというのはそれはそれで気になる。何か悪巧みでもされているなじゃないだろうか。
「…何か企んでる?」
「んー?なんか言ったかー?」
鏡に向かって語りかけて見たら、別の所から返事が返ってきた。すぐさま何でもない事を伝える。鏡の中では相変わらず、私だけが映っていた。
「アリスはもう寝れるの?」
「あ、ああ…」
軽く髪を縛りながら洗面台から戻ると、アリスが布団の上にちょこんと座っていた。そういうアリスの格好はシャツにズボン、そして何故か白衣ととてもこれから寝る格好には見えない。どちらかというと「ちょっとこれから外に出ますよ」っていう格好に見える。白衣は別として。まぁ、コイツが普段どんな格好で寝てるのか何て知ったこっちゃないんだけど。
「…アリス?」
「ん!?な、なんだ?」
ふと嫌予感がして、布団の上でシーツを握ったり離したりを繰り返しているアリスに問いかける。返事如何によってはナオさんか夜空さんと交代してもらわねばならないかもしれない。
「…寝相悪い?」
「寝相?」
何を言ってるんだコイツは?という顔をしているアリスに、わかれよ馬鹿という笑顔で返す。もしも寝ている時に、睡眠回転蹴りなんぞされたら夢の中どころか天まで昇天されかねない。
「た、たぶん…大丈夫…なはず…」
「いまいち信用に欠けるけど、大丈夫だと信じてる」
「…」
さっきからもじもじとしているけど…トイレでも行きたいのかな?私は事前に済ませたので万事問題なしである。
万事問題なしではあるが、万が一に備えて部屋の中にある人形は全て壁を見つめてもらう事にした。勿論怪談なんぞ信じてはいない、こういうのは信じる信じないではなく気分の問題なのだ。だから私が一人で眠れない事も仕方が無い事なのである。
しかし我ながら起死回生の一手を閃いたと自画自賛したい。
遠い昔、偉い人は言いました。
『一人で眠れないなら、誰かと一緒に眠ればいいじゃない』
正確にはお菓子やらケーキやらパンやらが出てきて、大変お腹の空く名言だった気がするがそんなことは重要ではない。大切なのは私が一人では眠れないという事実であり、アリスはその原因の一端を担っているという事である。
ナオさんも夜空さんも原因の一端は担っているので付き合わせたいところだが、私の部屋に布団は二組しかない。よって罰を受けるものは厳粛にくじ引きで決めた。
この厳粛なくじ引きにより哀れな生贄としてアリスが選ばれ、今現在布団の上でもじもじとしているのである。よく考えたら生贄に選ばれたのだから、もじもじとするのも仕方のないことかもしれない。恐らく己の罪深さでも後悔しているんだろう。
「それじゃ、電気消して」
「っ!?わ、わかった…」
お布団の中へと滑り込み、余りの冷たさに足を擦り合わせながら暗くなることに備える。視界が真っ暗になった瞬間に声が漏れそうになったけれど、ほれぼれする自制心で何とか乗り切った。
真っ暗闇の中、何かがもぞもぞと隣の布団に入る音がする。もぞもぞを聴いていると、私の隣で眠っているのはアリスではなく、壁を見つめている人形の一体なのではないかという想像が私の中を巡り始めた。
「ア、アリス…?」
「な、なんだ!?」
「…ちゃんと居る?」
「あ、ああ…」
一応声を掛けると返事は返って来るけれど、いまいち信用ならない。もしも隣にいるのがアリスならば、なぜもそもそが止まらないのか?何故緊張で眠れない若者の様な気配が続いているのか?これはもしかして私が眠っている隙を突こうという策略なのではないだろうか?
本当に私の隣に居るのがアリスなのかどうか確かめねばなるまい。しかしどうやって…?
高速で思考を廻らせている間も、アリスらしき気配は落ち着く様子を見せない。これはいよいよもって怪しい。
そこで私に妙案が閃いた。
私の隣にいるのが人形だと仮定すると、人形には血液が流れていない。つまり、人形の身体は冷たいのではないだろうか?
これは実に素晴らしい考えであり、すぐさま試す価値があるだろう。
「アリス…?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「その…手…握ってもいい?」
「っ!?」
「だめ…?」
「い、いや!その…えっと…どうぞ…」
躊躇っている返事が聞こえてきた。多少の怪しさを感じるが、勇気を出して隣の布団へと手を伸ばす。布団の中は私の布団と同じくらいの柔らかさであり、山となっているらしきところに触れた瞬間ビクッと撥ねた。もしも私の手が冷たいものに触れた場合、私は一目散に逃げ出す計画である。
暫くの間恐る恐る手を伸ばしていると、私の手が何か暖かいものに触れられた。突然の衝撃に思わず手をひっこめそうになるが、改めて触れてみると暖かいだけではなく柔らかい。
アリスの手か…?いや、暖かさと柔らかさくらいは何とかできるのかもしれない。
疑惑を胸に秘めながら指を絡めてみると、ビクッとした後に同じ様に絡めてきた。繋がる手からはトクン、トクン、と鼓動が伝わってきて、ようやくこの手がアリスなのだと確信が持てる。
確信を持つと緊張が溶けたのか、一気に眠気が襲ってきた。
「アリス…ありがと…おやすみ…」
「ひゃっ…あぅ…うん…おやすみ…」
挨拶を交わしてから目を閉じると、すーっと意識が遠のいていく。その際にガンガンと部屋のドアが限界を告げる音と、誰かの抗議の声が聞こえてきた気がした。
□ □ □ □
チリンと風鈴が鳴っている。
その音に導かれるようにして、微かに意識が浮上し始めた。
気づけばトンっと頭に何かが触れている。ぼんやりとした視界の中、雪の様な白い肌が見える。頭に触れられた手は私を数度撫でると、段々と首の方へと下がっていく。このままだと絞殺される直前みたいな格好になるなぁ…と他人事の様な想像が浮かんだ。
ただ酷くぼーっとして、ゆっくりと目を閉じる。感じるのは私の息の根を止めようとしている手と、右手に感じる温もりと柔らかさだけ。
白い手が私の喉元に触れた瞬間、右手の温もりが離れた。続いてパシュンという気の抜けた様な音が数発聞こえてきて、私の意識がはっきりとする。
「はぇ…?」
思わず変な声が漏れた。
目の前にはメイドさんが銃口を逸らした体勢のまま固まっていて、その銃の持ち主であるアリスは私の隣でメイドさんを睨みつけている。アリスの手には銃が握られていて、先には筒状のモノが付いている。減音器ってこんな形なんだな、と未だボケている頭が無駄な感想を述べる。
もう片方の手はメイドさんの首を掴んでいるけれど、じりじりと銃口が逸らされている辺り、力比べはメイドさんの方が上の様だ。その鬼気迫る様子に反応したのか、平和ボケした思考が徐々に鮮明になる。
しかしこれはなんだろうか?私が寝てる間に修羅場でも起きたのか?
混乱している間にも事態は進展する。突然メイドさんが白い影に攫われ、窓ガラスの割れる音がした。実際には白い何かがタックルをかました様なのだけれど、私的には攫われたのと大差ない。
反射的に音のした方向へと視線を向ければ、白衣を着た誰がか窓の下を見つめているのが見える。隣に居たアリスもその誰かの方へと近づいていった。
ドアも窓もぶち破られて風通しが良くなったせいか、風鈴が涼しげな音を響かせる。
「アレは?」
「逃げました。一応ナイフは刺せましたけど…どこまで効いているのやら」
「そうか…で、何で飛び降りて追わなかったんだ?」
「…す、少し気になる事がありまして」
「ふーん…気になる事か…つまりそれはアレを追う以上に重要だったってことだよな?」
「…も、もちろんですとも」
何やら不穏な空気の会話を交わすと、逃げるようにしてナオさんは私へと駆け寄ってくる。服装はアリスと同じでシャツにズボン、そして何故か白衣。
「大丈夫ですか?何もされてませんよね?」
「ええ…」
どういう訳か私の浴衣に触れたり、ベットの乱れ方なんかを念入りに確認するナオさん。一体何をしているんだろう。
「…本当に何もされてません?」
「まぁ…特には…」
「隠さなくてもいいんですよ?眠ってる間に身体を弄られたとか、暗いのをいい事にアレコレされたとか…」
…この人は本当に何を言っているんだろう。大体、熟睡してたら大抵の事は気づかないと思うのだけど。
「だって眠っていたんですよ!?眠ってるのに何もしないだなんて…やっぱりアリスはへた…っ!?」
ナオさんが最後まで言い切る前に、誰かさんの鋭い回し蹴りがナオさんの後頭部を直撃した。効果は抜群の様で、頭を抱えてゴロゴロと転がり、全身で痛みを表現している様子。
だが生憎と私にはナオさんの心配をしている余裕はない。理由は言わずがな。
「…夜空、手筈通り別の部屋に連れてってやってくれ」
「あー…わかったわ」
「へ?夜空さん?」
入口から夜空さんの声がして振り向くと、突然視界が高くなった。驚いて暴れようとしたけれど、私の身体は巧みな技術で手中に収められる。こうして抵抗空しく、私はお姫様抱っこをされる形となった。本日三度目である。一体この事は何の権利があって私を抱えるんだろうか?是非ともお聞かせ願いたい。別に私を抱えることに権利なんぞないけれど。しかし乗り心地がいいなぁ。
実際夜空号は暖かく、そして程よく柔らかい、しかも衝撃はふにふにとした何かが吸収していて至福の瞬間ともいえる。そのふにふにがなんであるかは、今後の為にも明らかにしてはいけない。癖になったら私の人生が消滅してしまうからだ。
しかしその至福の時も、もはや形だけに近いドアが閉じられるまでだった。…何時の間に修理されたんだろう。
そして、まるで出るのを待っていたかのように聞こえる打撃音と罵り合い。しかしそれもすぐにナオさんの言い訳っぽい声と悲鳴に変化する。
中で何が起きているのかは…気にしたくもない。
「…大丈夫ですかね?」
「…仕事の前だし…きっと大丈夫よ」
夜空さんがそういった瞬間「待たせたなぁ!」という声が聞こえてきた。
声の方向へと視線を向けると、砕けぬ心砕ける身体を持ったガラスのヒーローがポーズを決めて駆け寄ってくる。一体彼は誰を待たせていたのだろうか。
嗚呼…哀れがなガラスメン。不幸にも彼は何もない場所で転ぶというドジッ子属性なのである。全く持って誰が得するのかわからない。それにしても彼は何世代目なんだろうか。
元私の部屋の前で散らばるガラスの欠片を前に、しばし二人で合掌をしてからその場を去る。何に向かってしているのか、それは私たちにもわからない。ただ、世界が平和に包まれるといいなぁ。
いつの間にか、部屋からは言い訳が哀願へと変わっていた。
「それで、説明はしてもらえるんですか?」
「んー?部屋の中で何が起きてるかの事?」
「誤魔化さないでください。今起きてる事のです」
「あ、あー…」
夜空さんは立ち止まると困ったように部屋の方を振り向き、すぐに私を見下ろした。辺りが暗いせいで表情がよく見えない。彼女の頭に付いている狐のお面が私を見つめてくる。
「…長くなるかもしれないけどいい?」
夜空さんはそう前置きしてから話を始める。
□ □ □ □
「いつだか話したと思うけど、私って記憶が無いのよね」
「すっかり忘れてました」
「うん、私もたまに忘れる」
まるで世間話をするかの如く和やかに会話を始める。今現在、ホントの記憶喪失と勘違いで記憶喪失にされたのが話してる訳か。奇遇というには少し出来過ぎてる様な気もする。
「変な言い方だけど、始めて目覚めた時の事はまだ覚えてる。何処にいるのかわからない。そもそも自分が誰なのか、何なのかもよくわからない。一応『空』って単語だけは覚えてたから、その時の時間に合わせて『夜空』って名乗ろうと決めたけど、暫く名乗る事はなかったわね…場所が森の中だったから余計に」
「…よく無事でしたね」
「いやー、全くよね!」
心底面白そうに夜空さんは笑った。けれど、どうしてか私はその姿に恐怖を覚えた。ギシッギシッと視界が上下するに連れて、階段が鳴る。一体登っているのか降りているのか…暗いのが原因か、いまいちわからない。
「何も覚えてないくせに身体は覚えてるのよねー。幸か不幸か、そのせいで生きるだけは出来たわよ。まぁ、その辺りの話はいっか…さてさて」
そこで区切ると、茶化すようにして夜空さんが私を見つめる。
「ここで問題。目覚めて一番求めたのは何でしょう?」
「夜空さんがですか?」
「そう!過去の私ではなく、記憶を失くした私自身」
少しだけ考えてみる。もしも自分が記憶喪失になったら何が欲しいか?とはいえ記憶喪失になる事なんてなさそうだし、そんなこと考えたこともないから咄嗟に答えが出ない。というかこの問題、解る奴居るのか?
「やっぱり失った記憶じゃないですか?」
結局一番無難そうな答えを返しておく。すると夜空さんは笑顔で「ふせいかーい」と告げた。やっぱりそう答えたか…っていう反応をされて少しだけ腹が立った。
「…じゃあ何が欲しかったんですか?」
「そう拗ねないの。正解はね…他人よ」
「他人…ですか?」
「そう、私を認識してくれる誰か。まず、私が私である事が欲しかった。
記憶は…まぁ、今の所は欲しくないかな?もしも『今』の私じゃなくて『過去』の私を知ってる子が大切になれば欲しくなるかもしれないけど」
「ん…んぅ?」
今の言い方に少し引っかかるものを感じる。記憶を取り戻すことを諦めてる…っていうより、執着してない感じが…?
「要は人は一人じゃ生きられないって事よ」
思考をまとめる間もなく、ゆらゆらと揺られながら話は続く。
「さてさて、他人を求めた旅人である私は村にたどり着いたのであったー」
「それは幸いですね」
「そうね」
目的地に着いたのか、夜空さんの話が止まった。ドアにはお札が貼られていて、不吉な気配を隠す気が無い様子。夜空さんが私を抱えたままドアを蹴ると、ガラスが割れるみたいな音がしてドアが開き始める
部屋の中は暗くて、電気を付けないと中が見えない。別に普通の部屋みたいだし、見えなくてもいいと思うのだけれど。
「まぁ、無人だったんだけどね」
電気を付けるのと同時に呟くような声が聞こえた。その声に対応するかのように、部屋の中には人形が一体も居ない。
「さぁさぁ、入った入った。今日はここで寝る。布団を引くから少し待つよろし」
「え…それで終わりですか?」
「急かさないの。今夜は長そうだし、子守唄代わりに聞かせてあげよう」
「…」
自分が狙われた事に関する話を寝る前に聞く…悪夢を見そうだ。そういえば、何時あのメイドさんが出てくるんだろう?
やけに楽しそうに布団を敷く夜空さん。本当に私が寝る間に話を再開させる気らしい。実際の所、私が聞く意味何てあるのか?と今更ながら思い始めてきたのだけれど、気にしたら負けである。
つまり私は負けたのだ。
「じゃ、話を始めようか。どこまで話したっけ?」
大人しく布団に篭り、なぜか夜空さんまで私と同じ布団に入って笑いかけてくる。色々と言いたいことはあるけれど、こういう時は爽やかに何も気にしないことにするのが吉である。
「村に着いたところです」
「ああそうそう。念願の村に着いたはいいけど、無人だったのよね。さすがにアレは堪えたわ」
「…」
声色は明るいけれど、だからこそ何が起きたのかは想像が出来る。
「話は変わるけど、自立人形って信じる?」
「ジリツニンギョウ?」
「そう、自分で思考し、行動する人形。君は信じる?」
「そうですね…」
自立人形というと、真っ先に猫耳が付いてるのに全く可愛くないロボットの事が頭に浮かんだ。そして全く関係ない様で、空飛ぶ魚群やナメクジ猫、犬蜘蛛なんかが浮かんでは消えていく。最後にガラスメンが素敵な笑顔を残して窓から飛び立っていく。
…この世界なら居てもいいような気がする。
「…居るんじゃないですか?」
「そうかー、まぁ居るんだけどね」
やっぱりいるのか…。
「それで、自立人形がどうしたんですか?」
「うん、あなたも会ったと思うけど…寝込みを襲われたじゃない?」
「…猫耳を付けてる方ですか?それとも地球外生命体に限りなく近い容姿の奴らですか?もしくはメイドさんの事ですか?」
「…苦労してるのね。メイドの方よ」
「襲われてるって程じゃないですよ」
「…本当に苦労してるのね」
何だか同情された。
けれど待ってほしい。メイドさんは私が寝てる時に布団に入ったり、首に手を掛けたりしただけである。決して人の枕元で起きるまで立ち続けるとか、顔面に張り付いて窒息させようとしてくるとか、人様の頭に自身の巣を作ろうとはしてこない。天に召されるのはいいとしても、寝起きドッキリみたいなのは絶対に嫌だ。
「そのメイドだけどね、私が作ったのよ」
「…はい?」
過去にあった嫌な思い出を焼却炉に入れていたら、すごい言葉が聞こえてきた。もしかしてアダルトな展開になるんだろうか。ウワー、期待ガフクラムナー。
「だからアレが自立人形で、私がその作者」
「…」
「説明はいる?」
「是非とも」
アダルトな展開だと思ったら悪の組織みたいな展開だった。自立人形…何でもアリだな、この人。
「無人の村に着いたって言ったじゃない?」
「ああ…そこにつながるんですか」
「それで余りに意気消沈した結果思い付いたのよ。居ないなら作るしかないなと。例によって例の如く、過程は省くけど」
「色々とおかしくないですか?」
「その時は比較できる相手が居なかったからねー」
どうやら、いともたやすく凄い事をやってる様子。
「で、その人形がどうしてココに居るんですか?」
「うむ、作ったはいいけど、ある日見初められて嫁に出した」
「…人形が?」
「人形が」
「…人間と?」
「勿論人間と」
アレだろうか。愛の前では種族の壁何ぞ関係ないという、素晴らしく現実が見れない考えの人だったのだろうか。それはそれで幸せそうである。
「結婚式とかも盛大に挙げたんだけどねー、後日談があるのだよ」
「はぁ…」
「どうにも旦那さんは殺されたらしくて人形は行方不明になったらしい。てっきり壊されたんだと思ってたけど、まさか生きてるとはねー」
「…うん?」
天気の話をするかのように気楽に言われて反応できなかった。
「つまるところ。君はその殺された旦那さんに似てるのだよ」
「待ってください。意味が解らないです」
「わからないならそれはそれでよし!」
勝手に結論を出すと、夜空さんは立ち上がってドアの方へと歩いていく。上半身を起こすと背中に語りかける。
「何で殺されたとかの説明は?」
「んー?だって自立人形で今は戦争中よ?」
「軍事利用しない手は無いでしょう?」とだけ言って夜空さんは出ていく。ドアが閉まる音がすると、静寂が辺りを支配し始めた。
「…」
目を閉じるとメイドさんの姿が浮かんだ。私が似ている?旦那に?まさか…そんなバカな。
説明を聞いても、全く持ってわからない事ばかり。というか、今になって思うと私は上手く誤魔化されたんじゃなかろうか?大体私がどうしてここにいるとかの説明は一切されてないではないか。
そういえば、昼間に夜空さんが何か言ってたなぁ。私にしか出来ないみたいな事を言ってた気がするけど、アレは何だったんだろう。
微妙に遠くなる意識の中でぐるぐると思考を回していると、チリンと風鈴の鳴る音がした。風鈴なんてあったっけ?と疑問に感じて目を開くと、風鈴の代わりにあるのは人影。
ぼーっとその影を見つめていたら、手に持っているものが銀色に光っているのが見える。あの形…何処かで見た事ある気がする。
その銀色が振り下ろされると、思考より先に身体が動いた。
「っ!?」
全くの反射で横へと回転すると、私が居た部分にその何かが突き刺さる。刺さった箇所から順に視線を動かすと、月明かりにメイド服が見えた。
いきなりすぎて混乱している間にもナイフは抜かれ、再び振り上げられる。絶体絶命のピンチという赤い字が緊張感の欠片もなく脳裏に浮かぶ。
一度目は運よく避けれたけど、二度目は…あると信じたい。
「ちょっとタイム!」
咄嗟に叫んだらナイフの動きが止まった。
「…」
「…」
振り上げた姿勢のままで固まるメイドさん。地面に這いつくばる姿勢で固まる私。「やれやれまた俺の出番かい?」と静寂が告げて辺りを支配し始める。
メイドさんの首が不思議そうにこくりと傾いた。
「よろしいでしょうか?」
「あ、あー…うん、もう少し待ってほしいかな」
「畏まりました」
「…」
何だこの空気は。
殺されそうになっているとは思えないほど、和やかな空気が流れ始める。しかしこのままにらめっこをしていては、いずれ標本の如く刺されるのは目に見えている。何とか打開策を考えなければ。
ありうる可能性は2つ。
1つ目はアリスないし、ナオさんが助けに来てくれる。夜空さんは戦力になるのかどうかわからないから望み薄だろう。
2つ目は私が自力で逃げる。運動不足の我が身体で何を期待する。不可能だ。最初に奇跡的な回避があったが、奇跡は二度も起きない。
という事で1つ目の可能性に賭けたいところ…でもどうやって?
「あ…ゴキブリ」
「節足動物風情が!また私たちの中を邪魔する気ですか!」
とりあえずココから逃げようと言ってみたら、ものすごい勢いで振り向いて黒き生命体を探し始めた。その間に私はゴキブリの如く地を這ってトイレへと駆けこむ。願わくば私の姿が見られませんように。
私の願いが届いたのか、トイレに入って鍵を閉め。座り込んで一息つくまで出来た。コレで一安心である。
「…トイレに逃げてどうするんだ私」
しかしすぐさま現実を見つめて頭を抱える。今の間に出て逃げなければ!
「旦那様?お体の調子が悪いのでしょうか?」
私の願い空しく、トイレの外から声が掛けられた。奇跡は二度は起きない。
「う、うん…まぁ…」
「それは大変です!」
適当に返事をしたら焦ったような声がして、ガンっとトイレのドアが鳴った。そして板一枚を貫通したナイフの切っ先が私にこんにちわする。ホラー映画にありがちなシーンだけれど、実際に目の当たりにするとものすごく怖い。ものすごく怖い!
この状況で悲鳴を上げなかった私の事を誰か褒めてほしい。
「すぐさま看護をしますのでしばしお待ちください」
「だ、だだだ大丈夫だから!入らなくて平気だから!」
「…本当ですか?」
「私を信じて!」
「…そうですか」
何やら不満そうな声がして、ドアとナイフの切っ先が大人しくなる。ドアに張り付いてなくてよかった…。天に召されるのはいいとしても、痛いのは嫌だ。逝くなら老人の如く安らかに安楽死したい。苦しくないのかはしらないけど。
ひとまず現状維持は成功した様だ。
何の意味もないけれど『考える人』のポーズをとってみる。こうすると何か名案が浮かぶかもしれない。形は大切だ。
『考える人って地獄の門の一番なんだぜ』
脳内で要らん知識が展開された。つまり地獄の門はトイレのドアで、今は閉じてるけど開いたら文字通り地獄に行くってことなんだろうか。HAHAHA、そんな話は要らん、帰れ。
考える人のポーズは背骨が痛くなったから止めた。
それにしても、こんな状況ならアイツが出て来てもおかしくないのに、不思議と静かだ。もしかして居なくなったのだろうか。いや、ずっと私に付きまとっていたのに急に居なくなるのは少し考えづらい。まぁ、どうせ出て来ても手を借りる気はないのだから居なくても同じか。
さて、どうしようか…。
そうだ!どうせだし本人に聞いてみればいいじゃない!人形だって話せばわかる!世界は暴力ではなく話し合いで展開されるべきだ!
「質問いい?」
「質問ですか?私が応えられる事ならば何でもどうぞ」
…まさか了承されるとは思わなかった。
「どうして私を殺そうとするの?」
「…?どうして私が旦那様を殺さなければならないのですか?」
「あー…」
なんだろう、話が通じないお方なんだろうか。それとも人形独特の感性があるんだろうか。
「何で私を刺そうと?」
「…そういう事でしたか。旦那様も私と同じになれば、ずっと一緒に居られるではありませんか」
「…うん?」
「あの…何か…?」
嬉しそうな声とは一転して不安そうな声が聞こえてくる。
「あなたは人形だよね?」
「はい」
「私は人間だよね?」
「残念ながら…」
「それで私を刺すと私が人形になるの?」
「…そうですが?」
…なるほど、よくわからん。
「刺されると死んじゃうよね?」
「…?」
「えっと…刺されたら動かなくなるよね?」
「…どうしてですか?」
「なるほど…」
どうやら人形さんと私とでは価値観が違うらしい。夜空さんはどういう教育をして、元旦那は一体どういう会話をしていたんだろうか。
このままでは話題が堂々巡りするだけだし、どうやらメイドさんの目的が私を人形にすることだという事はわかった。わかったから何がどう変わるという訳じゃ無い。むしろ刺されて動けなくなることは彼女の中では確定事項らしく、状況は悪化しているともいえる。主に私の心情的に。
「あの…」
「んー?」
不安そうな声が聞こえてきた。
「旦那様は…私と一緒に居るのが嫌になったんでしょうか…?」
「…」
「一緒に居るも何も、私とあなたはほぼ初対面です」と言いたいけれど、ソレを言うと手遅れになってしまう気がする。夜空さん曰く私は旦那様とやらに似てるらしいし、無理に現実を見せるべきじゃないだろう。
夢の方が幸せな事もあると信じたい。
「そうじゃないけど…」
「本当ですか!?」
「でも…突然だから少し戸惑ってね」
「…そういうものなのでしょうか?」
「まぁ、この身体にも未練はあるからね」
我ながら馬鹿だとは思うけれど、彼女が望む方向に話を進める。考えれば他にやりようはあった気はする。
「だから、少し遊ばない?」
「遊び…ですか?」
「そう、鬼ごっこ。
私が捕まったらあなたの勝ち。私は抵抗する事無く人形になる。
もしも私が逃げ切れたらあなたの負け。その時は覚悟が出来るまで人間の私と付き合ってもらう事にする。
どう?悪くない遊びだと思うけれど」
「…勝敗条件が明確じゃありません。どのようにしたら旦那様の勝ちになるのでしょうか?」
「ん、んー…あなたが私を追えなくなったら…ってのはどう?」
「…」
しばし逡巡している気配がしたけれど、了承してくれた。
「それじゃ逃げるから、目を閉じて100まで数えてね」
「わかりました」
ドアの鍵を外してゆっくりと開けると、言った通り目を閉じているメイドさんが見えた。夜空さんの言う通りなら人形らしいけど…ナイフを手にしている事とメイド服な意外はその辺りの人と変わりない様に見える。
その間にもカウントは続いているので、観察もほどほどにして部屋の外へと出た。とりあえず、アリスかナオさんを探すことにしよう。
□ □ □ □
ぺたぺたと冷たい廊下を歩く。季節が季節だからか、深夜だからか廊下の床はとても冷たい。窓から差し込む月明かりが人形たちの無表情な顔を照らしていて、何とも嫌な雰囲気を作り出している。棚の上に置かれた物や女性の大きさそのままな物、サイズは様々だけれど、全てに共通してるのは正面を見つめている事だけだ。
私は無機質な瞳を見つめて高ぶる性癖は無いので、ぜひともそのまま正面を見つめていていただきたい。
空気は澄んでいて、私の歩く音以外は何も聞こえない。
ふと、夜空さんが話しやがった怪談の事を思い出した。
確か…少女が泊まった旅館で人形に追いかけられる話だったはず。一体家族はどうしたのか!
どうして追いかけられてるのかは記憶が飛んでいて確かじゃないけど、最初の方はまだ余裕があって、素足のままでぺたぺたと廊下を歩いてた様な…。
非常に認めたくないけれど、現在の状況ってその話と酷似してる?
…嫌な予感がした。
振り返ってみると、相変わらず無機質な人形の瞳と目が合った。
数秒見つめ合ってから、前へと向きなおすと細く息を吐く。
落ち着こう。怪談は怪談…所詮は作り話だ。いくら雰囲気が出てるからといって、現実とお話を混合するのは余りにも脳内がお花畑過ぎる。というか、今は鬼ごっこの真っ最中なのだから怪談と照らし合わせて遊んでいる余裕は無いのだ。
そう自分に言い聞かせるも、何度も後ろを振り向いてしまう。振り向くたびに無機質な瞳は私を見つめていて、ここが現実であるという事を教えてくれる。うん、大丈夫、何も変なことはない。
空気はとても澄んでいて、窓からは月明かりだけが差し込んでいる。それにしても暗い…何で廊下まで電気を消す必要があるんだろうか。
時折振り向きながら廊下を歩いていると、階段まで来た。哀しい事に踊り場にもしっかり人形が設置されていて、嫌な雰囲気を全力で醸し出す。…この旅館の持ち主は絶対に性格が悪いに違いない。
顔も名前も知らない誰かに恨み言を念じながら階段を降りた。古いのか、それとも夜中で静かだからか、木造の階段は私の体重でもミシミシと軽い音を鳴らす。大人ならもっと盛大に鳴る事だろう。
標識を見るに、ここ4階建てで。今は3階らしい。という事は…あの部屋は4階にあったのか。
アリスは…どこにいるのか見当もつかない。せめて荷物がある部屋に着ければ連絡が取れそうなんだけど…こんな事なら最初に泊まっていた部屋の場所を知っておくべきだった。
仕方ないので3階を覗き込むと案の定お人形さんがお出迎えしてくれる。奥の方は真っ暗でよく見えず、まさに一寸先は闇である。まさか未来予想図以外でこの言葉を使う日が来るとは思わなかった。
今更怖がっても仕方ないし、深呼吸をしてからゆっくりと進む。アリスたちがどこにいるのかわからない以上、適当に歩くしかないのだ。
「…あれ?」
中ほどくらいまで進んだ時、違和感を覚えて声が漏れた。違和感の正体を確かめるために窓に置かれている人形の方を見ると、動かない彼らはじっと正面を向いている。
脳内で警告が始まる。気づかずに走り抜けろ、何も気にせずに彼女たちの所までいけと。何なら大声を出してもいい、何かあれば彼女たちなら来てくれるはずだから。
それなのに、私はゆっくりと視線を後ろへと向けてしまう。
進行方向とは逆側…今まで来たところでは、人形たちの無機質な瞳と目が合った。感情のない瞳に白い肌は、命が宿っていない事を暗に示している。
なんで…?
頭に浮かんだ違和感を否定したくて何度か振り返ってみるも、人形たちは私を見つめている。
なんで…人形と目が合うんだ?
「いや…まて、落ち着け…」
無音なのが嫌で声に出した。けれども、何も聞こえない空間に私の声だけが空しく漂う。
まず大前提として、人形は動かない。動くはずがないだろう。つまり私と目が合っているというのは、元々こちら側に向いていたか、もしくはどこから見ても目が合うみたいな仕掛けがあるに違いない。うむ、作った人形師は絶対に性格が悪い。
その事実を確かめるためにも、棚の上に置いてあるフランス人形を手にして見下ろしてみる。
「…」
当然というべきか、なんというか、お人形さんの視線は正面に向かれていて、私と目が合うという事はない。ま、まぁ…全部が全部そういう仕掛けなわけないか。
無理やり結論を出そうとしたら、ギシギシと錆びた間接が動くみたいな音がした。嫌な予感に背中を押されるようにして、手元へと目線を落とす。
ギシギシという音は人形の首の辺りから鳴っていて、ゆっくりと顔が上がっていく。無機質な瞳が私の表情を捉えると、擦れ擦れの声が聞こえてくる。
「鬼さ…こち…手の…る方…」
その声に応えるかのように、私が進んでいた方向からギシッギシッと階段の鳴る音がする。そちらへ視線を向けると、闇の中から白い顔が覗いた。その顔は私を見つけるとにっこりと微笑む。
「ミーツケタ」
「~っ!!」
手元の人形が言った瞬間、無我夢中で走り出す。後ろを振り向く余裕なんてあるはずなく、悲鳴すらあげれない。
運動不足の身体は何度かつんのめりそうになりながら階段まで駆け抜けると、ほとんど転がり落ちる様にして降りる。階段が鳴らすギシギシという音がどうしようもなく嫌で、2階で降りるのを止めて近くにあったドアを押し開けた。
ぜーぜーと荒い息を抑えながらドアに背中を付けて、耳を澄ます。走っている途中で落としたのか、手元に人形はない。今いる場所は女子トイレらしく、たくさんのドアが見える。
必死に息を整えていると、微かにギシッギシッと階段を降りる音がして、思わず呼吸を止めた。出るか隠れるかを考えたけれど、一度止まった体はもう少し休憩しないと走れそうにない。
結局一番奥のドアへと駆けこむと、鍵は閉めずに便座に座り込む。タイル張りの床は廊下よりも冷たく感じるが、さすがにトイレにまで人形は無い様で少し安心した。
既に微かに聞こえていたギシッギシッという音は聞こえなくなっており、荒くなった私の呼吸音だけが聴覚を支配する。運動に伴って出てきた汗はすぐさま冷えて、私の体温を奪っていく。
今どこに居るのか、私に気づいていたのか、何もかもかもがわからない。ただ一つ確かなのは、いつまでもここに居るわけには行かないという事だけだ。
その事実から逃れたくなって、膝を引き寄せて丸くなった。目頭に浮かんでいた涙を拭ってから、目を閉じて呼吸を整える。
何だかんだで一緒に居てくれた人たちもココには居なく、狭い空間で一人丸くなる。
「寒いよ…」
呟きは誰も答えてくれない。
□ □ □ □
どれくらいそうしていただろうか。時計もないし、狭くて暗い場所に居ると時間間隔さえなくなる。けれど、恐らくは数分くらいなのだろう。
それにしても、トイレに個室…ホラーだとありがちな展開である。個室に逃げ込んだ先、どうしてか幽霊の皆さんは1つずつノックをしてから開け、居ないことを確認する。礼儀正しすぎると思うのだが、お前ら生前はノックしなかっただろ。というかトイレなんだから入ってたら鍵掛けるし!
よく考えなくとも、今現在の私の状況はそのホラー的な演出にばっちり当てはまっている。しかし、まさかそんなありがちな展開が現実に起きるはずが無い。少し休んだら体力も回復してきたし、こんな辛気臭いところからはさっさと抜け出してまた探し始めよう。
再び人形の皆さんとご対面する事を決意した瞬間、ギィ…とドアの開く音がして身体が撥ねる。
音だけの入室者はぺたぺたという足音を立てながら、個室のドアをノックした。コンコンという音の後に、ギィ…というドアが開く音。けれども入った気配はなく、すぐさま閉じられると隣のドアがノックされた。
え…まさか…嘘だよね?い、悪戯か?悪戯だよね?夜空さんかアリス辺りが逃げ込んだのを見て脅かしてるんだよね?
混乱している間にもコンコン、ギィ…は続けられていて、すぐにそれが嘘じゃないことが分かった。悪戯だとは思いたいけれど、声を出す勇気はない。咄嗟に私の個室はどこだったかの記憶を探ったけれど、ほとんど反射的に飛び込んだからどこに入ったのかもわからない。
大体個室数もそんなに多くはないし、何処にいたとしてもいずれは私の個室までやってくるだろう。私の所まできたら…その先は考えたくはない。こちとら、痛いのも怖いのも嫌なのだ。
「っ!」
隣の個室がノックされて声が漏れそうになった。次は考えるまでもなく私だろう。
けれど、すぐに音が止んだ。
静寂が辺りを支配する。息を潜めて様子を探ってみるけれど、全く何も感じない。ただ、すぐ傍にいる様な気がする。
こういう時、頭上を見ると何か居るものなのだけれど…それが解っていて見上げる奴が居るだろうか?否!断じて否!私は怪談なんぞ信じないぞ!大体見上げたところで何があるわけない!
だから見上げてしまうのは確認であり、恐怖から来るものではない。
よし、理論武装完了!私は見上げるぞ!
「…」
なんだこれは…。
見上げたところでは釣竿が覗き込んでいて、そこから伸びる糸には小瓶がぶら下がっている。何だろうか、取れと言うのだろうか。
しかし私が取るには微妙に高い。全く…微妙に気が利かない。仕方ないから便座の上に登って手にすると、釣竿はするすると引っ込んでいった。
錠剤にはラベルが貼られていて、大きく『べんぴやく』と書かれている。
…便秘薬?誰宛に?まさか…私?
思わず笑顔がこぼれる。篭ってるから便秘薬を渡すとは、なかなか気が利いているじゃないか。さっそく蓋を開けると、中身の錠剤を全てトイレにぶち込む。そのままバーを下げて下水へ流し込んだ。
瓶を適当な場所に置いた後、目を閉じて深呼吸をすると、一気にドアを開く。今ならば神様だって殴り飛ばせる。
「…」
けれども、そこに待っていた光景を前に思わず硬直してしまう。
なんだコイツは…。
トイレのドアの先に待っていたのは上半身裸で筋肉ムキムキの…所謂マッチョだった。何故か競泳水着で、何故か頭がヒトデ。そして何よりも、片手に紙おむつ、もう片手にトイレットペーパーを握りしめている。まず間違いなく変態だ。
しかもここは女子トイレだったはずだぞ…ヒトデって性別どっちだ?
私が硬直から解放されるまで、魚介類なマッチョは感情のわからない表情で紙おむつとトイレットペーパーを手にポーズを決めている。しかし動かない辺りを見る限りこれも人形なんだろう…たぶん。というか人だったら別の意味で危機を感じる。
この持つものが意味するのは、つまりそういうことなんだろう。中々気が向く人形である。
…私の中で人形というものが変化しそうだ。
しかし、さすがにコレを殴りたくはない。触ると何だかいろいろと大切なものを失いそうだ。
さて、どうしようか。
少しだけ思考を閉じて天秤にかける。
片方は…足かな?もう片方は…。
ごそごそと掃除用具入れを漁ると、ありがたいことにモップが置いてあった。新しく出来た選択肢に天秤が一気に傾く。
「ヘアッ!」
マッチョにほほ笑み掛けると、モップを振りかぶる。もはやばれるとか、何か鳴いたとか、そももそコレは何なのかだとか、そういう事は気にしない。とにかくコイツを何とかしなければ…。
「ぶっ壊れろぉぉぉぉ!」
「ありがとうございます!」
深夜のトイレに私の叫びと打撃音、そして変態の声が木霊した。
□ □ □ □
ぺたぺたと誰も居ない廊下を歩く。
…色々な事があって目的を忘れそうになっていたけれど、今は追われてるんだっけ。当然というか、振り向いても人形たちは正面を向いたまま。
とりあえず2階には誰も居ないらしい。
全部の階を周ってみようと判断し、ギシギシと鳴る階段を降りる。1階はロビーになってる様で、遠くに玄関が見える。
外…はどうだろう。
鬼ごっこに範囲の指定はされてなかった気がするけれど、外に出たらアリスたちに会えない気がする。となると出るのはアウトかな。
考えながらも玄関に向かっていると、突然何かが私を捕まえた。その何かは手慣れた様子で口を塞ぐと、暗がりへと引っ張り込んでいく。
「ん~っ!」
いきなりの事に暴れるのは生物として当然の反応であろう。問題点があるとしたら、我がプニプニの上腕二頭筋では小学生が暴れるのと大差しない事か。
「そんなに暴れないの、私よ」
限りなく無力な抵抗をしていたら、夜空さんが口に指を当てているのが見えた。そして私が大人しくなるのを見るや、にっこりとほほ笑んでから塞いでいた手をどける。どうも突然の襲撃者は夜空さんらしい。
人形じゃなくてよかったと思うべきか、ドッキリみたいな事するなと怒るべきか、私はどっちをしたらいいのだろう。少し悩んだ結果、第三の選択である何もしない事を選んだ。文字通り無力だし。
己が無力さを嘆くべきかどうかを真剣に悩んでいたら、口に当ててた指を玄関の方へと伸ばした。何かあるのだろうか。ヒトデマンとかじゃないといいのだが。
「っ!」
指の示す先を覗いてみたら、思わず声が出そうになった。ちょうど影になる辺りではメイドさんが何か考える様にして佇んでいる。その手には暗闇でも主張を忘れないナイフが握られていて、月明かりにぬらぬらと光っている。もしも何も知らずに玄関に突入してたら、限りなく最悪なこんにちわが発生しただろう。何故ぬらぬらと光っているかは気にしない方がいいだろう。
それにしても、正直すっかり忘れてた…。
ここはちょうど影になっている様で、メイドさんからは見えない模様。それはつまるところ、彼女が動くまで私が動けない事を意味する。
「それで?」
「それでって?」
「どうして夜空さんがココにいるんですか?」
暇だからお話でもしてよう。聞きたいこともあるし。
「あれ?結構余裕なんだ?」
「短時間にいろんなことが起きすぎて麻痺してるだけです。人形に襲われたとか…変態との遭遇とか…」
「苦労してるのね…」
夜空さんはよよよよっと泣く真似をした。無表情で動作だけされると、怖さが増すだけである。暗闇だから余計に。
「それは置いておいて」
「あら、つれないのね」
「話が進みませんから」
「そう…で、何が聞きたいの?」
「夜空さんがココにいる理由と、私がココにいる理由」
「君が居て僕が居る」
「そういうの良いです」
夜空さんは「つれないのね…」と残念そうに言ってからメイドさんの方を見た。釣られてみたら、メイドさんは移動している様で背中姿が見えた。
「私はただ一人で動いてるだけよ」
「理由は?」
「ちょっと陰謀を巡らせてまして」
「…どんな?」
「それは君、陰謀だから言えないなー。上手くいったら教えてあげなくもないけど」
「教えられないってことは私が組み込まれてるんですか?」
「それは内緒」
くすくすと笑われる。ここまでわかりやすい内緒は無いだろう。
嗚呼…全力で逃げたい…。
「ややこしいんで何をすればいいのか教えてくれませんか?」
「んー…怒らない?」
「内容による」
「夢を終わらせてほしいの」
「…はい?」
あれ?このやり取り前にもした?
「夢ですか?」
「そう、あなたにしか出来ない事ね」
「どうやって?」
「それが解ったら私がやってるわよ」
夜空さんは何がおかしいのか、くすくすと笑い続ける。けれど、すぐに笑い声は止んだ。
「アリスから仕事の話はされた?」
「…いえ」
急にトーンが変わって少し戸惑う。オンオフが激しいと言うべきなのか…それともコレが彼女の素で普段は演技?
「君も会ったでしょ?あの子の破壊」
「捕獲じゃなくて…破壊?」
「そう、破壊。被害が出ない様にね」
「…被害」
思い出してみても、何かするようには感じない。刺されそうになったのは…私を誰かと勘違いしてるからだとして。
「以外?」
「はい…それほど害がある様には見えなかったので」
「殺されそうになってる子がいう事かー」
こつんと私の頭を突く。言われてみれば当然である。
「会ったならわかるでしょ?あの子はもう手遅れよ。現実が判断できていない」
「現実…」
彼女は私の事を『旦那様』と呼んだ。そしてずっと一緒に居ようとも。
けれど、夜空さんが言ったことが確かなら、彼女の会いたがっている人はもう…。
「不安定なのよ。現にあなたを見つけたら簡単に暴走した。今回は私たちが居るけれど、もしも居なかったら?もしも被害が出たら、庇いきれなくなる」
「それは…」
「アリスの立場はね、不安定なのよ」
夜空さんは何処か寂しそうに「私も原因の一部なんだけどねー」と呟いた。一部…という部分に少しだけ引っ掛かりを覚える。
「自立人形の話をしたでしょ?その作者である私がどうして自由でいられるか…わかるでしょ?」
「…」
私にはそういう内部の話はわからないけれど、もしもアリスが夜空さんを庇っているとしたら…確かにその作品である彼女が問題を起こすのは拙い。
「アリスには感謝してる…今回も秘密裏に動いてくれてるし。けどね、それじゃダメなのよ…」
「このままじゃ誰も救われない…」
自然と声が漏れた。自分でもどうしてそう感じたのかわからなくて少し驚く。
「そう、このままじゃあの子は壊される。勝手に作られて、用が済んだらさようなら。それじゃ余りにも可哀そうでしょ?」
「…」
そういって夜空さんは微笑んだ。どうしてか泣いている様に見える微笑みに対して、私は何も言えない。
「という事で君にはあの子の夢を終わらせてもらいたいのだよ」
「全く意味が解らないんですけど」
「わからないならそれはそれでよし!」
…この人、答える気あるのか。いや、絶対にないな。大体、わからないことをしろと言われても出来ないのは明白であり、その件についてはもはや諦めよう。どうしようもないし。
「私はまだすることがあるから、アリスのところに行っておいで」
「行こうにも場所が解りません」
「そうね…3階くらいにいるんじゃない?」
極めて適当な事を言うと、夜空さんはコートを脱いだ。何をするのかと思って見てたら、そのまま私に羽織らせる。
「良いんですか?」
「夜は冷えるからねー。風邪でも引いたら大変だ。それじゃ行っておいで、全て上手く言ったら大団円だ」
よくわからないことを言いながら微笑むと、ひらひらと手を振る。もう片方の手から血みたいな液体が流れていたのは…聞いても答えてくれないんだろう。本当に、この人は何をしているんだろうか。
このまま暗がりで夜空さんと顔を付き合わせても何も始まらないので動き始める事にしよう。暗がりで会っているのに、恋人との会話というより悪徳商人との会話みたいな気分が味わえるのは貴重だ。時代劇好きには受けるかもしれない。
もしくは妖怪か未知の生物との遭遇だろうか。師匠辺りが喜びそうだ。
実際に夜空さんに言ったら殴られそうな感想を覚えながら階段に足を掛ける。
相変わらずコートは暖かい。
□ □ □ □
別に夜空さんの事を信じてない訳ではないが、2階は覗いてみた。ところどころに人形の手足などの無残な現場を発見したので、速やかに見なかったことにした。もしも人だったら大量殺人である。犯人は誰だ!
気分は探偵である。人形殺人事件…何かの推理小説に出てきそうなタイトルだけれど、問題点は人が死んでないところか。これでは眼鏡を掛けた小学生名探偵も、ゲジマユな高校生探偵も来ないだろう。もちろんコートに鹿撃ち帽の世界的に有名な名探偵や、もじゃもじゃ頭の名探偵も来ない。というか、皆さん世界が違うから来たくてもこれない。
さすがにバラバラになったり倒れたりしているお人形の手足を観察する趣味は無いので、大人しく3階に上がる。そこでは毎日見ている気がする二人組が、動くお人形相手に無双している光景が拝めた。
かくして犯人はすぐに判明した。それに伴って探偵気分が一瞬で壊滅する。人形殺人事件解決である。推理小説だったら数行読んで投げだすレベル。
というか何してるんだあの二人は…。
完全に危ない人と化している二人組にどう声を掛けるか悩んだ結果、とりあえず近づいてみることにした。ちょうどお人形さんたちも動くのを止めた様子。
私が一歩踏み出した瞬間、銃口が私に向く。自分でも感動する速度で両手を上げて無抵抗をアピールする。平和に生きていくうえで全く必要のない技術にばかり洗練していく現実に涙を隠せない。
「っと…楓?」
私的には驚く前に銃口を下げてくれると非常にありがたい。両手を上げていると肩が悲鳴をあげるのだ。
「う、撃たない?」
「撃たないからおいで」
「…」
撃たないらしいので手を下げると、大手を振って歩く。動けるって素晴らしい!
次の瞬間、何かが空気を切る音がして再び両手を上げる。足元にはナイフが刺さっていて、あと一歩踏み出していたら大惨事になるところだったのは言うまでもない。今日だけでナイフにトラウマを抱きそうだ。
「な、投げない?」
「投げないですから、ほら、おいでおいでー」
「…う、撃たない?」
「撃たない撃たない」
「…」
二人とも笑顔で「おいでおいでー」と両手を差し出してくる。なぜこいつらはこんなにも軽いんだろうか。一体私の事を何だと思ってるのか。全力で行きたくないけれど、行かなければまた人形と暗闇に怯える時間が始まる。
仕方ないので涙目になった目尻を拭うと、一歩踏み出した。
今度は何も起きなかった。当然だ、そうそう何度も色々起きてはたまらない。
始めの一歩が平気だったことに安心すると、ぺたぺたとアリスたちの所へと歩きはじめる。しかし辺りには人形の手足や撃ち抜かれた頭部なんかが転がっていて、非常に怖い。自然と私の歩き方は及び腰になる。どういう訳か、ナオさんもアリスも明後日の方向を向いている。
愛玩動物という言葉が浮かんだ気がするのはなぜだろうか。
なるべく人形の皆さんを踏まない様にしながら進んでいたら、人形以外のものが落ちていることに気づいた。
「ガラス…?」
なんでここにガラスが?と思ったら、最近ガラスのボディなヒーローが砕けた事を思い出した。という事は、ここは私の部屋だった場所か。
思わず立ち止まった瞬間、部屋のドアが勢いよく開く。そこから幾多ものワイヤーらしきものが伸びてきて、反応出来ないでいる私の身体を巻き取った。
「楓っ!」
部屋へと引っ張り込まれる直前にアリスの叫び声が聞こえるけれど、芋虫状態の私に何が出来るというのか。ぽふんと柔らかい物の上に投げ飛ばされると、非情にもドアの閉まる音がする。私が投げ飛ばされるにつれて、ワイヤーも居なくなった。
自由になった手で確認してみると、柔らかい物は愛しの羽毛布団だという事が判明した。それ以上の事はわからない。ここで寝ろと言うのだろうか?
「楓!大丈夫か!?」
「うん、ダイジョブ」
「本当ですか!?怪我とかしてませんか!?」
「何か布団の上に投げられたみたい。怪我も大丈夫ですよ」
ドンドンと激しい音ともに掛けられる声に答えていたら、片手が何かに触れた。持ち上げてみると、透明な箱だった。上に放り投げてみると、相変わらず重力を無視するかのようにふわりと落ちてくる。ドアの方を見てみたら、どこかで見たことあるお札が貼られていた。
「はぁ…すぐに開けるから大人しくしてるんだぞ」
「あ、あー…アリス?」
「どうした?」
「開けるのには時間かかるの?」
「すぐには無理そうだな。どうした?何か問題でもあったか?」
外から問いかけがあったけれど、どうも答える余裕は無くなった様だ。落ちてきた箱を受け止めると、ポケットへと仕舞う。
まるで幽霊の様に音もなくメイドさんが私の前に現れる。何処にいたのかは…今気にする場合じゃないか。アリスが問いかけて来るけれど、答えられる状況じゃない。
「やっと…会えましたね」
「驚いた。ここで待っていたの?」
「はい、そうするように言われましたので」
彼女が微笑むと、チリンと風に揺らされて風鈴が鳴った。
そうするように言われた?
色々引っかかるけれど、考えるのは無事だった時にしよう。
ゆっくりと立ち上がると、少しでも距離を取るために窓際に移動する。ちらりと見たけれど、さすがに高さがあるので、落ちたら無事じゃ済まなさそうだ。外ではアリスとナオさんが言い争う声が聞こえてくる。助けも期待はできないか…。
「私の負けだね」
「はい、旦那様の負けですね」
嬉しそうに笑う彼女の手には、ナイフが握られている。とても嬉しそうなのに、彼女は現実を見ずに夢を見続けている。
夢…か…。
夜空さんは終わらせてほしいと言ったけれど、私に何ができるのか。夢を終わらせる方法何て知るはずがない。知ってるはずが…。
「知ってますか?」
その時、アイツの声がした。驚いて振り向くと眼下で私を見上げているのが見える。
「夢の中で落ちると、目が覚めるんですよ?」
そういってくすりと笑う。
ああ…そういう事か…。
「…あはっ」
思わず私も笑いがこぼれた。夜空さんは願いを言った。アイツは方法を示した。なら、私がすることは…。
何して事はない、昔はいつだってそうしてきたんだから。
「おいで…」
メイドさんに向かって両手を広げる。するとメイドさんは嬉しそうに私の所へと飛び込んできて…手に持っていたナイフが私の体内に突き刺さる。
メイドさんを抱きしめながら、衝撃を殺す事はせずに後ろへと跳ぶと、夜空が見えた。
夢から覚める方法が落ちるのなら…夢を見続ける方法は…。
私の身体に釣られたのか、季節外れの風鈴が砕ける音が聞こえる。
宙を舞ったのは数秒だけ、その後は逆らうことなく重力に従って地面へと落ちていく。
当然だ、私は空を飛ぶことはできない。
腹部に感じる熱も、両腕の中に感じる柔らかさも、流れ出る赤い液体も、全てが飛ぶ事が出来ずに落ちていく。そんな一瞬の浮遊の間に見上げた夜空には、いつの間にか赤い月が輝いている。
「せめて次は素敵な夢を見れるといいですね」
地面に叩きつけられる直前、ガラスの割れるような音がした。
□ □ □ □
目を開けると満月が見えた。そこから視線をずらすと私が飛び立った窓が見えて、意外と高いところから落ちたな…と他人事みたいな感想が浮かぶ。高さの割に身体はそこまで痛くないけれど、お腹からどくどくと何かが溢れているのを感じる。
横へと視線を向ければ、メイドさんが目を閉じていた。赤い光に照らされたその表情はとても安らかで、一つの夢が終わった事がわかる。
私にすべき事を確認したら、ゆっくりとした眠気が私の意識を覆い始めた。目を閉じると、赤い光を瞼越しに感じる。
あかい…ひかり…?
「え…?」
再び目を開くと、ポケットに入れていたはずの箱が外へと出ている。どくどくと流れ出た血は吸い込まれる様に入っていき、赤い光となって放出される。
「あ…」
声を出そうとしたら、喉から何かが込み上げてきて吐いた。口いっぱいに鉄の味が広がる。その箱に手を伸ばそうとしても、手が上手く動かずに地面を掻いた。
わからない、全くわからないけれど、今は…ダメ。
「ダ…メ…」
呟いても身体は動かない。その間にも箱は私の赤い光を強くしていく。けれど、その箱が宙へと浮いた。
「起こした後で別の夢を見せる…か。…ありがとね」
箱を持ち上げている誰かはそう呟くと、私の手に乗せてくれた。すぐに両手で包み込む。
「お願い…止まって…」
私の願いが届いたかのように収束していく光を見ながら、今度こそ私の意識は落ちた。
□ □ □ □
目を覚ますと白い天井が見えた。ここ最近、私が起きるたびに見知らぬ場所に来ている気がする。何かあるんだろうか。
「目が覚めた?」
自分の境遇に対して考えていると、声が掛けられた。蛍光灯から横へと視線をずらすと、夜空さんが微笑んでいるのが見える。軽い動きなのに全身がやたらと痛い。特にお腹の辺りは激痛と言える。
「特別に質問を許可しよう。何でも聞きたまえ」
何故かとても偉そうな口調で言われた。
「ココは…?」
「病院の個室。よかったわね、命に別状はないそうよ…足は折れてるらしいけど。全治までどれくらいかかるか聞きたい?」
「…是非とも」
「えっとねー…」
…あまり聞きたくない事実だった。無茶が出来る貴重な時間を消費している感覚をひしひしと味わう。そして私はよくわからん理由で決死のダイブをかましたことも思い出した。あの時の一瞬の浮遊感がまざまざと蘇ってくる。
…すぐに忘れた方がよさそうだ。
「そうだ、メイドさんは?」
「うん、目覚めたし良いかな?」
夜空さんが後ろで声を掛けると、メイドさんが私の横まで歩いてきてお辞儀をした。思わず身構えてしまう。とはいえ動けないんだけど。
「もうその子は大丈夫だから警戒しなくてもいいわよ」
「そうなんですか?」
「その節はお手数をおかけました…」
しょんぼりとしている姿は確かに無害に見える。その目を見た瞬間、彼女の選択を悟る。まぁ、本人が望むならそれもよし…か。
「そこであなたにお願いがあるんだけど」
「はい?何ですか?」
「この子に名前を付けてほしいの」
「名前…ですか」
「どうかよろしくお願いします」
そこまで深々とお辞儀をされると考えずにはいられない。
名前…名前か…人形だし…。
「アイさんってのはどうですか?」
「アイか…いいんじゃない?それじゃ、あなたの名前は今日からアイだ」
「はい!」
嬉しそうに返事をするメイドさん…もといアイさん。非常に安直に考えたのだけれど、喜んでもらえて何よりだ。
「それじゃ、私たちはコレで」
「もう行くんですか?」
「ええ、アイの調整もまだしないと駄目だし、なによりも…」
夜空さんが後ろへと視線を向けたので、私も向けた。
…一瞬で後悔した。
「…本当に行くんですか?」
「その、頑張ってね」
「それでは失礼しますね、旦那様」
無責任な言葉を残して夜空さんとアイさんは病室から出て行った。残されたのは動けない怪我人が一人と、お怒りの様子な親愛なる上司のお二人。
「その…ナオさん?」
「はい?弁明でしたら聞きたくありません」
「…」
…何故だろう、笑顔が怖い。
「…アリス?」
「…なんだ?」
…何故だろう、笑顔じゃないのに怖い。
「その…怒っていらっしゃる?」
「怒ってませんよー?」
恐る恐る聞いてみると、ナオさんが明るく言った。
「私たちの知らないところで色々やった挙句、刺されて窓から飛び降りた事なんて全く怒ってませんよ?」
「…あ、はい…すみません…」
反射的に謝ってしまう。やっぱり飛び降りたのは拙かったか…でもほかに方法も思いつかなかったしなぁ…。
「はぁ…」
如何にして怒りの矛先を沈めるべきか思考を巡らせていると、アリスがため息を付いた。ナオさんも笑顔を崩して哀しそうな顔になる。
「頼むから…あんな危ないことはしないでくれ…」
「全くです…」
「あ、あー…ごめん…」
「まぁ、無事でよかった」
「あー!アリス!ずるい!」
謝ると頭を撫でられた。ナオさんが何か叫んだけれど、この人の考えている事はよくわからない。そんなに私の頭を撫でたいんだろうか。それとも人の頭を撫でることに無上の喜びを感じる性癖の持ち主なんだろうか。
「それはそれとして…」
「そうですね…」
なでなでが終わるとアリスとナオさんが呟くように言った。
おや?雰囲気変わった?
和やかだった空気はすぐに暗雲がたちこみ始めて、嵐の如き暴風が吹き荒れる予感。
空気を読め、と先人は言った。その先人の言う通り、今の私は事細やかに空気を読んだ。出来れば読みたくなかったのは言うまでもない。
「旦那様ってどういう事だ?」
「はい、私もそれは気になりました」
「あ、あー…」
先人に問いたい、空気を読んでもどうしようもない時はどうすればいいんだ?
「どーしてこっちを見ないんですかねー?」
「何もやましいところが無いなら答えられるだろ?」
HAHAHA、何もやましいところ何てないから困ってるのだよ君たちぃ。
正直に人違いされてるって言ったら納得してくれるかな?出来ないだろうなぁ。
本当…私も空が飛べたらいいのに…。
二人の笑顔から逃れる様にして向けた視線の先では、憎々しいほどの青空が広がっていた。
ある時、作者は言いました
「ホラーが書きたい!」
そうして書いたホラーの感想をわくわくドキドキしながら待ったところ
お友達「ホラーというよりスプラッタっぽい!」
作者「確かに!」
結局、ホラーは書けずに終わってしまいました
時は流れ、再び作者が言いました
「ホラーを書くの!」
今回は反省を生かし、血などがあまり出ないようにする心意気で執筆に挑みます
何時になったらこの話はホラーになるのか?そう思いながら書き続けていると、お友達が言いました
「いちゃいちゃが足りない!」
「なるほど!」
作者はいちゃいちゃを追加しました
哀しいことにお友達はナオさん推しであり、ヒロインとかまだ決めなくていいや…と思っていた作者としてはバランスを取るためにいちゃいちゃを2つ入れることにしました
そうして、気が付いたらホラーにたどり着くまでに数か月の時が経ったのです
なぜこの人たちは刺す刺される状況なのにこんなに危機感がないの?
作者は悩みながら執筆を続けます
そして待望のホラーシーンになりました
「すごい!ホラーっぽい!」
作者は喜びました
ホラーと言えばトイレ、トイレと言えばノックであり、上を見上げたら何かあるのでは面白くない
そうだ!人形を出そう!
しかし人形の描写が思いつきません
作者はホラーが書けたという満足感から、お友達に次のシーンの意見を求めました
作者「トイレから何が出てきたら怖いと思う?」
お友達「ナメクジ猫」
作者「それはちょっと…」
お友達「うーん…」
作者「そうだ!マッチョにしよう!」
かくしてマッチョが登場しました
哀しい事に作者の脳内は妖精さんが住み着いていたようです
作者「マッチョに持たせるとしたら何がいい?」
お友達「トイレットペーパーとおむつ」
作者「なるほど!」
かくしてマッチョが変態へと変身を遂げました
脳内に妖精さんを住まわせてる作者は、「インパクトが足りない」と考え、頭部をヒトデにするのでした
哀しいことに作者は海洋生物が好きだったのです
そんな話がホラーになるわけがなく、結局なんなのかわからないまま進みます
しかし8月中に出す(キリッと抜かした手前、修正する時間はありません
このあとがきを書いている時点で8月終了まであと5分ほどです
制作状況を書いてる場合じゃないぞ!
ということで、過去最長の物語となりました
もはや待っている人がいないくらい待たせてる気がしますが、お待たせしすぎてすみません
半年くらい書いてるんですね…
次話はいつできるかわかりません、メイドさんを先に書くと思います
色々混ぜすぎて、闇鍋のごとき出来になってしまいましたが…少しでも楽しんでもらえたのならば幸いです