第15話 ナナシさんの怪(3)
「……」
落合と私の間に緊張感が高まる。実害が何もなければ急いで調査しなくてもいいかと思っていたが……。そうはいかないみたいだ。私は身を乗り出すと棚上さんに問いかけた。
「それっていつ?どんな状況の時?」
「えっと……。部活帰り、2階の作法室から1階の下駄箱に向かう途中の階段です。ひとりだったんですけど急に背中を押されて……。咄嗟に手すりを掴んだから怪我とかはなかったんですけど」
「周りに人は?」
「誰も居ませんでした……」
話していて怖くなったのだろう。棚上さんの顔がさっと青ざめる。
これは……危険な心霊現象なのではないだろうか。私が注意を促そうとした時だった。
「部活終わりで疲れてたのかもよ。ほら、茶道って正座するじゃん!足がもつれたんだよ」
落合がそれを遮るようにわざと明るい声で言った。私が言おうとしていたことを察したようだ。
どうやら棚上さんを怖がらせるなと言いたいらしい。心霊現象の真相を解明するにはもっと棚上さんから聞き出す必要があるのだけれど……。怯えている姿をみると今日はやめた方がいいのかもしれない。
「そうですかね」
「そうそう!後のことは任せて。その不思議現象を文香と私が解決するから!」
心霊現象について何も知らないくせに落合が元気よく答える。また適当なことを言って……。それでも幾分か棚上さんの表情が和らいだのを見るとこれで良かったかのかもしれないとも思った。
「あ。私、次移動教室なのでもう行きますね」
食べかけのお弁当を包み直すと棚上さんは深くお辞儀をする。
「お話聞いてくれてありがとうございます。少しだけ気持ちが楽になりました。また何かあったら報告しますね」
私も会釈する。落合は片手を振りながらにこやかに棚上さんを見送った。
「大丈夫かな……棚上さん」
「少し危ない状況かもしれない……」
私は腕組をして険しい表情を浮かべてみせた。心霊現象が起こる時には必ずきっかけがある。
何か禁忌を犯した時、あるいは誰かに強く恨まれている、執着されている時だ。
「棚上さんのグループに話を聞く必要がありそう」
「残りの3人にね」
落合の言葉に私は顔を顰める。
「2人でしょ?棚上さんを入れて3人なんだから」
落合は素で間違えたのか、それとも天然なのか。頭を掻いて首を傾げる。
「そうだっけ?まあ、いいや。私話きいてくるよ」
「私も話、聞くよ」
私の申し出に落合は目を瞬かせた。
「珍し~。文香が人と積極的に話そうとするなんて」
失礼なことを言われている気がするが……。敢えて聞き流す。
「今回は三人のはずなのに四人いるっていうのが問題だから。もうひとりを見つけるためにはひとりずつ接触を図る必要がある」
「それもそうだね。じゃあ一緒に聞き込みしますか!」
落合が眩しい笑顔を見せる。どうしていつも楽しそうなのか。私は落合の笑顔を呆れたように眺めていた。
はじめに私達が話を聞いたのは加河悠乃だった。王子……こと落合に声を掛けられれば大半の生徒はにこやかに応じてくれる。
加河さんは棚上さんよりも背が高く、言いたいことをズバッと言う生徒だった。女子校では自己主張が強い生徒が多いような気がする。私はそうでもないけど……。だから加河さんの性格のきつさは東雲女子高等学校内では普通の部類に入る。髪型はウルフヘアでバンドをやっていそうな雰囲気を醸し出していた。冷房が効きすぎる席の位置にいるのか。薄手のフード付きパーカーを羽織っている。
「芽衣から相談?ああ、心霊現象でしょ?背中を押されたって話」
「何か心当たりはない?」
「ないよ!というか芽衣が目立ちたくて言ってるだけじゃない?」
棘のある言い方に私と落合が顔を見合わせる。同じ部活で同じクラス。同じグループで仲が良いのではないのだろうか。仲良しグループに所属しない私が言うのもあれだが。
「聞いてよ!芽衣さ二人組を作る時に英麻と組んだの。三人だとひとりあぶれるっていうけどさ……それにしたって酷くない?いつも一緒にいるんだからさ。少しは気を遣えって感じ。大人しくていい子ちゃんみたいな顔してるけど実際は容赦なく人をハブく性悪だからね」
加河さんが髪の毛を弄りながら愚痴る。一言の隙さえ与えない早口に呆然とする。私が久しく人の輪から離れていたせいか。人の愚痴を聞くのがすごく久しぶりで新鮮な気持ちになる。聞いていて決していい気持にはならないのだが、女子の人間関係特有の毒に触れて懐かしい気持ちになった。
「こっちはぼっちにならないようにグループにいるだけなんだから。クラス変わったらおさらばだからね」
どうやら加河さんは好きで棚上さん達と一緒にいる訳ではないらしい。
「というか……。なんでおふたりさんは仲いいの?明らかにタイプ違くない?」
痛いところを突かれる。それはそうだ。王子と不気味な日本人形とではタイプが違いすぎる。私と落合が仲良しなんてとんでもない。面倒くさいことが起こる前に周囲の誤解を解かなければ。私が否定しようとする前に落合が爽やかな笑顔で答える。
「そうかな?友達にタイプとか関係ないんじゃん。一緒に居て楽しいかどうかだよ」
そう言って肩を引き寄せようとしてきたのでさっと反対側に体を避けた。落合が不服そうな表情を浮かべているが知らん顔をする。
「加河さんはグループ内でひとり多いなとか思ったことある?」
「ひとり多い?何それ?」
愚痴を言って清々しい気持ちになったのか。それじゃあねと加河さんは教室に戻っていった。自然と棚上さんのグループに戻っていくものだから不思議だった。
あれだけ悪口を言っていたのに何事もなかったかのようにグループに戻ればすぐ楽しそうに棚上さんたちと会話する。その変わりようはまるで女優のようでもあり二重人格者のようでもあった。
「知っちゃいけないことを知っちゃったね」
落合が萎れた表情を浮かべるのに対し私は冷静だった。
「こんなもんじゃない?学校の人間関係なんて」
男女問わず人間関係において表向きは仲良くして裏で悪口を言う子がいることは珍しくない。今まで生きてきて見かけなかったことはないほどだ。人間の基本的な性質のひとつだと考えていいだろう。
そういう私も心の中で落合に言いたい放題言ってるので人のことは言えない。この場合口にするかしないかが重要になってくる。
いくら相手のことが気に入らなくても口に出すことはおすすめしない。絶対に面倒くさいことになるし。
悪口は相手を呪い、自分も呪われる。
決して良い作用を起こすことはないのだ。
とはいえ人の性質というのは本人の意思でないと変えることはできない。周りがとやかく言ったところで変わることではないのだ。
表の顔と裏の顔をうまく使い分けることができるのはある意味生きるのが上手いとも言える。決して良い人間ではないが……そういう意味で加河さんは要領の良い、器用な人なのかもしれない。
「文香ってば……大人すぎ。人生何週目なの?」
驚く落合を見上げ、私はC組の教室を指差した。
「まだ一週目。ほら。早く次の子呼んできて」




