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初めまして新世界

初めましての人は初めまして、他作品からお付き合いいただけてる方はありがとうございます

ということで新連載始まりました


ちなみに不定期連載です

定期連載は中の人が逝ってしまう


この初めて書いてた頃って残暑だったんだぜ…?

気づけば秋ですね。季節は早い。


初回なので人物表はなし


 もう日も暮れるというのに、外では蝉が騒音公害で訴えられそうなほどの大音量を撒き散らしている。夏の終わりの蝉時雨とはよく言ったものだけど、冷静に考えたらあの大声は全て子作りの伴侶を探すための男達による悲痛の叫びであり、そう考えると中々味のある鳴き声に聞こえては来ない。近頃の学生は非情なのである。

 それにしても蝉の騒音は何処に訴えりゃいいんだろ?この辺にムシムシ王国でもあったかなぁ。

 まぁ、万が一にも家の近くに虫の楽園が存在したところで、蝉が五月蝿いから何とかしてくれというクレームを寄越すのは場違いというもの。向こうさんが寄越して欲しいのはお客さんの笑顔なり思い出なり…金銭なりであって、決して暇な学生が寝れないなどという非生産的なクレームじゃないはずだ。

 時間はあるけどお金は無い。そんな長期休暇。何かしようとすれば出来るものの、何をすりゃいいんだろうなぁと言いながら、怠惰な日々を過ごして時間の浪費をしていく。ほとんどの学生の夏休みなんてそんなものだ。


「…何かしようかな」


 あまりに暇なので心情を口に出してみたら、夏祭りで買った風鈴がチリンチリンと答えてくれた。「今答えてくれるのは君だけさ」と爽やかな笑顔を演出して風鈴を見つめたら、釣っていた糸から体を離して粉々に砕けやがった。自殺ならよそでしろよ。誰が掃除すると思ってるんだ。


「…」


 思考すること数秒、掃除をするのは明日にしようという決断を出す。この決断を出すのに数秒もの思考が必要だったのか?という疑問は、窓から入ってきたそよ風に吹かれてどこかに旅立っていった。出来れば半年くらいは帰ってこないでほしい。

 蝉の騒音被害の癒し対策については、とりあえず予備の風鈴をぶら下げて事なきを得る。

 しかし暇である。何かしようにも友人は皆帰省していて近場には居ない。あいつらが実家に帰ってしていることは十中八九、三食昼寝付きの生活に違いない。そうなると「お前らがしてるのは帰省じゃなくて寄生だろ」と言いたいけれど、それをいうと私が深い哀しみに包まれそうだから自粛しようと思う。

 けれど自粛出来なかったので携帯を手に取ると、電話帳を開いて電話を掛ける。この退屈さ、せめて寄生中の奴らのグダグダをぶち壊さなければ気が治まらん。決して、誰も居なくて人恋しくなった等という軟弱な状態になったわけではない。

 プルルルという呼び出し音が鳴ること数コール。そのコール音が鳴るたびに、私は一体何をやっているんだ?という疑問が波のように押し寄せてきた。


「あ、もしもし?」

『んぁー…?』


 いかにも今起きましたよ、という声が聞こえてきたので即行で切った。今の私の指の速度は己の限界を超え、電源を切るボタンを強く押しすぎたが故に指が痛くなった。ついでにそのまま携帯の電源も切って横になる。

 目を閉じると蝉の鳴き声。基、もてなかった男達の嫁さん争奪戦の悲鳴。そんな悲観漂う鳴き声を聞いていると、段々と意識が遠のく。このまま意識を閉じれば世界が終わるんじゃないかとポツリと考えて、それもいいかと私という存在を手放しに掛かる。今この瞬間、私という存在が居なくなって何人が悲しんで、何人が喜ぶかを天秤に乗っけてみる。暫くの間、天秤はピクリとも動かなかったけれど、まるでカタツムリが歩いているんじゃ無いかと思うくらいの速度で悲しむ方向へと傾いた。いやいや待てよ、何だその速度は。もっとジェットコースターみたいに傾いてもいいんだぞ。

 学費とかバイトの店長、はたまた友人達くらいは哀しむんじゃないか?と思いながらも、別に居なくなったら居なくなったで、旅にでも出たんじゃねHAHAHAとかいう話でまとまりそうな予感がする。あ、でも師匠ならどうだったかな…。

 答えの無い疑問に答えるように、ぐぅー…とお腹がなった。

 天秤の上に居た誰かさんたちを宇宙の彼方へと投げ飛ばすと、今度は眠気と空腹感を乗せてみる。今度はジェットコースターも真っ青な速度で空腹感の方へと傾き、そのままばきっと腕が折れて使い物にならなくなった。食欲旺盛な天秤なんぞ、こちらからお断りしたいから修理をしようとは思わない。


「ぐぅ…」


 まどろみを手放すのが惜しくて、おなかの代わりに鳴いてみる。けれども当然ながら声に出してもお腹は膨らまないし、鳴くのもやめてはくれない。このまま無意味な二重奏を繰り返していると、いずれは取り返しの付かない事態になりそうなので、しぶしぶ目を開けてはもそもそと冷蔵庫へと向かう。哀しいことに人は食べなければ生きていけない。

 そういえば前に食事したのはいつだっけか。

 我が家から出ることがなく、死体のように生きていたここ3日くらいの記憶を探りながら冷蔵庫を開けると、オレンジ色の光に包まれてたくさんの食材たちが…。


「うわ…」


 異臭を放っている。

 おかしい…。いつから我が家の冷蔵庫は冷蔵庫の役割を果たさなくなっていたのだ。原因を解明しようと思考を働かせようにも、お腹がぐぅぐぅと五月蝿い。とりあえずこの中へと手を突っ込むのは、バイオ兵器の中に私服で突入するくらいの覚悟が必要なので、可及的速やかにガムテープを持ってくると扉を封印した。

 ついに我が家にも開かずの扉が誕生した瞬間である。

 となると次に困るのは食料の調達。近くのコンビニへといこうにもやる気ゲージはメーターを振り切っていて、今外に出るくらいならここで餓死するという別方向への意思を強めている。もっと生きることに執着してください。

 仕方ないのでカップ麺でも無いかと棚をあさっていたら、何時隠したのか記憶に無いチョコレートの袋を見つけた。一応カップ麺も見つけたけれど、よく考えたら作るにはお湯を沸かしたりといった様々な作業がある。そんなことしてたらコンビニに行くのと大差ないなという決断を下し、埃を被っていて元は何の字が書かれていたのか解らなくなった包装紙をぺりぺりと剥く。幸いにも中身はきちんとチョコレートの色をしていた。

 恐る恐る舐めてみると、チョコ特有の甘さ。意外と食べれそうなので、噛んでみるとチョコではありえないだろうという謎の弾力がある。ぐにぐにしている。迷うことなくティッシュに吐き出すと、ゴミ箱へと叩き込んだ。ゴミ箱へと叩き込まれたチョコは弾力の限りを尽くしてビニールにへばり付き、ゴミ回収の人たちへと見てはならない姿をお見せすることになるだろう。

 我が家にバイオ兵器の誕生した瞬間である。

 他に何か無いかと漁ってみるも、薄く透き通った箱しか出てこなかった。掌サイズのそれはどう見ても食べれないけれど、明かりに照らしてみたら綺麗だったので適当なところにほっぽって置く。

 けれども幸か不幸か、テロにも匹敵しそうな一連の食欲減衰の流れによってお腹の虫は静かになった。今の状態でまだ食欲があったら、それはそれで逞しすぎるので少し安心する。

 人間の三大欲求といえば睡眠欲と食欲と性欲であり、食欲は一連の事情により封印されたから、残るは睡眠欲と性欲だけが残るという結論が出る。迷うことなく睡眠欲を選択するとソファにごろりと横になった。食欲という悪魔が何時目を覚ますかはわからないのだ。

 幸いにも、睡魔という悪魔はすぐに訪れて私を次の世界へと誘ってくれた。講義やバイト中とかじゃなければいつでもウェルカムなので、大手を振って悪魔の手を取る。

 さよならコレまでの世界。

 おいでませ新しい世界。



□ □ □ □




「あなたはボク、ボクはあなた。どうですか、一緒にいきません?一人は寂しいものですよ」

「…」


 にへらっと笑いながら差し出された手を見つめて数秒だけ考える。

 …うん。


「誰がいくか、バーカ」 

「それは残念…」


 私が言ってやるとそいつはくすくすと笑いながらそう言った。


「では気が変わったらどうぞ。気長に待ってますから」

「一生待ってやがれ」



□ □ □ □




 あまりの蒸し暑さに目が覚めると、地獄が始まったのかと錯覚した。おいでませとは言ったものの、地獄に行くとは聞いていないぞ、私は。

 しかも変な夢まで見たし…気分は最悪。

 とにかく窓を開けると新鮮な空気を取り込む。長年暮らし続けた部屋では、血や涙やら何やらの結晶がぐるりと部屋の中を駆け巡り、まるで琥珀色の飲めない液体のように外へと垂れ出していった。そろそろ大規模な換気が要るかもしれない。寒気が来たら換気どころじゃないし。寒気だけに。

 くだらないことを考えたらお腹かが鳴った。放置プレイという高度なプレイを成し遂げた我らが合唱隊は、全身全霊でエマージェンシーコールを送り付けてくる。というか五月蝿い。ここに誰も居なくて良かった。

 気力がまだある間にコンビニへ行こうと決意をすると、パジャマをその辺に投げ飛ばしてお気に入りの服を着込むべく動き始める。勢いよく立ち上がった瞬間に世界が回って、再びソファに倒れこんだ。その際、強かに後頭部を打ったので声に出さずに悶える。

 情けなくも四つんばいになりながらクローゼットを開けると、黒くてカサカサするアレが光から逃げるようにして奥へと走っていった。出来るなら私も光から逃げるようにベットの中に入り込みたい。

 たかがコンビニ定員、何の服を見られても何の問題も無いだろう、と適当に選んだ服を着て玄関のドアを開けると、一面に廃ビルが見えた。


「…」


 ひとまずドアを閉めると深呼吸を一回。

 思い起こすは昨日までの光景と道筋。

 いざ行かん!我らがコンビニへ!


「…」


 再びドアを開けると、今度も廃ビルが私を出迎えてくれた。辺りを見渡しても、朝には五月蝿く夜は死んだように静かなわんころや、昆虫の集合住宅となっている古びた木造建築何ぞは一切無く、右に廃ビル左に廃墟。埃が舞う正面では微かに塔が見えるのみ。

 当然ながらコンビニの影なんて欠片も見当たらない。コンビニどころか、人の影すら見当たらない。

 思わず空を仰ぐと、そこでは魚達が数の暴力対大きさの暴力という激しい空中戦を繰り広げていた。あ、一匹撃墜されて食べられた。

 食物連鎖の光景を見つめながらしずかーに扉を閉めると、お腹を満たすためにお湯を沸かす。人間こういう時こそ冷静にならないといけない。

 沸いたお湯をカップ麺に注いで待つこと数分。冷静になるには少し長くて、物を考えるにはやや短い。

 ずるずると麺を啜りながら、テレビのリモコンを手にしてスイッチを入れてみる。

 ザーッという砂嵐が無常にもブラウン管に展開されたので、電源を切るとリモコンを投げつけた。

 とりあえず今は何時だろう?と思って時計を見てみたら、0102.32.80とか表示されてたのでこちらもリモコンと同じ方向に投げる。102年32月80日ってなんだよ。何時の時代だ。

 色んなものを投げながらズズーッとスープを飲み干すと、お腹が膨れた。さて、どうするか…。


「…寝るか」


 誰にもなく呟くと、寝室に入るとベットに転がって丸くなる。今度は睡魔は中々訪れてくれなかった。こんなことなら師匠とすぐに快眠に移れる方法を研究するべきだったなぁ。



□ □ □ □



 約5日が過ぎた。寝て起きたのが5回だから、たぶん5日だと思う。

 大体5日も同じ場所に居ると、どうやらコレは夢ではなく現実だという苦い結論を飲み下さなければならず、したがって脳裏に過ぎるのは食糧難による餓死という赤い文字。

 とはいえ食料が尽きるまでの5日間に私が何をしていたかというと、何もしていない。というか何も出来ない。理性的かつ合理的な判断を下した結果、我が家から出ないほうがいいという結論を出した。

 ストックされていた最期の食事を終えると、双眼鏡を持って二階に上がる。まさか師匠と散策に出かけた際、いずれはこういうものが必要となる時代が来るかも知れないという妄言で買った双眼鏡が役に立つとは思いもしなかった。出来れば役に立つ日が来ないでほしかったというのは言うまでもないけど。

 私が家から出なかったのは、休日の学生にありがちな出不精だからではない。なぜだかこの辺り、日が暮れると奇妙なものが出没してくるのだ。

 それに気づいたのは2日目、現実から逃れるために日が暮れるまで寝ていたときだった。

 当時の私は今のように無気力な出不精ではなく、とりあえず辺りを探索してみようという5歳児の様な無鉄砲計画を立てていた。そして、出て数分で計画が頓挫し我が家に帰宅した。

 なんてことは無い、陽炎の様な奇妙な生体に遭遇しただけだ。黒くてゆらゆらとしているソレは、何を考えてるのかわからない動きでふらりとこちらに近づいてきた。その何かと目と目とが合ったと感じた瞬間、迷わず戦略的撤退をしてフライパンを握り締めたのは聡明な判断だったと今でも思っている。

 そんなことがあったのに、ドキドキとワクワクを胸に秘めて外へと飛び出すほど私は人生に落胆していないし冒険家でもない。よって次の案として、出来る限りこの場から動かずに辺りの状況を把握することにした。食べ物もないし。

 とりあえず双眼鏡を覗いてからぐるりと見渡してみる。裸眼で見たのと同じ様な光景が見えた。私の動きに応えるようにちりんちりんと風鈴も鳴る。

 念のために双眼鏡から目を離して辺りを見渡してみる。双眼鏡で見たのと大きさ以外は大して変わらない。再び応えるようにちりんちりんと風鈴が鳴った。

 ふむ…どうしようもないね。

 どうせすることも無いのだし、何か無いものかと双眼鏡を覗き続けていたらソレを見つけた。

 ソレは私と同じ様に双眼鏡の様な何かを覗いていた。

 ソレらは私と同じ様な姿かたちをしていて、二ついた。

 ソレらの身体からは何やら黒くて物騒な武器がぶら下がっていた。

 見た目は人っぽいけれど、どう見ても係わり合いになりたくないタイプであることは遠目でもわかる。ここで体からぶら下げている鉛弾発射装置が無かったら、友好的な外人に接するがの如く敵意の無いジェスチャーを振りまきながら全力で追いかけたかもしれない。

 あ、やばい目が合った。

 目と目が合うこと数秒間。互いに双眼鏡を覗いたままで見詰め合うという間抜けな体勢を維持し、互いに双眼鏡から目を離した。

 勢いよくその場を離れると、玄関へと走り鍵を閉める。ついでにチェーンも閉めてリビングに駆け込んだ。

 何か武器になりそうなものが無いかと調理場を漁り、包丁かフライパンかの二択を迫られる。少し悩んだ末にフライパンにした。運が良ければ盾になりそうだし。

 ついでに防災用のヘルメットを被ると、扉の影に身を潜める。私が身を潜めるのとほぼ同時に玄関のドアがガタガタと鳴り響く。気分はホラー映画の主人公。出来れば一生来て欲しくなかったシチュエーション。

 ガタガタと音を立てていたドアは、盛大な音を2回ほどたてて開く様な音がした。絶対壊れた感じの音がしたけど、修理の請求は誰にしたらいいんだろう?

 がさごそと誰かを探しているような物音がするたびに、ぴくっと体が動く。出来る限り呼吸を止めると、こっちには来ないでと祈ってみた。強く握りすぎたのか、フライパンを握る手が汗ばんでくる。脈打つ心臓は恐怖ではなく、興奮を私の脳内へともたらして来た。もう二度と訪れることが無いと諦めていたあの頃が戻ったような気がして、不覚にも湧き上がってきた懐かしい感覚を嚙み殺す。

 不幸にも祈りは届かず、潜めていたドアから人影が現れた。大きさは私と同じくらい。全身黒くて何だかごつごつとしている。こっちに来ないでという祈りは届かなかったけれど、こっちに気づくことはなかった様子でソレは部屋の中を見渡している。相変わらず変なところで融通の利く祈りだ。

 こうなればもうなるようになれ、とばかりにその後頭部目掛けてフライパンを振り降ろす。

 金属と金属をぶつけ合ったみたいな鈍い音がして、人影は倒れた。どさりと痛そうな音もついでにした。


「…え?」


 あまりにもあっけなさ過ぎて拍子抜けした。というかそれでいいのかおい。恐る恐る近づいてみると、黒くてゴツゴツしたのはアーマーでありヘルメットであり、つまり防具である様子。なら何でフライパンの一撃なんかで倒れるんだろうか。不良品じゃないのかコレ。

 とりあえずの危機が去ったと思うと気が抜けて、余裕が出てくる。倒れた誰かさんはピクリとも動かず、まるで死んでいるかの様。…まさか死んでないよね?


「も、もしもーし?」


 軽く声を掛けながら肩をゆすってみる。

 …返事が無い、ただの屍のようだ。いやまて、それは拙い。

 殺人という嫌な文字を連想しながら、慌てて打撲の治療法を思い出す。出来ればこの方とは友好的な関係を気づいていきたい。もう手遅れかもしれないけれど、私にはこの方を逃したら餓死か野垂れ死ぬの選択しかないのだ。

 とにかく怪我の部位を見てみようとヘルメットに手を掛けたら、カンッと何かが投げ込まれた音がした。

 反射的にそちらを見ると、どこかで見たことある楕円形の何かが地面に転がっている。


「…なんだっけか」


 呟きながら記憶を巡らせている間にその楕円形は爆音と閃光を撒き散らせ始める。 

 ああ…思い出した。映画で見たんだっけ。

 光よりも早い一瞬の間に過ぎった思考は、儚くも意識の外へと飛び出ていった。



□ □ □ □



 死にそうな気分で目が覚めた。何だかぴかっと光と爆音に包まれて一瞬で意識が無くなったのは覚えてる。どんな形でも、強制で意識をシャットダウンされるのはきつい。

 しかしあんな壮絶な意識の失い方をしたんだし、知らない間に光の戦士にジョブチェンジしててもおかしくないんじゃないかな。

 一応身体を確認したけど、光の戦士どころか戦士ですらないのが解った。てか光の戦士ってなんだよ。そしてここは何処だよ。

 知らない間に私の服は何処へ行ったのやら。病院服みたいなサラサラしたものに身を包まれている。コレが妖怪着せ替えマンなんていう存在じゃないならば、導き出される結論は唯一つ。誰かが私の意識の無い間に着替えさせたということだ。

 …だからどうした。それにしても着せ替えマンってなんだよ変態かよ。妖怪ならなんでも許されると思うなよ。そんなことより着せ替えられたってことは裸を見られたってことなのか、特に何も無いから別に良いけど。

 周りを見てみると、薄く色が付いた白壁に白色の蛍光灯。どういうことだ、全く解らんぞ。


「ここは何処、私は誰?」

「君、記憶喪失なのか?」

「…へ?」


 定番のネタをしてたら、あらぬところから反応があって変な声が出る。声のあったほうを見ると、赤みの掛かった金髪の女性が首をかしげて私を見ていた。あの髪なんだっけ…ストロベリーブロンドってんだっけ?いや待て、私は記憶喪失じゃない。


「いや、そうじゃなくて…」

「そうか?それじゃ質問だけど、君は誰でここは何処だ?」

「そんな哲学的な質問には答えられない」

「…」

「…」


 彼女は無言のままお札みたいなものを取り出すと、そのまま耳に当てて何か話し始めた。一方私は即答してしまう自分の性格に向けて呪いの言葉を放った。


「先生か?ああ、患者のことなんだが…記憶喪失らしい」

「…」


 やっちまったよ!HAHAHA!いやでも待ってほしい。後者の質問に答えられないのは当然としても「私は誰であるか?」なんていう質問に「はい、私は何々です」って即答できる奴がいるだろうか!出来たら哲学者にでもなってろ。精々が「はい、私は人間でホモサピエンスです」くらいが関の山じゃないの?そんな答え返したら確実に引かれるわ。というかそんな下らない言い訳をしている場合じゃねぇ!


「い、いや私は日本の学生で…その寝て起きたら魚が空を飛んでいて空中戦をしていましたといいますか…いや…そうじゃなくて、ここはどこかといわれても…その…」

「…」


 何か可哀想なものを見つめるみたいな、同情した目で見られたので思わず黙る。うん…私もいきなり目覚めた奴が訳のわかんないことまくし立てたら同じ目で見る、でも私を見るのはやめてほしい。正常だから。記憶喪失とかじゃないから。


「どうも錯乱してるらしい。うん、出来る限り早く来て欲しい。ああ…」


 金髪の姉ちゃんは喋りながらドアを開けてどこかに行ってしまった。残されたのは確実に選択肢を間違えて、記憶喪失ということにされてしまった者一人。

 長期休みという天国の期間でさび付いていた灰色の脳細胞がフル稼働し、今後訪れるかもしれない展開をシミュレートする。

 …出来ればこのまま消えたい。

 もそもそと掛け布団を頭の一番上まで引っ張って視界を暗くする。よく考えたらベットふかふかだし、このまま寝るのもいいか。私は消えないけど意識を消す。うん、我ながらいい考えだ。

 さぁ寝よういざ寝ようと目を閉じると、ガチャっとドアが開く音がした。その後は歩く音も何の音もしない。

 次にジャキっと変な音がした。嫌な予感がして目を開けると、布団がめくられて視界が明るくなる。

 まず見えたのは銃口。次に怖い顔した金髪の姉ちゃん。

 脊髄反射で両手を上に上げて無抵抗アピールをした私を誰か褒めてほしい。

 私の素早すぎる動きに反応して撃たれたらどうしよう、という嫌な予感が脳裏を過ぎった瞬間に銃口は下ろされる。ただし私の両手は下ろされない。


「何だ居たのか」

「…」

「すまない、もう下ろしても大丈夫だから」

「本当に?」

「本当に」


 下ろしても大丈夫らしいので、両手を下ろして布団の中に入れる。己の限界に挑戦した世界ばんざい選手権は、私の肩に嫌なダメージを残して終わりを告げた。地味に痛いけど動くとさらに痛い。何という苦痛。

 肩の痛みよ、出来る限り遠くに飛んでけーと呪いを掛けていると、金髪姉ちゃんが私をじっと見つめているのに気づいて固まった。自然と目と目が合ったまま見詰め合う状態となる。緑色の瞳が綺麗で少しうらやましい。


「…」

「…」

「…」

「…な、何ですか?」


 無言の圧力に耐えられなくなって質問を飛ばすと、私の質問は数センチの距離すら届かず墜落した。貴様、その羽は飾りか。

 答えの代わりに私の頬に手が添えられる。見つめられながら、ひんやりとした手が私の頬に添えられた。まるでキスシーンでもありそうな展開である。一体何がどうなってこうなったのだ。全く解らんぞ。

 し、しかし万が一でもキスシーンだったら目は閉じるべきなんだろうか、呼吸は止めるの?角度とか付けたほうがいいの?経験が無くて全くわからぬ。ちくせう…こんなことならもっと勉強するべきだったか…と、とにかく目は瞑ろうかな?

 ややテンパリながら視界を暗くすると、ゴスッと鈍い音が聞こえてきた。ちゅっ等という甘さ漂う悶えそうな音では無い、ゴスッである。大体私は何もされて無い。私の感覚が知らない間に死んでたという展開には、出来れば一生出会いたくない。

 音の正体を確かめるべく目を開くと、金髪姉ちゃんの代わりにナース服が居た。…人体入れ替わりマジック?

 マジックの種はすぐに割れる。というか壁に頭をぶつける形で金髪姉ちゃんが倒れてる。コレじゃマジックというより殺人事件の現場みたいで、つまり私は目撃者であり…要はそういうことなのだろう。どうした私の人生!いつからこんな物語の主人公みたいなイベント盛りだくさんになった!


「患者になーにをしているんですか」

「い、いや少し思うことが…」


 どうやら死んでなかったらしい。ということは私は殺人現場に居合わせるという、とんでもなくレアでアンハッピーな事態には遭遇したわけでは無いわけであり、それに伴って口封じをされる心配も消えうせたわけだ。その幸運に大手を振って喜びたい。けど今ここにいる現状を考えたら、殺人現場に居合わせるよりありえねぇ事態になっているので手を戻す。


「はぁ…それで?説明はしたんですか?」

「ん…?ああ、まぁ…あれだよ」

「つまりして無いと?」

「ほら、私が説明しても二度手間になるだろ?だから任せた。あ、どうも記憶喪失らしいぞ」

「記憶喪失?」

「ここが何処で自分が誰だかわからないらしい」

「前者は当然として、後者は結構拙いですね…先生はまだ掛かるらしいですし」


 突然目の前で繰り広げられた会話にあっけに取られていると、ナースさんが真剣な顔で私の方に向いた。

 突然現れた白いナース服の女性は、水色と黄色のオッドアイに黒くて長い髪という相当珍しい容姿の持ち主。しかしそんなことよりも何よりも、その頭にあるのはナース帽じゃなくて猫耳だった。黒い猫耳。しかもたまにピクりと動いてる。

 やっぱり私は記憶喪失になるのか。とか、その頭の耳は何?とか、飾りなの?それとも本物なの?とかの疑問が大量に湧き出て脳内の処理能力が停止していく。


「えっと…そうですね。あの家で意識の無くなったあなたをとりあえずココまで運んで来たんですが、体調は平気ですか?」

「意識を飛ばしたのは私達だけどな。それと当然だけど体調はあんましよくないみたいだ」

「その際はごめんなさい…あと、あっさり気を失って強行突撃の原因を作った隊長は黙っててください」

「いや、アレは私じゃなくても失うぞ」

「はいはいそうですね。それで確認なんですが、あなたはココの世界の人じゃありませんよね?」


 …うん?

 突然問いかけられて停止してた思考が再び動き始める。ココノセカイノヒトジャナイ?5日間を自宅で過ごす内、ちらりと考えていた現状の中の、2番目くらいに最悪かもしれない可能性がピカピカと光り始める。次点で嫌なのは家ごと誘拐されたという可能性。家ごといるほどの大規模な誘拐という、他に類を見ないアホさ加減にはどうしろというのだ。

 一番は…まぁいいか。


「…記憶喪失者にその確認は何の意味もなさないと思うぞ?」

「あ…そうですね…」

「いやだから私は…」


 どうにかして記憶喪失ということを撤回したいのだけれど、にゃんこさん(仮名)に聞く耳は無いらしい。その頭の上で動いてる耳は飾りか?飾りなのか?出来れば飾りであってほしいなぁ。


「んー…それじゃ何が起きたかの説明から始めましょうか。まずあなたの居た場所から魔力反応が検出されました。そして調査に行ったら、あなたを見つけたのです」

「…」


 なるほど、全く解らん。とりあえず前提からしてずれていることだけは辛うじて把握した。魔力反応とか日常で言わないものね。言ってたら痛い子だろ。つまりこの人は痛い子か残念な子か可哀想な子かの三択に分けられるのか。


「…」

「…」

「…?」


 長い沈黙が訪れると、自信満々に説明をしたにゃんこさん(仮名)が不思議そうに首をかしげた。どうしてあの説明で解ると自信満々に思ったのか、その辺りを詳しく知りたい。前提と過程を省きすぎだろ。問題の答えだけ見せられた気分だぞこっちは。


「ま、まぁ…それは置いておこう」


 このままでは話が一切進まないと判断したのか、金髪姉ちゃんが仕切りなおす。いまいち決まらないのは、壁際に座り込んだままだからだろう。いい加減地面から立ち上がってもいいと思うんだけど。


「まずはそうだな、この場所から説明するか。ここは前線基地から外れた僻地の辺りにある輸送基地で…正式名称は私も知らん!」


 前線基地に輸送基地と来たか…何やら物騒な方向に展開してきて私の危険度メーターが+1される。紛争地帯にでも放り込まれたんだろうか。しかし、自分の居る場所の名前がわからないって…それだけで結構拙いんじゃないだろうか。

 そして哀しいことに数々の異世界に旅立つ主人公の皆様とは違い、私は特殊な能力など一切無いから戦闘力なんて皆無である。今後目覚める予定があることを切に願うべきか、そんな物騒なもん要らねぇよと蹴り飛ばすべきかは悩みどころ。最も、悩んで手に入れられる代物じゃないだろうけど。


「私は基地局長補佐代理兼特殊工作部隊隊長で、名前はアリス。あ、呼ぶときに敬称は要らないから」

「ほぅ…」


 アリスか…ものすごく長くて意味のなさそうな肩書きの割には覚えやすい名前で安心する。何が起きたら『基地局長補佐代理兼特殊工作部隊隊長』とかいう肩書きが出来上がるのか、という疑問は考えるだけ無駄だろう。


「で、そっちの猫耳のは基地局長代理兼特殊工作部隊隊長補佐のニャオだ」

「ニャオじゃありません」

「見ての通り頭が少々アレでな…自分の名前すらよくわかってないんだ」


 また出た無駄に長くて意味の薄そうな肩書きを右から左へと聞き流していると、ヒュンっと何かが風を切る音がした。音の行方を探して金髪姉ちゃんの方へと視線を向けると、彼女の頭の真横にメスが突き刺さっている。


「…ナオさんだ。ニャオじゃないぞ、絶対に間違えないように」

「は、はい…」


 返事をしながら『ナオさんには絶対に逆らうな』と心のメモに赤字で記しておく。このメモを無くせば何時あのメスが私に向かって飛んできて、この世とさよならするか解らない。きっとさよならの時間くらいは残してくれるだろう。さよならなんて要らないよとかいう妄言は空気を読んで言わないでほしいところ。ある程度まで寿命を伸ばすためなら、私はさよならを言わずに一生を過ごす覚悟だ。


「君の名前は…聞くだけ無駄か。後はそうだな、今後について言っておくか」


 一番重要そうな話題になった様なので、聞き流していた意識を集中させる。一言一句も逃すまいと、耳を空飛ぶ象の如く大きくした。だが私の名前がさりげなくスルーされていることは聞かなかったことにした。


「私達は君を保護する義務があるが、君は基本的に何をしてもいい。ずっとここに居てもいいし、この世界を適当に見て回って元の世界に戻る術を探してもいい。後者はあまりお勧めしないが」

「…どういうことですか?」

「魔族って言ってわかるか?まぁ、今は小康状態だけど世界中で人類との戦争中でね、適当にふらついてると数秒後には餌になっている可能性がある」

「…」


 …今ものすごく嫌なことが聞こえてきた。一言一句聞き逃すまいとした気迫が、こういう形で仇をなすとはさすがに考えてなかった。


「とはいっても、何もすぐに決めろって言うわけじゃありませんよ。どうするか決まりましたら教えていただくのも結構ですし、それこそ夜逃げの様にいなくなるのも、そのままここに留まり続けるのでも結構です。一応こちら側でも、あなたが帰れる様に方法を模索しますので」


 補足するするようににゃんこさん(仮名)が続けた。さて、湧き上がった疑問は消化するべきか否か。


「…一つ聞きたいんですけど」

「ん?」

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」


 消化しようとして消化不良を起こすと嫌なので、素直に疑問をぶつけてみると金髪姉ちゃんとにゃんこさん…アリスとナオさんはキョトンとした。


「…さぁ、どうしてだろうね。それは私達にも判らない」


 数秒の沈黙の後、くすりと笑いながらアリスが答えた。


「とにかく本調子じゃないんだし、今は寝なさい。色々細かいことを考えるのはソレからでも遅くは無いだろ?」


 そういってアリスは立ち上がると窓を開けた。さーっと涼しげな風が部屋の中を通り過ぎていき、薬臭い独特の空気に木々の香りを追加していく。その風と共に睡魔が私を侵略してくる。

 とりあえず睡魔に白旗を振りながら、我が家から何を持っていくかを考えることにしよう。


「滅び行く世界へようこそ…気が変わるのを楽しみに待ってますよ」


 意識を失う直前に誰かの声が聞こえた。

ということで新連載なの!

今までとは傾向を変えて作ってみたの!

完璧見切り発車です


い、一応4,5話くらいは話のストックがあるはず

忘却の彼方に消えなければですが!

ただラストが決まってな…


ではでは、少しでも楽しんでいただけたら幸いです

この先どうなるのかは未定ですが、どうかお付き合いいただけたら感無量なり

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