子どもに罪はない筈だから
――ティルダ達がカーサの屋敷へ着いた頃、王城では。
俺の名はラインハルト。
ランタッベル大国の王太子だ。
まだ十三歳だが半年前から国王が床に伏している為、寝る間も惜しんで勉強詰めの日々を送っている。
いずれこの国は自分のものになると言われても投げ出したくなることばかりだ。
生まれた瞬間から注がれる期待と重圧。
俺は敷かれたレールをただ歩くだけ。
一歩でも踏み外すことは許されない。
そんな人生が本当に幸せなのかと思うこともある。
「ラインハルトお兄様!」
「マリアーナか、どうした」
鬱蒼とした気分を変えたくて司書室へ向かっていたら、二つ下の妹マリアーナに呼び止められた。
胸に何かの参考書を抱え、媚びるように菫色の瞳でジッと俺を見つめてきた。
何かイヤな予感がする。
「昨日出された課題なんだけど解き方が分からないの。 教えて下さらない?」
「……どこだ」
「ここなの」
マリアーナが開いたページの問題文を読んで、俺は大きく溜息をついた。
「そこは前にも教えた筈だ。 自分で考えろ」
「そんなぁ! お兄様冷たい!」
甘えるマリアーナを無視して俺は再び司書室へと向かった。
全く、馬鹿な妹を持つと疲れる。
マリアーナは魔法の才はあるみたいだが頭の方は贔屓目にみてもさほど良くない。
それでも王族という肩書があるからこの先もきっと困ることはない。
女はラクでいいよな。
着飾ってお茶会や夜会で喋ってるだけで良いんだろ?
それに比べて俺は勉強、勉強、勉強、勉強。
本っ当に嫌になる。
そうだ、母上に頼んで外で魔法の練習でもするか。
ティルダを使えばストレス発散にもなるし。
よし、本を返して早速母上に相談しに行こう。
「三日も経つのにまだ見つからないってどういう事よ!」
すると司書室の隣の部屋から金切り声が聞こえた。
何の騒ぎだ?
見つからないようそっと扉を少し開けて中を覗いたら、母上と宰相ドルトンとが何やら言い争ってる。
「申し訳ありません。 捜索範囲を広げておりますが、未だ有力な手がかりが掴めておらず……」
「足枷が外れても相手は子どもなんだから何としてでもつかまえてきなさい!」
足枷? 子ども?
……まさかティルダの事か?
ティルダは俺のもう一人の妹。
といっても母親は父が気紛れで連れて帰ってきた踊り子だから、母上は二人を酷く嫌っていた。
嫌うというか、あれば嫉妬だな。
母親はかなり美人だったし、そ娘のティルダは母親に似て控えめで可愛いし。
何度か二人でいるところを見かけたけど、ティルダ達のまわりだけ空気が澄んでいる様に見えた位だ。
ったく、父上も父上だ。
その場の情に流されて王妃以外の女と子を成すなんて、火種にしかならないのにホントいい迷惑だ。
振り回されるこっちの身にもなれよ。
にしてもティルダのヤツよく逃げ出せたな。
手引きをした奴でもいたのか?
暫く様子を見ていたら、母上が憔悴した顔でソファに腰掛けた。
「ねぇドルトン、本当にティルダには何の力も無いのよね?」
「現状ではそうですね」
「……現状では?」
「はい。 まだ幼いですから覚醒していないともとれます。 水色の瞳を持つフカルクの次期国王には先見の力があると噂されていますから、ティルダ嬢にも特殊な力を持っている可能性はあるかと」
「特殊な力って何よ?! 国の為になるかも分からないのにずっと見張ってなきゃならないの?!」
「そ、それは……」
「だからあの時もっと強力な毒を使えって言ったのよ! なのにあんたが情をかけるからあの子が生き残ったのよ! 母親と一緒に死ねば良かったのに……何で私があんな下賤の娘に振り回されなきゃならないのよ!!」
……嘘だろ?!
ティルダの母親は病気で死んだって聞いたぞ?
まさか母上が毒で殺したのか?
しかもティルダにも飲ませてたのか?!
幾ら憎くてもそれは無いだろ!
ただ王妃以外の女と出来た子どもだっただけ。
産まれた場所が悪かっただけだろ。
……全く、大人って勝手だよな。
だがティルダの存在が世間にバレれば国の尊厳にも関わってくる。
だから母上は消してしまいたい気持ちも分からなくはない。
不義の子が水色の瞳を持っているなんて公表できる訳ないから。
ランタッベルでは昔から青は王家の象徴とされている。
何故ならこれまで偉業を成し遂げた先人達が、全員瞳の色が青だったからだ。
俺も水底の様な深い青の瞳をもって産まれたから過剰な期待を背負わされるはめになった。
それに対してティルダの瞳は薄く、澄んだ空のような混じり気のない水色だった。
理屈からいくとさほど重要視されていない色だが、貴重ではあった。
ランタッベルでの水色は信仰する創造神が愛した色だと言われているからだ。
そして才能ではなく、創造神のように特殊な力を持っているという逸話がある。
天候を左右出来る力、予知能力、錬金術……。
これまで人間離れした力をもっていたのは大概水色の瞳の人間だった。
ただそれが必ずしも繁栄をもたらす訳では無い。
特殊能力というだけあってその力を暴走させて破滅へと導いた者もいたからだ。
国の繁栄か破滅への道か、はたまた杞憂に終わるのか。
まさに神のみぞ知るって話だ。
そう考えるとティルダに毒が効かなかったり俺達の魔法を上手く避けられたりするのも、偶然じゃないのかもしれないな。
そう考えると面白い話じゃないか。
ここは一つ乗ってみるか。
「もう嫌! 早くあの子を連れ戻してちょうだい! こんなの夜も眠れないわ!!」
そこで俺はバン!っと部屋の扉を開けた。
「母上!」
すると母上とドルトンが明らかに動揺した顔で俺の方を向いた。
でも母上はすぐに笑顔で取り繕った。
「あ、あらラインハルトじゃない。 一体どうしたの?」
「本を返そうと思って通ったら母上の苦しそうな声が聞こえたので入ってしまいました。 ……ごめんなさい」
この人は俺に弱いからちょっと猫を被るだけですぐ絆されるんだよな。
母上に駆け寄ると、案の定母上は俺を優しく抱き締めた。
「あぁラインハルト、貴方は本当に優しい子ね。 ありがとう」
よしよし、このまま話を進めていくか。
俺は母上の腕の中であたかも悲しいと訴えるように声を小さくした。
「……母上、もしかしてティルダがいなくなったのですか?」
「な、何故それを……!!」
「最近母上の様子がおかしかったから心配していたんです。 僕が一緒に探します!」
「いいえ、貴方はここで執務や勉学に励んでなさい。 ティルダの事はこの母に任せて頂戴」
そんなのまっぴらゴメンだ。
きっとこれを逃せばもう二度と『冒険』に出る機会はない。
せっかく世界を見て回れる絶好の機会を逃す訳にはいかない!
俺は目を伏せ首を振った。
「いえ、大人が動くと周囲が余計な詮索を始めるでしょう。 ですが兄である僕が『生き別れた妹を探している』とでも言って秘密裏に捜索すれば多少は違う筈です!」
まぁそこら辺の設定はおいおい考えれば良い。
とにかく今は了承を得るのが先決だ。
よし、目を潤ませてあと一押しだ!
「僕は母上がこれ以上苦しむ姿を見たくありません! ティルダは必ずや僕が連れて戻してまいりますから、母上は城で待っていて下さい!!」
すると母上は『まぁ……っ!』 と目に涙を浮かべて手で口を覆った。
そしてドルドンに視線を送って何やら相談を始めた。
母上は本当に俺に甘いなぁ。
暫く母の話にドルトンが何度か首を振っていたが、最終的には折れたみたいだ。
「ラインハルト、ドルトンと一緒にティルダを探してきて頂戴。 この旅も民の暮らしを視察するいい機会にもなるでしょう。 但し決して無理をしては駄目よ? 王太子という以前に、私の大切な息子なのだから」
「はい! 母上!!」
そして俺はとびきりの笑顔で母上に抱きついた。
うん、完璧だ。
俺はやっと、自由を手に入れたんだ!




