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ルビィ・ギムレット・アンテローズについて



『月』の暦1065年

天候:雲ひとつない快晴 8月20日

12時20分――つまり昼飯時

大陸馬車293号(ランバルディア発ケイブリス行き)



 ユノが赤髪の少女騎士――ルビィとフリードを仲間に選んだのには理由がある。

ひとつは単純な腕前の良さだ、高い身体能力とユノの一撃を避けたセンスの良さ、双剣を自分の手足のように扱う技能の高さと咄嗟の判断力。

ルビィの生家、アンテローズ家は歴史は浅いものの戦争や魔族との戦いでは先鋒を勤める花形だ。独特の双剣術の三次元的な戦闘スタイルと手数の多さは対人、あるいは人の形をした魔族には有効だった。

全てを強引に抉じ開け、戦局を1人で左右するような、彼女の姉“白薔薇”ほどの圧倒的な強さはないものの、その性格に似合わない慎重な戦闘スタイルは優れた軽装戦士になれるだろうとユノは踏んでいる。


彼女の副官フリードの場合は自由騎士であること――自由騎士は戦場での功績を評価された兵士や傭兵に与えられる名誉称号だ。騎士のように身分や領地が与えられるわけでもなく、冒険者や傭兵を統括するロードスギルドから専用の騎士鎧とピストルが与えられるだけだ。

しかし、腕前を買われて貴族と個人契約を結ぶ者も多い。

色々と他の事情もありそうだが、フリードもその手合いだろう。アンテローズ家と契約を結んでいるという点でその腕前は保障されているようなものだし、昨日の決闘で銃口を向けられて――直感的にではあるが「躊躇無くやれる」手合いの人間だと感じた。


 騎士という人種には「正々堂々、清廉潔白」な事を美徳とする文化がある。

特に騎士というものの存在意義の壱ともいえる「闘い」においてはその傾向は強い。

卑怯な手段を忌み嫌い、正面から一対一の実直な斬り合いを望む。その精神は昨日のような決闘の場やそう定められた場所では評価されるものだが、戦列が崩壊し、人馬入り乱れて混乱の極地にあるような戦場では不要だ。

相対する相手の手札は剣や槍だけでなく銃や弓といった遠くから一方的に攻撃を行うものが主流だし、地形や天候を利用して圧倒的有利で最小限の被害で敵を壊滅させる手段――計略といったものもある。

そうでなくとも一面を瞬く間に焼け野原にしたり、氷の槍を雨のように降らす「魔術」がある時点で「正々堂々」など不要どころか邪魔だ。


その点で、フリードは「良い」


少なくともルビィとの戦いに集中していたユノを背後から打ち抜けるだけの度胸があると見える。

ユノがルビィとの決闘を終わらせたのも彼の銃口の先端からくる殺気を感じたからだ。



(まあ、もっとも――)



 大陸馬車の窓から、昼食がわりの林檎の芯を投げ捨てる。

車窓から投げ捨てられた芯は地面で数回バウンドして視界から消える。

外には延々と麦畑が広がっている。青々とした小麦の谷間にはのんびりと畑を手入れする農夫の姿がちらほら見える。

ランバルディアの印象派の画家達が絵画にでもしそうな、平和そのものの光景だ。


 4年前のことを思い出す――このあたりは焼け野原と死体転がる無常の地だった。

西部を闇の世界に変え、メルカトル大砂海を迂回し、沿岸から上陸した魔族の侵攻はランバルディア王国――大陸内地付近まで及び「みんな」と共に旅をしていた、まだ普通の「ちゅうがくせい」だった「向月ゆの」はその光景に戦慄していた。




はじめて、ここで大地が業火に焼かれる音を聴いた。



はじめて、ここで無残に殺された人の亡骸を視た。



はじめて、ここで死体が焼けて灰になる匂いを知った。




 泣きじゃくり胃の中の物を吐き出しながら、この世界は夢に溢れるファンタジーの世界なんかじゃない。

自分じゃ敵わない手の施しようもない陰惨な世界だ――そんな感想を抱いていたことを思い出し、笑う。

まだ4年しか経っていないのに、ユノの意識はそれを遠い過去として捉えていた。

経験というのは、いいものばかりじゃない。


「いいか?フリード…今あいつは窓の外を視てる、合図するから背後から襲いかかれ、私がトドメ刺す」

「いやルビィ、ボクは君が何を言ってるのかわからないよ?」

「?仇討ちの続きに決まってるだろう?なに言ってんだ?」

「そんなほんとうに不思議そうな顔しないでよ」




(人格って、重要だ)




ランバルディアから旅立って1日と少し、既にユノはこのパーティーの明らかな相性の悪さに後悔を憶えはじめていた。












夕刻、ケイブリスまであと半日の街道――





「鉄道の破損?」


「はい、大変申し訳ありません…明日には復旧のめどがつくと思われるのですが――」


「うーむ、それは困ったな」


「おい、どうする?歩いていくか?」


「急ぐ旅でもねぇし、野宿しようや相棒」


「そんな、この辺はよく夜盗が出るって――」


「おいどうするつもりだ!安全は保障できるのか!!」



 平謝りになる大陸馬車の乗務員の周りに人だかりが出来ている。

考え込む商人、たくましく野営の準備に入る冒険者グループ、おろおろとする若い平民の夫婦。乗務員に喰ってかかる赤ら顔の成金。


大陸馬車に乗っていた乗客だ。


 大陸馬車は現在大陸でもっとも主要な交通機関だ。

街道沿いに鉄のレールと枕木を敷き、建設された鉄道を屈強な重量馬が車両を引いていくというシステムだ。当初は前線に物資や兵員を迅速に輸送するために前時代の勇者が「再現」したものだったらしい。魔王の死後、平穏な時代にはモンスターに捕捉されることもなくこの時代としては革命的に早い時間で都市間を移動できる為、非常に有用な公共交通機関として生まれ変わった。

 余談ではあるが、大陸馬車の基礎を築いたその勇者は魔王の討伐後は馬車の運営組合を発足し、前時代のランバルディア王国で莫大な富と社会的地位を築いたらしい。

死後も国に大いに貢献したとして、聖人に列挙されているらしい。

車両は基本的に貴族や騎士が乗る貴賓車と普通の冒険者や平民たちが乗る大衆車に分かれて編成されている。

もっとも車両が街道上で停止してしまった今は貴族も平民もまるで関係ない状態だ。


 三人はその人だかりから少し離れて座っている。

不機嫌な表情で腕を組んでいるルビィと大柄な身を縮めるように座っているフリード。

元勇者のユノは「人目に触れるのはトラブルの元」だと言ってポンチョのフードを目深に被って顔を隠している。


「逆に怪しさが増している」とルビィは腹立ちまぎれにそんな感想を抱いている。




(やっぱり、気に入らない)




 ルビィは口を引き結び、睨むようにして元勇者――ユノ・ユビキタスの様子を観察する。

セリア姫から拝命したという「任務」に同行して1日半、ルビィはイスラの教えを自分なりに解釈して実践することにしていた。それはとにかくこの勇者を徹底的に観察すること――前のような「決闘ごっこ」ではなく本当の殺し合いをする為に身体の癖や隙、あわよくば弱点を見つけようと思い立ったのだ。殺されずに生き残って、次の戦いのために有利に作用する手札を探すのは間違いではないはずだ。


その観察の中でルビィにまず分かったことがある。


 それはこの勇者、ユノ・ユビキタスはどんな時でも隙がない、という事だ。

どんな姿勢、あらゆる状況でも動きに無駄がなく常に鞘から剣を抜き出し、奇襲に対してカウンターすることが出来る。旅の途中にルビィは何度か背後や食事中、もしくは仮眠中に攻撃(あくまでも軽く石を投げてみたりした程度だ)を試みたが、なんなく止められてしまった――完全に眠りながら篭手で石を弾かれたときは仰天した。

どんな鍛錬をしたか想像もできないが、大陸の主要国の中でも誉れ高いランバルディアの騎士でもそんな所業が出来るのは――守護騎士団団長のイスラくらいだ。




 ランバルディア守護騎士団団長イスラ・ウルズ・アンゴーシュ。

騎士や戦いに赴く者達からは息をするように敵をなます斬りにしていくさまから「シェフ」と畏敬の念を篭めて呼ばれている。

戦場を、敵を、ディナーでも作るみたいに調理していく死の料理人だ。

現在は過去の戦いで負った傷で後身の身となったものの今でもその腕は衰えていないらしい。

4年前に召還された勇者達にも訓練を施し――特にその影響を受けたのが目の前の元勇者、ユノ・ユビキタスらしい。

あくまでルビィはそれを人づてに聞いた程度だが、実際にユノと戦ってその手段に囚われない戦闘スタイルは確かに「シェフ」の調理風景に通ずるものがあると感じた。




 しかしだからといって――この勇者を公平な目で見ることはルビィには出来ない。

どれだけ強く、過去に功績があって「ある一点」で尊敬している上司の片鱗があっても、ルビィ・ギムレット・アンテローズには「家族の仇」であり「アンテローズの敵」でありルビィ個人の感情でも敵だ。

実の姉を殺した人物と仲良くできるほど、赤髪の少女騎士はオトナじゃない。


「今夜はどうしましょうかユノさん」

窮屈な馬車の座席から抜け出し、フリードがユノに今後の方針を訊ねる。

外を見つめていたユノは顔をフードで隠したまま、呟くように答える。

「…ここで野営、明け方になったら修理を待たず移動しましょう」

「修理を待たずにか?それならば今からケイブリスを目指したほうがいいのではないか?時間の無駄だろう」

ルビィが疑問の声をあげる、幸い街道は整備されている。

夜通し歩けば目的地のケイブリスには容易に到達できる筈だ。

「いや、ルビィ、夜の街道は危険が多い。野盗も野犬もこの辺りはよく出るし、モンスターも夜の方が活発だ」

「出たら蹴散らせばいいんじゃないか?楽勝だろう」

「却下ね、わざわざ要らないトラブルを抱えるのはごめんだわ」

「……」


 二人に反論され沈黙したもののルビィはその結論が納得出来ない。

中規模の野盗程度ならルビィは傷ひとつ負わずに壊滅できるし、フリードも同様だ。ユノに関しては野盗どころか神話クラスの魔族の兵団となんども戦ってきた筈だ。王都近くの盗賊やモンスター程度なら圧倒的な実力差をもって、笑って倒せるのは明らかだ。

それにセリア姫から拝命した「任務」もある。任務の詳細はルビィとフリードには伏せられているものの、騎士隊長とその副官。そして姫様のご友人で現在は罪人で冒険者とはいえ「勇者」であるユノ・ユビキタスが準備もろくにしないまま駆り出されるというのは、とんでもなく急を要する事態なんじゃあないのか、とルビィは胸中で不安交じりに思う。

それにユノの意見にフリードが全面的に納得した、というシーンがどうにもルビィに疎外感を感じさせていた。



 ぱちぱち、と焚き火の炎が揺れている。

停止した大陸馬車の近く――ちょうどいい岩場を見つけてそこにコテージを張っている。

ユノではなくフリードが騎士団の備品庫から持ち出してきたものだ、用意の良さに旅慣れたユノも感心したものだ。

夕食は携行食のビスケットとインベル(大陸全域に生息する牛に似たモンスター)の干し肉だ。貴族の「お嬢さん」のルビィは文句のひとつでも言うかと思ったが手早く食事を済ませて付近の哨戒をしている。意外と野営するような経験があったのかもしれない。

大陸馬車の乗客たちはなんだかんだ言って馬車の中で一夜を明かすようだ。冒険者の二人組みはちゃっかり馬車の乗務員と契約を結んで護衛についているようだ。ユノ達もまた頼まれたが「消極的に協力する」という事で納得してもらった。騎士二人を従えた人間に強く出ないあたり、冒険者の二人組みも大陸馬車の乗組員たちもなかなか懸命なようだ。


「zzz…」


 人気のない岩場にはじつに暢気なフリードの寝息だけが響いている。

焚き火にあたりながら眠りこけている。もう少し浅い眠りを心がけるべきだと思うが「勇者」が近くにいる。ということが安心感をもたらしているのかもしれない。

どちらにせよ悪夢も幻覚もなく、剣を抱いたまま獣のように縮こまってしか満足に眠れないユノには少し羨ましかった。


背後で足音がする――幸い聞き覚えのある体重と足運びだ。


「帰った」

「そう、お疲れさま」


 ルビィの不機嫌なような報告に背中ごしで応答する。どちらも少女には似合わない硬質な声音だ。


「次はフリードの番だ、おい!起きろフリーード!」

「…もっと丁寧に起こしてあげたら?」


がん、と鉄のブーツで背中を蹴られたフリードが「えっ?なに?なんなの?死ぬの?」と、うろたえたまま哨戒に出かける。

鎧をきっちりと着込み剣とピストルの携行を忘れないあたり意識はしっかりしているようだ。

じゃり、とブーツの音を響かせながら、直立したままルビィが無言でユノを見やる。

その眼には最初の決闘のときほどではないものの敵愾心がある。

ユノはその目線を無視するわけにもいかず、吐息まじりに言葉を吐き出す。


「…どうしたの?」

「今日もだ」

「?」

「今日も、手合わせ願いたい」


 今日も――というのは、ルビィは少し時間が空くたびに軽い剣闘を申し込んでくる。

刃が身体に触れたら終わり、程度のものだが、ルビィは真剣に、最初の決闘の頃にはなかった真摯さでユノに打ち掛かってくる――今のところユノの勝率9割といったところだ。

やっぱりか、と眉根を寄せながらユノはかぶりをふる。


「却下よ、体力を消耗するわ。それに不測の事態があったときに対応できない」

「解かっている。しかし、頼む――手解きが欲しい」

「…むぅ」


 少し俯き気味で、そうルビィが頼んでくる。少し顔を赤らめているところを見ると「仇敵に手解きを頼む」とことに羞恥を感じているのだろう。

貴族がそうでない人間、例えば冒険者に頭を下げるというのは顔に泥を塗るのも同然だ。

そうまでして――と結局ユノは折れる。


「わかったわ、でも疲れない程度。いいわね?」

「ああ、感謝する」


 ユノは剣を腰のベルトから抜き、岩場のある程度広い場所まで移動する。

ルビィもまた湾曲した双剣――ショーテルを交差した鞘から抜き出し、対面に立つ。

ユノは特に構えず剣をだらりと下げ、少しだけ上体を屈める。それがユノのスタイルだ。

ルビィはショーテルを顔の前で交差させ、腰を低く落とし、踵をあげる。



合図は特に訪れず、二人の吐息が夜の闇の中を転がる。



 先手はルビィからだ。

一足飛びの跳躍から流れるように強襲をかける。縦斬り、横薙ぎ、逆手に持ち替えて切り上げ、身体を回転させ、背後に回りこみながら一撃。

一撃一撃の威力は小さいものの動作に無駄がなく、素早い。足運びにも戸惑いがなく、実に洗練されている。

ユノは初撃を剣でいなし、横薙ぎを常体をそらしてぎりぎりで避ける。喉元までせりあがるような切り上げは篭手で弾ぎ、背後の回りこみからの一撃は剣で防御する。

腕力で劣ることに自覚したのかルビィは以前のように鍔迫り合いはせず、すぐに跳躍して距離をとる。

ユノはそこに踏み込みながら一撃を叩きつける――避けられる。

しかしカウンターをとらせないままユノはさらに踏み込み、叩きつけるように剣を振るう。

ルビィは口を歪めて重い一撃に耐えながらも反撃の一閃をユノに叩きこむ。

一撃。一閃。一撃。一閃。層を重ねるようにしてルビィとユノの剣戟は激しさを増して続く。


およそ剣の合わせが二十合に達した時、ユノが呟くようにルビィに話しかける。


「ねえ」

「なんだ、勇者」

「わたしを、殺したい?」


沈黙、剣戟は止むことも激しくなることもなく、どこか倦怠を感じさせながら続く。


「いきなり、何を言い出す」

「憎くて、こうしているのかってことよ」

「…」

「わたしが、憎い?」


 きん、と火花を散らしながらユノの直剣とアンテローズの薔薇印が刀身に掘り込まれたショーテルが接吻を交わす。

その太刀筋には動揺がない。


「憎い、ああ、憎いな」

「…」

「わたしは姉が好きだった。わたしのように頭も悪くなく、聡明で――きっとアンテローズ以外の家に生まれていたならば善い夫人になっていただろうと思う」

「…」

「アンテローズは、戦うことでしか己の価値を示せない貧しい家系だ。金や権威の問題じゃない…戦い以外に何も持たない、それが貧しい…ダイナ姉はそうじゃなかった、詩も花も知っていた。そこがわたしは好きだった」

「ダイナの唄はわたしも聴いたことがあるわ、とても、いい唄だった」

「そう、でももう聞けない。おまえが奪ったからなっ!!」


 ショーテルが異なる軌道を描きながら、ユノに叩きつけられる。

ユノは篭手と剣で弾き返し、距離をとる。


「おまえの裏切りがなければ…姉は帰れたんだ!きっと!きっと帰って、いい婿でも見つけて、名族のバンタール家の子息か?同じような境遇のレナンデス家の1人息子でも良かったなぁ!生まれた子供を抱きながら!子守唄でも唄いながら死ぬまで気楽に過ごせたんだ!でももうそんな未来は永遠に訪れない!!」

「そうっ、ならわたしを殺す?」

「ああ殺す!でもそれは今じゃない――わたしはおまえを殺す、でもおまえが考えているような卑怯な、唾棄すべき殺し方はしない!そんな殺し方でおまえの白髪のざんぎり頭を獲ったところで、姉は、喜ばない…」

「……」



 ルビィの動きが止む、ユノもまた静止した。相対する少女騎士は剣を下げ、俯きながら耐えるように、言葉を吐き出している。



「姉は教養もあったが、それ以上に武人だった…正々堂々と、誠実を信条にして、弱き者の為に剣を振るう…危険を冒すものが勝利を掴む、といつも姉が言っていた――おまえの前にも堂々と立ち塞がっただろう姉は」

「……ええ」

「だから、わたしは正々堂々とおまえを殺す。姉に倣って、これまでずっとそうしてきたように…」

「……ルビィ」

「気安く名前を呼ぶな、だが覚悟しておけよ!おまえはわたしに殺される。わたしの、アンテローズの双剣でこの世から葬られる…今は無理でも、必ずな!」

「――期待して、待っておくわ」


 勢いよく、啖呵を切るようにそう言い放ったルビィにユノは薄く笑みをこぼしてそう答えた。

悪い気分じゃない、もちろん姉を殺された親族から責められるという罪悪感は心の中にある。しかし、その親族たる妹にこうも堂々と、爽やかに殺害宣言をされると、なんだが嬉しくなってしまう。


ユノがこれまでに相対してきた復讐者は、みな「真摯に」卑怯だった。憎しみに燃え、計略を練り、時には味方を装って笑顔を浮べながらユノに近づく。そうしてユノが少しでも隙を見せれば、形相を変えて殺しにかかってきた。剣、弓、銃、毒薬、爆破、落石、魔術。ありとあらゆる手段を選び抜いて、それだけならばいいものの、ユノと関わる人物――アリカや畏れおおくもセリアにまで手を出そうとすることもあった。人を雇って差し向けてくる場合も多い。酷いときには1日に7回、アサシンに殺されそうになった。

もっとも、ユノに手を出してきた人物。特にアリカやセリアに手を出そうとしてきた貴族はメルカトル大砂海に棲まう巨大モンスターの胃袋だ。骨すら残らず、失踪という形になっているだろう。

目の前で不適に笑うルビィにはそんな「真摯さ」はない。己の価値を貶めても、親族の仇をとろうとするような、ある種の犠牲心が存在しない。

騎士として、誇りを持ったまま旧来の時代のように正々堂々と一対一の「闘い」で決着をつけようとする――そういったまっすぐさに殺されるなら、と自分は嬉しくなっているのかもしれないな、とユノは思った。


(そう簡単に殺されてあげない、けど)


「とりあえず終わりでいいかしら?なんだか、止まってしまったし」

「ああ、興が醒めた。貴様があんなことを言わなければ…」

「…ふふ」


 と、なんとなくユノが笑みを浮べた時、夜の帳を切り裂くような悲鳴が上がった。

高い、女性の声――恐れ戦き、助けを求める声だ。

ユノとルビィは表情を固くし、ほぼ同時にその声の聞こえた方角へ顔を向ける。

岩場から馬車まではそれほど距離はない、耳を澄ませば複数の人間の重い足音と怒号、悲鳴が聞こえる。剣戟の音と弓の風切り音が聞こえることから察するに武装した人間の集団――盗賊団の可能性が高い。


「馬車の方向っ――!」

「行くぞ!!」


 ユノはそれまで脱いでいたポンチョを手早く羽織り、剣を鞘に戻し、ニザヴェリルの魔術銃を手に取る。

腰に備え付けられたポーチから魔術が篭められた鉄製の円筒を幾つか取り出し、装填する。

篭められたルーンは“麻痺”当たり所が悪くない限り死なず、適当に撃っても当たれば身体の自由を奪うという対人には有効な魔術だ。

ルーンが刻まれたミスリルの砲身は中折れ式で、最大4発までの魔術円筒を篭めることが出来る。火薬は使わず“物体を直進させる”と魔術と“物体を加速させる”魔術で水平に滑空する。雨の日も問題なく使える優れものだ。


ルビィは身につけるものが少なく、既に駆け出している。

着たままの二の腕まで露出するチェインメイルとショーテルの双剣のみ。

もちろん背中にバックは背負わない。

いち早く馬車の近くに辿り着いたルビィはそのまま突撃しようとする。

しかしそれはユノに肩口を掴んで止められる。

睨みつけるルビィの目を見つめたまま、ユノは小声で早口に呟く。


「ルビィ!そのまま討って出るのは得策じゃないわ!既に待ち伏せされているかもしれない!」

「しかし、乗客がっ」

「解かってる、プランを立てましょう。といっても難しいものじゃない。ルビィはそのまま突っ込んでくれてもいい」

「はやくしてくれ!こうしてる間に乗客が殺されるかもしれんっ」

「ルビィは出来る限り目立つ動きをしながら戦いなさい。それに釣られた馬鹿をわたしが背中から撃つ、オーケイ?」

「解かった!」

「倒すことより乗客を助けるように動いて、あとは弓使いに気をつけなさい…行けっ!!」

「無論だ!!!」


息を吸い込み、無音でルビィが駆ける――足音がない、無音の疾走。


 視界の先には馬車が止まっている。40ラウン(大陸のメートル単位、メートル換算で4メートル程度)の木造の大衆車両。それが鉄の部品で連結されて二つ繋がっている。

車両の前方には馬が4頭いるが、怯えて竦みあがっている、動けないようだ。

乗客は馬車の中に篭っているらしい。先ほどの悲鳴は窓がひとつ割られた際の音かもしれない。

盗賊と見える人影は確認できる限り4つ。馬車にとりついた男が1人。少し離れて弓を馬車に射掛けているのが1人。近くで囃し立てるように笑っているのが2人――岩場から一番近いのはこの2人だ、1人は松明を持っている。


こちらに背を向けていた薄汚れた皮鎧姿の男――盗賊を背後から突き刺す。


 その横で今にも松明を馬車の窓に投げ込もうとした男が動きを止めて、崩れ落ちる仲間を見つめる。

しかし驚愕する暇もなく、ルビィが続けざまに放ったなぎ払いの一撃で、声もなく胴体と首が分かれる。あまりにも素早い剣速に血も出ない。

その一部始終を目撃した盗賊が訛りのひどい言葉で何事か叫びながら弓をルビィに向けるが、闇にまぎれて飛来した「何か」に意識を奪われる。

馬車の窓枠を取り外そうと車体に張り付いていた男が音に気づいてはっ、とこちらを見るが、それもまた飛来した“麻痺”に自由を奪われる。

ルビィが馬車に近づき、窓からそっと内部を見やる。

複数の怯えた視線が重なる。見覚えのある商人と夫婦に赤ら顔の成金とその他の男女数人。

赤ら顔の成金がルビィの姿を見て何やら喚きたてようとしたが、同じように窓を覗き込んだユノの「しー」のジェスチャアに気の利いた数名の乗客によって押さえ込まれる。

姿勢を低く、と手の平を下に翳すサインを送ると素直に従ってくれたようだ。

ルビィはまだ被害が出ていないことをドンナーに感謝しながらふう、と馬車に身体を預ける。

ユノはその横で、姿勢を低くしたまま馬車の向こう側の様子を伺っている。

手の中に構えられた魔術銃のミスリルが月を照らして無感動に輝く。


「倒した人数は4、まだいるわね」

「勇者、馬車の向こう側にまだ騒ぎがある」

「護衛についた冒険者がまだ戦ってるかもしれない――慎重に」

「ああ」


 ルビィは目の前の勇者に少しだけ胸中で感謝する。

もし、もし馬車の近くで野営せずにケイブリスを目指していたら馬車は盗賊に好きなようにされていただろう。

乗客は力任せに引きずりだされて、金品を強奪されるか誘拐されて奴隷市場に引っ張られるか、惨たらしく殺されるかしていただろう。ルビィはその事を知ってきっと死ぬほど後悔したはずだ――自分の考え方のせいで、自分の考えが浅いせいで、と。

もっとも目の前の勇者とフリードがこの事態を予期していたかまでは分からない。

しかし実際に目の前で惨劇を回避するチャンスを得られたのだから、感謝に値する。



(そういえばフリードはどこに行った?)



「おい勇者」

「なに」

「フリードはどうしてると思う…この近くを哨戒していたならこの事態をもう察知しているはずだ…殺されてなけりゃ」

「そんな心配そうな顔しないでも大丈「しっ、心配なんかしてないっ!!」

「…まぁなんにせよ、ほら、馬車の向こう側を見て御覧なさい、いい教本になるわ」

「?」


 ひょい、とルビィが馬車の向こう側を覗き込むと、そこには自分の副官にして、幼いころからの下僕――フリードが彼女に見せたことのない氷のような表情で「闘って」いた。



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