小さな体と大きな覚悟
「なんでだよ! シェム兄様はディオン兄様を助けたくないのかよ!」
「助けたいに決まっているだろう。 だからといって戦を引き起こすような愚かな真似はせん。 情に流されて敵国の姫を連れ出すなど以ての外だ!」
シェムエール様の怒りがビリビリと痛いぐらいに空気を震わせる。
まるで磨かれた刃のような視線に、私もカイも息をのむ。
ロウハさんに言われた通りだ。
この代償は、きっと命に関わる。
改めて自分たちがしようとしている事の重大さを思い知った。
私は両膝に置いていた手をきつくにぎり、自分の気持ちを伝えようと顔をあげた。
それとほぼ同時にカイが勢いよく立ち上がった。
「目の前にある手を取らないほうが余っ程愚かだ! 同じ方法を探してる間にディオン兄様に何かあったらどうするんだよ! そんなの後悔しか残らないじゃないか!!」
カイは声を荒げて、目には涙をためてシェムエール様をにらみつけた。
もちろんシェムエール様は眉一つ動かさない。
二人の間にバチバチと火花が散る。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
私がオロオロしていたら、カイはぐいっと拳で目元をこすった。
「フカルクは……ディオ兄とシェム兄がいなきゃダメなんだよ。 国を守る為には必要なんだよ! 二人を守る為なら今度こそオレは命を掛けてやってやる!!」
カイはダンッ!!と執務机をこわす勢いで拳を叩きつけると、ものすごい勢いで部屋をでていってしまった。
「カイ、まって!!」
おいかけたくても、バタバタバタ……っと足音はあっという間にきえてしまった。
シェムエール様もカイを追うことなく、出ていった扉の方を静かに見つめたままだ。
私たちなりに一生懸命考えて出した答えは、やっぱり受け入れられるものじゃなかった。
そう思ったとたんに涙があふれてきた。
「カイ……、カイ、ごめんね……」
言葉にしたら涙がとまらなくなった。
胸の奥いっぱいにたまった後悔が、涙になってどんどんあふれてこぼれ落ちる。
「……何故君が謝る」
「カイは、私がお兄さまたちから逃げてるのを見て連れ出してくれたんです。 国境を超える時だってカイは本当にこれでいいのか悩んでたのに、それを私が『行こう』って言ったから……。 私がフカルクの子になりたいって言ったから! だから悪いのは私なんです!」
「……」
カイは誰よりもやさしくて勇敢な男の子。
国境を越えようと決めたあの夜、きっとカイは自分の命がどうなるかもちゃんと分かってたんだと思う。
そう、だから一番愚かなのは私。
私のワガママがカイに自分の命を差し出すような事をさせてしまったんだから。
私はギュッと唇をかんで立ち上がり、シェムエール様が使っている執務机の前に立った。
「お願いします。 カイを処罰する前に私をランタッベルへ突き返してください。 ディオン様を治したら私が一人で出ていったことにして、カイを守ってあげてください!」
お城から逃げた時はオオカミさんだったから、アレがカイだって言わなきゃだれもわからない。
だから私一人が罪をかぶれば丸くおさまるはず。
するとシェムエール様はグッと眉を寄せて底冷えするような声で言葉をかえす。
「……ランタッベルに戻ればこれまで以上の絶望を味わうかもしれんぞ」
「いいんです。 そもそも私はあの人たちのおもちゃでしかないから……」
でもカイは違う。
皆に大切にされてる王子様。
生きてフカルクを守っていく使命がある。
「私はカイの力になりたい。 カイには幸せになってほしい! だからおねがいです、ディオン様を助けるお手伝いをさせてください! そしてカイを助けてください!」
私はシェムエール様の腕をつかんで訴え続けた。
でもシェムエール様は何も言ってくれない。
どうしたらいいの?
どうしたらカイを助けられるの?
あんなにがんばったのに、カイは悪いヒトになるの?
私は声が枯れそうなぐらい、シェムエール様に何度も同じ質問の答えをたずねた。
そして涙も底尽きそうになった時。
私の頭をすっぽりと包めるぐらいに大きな手が、そっと私の頭をやさしくなでた。
顔をあげると、細められた金の目と目があった。
眉を少し下げて私を見るシェムエール様の顔が、フッとカイの顔を重なって一瞬ドキリとした。
「それ程の覚悟を持っていたとは思わなかった。 見縊ってすまなかった」
私が首を横に振ったら、シェムエール様は長い指で私の目元をやさしく拭ってくれた。
そして立ち上がり、私の手をとってさっきまでいた椅子へと座らせてくれた。
そしてシェムエール様も、カイが座っていた場所にギシリと腰を下ろした。
「国を預かる立場からいうと不謹慎だとは思うが、兄としては……カイはよくやったと思っている。 危険を顧みず兄上を起こす方法を探し出し、それを持ち帰った。 ……並の覚悟ではなかった筈だ」
シェムエール様は一つ一つ確かめるように話をつづける。
「それに加え精霊の愛し仔と呼ばれる君を救い出したのだ。 精霊信仰である我々からしたら、それは英雄に値する功績だ。 だがランタッベル側がそれを黙認するとは思えない。 最悪の状況も懸念される。 それはどういう事か、分かっているな?」
関係悪化、もしかしたら開戦の引き金になる。
そのきっかけを作るのは私かもしれない。
心臓の音がドクドクと耳の奥で鳴りひびく。
それでも。
「もちろんです」
そう伝えると、シェムエール様は眉を下げて小さくため息をついた。
「……では我々はカイの処遇について最善を尽くす事を約束しよう」
「……ありがとうございます!」
カイ、カイの思いはちゃんと伝わったよ!
だから大丈夫。
一緒にディオン様を助けにいけるよ!
小さくなっていた明かりがまた、ポゥッと命を吹きかえしたように輝きだした。
「それにしても、あんなに毛を逆立てたカイを見たのはいつぶりだろうか」
「そう、なんですか?」
「あぁ。 五年前に母を亡くしてからはすっかり従順になってしまってな。 病死だったからあいつなりに後悔もあったんだろう」
じゃあ『今度こそ』っていうのは……そういう事……?
「私といる時のカイは……いつもぶっきらぼうで、大声でケンカしたことだってあります。 でもカイのシッポを見てたらホントの気持ちがそこにある気がして、それを見るたびに『やさしいな』って思います」
「尻尾……?」
「はい! 手をつないでくれたりする時はよくシッポがゆれてて、すっごくかわいいんです!」
そう話すとシェムエール様はなぜか口を押さえて向こうを向いてしまった。
肩が震えてるみたいだけど、気持ち悪くなっちゃったのかな。
「シェムエール様、大丈夫ですか?」
「いやすまない。 そうか、やはりカイはそんなふうに思っていたのか」
「何をですか?」
「私の口からは言えないが、敢えて言葉にするなら君の存在がとても嬉しかったんだろう」
「……私が?」
「あぁ。 ようやく見つけた希望の光が自分と同じ志でいてくれた。 不安な中で理解者がいるのは誰でも心強いものだ」
「じゃあ私、ちゃんとカイの力になれてたのかな……」
「あぁ、間違いない」
カイの顔が浮かんで、スッと温かいものが胸の奥に流れ込んでくる。
その熱をたしかめたくて私は胸に両手をあてた。
うん、カイと手をつないでる時みたいに温かい。
「……よかった」
はじめて自分に自信が持てた気がした。
「ティルダ姫」
名前をよばれて顔を上げたら、シェムエール様は私の前に片膝をついていた。
目があった瞬間、そのきれいな金色がゆれた。
「どうか、君の力を貸してはくれないだろうか」
そう言ってシェムエール様は深々と頭をさげた。
膝の上でキツく握りしめたシェムエール様の手がわずかに震えてる。
「……いいんですか?」
「……私も、弟の覚悟を無下にしたくない」
シェムエール様の言葉にジンと胸が熱くなった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私も涙をふいて頭をさげた。




