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或る少女の独白♯1


 どうして、忘れてしまっていたんだろう。

 どうして、不思議に思わなかったんだろう。

 ずっと。

 生まれてこの方ずっと、そうだったじゃないか。


 わたしは、向月ゆのは、普通の女の子なんかじゃなかった。


 ……わたしはあまり協調性のない子供だった。

 友達がいないということはないものの、あまりはしゃがず、あまり遊ばないそんな子供だった。

 休み時間や休日にも教室や自分の部屋にこもって黙々と本を読んでいた。

 自分の居場所がここじゃないってずっとそう思ってた。

 周りにいる人間が全て違う世界の、架空の物語の登場人物のように感じられて現実の存在と思えなかったから。

 よく神話や異世界での冒険活劇を描いた小説や漫画を好んで読んでいた。

 そっちの方が、リアルに感じられたから。


 ……ある出来事が起こった。

 小学校のクラスメイトの1人が苛められていた。

 勉強は出来るけど身体はひ弱で、言動もどこか大人びていて……そんなところがわたしもそんなに好きじゃなかった。

 苛めていたのは親がどこかの会社の社長だとか、苛められている少年の父親の会社の重役だとか、とにかく誰かれ構わず権力を振りかざしたがるつまらない子だった。

 そいつは自分の取り巻きを引き連れて苛められっ子を取り囲んで、校庭の隅にある体育用具倉庫の裏まで連れていった。

 確かわたしは体育の係か何かで、鍵を持って倉庫から何かを取り出そうとしていたっけ。

 その時、何かが壁に叩きつけられるような音を聞いて気になって……倉庫の裏を覗いた。

 苛められっ子は口から血を流していた。

 取り巻きのやつらが彼を押さえつけ、自分たちのボスに彼の顔を殴らせていた。

 苛められっ子は叫ぶこともなく耐えているみたいだった。

 今こうして殴られているのは一時のことで、我慢すれば何事もうまくいくと思っているみたいだった。

 それがボス格の少年の「しゃく」に障ったのか、暴力は激しくなる一方で。

 わたしはそれをしばらく視ていて――そう、不思議に思ったのだ。


“どうして、我慢なんかしているんだろう”と。


 わたしの、向月ゆのの目には、その「イジメ」の現場が滑稽な茶番にしか見えなかった。

 あんな針金のようにひ弱な拘束をどうして解けないんだろう。

 あんな止まって見えそうな遅い拳をどうして避けることが出来ないんだろう。

 心底不思議だった。

 価値観が、感覚が、色々なものがずれていた。

 なかなか心を折らない苛められっ子に業を煮やしたのか、ボス格の少年が足元から石を拾い上げた。

 拳大の尖った石だ。

 それで頭を殴りつけるつもりなのだろう。

 それがどんな結果を招くのか考えることもなく。

 

ああ、いけない。


 ……純粋にそう思った。

 正義感や義憤などという高尚な感情ではなかったと思う。

 ただ単純に――苛めっ子たちが行おうとしているその行動が、すごく間違っていたから。

 宿題で、計算ミスを消しゴムで消すのと同じで。

 目の前にある直せる誤りを、当たり前のように正す。

 その認識が、身体を魔法のように動かした。


 それから――


 それから先に何があったのか、詳しくは憶えていない。

 ただ気づいたときには苛めっ子の少年たちは全て地面に倒れ伏していて、わたしはその中心に棒立ちになっていた。

 足元にはボス格の馬鹿がうずくまり、折れた指先の痛みに泣き喚いていた。

 自分の拳を見ると、皮が捲れ血が滲んでいた。

 痛みはあまり感じず――逆に、剣の刃が砥ぎ直され、元の鋭さを取り戻したような一種の爽快さすら感じた。

 しばらくそうして立ち竦んでいると、遠くから叫び声が聞こえてきた。

 振り返るといつの間にかいなくなっていた苛められっ子の少年と先生たちだった。

 口に血を滲ませた少年はわたしを指差して教師に何かを叫んでいた。

 架空の物語の中の――化け物か悪魔を見た村人のような口調だった。




それから――


 それほどたいしたことは起こらなかった。

 慌てふためいた先生たちに取り押さえられて、数日の間自宅謹慎になった。

 苛めっ子の馬鹿どもは全員病院送りになり、何人かは転校していった。

 わたしも転校した。

 たいしたことじゃなかった。

 通学が徒歩からバスに変わるくらいで、困るようなことは何もなかった。

 家族は――今は殆ど顔も思い出せないけど、もちろん怒ったけど、味方でいてくれた。

 お父さんもお母さんもどちらも法律に携わる人間だった。

 お父さんは警察官――それも小説やドラマの中では「刑事」と呼ばれるような人種の人間で、お母さんは弁護士だった。

 法律には反するけど、目の前の不正に対して行動を起こしたわたしを誇りに思っている節すら感じた。

 そういえば、お姉ちゃんもいたっけ。

 寡黙で普段あまり話すこともない変わり者のお姉ちゃんは――1冊の本を渡して、それで終わりだった。

 本は空手とか、ボクシングとか、コマンドサンボとか……格闘技について記したものだった。

 図鑑のような本だった。

 すごく面白かった。

 内容を頭の中に入れていく内に、自分と世界とのずれが正されていく気がした。

 身体を動かして、本に書かれている技術を実践してみた。

 面白いくらい簡単に身体が覚えた――そうあるべき、と決められてるみたいだった。

 その本に書かれてることを実践できる頃には、自分の身体は他人と比べて構造が違うのだと自覚した。

 わたしの身体は武器だった。

 鍛えれば鍛えるほどに鋭くなる剣の刃と同じだった。

 そしてその刃には鞘がなく、抜き身だった。

 そのことが他人にはどれほど危険で、都合が悪いことであるのか十分に学ぶことが出来た。

 だから新しい学校――エスカレーター式で上がった中学校では出来るだけ自分の力を隠して過ごすことにした。

 苦しかった……前にはない感覚だった。

 自分の身体が「早く研ぎ直せ」と疼くのを時々感じたから。

 これは困った。

 わたしという武器は他人に切っ先を向けていないと気が済まないようで、時々頭の中で誰かが囁くようになった。

 例えば屋上でシーツを広げて友達と談笑しているとき。

 この姦しい女どもを打ちのめすのに、何秒かかるのだろう。試してみる気はないか、とか。

 例えば廊下で数人の不良ぶった馬鹿どもが、ふざけてバケツをひっくり返しているのを見たとき。

 今目の前で不正が行われたぞ、それを正すのは難しいのか、おまえの力はその程度のものなのか、とか。

 例えば普段あまり話さないクラスメイトが、人気のないところで顔を赤らめてわたしに話しかけてきたとき。

 目の前にいるこの矮小な男はおまえの従者に成りたがっているようだぞ、追い払うかそれとも価値を試すか、どちらかしなくても善いのか、とか。

 そんな「都合の悪い」考えで頭がいっぱいになって……とても苦しかった。


 だから――


 頭の中の囁きを沈める機会はいっぱいあった。

 特に夜の街を歩けば幾らでもあった。

 ゆすり、ひったくり、恐喝、窃盗、万引き、かつあげ、暴走、売春、麻薬――

 自分が住む“豪前町”はそんな犯罪が、宝石商がゴザの上に広げた粗悪な装飾品みたいにぞんざいに転がっていた。

 躊躇う理由はなかった。

 これは自分が暴走しない為でもあるし、街の治安の為にもなる。

 特徴を極力少なくする為にノープリントのパーカーを着て、フードで顔を隠した。

 相手を油断させる為、スカートを選んだ

 でも下着が見えるのは嫌だったから、スパッツを履いた。

 効率的に敵に対処出来るように、鉄製のサックと鉄板で補強されたエンジニアブーツで武装した。

 そして家族が、平和な街の一面が寝静まる頃に部屋を抜け出して街へ狩りへ出かけた。

 そのときのわたしは肉食獣だった。

 犯罪見つけては牙を剥いて追跡し、拳で、脚で、肉を喰らうように引き裂いた。

 敗北も、間違いも犯さなかった。

 フードで顔を隠した途端に、特殊な才能でも芽生えたみたいに犯罪を看過し、誤解することは一度もなかった。

 そうしてる内に、犯罪から救ったことになる人たちが「パーカー姿の少女」に感謝し、賞賛するようになった。

 なんとなく、後ろめたい気分になった。

 漫画や小説とかの――その時好きだったアメリカンコミックのヒーローみたいな格好いい理由で戦ってたわけじゃない。

 対処療法でしかなかったから。

 自分と世界のずれは修正され、身体が研ぎ澄まされていくのを感じたから。

 その為に――否、つまらない犯罪を粉砕するたびに沸きあがる「やってやったぜ」の為に戦っていたから。

 誰もそのことを知ろうとしないし……知ることなんか出来るわけがない。

 そのことが後ろめたくて、でもやめられなくて戦い続ける内にどんどん有名なっていった。

 そうして戦う内に、あいつらに声をかけられた。

 わたしと同じく――夜の街の犯罪と戦うヒーロー。そのマネをする変なやつらに。

 1人の天才によって組織された4人のヴィジランテ。

 ファンタスティック・フォーか、アベンジャーズ。

 わたしとあいつらは、幾度かの諍いののちに協力して戦うようになった。

 まるでスーパーマンとバッドマンか、トニー・スタークとキャプテンアメリカのように……。


 それが。


 それが“豪前町のフーデット・ガール”の、ユノ・ユビキタスのオリジン。



 それから――どうなった?


 どうしてわたしは「ここ」に来た?


 どうして忘れていた?


 わたしは……どうして何も憶えていない?



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