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ドッグ・デイ・アフタヌーン Ⅱ



『月』の暦1065年

天候:曇り 8月16日

15時22分――この時間に当てはまる言葉は、この世界にはない

王都ランバルディア王城リーンベルネ、噴水の間



 噴水の間、群集の中にいる一人の学者は考える。

騎士と騎士、もしくは戦士が剣で切り結ぶさまを、剣で語ると表現することがある。

その日、ただ戦うためだけに鍛え上げられた技と精神のぶつかり合い。その時のみ人は言語を失い、「剣で殺しあう」という人類でもっとも強烈なコミュニケイションの虜となる。

それは敵対者の否定であり、同時に肯定でもある。

人が普段纏っている体裁という名の衣服が剥がれ、感情のない技巧と獣のように無垢で無知な本能が対話を始める。


しかし、これは、目の前のこの「語り合い」は――何を語っているのだろうか


 白髪の勇者が笑いながら剣を天から地へ叩きつける。

それを危なげなく避した赤髪の騎士にもまた、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいる。

罵りあいなのだろうか、しかし両者の間に浮かぶ笑みはたわいのない遊びに興ずる街娘のようである。

それでは、談笑なのであろうか、しかし振るわれる剣の一閃には漲るような殺意が溢れている。剣に素人の学者ですらそう見えた。

おおお、と群集の悲鳴のような声に、はっ、と顔をあげる。

赤髪の騎士の剣(湾曲した、悪趣味な形をしているように見える)が白髪の勇者の動きを封じたのだ。

勇者の振るった直剣を湾曲した刃の一振りが絡めとり、もう一振りが盾の変わりをしている勇者の篭手と拮抗している。

両者は膝を折り曲げ、歯を食いしばり鍔迫り合いの体勢だ。

一目には赤髪の騎士が優勢に見えるが、勇者もまた巧みに体勢を変えることで剣先と篭手に来る力の流れを受け流している。

二人の少女の顔はまるで接吻をするような距離まで近づき、笑っている。



 自由騎士――フリードは立会人を何食わぬ顔で務めながらも、その心中は穏やかではない。

目の前の決闘は、確実に命の奪い合いへと発展している。どちらかが負傷し、倒れて勝者が敗者に止めの一撃を振り下ろす。

そうなる前に止めることがフリードのこの場での唯一無二の役割だ。しかし、この「闘い」は自分に止められるだろうか?

フリードの手はベルトに差したピストルに伸びている。

家柄に関係なく、戦争の勝利への貢献と功績で認定される自由騎士にのみ与えられる名誉の武器。

いつでも白髪の勇者か、ルビィのどちらかの動きを止めることの出来るよう動きに注視する。

もちろん殺す気は毛頭ない。足元か、それとももっと直接的に剣を弾き飛ばす。

この距離なら、ルビィの手を握ったりするよりかは遥かに簡単に出来る。その筈だ。


「はあっ!」

「はっ!!」


 裂帛の気合と共に二人の少女が踊る――鍔迫り合いからの急激なターン。

ルビィは猫のように軽々と跳躍し、勇者の頭上をとる。即頭部を狙った逆手からのスラッシュは左手に嵌めた篭手に阻まれる。

地に伏せるように低く姿勢をとった勇者は篭手で頭上をガードしながらルビィと対面になるように位置を入れ替える。


距離が離れる。身長190のフリードの大股6歩分の距離だ。


 と、ルビィが着地すると同時に勇者がおかしな挙動をする。

体勢を獣のように低くしたままポンチョの内側に手を突っ込み、「何か」を引き抜く。

一瞬、フリードにはそれが只の鎖の束に見えた、が、違う。鉄の鎖で編まれた「投網」だ。


(やばい…ルビィ!)


 勇者の狙いをすぐさま認識したフリードは赤髪の少女騎士へ視線を向ける。

瞬く間に投網が投擲される。放り投げるように投げられたそれは重さを感じさせぬ速度でざあっ、と音を立てて広がる――狙いは、着地した瞬間の僅かな硬直。


「ぐっ!?」


 直撃を喰らわなかったのは、ルビィの反射神経と身体能力の賜物だろう。湾曲した剣の一振りで投網にを掬い上げて叩き落す。

もし胴体や顔面にもろに喰らっていたら鉄の鎖の重みと衝撃で石畳に転がっていた筈だ。


(だが犠牲はゼロじゃない)


 左手の剣を損失する。中空で迎撃された鎖の網は重力とその重量に遵って石畳の上に落ちる。絡まり、歪曲した剣の刀身を絡め取る。ルビィは舌打ちして左手を引き上げる。網は剣を飲み込んで音を立てて散らばる。


「いい判断、ハナマルをあげましょう」

「…っ」


決闘の場ににわかに静寂が生まれる。




「いい判断、ハナマルをあげましょう」


 痺れる左手に歯噛みしながらルビィは片手の剣を身体に引き寄せるように構える。

侮っていた――目の前にいるのは王宮や騎士の間で悪し様に叫ばれるような「魔族に組した卑劣で狡猾な騎士殺し」ではない。

王族に身体を売って身の安全を買っていた?冗談ではない!ましてや姫様のご友人だから生かされ悠々自適な隠棲生活――そんな王宮まで侮辱するような唾棄すべき陰口は目の前の「事実」には何も効力をなさない。


間違いなく、そう間違いなくあの「契約」はしっかりと守られている。


「騎士殺し」の被害者家族、つまり姉を殺されたルビィなどに公布された――国のために死ぬまで戦う“死の契約”

単身でのモンスター退治。単身での砂海での護衛奉仕。単身での盗賊団制圧。単身での魔族討伐。

この目の前の白髪の元勇者は魔王の死後2年間ずっとその馬鹿げた冒険をしていたのだ。

それも殆ど平民の労働者階級ひとりの生活を保障する程度のはした金で

並大抵の精神力と腕前では到底達成できない――敬意など持てない。正気の沙汰ではない。


(いや、正気ではないのか?)


 目の前の元勇者――ユノ・ユビキタスに動きはない。決定的なチャンスだったはずだ。

片腕と足を封じられればルビィの「速さ」と「手数」のアドバンテージは消失する。

絡まった投網から剣を諦めるまでの間に距離を詰めて一撃を放つことはできたはずだ。

そうすればルビィは大きなダメージを負う。


ルビィは元勇者を観察する。


 何が楽しいのか、笑っている。かわいらしいとも表現できる造作の顔を皮肉げに歪めている。瞼の降りた黒の双眸。歪んだ口角。どこか少しだけ泣いているようにも見えた。

右手の直剣と篭手に包まれた左腕を下げ、無防備のように見える。

しかしその体勢から暴風のような一撃が繰り出されるのだ。

身に纏ったポンチョは風にはためかない。よく注視すれば不自然な「重み」で下に引っ張られているのが見て取れる。

投網だけではない、まだ何か武器を隠しもっているのは確実だ。

もし次もまた武器を封じられることがあれば終わりだ、ルビィは双剣以外持ち歩くものはない。


(臆するな…目の前にいるのは姉さまの仇!剣1本でも目的は果たす!)



「いい判断、ハナマルをあげましょう」


 ユノは目の前の少女――確かルビィという名前だったか、にそう呟く。

「ハナマル」とは一体なんだったか、それはもう忘れてしまったが確か満点とか最高得点とかの意味だったはずだ。

実際、目の前の少女、ルビィは「いい」

小柄な身体と柔軟さを最大限利用した隙の少ない剣の技。姉の“白薔薇”ほどの一撃の重みはないものの身軽さと回避への意識はルビィに軍配があがる、とユノの冷静な部分は評価した。


彼女の姉、ダイナはエインヘリャルの中でも飛びぬけて強く、そして聡明な女性だった。

落ち着いた物腰と「こちら」の世界には珍しい命を大切にする考え方。恐らくあの魔族の村で行われた虐殺にも加わっていなかった筈だ――しかし死んだ。他でもないユノが殺した。

彼女は仲間である騎士を守る立場をとった。目の前で憎しみと怒りを篭めた“赤薔薇”と同じく。湾曲した双剣をその手に持って。



―――何故、何故ですユノ様!何故このような事をっ!


―――こいつら子供も殺してた、女の子に酷いことした、おじいさんを吊るしてた。


―――……っ、魔族ではありませんか、正気に戻り下さいませ!!


―――魔族なら、人間じゃあないならあれを許してもいいって……そう考えるんだ、ダイナもさぁああああああ!!!



血のような雨、熱い泥、着慣れぬ金属の鎧。汗で滑る剣。

いつもの悪夢を振り払う、せっかくのイイところなんだ、あとにしてよ。


 ふっ、と小さく息を吸い、剣を構えて肉薄する。

それを迎え撃つようにルビィもまた逆手に剣を持ち替えて突進してくる。恐らく切り結ぶ気はないだろう。

アサッシンの如く一撃で致命を狙ってくる戦い方だ。

二人の剣が殆ど同時に振るわれる。

ユノの放った払いの一撃はチェインメイルの肩口を斜めに薄く切り裂くだけで終わる。剣の先端ぎりぎりでの上体のそらし、雷鳴のような反射!

剣を大きく横に振ったユノの内側にルビィが侵入する。ほとんど身体をくっつけ合うような距離、湾曲した刃が肩口から心臓を貫く角度で突き出される。しかし咄嗟の判断で上体を大きく捻ったユノにその刃は当たらず、レザーアーマーの胸甲部分だけを切り裂くだけに終わる。

次の一撃が来る――逆手に構えた短剣は狭い空間でアドバンテージを発揮する。

肩から胸まで振り下ろされた刃が、その道筋を辿るようにユノの顎元へ――


「残念」

「!!」


 爆発。それはそんな音だった。実態はユノの篭手に包まれた左の拳がルビィの胸の中心に叩いた音だ。腕一本分を伸ばす距離もない、それも無理のある体勢からねじ込まれた「鎧に阻まれる」筈の拳打。

しかし、それはルビィの息を詰まらせ、身体を浮き上がらせるほどの衝撃を与えていた。

歪曲した剣が石畳に転がり、赤い髪の少女騎士は“灰かぶり”に膝を衝く。


ああ、と観客と化した群集が息を呑む。


「この篭手はさ、一応勇者の武具なんだ。他のものは全部没収されたけど、これだけはどうしようもなかった。」

「かはっ……はあ、はあ……っ!」

「自分の手を自分で握りつぶしちゃうからさ、これ――“グラーベルの鉄篭手”を付けてないとろくに剣も握れない。」


 そう独り言のように呟きながらユノは篭手に包まれた左手を開閉する。

不可思議な光沢を持つ鉄の表面には雷雲と古代の植物を模した意匠が刻まれている。

“グラーベルの鉄篭手”勇者に与えられる「巨人を殺せるほどの怪力」を得られる加護の防具だ。


「あうっ」


ルビィの手から離れた武器を探す手はユノの足にすぐさま阻まれる。

軽い、もう戦う気のない蹴りだ。


「何故だ…何故殺さない!!」

「駄目だよ赤い薔薇の騎士さま、もうこの決闘はおしまいだよ――でしょ?」


ユノが振り向いた先で、額に汗を浮べながらピストルを構える自由騎士フリードが頷いた。




「神聖な御庭で決闘など――騎士フリードがついていながら、どういった了見です!」

「いえ、ほんとおっしゃる通りでございます、ほらルビィも謝ろ?ね?」

「……ふんっ」

「あ、あなたという人は…!!今日という今日は許しません!騎士隊長だからといってなんでも思い通りになるとの考えは大間違いですよ!!!」

「………」


 本来は城内の人間の憩いの場である噴水の間を借りて決闘、など許されるはずもなく、ルビィとフリードは騒ぎを聞きつけてきたセリアお付きの侍女にこっぴどく叱られている。

自由騎士は先ほどピストルを構えていた勇ましさはどこへやら「せいざ」のような格好でひたすら謝りたおしている(かなり謝り慣れているように見えた、この侍女に対して)

もう一人、敗北を喫したルビィの方はというと貴族の子女にあるまじき胡坐を掻いて、ひたすら不機嫌そうに顔を背けていた。時々ユノの方を睨みつけ、すぐに目をそらす。

相対していた時の戦士の顔はなく、年相応、いやもっと幼い表情が顕になっている。


 ユノはそれを遠巻きに見つめている。少し気まずかった。

「闘い」の発作は消えていた。あとに残るのは疲労感と後ろめたさだけだ。

目の前の騎士二人相手に素行の悪い生徒を叱るような侍女をユノは知っている。


「とにかく、お二人にはしばらく頭を冷やしてもらいます!もうちゃんとイスラ様にはお話がいっていますからね、厳罰は免れないと思いなさい!!」

「厳罰だと?ふん、どうせ武器庫の手入れだろう今月に入ってもう三回やったわ」

「自慢げにいうことじゃないよね、ルビィ」


 汗だくで駆けつけた衛兵を伴って、ルビィとフリードが退場する。

フリードの方は落ち着かない、しかしどこか安堵したような表情で、ルビィの方はというとこちらを睨みつけながら「次こそは」「必ず果たす」と、唇の動きからそう読み取れた。

ユノはその親子のような身長差の二人の背中を奇妙な感情で見つめる。

仇討ち、復讐。どうもユノがこれまでで体験してきたような、どろどろとしたドス黒い情動は感じなかった。家を焼き、闇討ちし、大切な何ものかを人質にとって「目的」を完璧に果たそうとするような、ある種の「真摯さ」を感じなかった。

溢れるような怒りはあった。しかし、それのみだった。


「ご足労をかけながらとんだご無礼を…お久しぶりでございますわユノ様」

「ウルスラ」


 ウルスラ、それが侍女の名前だ。

「こっち」の世界には珍しい黒髪黒瞳、彫像の如き美貌。白いふくよかなシルエットのドレスを身に纏い、頭に「聖女セリアに選ばれた証」である花飾りを付けている。ただの花ではない、10年に1度開花するらしいフライヤの花だ。

フライヤの花には一般に普及する魔術マジカルやエルムト出身の者のみが扱うことのできる魔法ウィザードリィ魔族たちが人と違う体系で生み出した妖術ソーサリーのいずれにも当て嵌まらない奇跡のような力が篭められており、あらゆる毒・洗脳・呪いを跳ね返す力があると言われている。

ユノ達が授かった“勇者の加護”と同じ力なのかもしれない。

花の奇跡に守られ、王家と姫に選ばれた6人の侍女は特別な権力を持ち、死ぬまでその側に仕えるらしい。

だから「こっち」に召還された当時からユノはウルスラを知っている。

「みんな」と同じようにユノを擁護してくれる数少ない一人だ。


「それでは行きましょうユノ様――セリア様がお待ちですよ」

「………うん」



 リーンベルネの西庭にひっそりと佇む白亜の建築――礼拝堂の一室。

そこに幾人かの侍女を従えて、一人の女性が居る。

王家に位置するものを顕す金髪は顎のラインで切り揃えられ、今にもさらさらと音を立てそうな細やかさだ。意思の強さを感じさせる深い蒼の瞳、どこか緊張したような匂いを漂わせる唇は桜色だ。

被服は白を基調としたドレス――周囲を固める侍女のものによく似ている。しかし目ざといものであればそのドレスには「守護」を機能するルーンが縫いこまれ、周囲のマナに呼応して淡い光を発しているのに気づくだろう。

「フライヤの花」よりも一段と強い力を持つ強力な魔術式だ。


「セリア様、ウルスラがユノ様を連れてこちらに参ります」

「そう…わかったわ」


 周囲を固める5人の中でも一段階級が高いと見える侍女がセリア――セリア・ランバルディア・イヴヴァルトに耳打ちする。

それを受けて聖女と名高い姫君は緊張を一層と強めたまま立ち上がる。

白い薄手の長手袋に包まれた指先を落ちつかなげに胸元で組み合わせている。

期待と不安――その二つのよく似た感情が蒼い瞳の中で揺れている。


 彼女は、ユノはどう変わってしまっているのだろう。

2年間の「契約」――それを提案したのは他でもないセリアだ。

間違った判断をしたとは思っていない。ユノは大きな罪を犯した。勇者という人類の守護者でありながら、魔族を助け「エインヘリャル」の騎士を殺害する。それも殺された20人の騎士は大陸の主要国の有力な貴族たちだった。ランバルディア出身のものもいる。貴族の感情としても国民の感情としてもどんな「理由」があったとはいえ許容されるものではない。


(でもユノが、わたしの友達が、死んでしまうなんて耐えられなかった)


 それは傲慢な考えだろう――彼女の二年間を思えば。

セリアは父であるランバルディア王と交渉して「契約」をユノに課することにした。

死ぬまで、文字通りモンスターか魔族か、はたまた人間かに殺されるまで無償で戦い続ける。

あくまで「戦いで死ぬ」ことが前提だ。それ以外の死因。つまり病による死や飢餓による死は含まれない。

王宮の癒し手がすぐさま傷病を取り除く。

老衰も同様だ――もっとも、勇者の加護がある限りユノが老けることはない。

自殺は、魔術によって出来ないようにさせられている。

仲間もなく、孤独と死の危険だけを味わい続ける――生き地獄。


しかし、その「契約」が唯一貴族が権限の手を伸ばし得ない不可侵のものだった。


 ランバルディアの王族は貴族の傀儡だ。他でもないセリアはその考えを持っている。

古来より戦争による勝利で発展してきたランバルディアの王族は、いつからか国の運営を貴族に任せるようになった。立法も、司法も、行政も、経済も、国の運営という運営を貴族が受け持つことになった。

だからこの国は一見王族に全てが従っているように見えるが、実体は貴族が支配する国だ。

気がつけば――セリアの幼少のころから、王族は国を実質的に支配出来なくなってしまった。

しかしそんな状況の中でも、どんな重要なポストにいる貴族であれ頭を垂れて遵わなければいけないものもある。

それはウォー・エイジ、王族の始祖に主神ドンナーが与えた「神の法」だ。

5つの石版からなるそれの中に「契約」は記されている。


『戦の中で、許されざる罪を犯せしものには、安楽な死を奪い永遠に闘争を与えよ』


 それをセリアが見つけ――ユノに課した。

その「契約」は貴族たちがユノに課そうとした罪――つまり拷問の末火炙りにして死罪。

それよりも位が高い刑なのだ。

貴族は王族を操作出来るが、神とその巫女の考えは変えることは出来ない。


 セリアは意を決したように歩きはじめる。5人の侍女達はしずしずと彼女の背後に付き従っている。

居室を抜け、石造りの回廊を抜ける。回廊の天井には主神ドンナーと海に封印された悪神ミズガルズの争いが描かれている。雷を纏い、鉄の槌を振りかざすドンナーと巨大な蛇に姿を変えたミズガルズの姿。その下では筋骨逞しい人間たちが己の神の勝利のために果ての無い戦いを繰り広げている。

そして装飾が施された扉を開け――その中に白髪の少女の背中を見出す。

小さな背中、傷だらけのポンチョに包まれた肩。手がぎゅっ、とズボンの裾を握り締めているのが見えた。

開いた音を聞きつけてか、少しだけ肩が震え、ゆっくりとその背中が呟く。

伺うような、怯えるような色をその声にセリアは幻視した。


「こんな格好で来て――…怒る?」

「いいえユノ、そんな事はないわ」

「嘘、きっとしかめっ面をしてるわセリア」

「そんな事ない、そんな事、ないわ」

「……ひ、久しぶり、セリア」

「ええ、ええ、おかえりユノ!」


胸の中に熱いものがこみあげて、堪らずセリアは少女の背中に飛びついた。



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