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第39話 Fの怪(1)

「私ね。入学してすぐ、死のうと思ってたんだ」


 会話の内容と合わない明るい声で落合は言った。首元に包帯を巻いて病室のベッドに座ってはいるが顔色はいい。

 私は落合のベッドの側に備え付けられた丸椅子に座って話を聞いている。

 学校の近くの病院に私は落合の見舞いにやってきた。あの後、私は救急車を呼んだ。首には紐の跡が残っただけで落合は意識を失っただけで外傷は殆どない。

 意識が戻ったのはあの夜から3日経った昨日だった。

 学校で意識が戻ったという報せを聞いた私は今こうしてクラス代表として落合のお見舞いに来たのだ。

 多くの落合ファンがお見舞いに立候補したのだが理事長のご指名だと聞かされると静かに引き下がって行った。

 学校では忘れ物を取りに行った落合が体調不良になり、偶然駆けつけた私が救急車を呼んだという話になっている。


「驚かないんだ。やっぱり文香はどんな時でも冷静なんだね」

「ううん。驚いてる。驚いて……声がでなかった」


 落合が死にたいと思っているかもしれないことに気が付いたのはつい最近のことだから改めて本人の言葉で聞くと信じられない気持ちになる。爽やかな王子のようなルックスで何でもできて人気もある落合の口から「死」という言葉を聞くと自分の頭がおかしくなったのかと思ってしまう。

 そんな私を横目に落合はふっと息を吐くと話を続けた。


「高校の制服を着た私をお母さんの彼氏が写真撮ってきてさ……吐くかと思ったよね。あいつ、お母さんの前では良い彼氏面、父親面してるけど、私の前ではただの変態だから。目が娘を見るようなそれじゃないから……。その後すぐ髪も切ってスラックスにしたけど、家では相変わらず視線を感じるんだよね」


 落合が王子になった理由を知って私は複雑な気持ちになる。こういったデリケートな問題を誰かに打ち明けるのは難しい。

 私だったら誰にも話せないかもしれない。自分が性的なことで被害に遭っているなんて。惨めだし、恥ずかしいし……そんな目に遭った自分のことが情けなく思えるのだ。人を怖い目に遭わせる方が悪いのだが、何故か被害にあった方が自責の念に駆られてしまう。

 それは自分の心を守るための心の防衛本能らしいが、決して良い働きとは言えない。何故辛い目に遭った人自身が悪いのだと思わなければならないのか。私は人間に備わった防衛本能ですら恨めしく思った。人を嫌な目に遭わせた奴が絶対に悪いのだ。絶対に。

 夢の中で疑似的にではあるが、私も落合が経験したようなことを体感したから分かる。

 自分の体を舐めまわすように見る視線。落合は今までずっとひとりで耐えてきたんだろうか……。落合が味わってきたであろう絶望と恐怖を思い出し、私はお腹がきりきりと痛んだ。自分の腕を回して自分の体を抱きしめた。


「その時に今まで溜まってたもんが爆発しちゃって……ロープを買って、学校の人目につかない『縁結びの木』の傍に行ったんだ。家だとあいつがいるしお母さんもいる。死ぬなら学校がいいと思った」

「うん」

「死のうと思って縁結びの木にロープを結び付けてたら足元にこれが落ちてて。その時は気に入って鞄に付けたんだよね。どうしてか分からないけど……」


 そう言って落合が鞄に付けていた赤い布袋のお守りをちらつかせてみせた。どう見ても落合の趣味ではなさそうだ。これも華島はなしまハツに憑りつかれたせいなのだろうか。


「それからかな。私が私じゃなくなったのは……。ひかりへのSNSのリクエストとか悠乃の手紙も夢の中の出来事みたいにぼんやりと思い出せる。でも私がやったっていう確信が持てないんだよね」


 落合は話しながら首を傾げる。


「なんて言えばいいんだろう……。私の身体なんだけど、私の意思とは違った動きをしてるというか……。幽体離脱して私の行動を外から見てるみたいな感じだったんだよね」


 憑りつかれているという状態はそういうものなのかもしれない。説明してもまだ釈然としない様子でいる落合に私は考察した内容を語る。


「旧校舎の黒板の落書きも落合……さんが書いたんでしょう?それと女学生の日記も私がやって来ることを想定して準備しておいたんだね」


 一度「落合」と呼んでしまうと癖になって呼んでしまう。さん付けで呼んでいた相手をいきなり呼び捨てにするなんて……。呼ばれていた相手は戸惑うだろう。私が言いにくそうにしていると落合がくすっと笑った。


「呼びにくいなら落合でいいよ。うん、たぶんそう」

「……そのお守り……ちょっと貸して!」

「あっ。ちょっと!」


 私は落合から赤いお守り袋を奪うようにして取り上げる。袋の中身を無理矢理こじ開け、逆さにして左の掌に中身を出した。

 お守りから現れたモノを見て私達は言葉を失う。


「これって……」


 黒い糸の束が輪っかになるように赤い紐で結ばれている。


 黒い糸の束……それは人の髪の毛だった。


 私はすぐに華島ハツがおまじないに使った品だと悟った。何の因果か。自分が女であることを後ろめたく思う落合の手に渡ってしまった。このお守り袋に入った髪の毛ののろいによって落合は華島ハツに憑りつかれてしまったのかもしれない。


「たぶん女学生のものだと思う。これ、理事長に話して一緒にお祓いしてもらうから……」

「え?なんで千代子ちゃん?」


 千代子理事長の気安い呼び方に呆れながら私は説明した。


「縁結びの木、他の場所に移植されたんだ」


 千代子理事長は生徒達の噂話を聞き流している風に見えたが本当は真剣に考えてくれていたらしい。縁結びの木を他の場所へ移動させるために業者を手配してくれていた。


「それでね、その木の根元から……髪の毛とボロボロになった日記がでてきたらしいよ。その髪の毛と一緒にこのお守りも理事長にお祓いしてもらうようお願いしようと思って」

「髪の毛と日記?」


 落合の表情が凍りつく。そんなものが私達の身近なところに埋まっていたなんて想像すらしていなかった。ずっと女学生の恨みを踏みつぶして学校生活を送っていたのだと考えると恐ろしい。


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