甘くない現実
止まっていた時間の中で一番に口を開いたのはシェムエール様だった。
シェムエール様は視線だけクライブさんにむけた。
「人間が……、婚約者……だと? 一体誰のだ」
「カイ様のです! ですよね、カイ様!!」
「オレ?! いや、あの……」
いきなり話をふられてカイは顔を赤くしてしどろもどろになる。
そんなカイを見てシェムエール様の眉間のシワがさらに増えた。
どうしよう、ちゃんと話さなかったのがこんな事になっちゃうなんて。
「ま、まぁまぁ、あまり騒ぐとディオン様のお身体に障ります。 こんな時に兄弟がいがみ合う姿など誰も見とうございません。 シェムエール様、どうか気を静めて下さいませ」
一番冷静だったのはお医者様だった。
お医者様はカイたちに深々と頭を下げると、シェムエール様は『フン』と小さく鼻を鳴らし、カイからパッと手を離した。
私はドスンと尻もちをついたカイの側にかけよった。
「カイ、大丈夫?」
「あぁ。 ただ話がややこしくなっちまったな……」
ヒソヒソと小声で話してると、シェムエール様は眉を寄せたまま大きなため息をついた。
「カイ」
「は、はい!」
「お前はさっさと身を清めてこい。 そんななりで兄上に近づくな。 あとそいつもだ」
シェムエール様が指さした先は私じゃなく、そのとなりにいたコモンドルフィスさんだった。
カイにひどいことをしたのを怒ってるみたいで、シェムエール様に向かって唸り声をあげてる。
私はあわててコモンドルフィスさんを抱き上げて『大丈夫だから』と頭をなでた。
「何故コモンドルフィスの子どもを連れてきた。 国境付近にいるヤツの子かもしれないんだぞ? そいつを追って城まで来たらどうする!」
「その心配はいらない。 そこにいるのがあのコモンドルフィスだ」
「何だと?! そんな馬鹿な話が……」
「ウソじゃありません! 私たちはそれを説明しにきたんです!!」
とうとう気持ちが抑えられなくなって私は声を上げた。
するとシェムエール様は目を大きく見開いた。
でもすぐに氷のように目を鋭くする。
ピリピリした空気と威圧感に体がふるえる。
でもここで怯んだら、ディオン様の治療が出来なくなるかもしれない。
私はゴクリと息を飲んでから深く頭を下げた。
「私の事もこのコの事も全部お話します! どうか耳を貸して下さい!」
「シェム兄様、彼女はディオン兄様を助ける為にここまで来てくれたんだ。 ホントだからオレたちの話を聞いてくれ!」
するとカイもとなりで頭を下げてくれた。
こわかった気持ちがちょっとやわらいだ。
しばらくしたら、頭の上でシェムエール様がククッと小さく笑った。
「遊びで付いてきただけかと思ったが、なかなか肝の座った人間だな。 よし、説教ついでに聞いてやろう。 但し、そいつは俺が許可を出すまで城内に入れるな。 外に繋いでおけ」
そう言い残してシェムエール様はバサリとマントをひるがえしてそのまま出ていってしまった。
そしてバタン!と力強く閉ざされた扉を見て、私たちはヘナヘナと座り込んだ。
「……びっくりさせたな。 ごめん」
「カイのせいじゃないよ。 シェムエール様のいってる事はまちがってないもん」
「なら良かった。 まぁ、一番びっくりしたのはアイツの頭の中だけどな」
そういってカイは冷ややかな目でクライブさんを見た。
するとクライブさんは『ヒッ!』と小さく肩をふるわせた。
◇
カイの身なりも整い、私たちはあらためてシェムエール様のまつ執務室へと向かった。
「ムクムク、鳴いてたけど大丈夫かな」
「シェム兄様の許しが出たら一番に迎えにいってやろう。 キケンじゃないって分かれば一緒にいられるはずだ」
「そうだね」
コモンドルフィスさん改め『ムクムク』は、言われた通り庭園の作業小屋で警備兵さんたちと待っててもらうことにした。
いっしょにいるなら『コモンドルフィスさん』じゃかわいそうだし、シェムエール様に呼ばれるまでの間に二人で名前を考えた。
それが『ムクムク』だ。
ムクムクも気に入ってくれたみたいで、名前をよぶ度にクォンクォン!と走り回ってた。
こうしてかわいがってる事が伝われば、シェムエール様もきっとひどいことはしないはず。
といっても、心臓はバクバクして落ち着かなかったけど。
執務室には私とカイだけが通されて、クライブさんは外で待機する事になった。
だから部屋にはカイと私とシェムエール様だけ。
執務机でお仕事しているシェムエール様の前にどんと置かれた大きなソファに座って、私とカイは出会いから薬を手に入れるまでの話を全部はなした。
もちろん婚約者の話はクライブさんの勘違いだということも伝えた。
最初は魔物のような気迫で聞いていたシェムエール様だったけど、どんどん話が進むにつれて、指で眉間をおさえて項垂れてしまった。
「全く、あのバカは……」
よかった。
シェムエール様、信じてくれたみたいだ。
私たちはホッと胸をなでおろした。
それでもシェムエール様の眉間のシワは深いまま、大きな手で前髪をくしゃりと掻き上げて顔を上げた。
「どれも信じ難いな。 そもそも三人目の子どもがいたなんて話は聞いたことがない」
「だからそれはティルダを隠さなきゃマズイからだって言ってるだろ!」
「王が不貞を働いた上に水色の瞳を持っている。 しかも王妃とも似てないときた。 そうなると隠すか存在ごと消すしかないか……」
「シェム兄様!!」
「……今のは余計だったな。 すまない」
「いえ、本当のことですから大丈夫です!」
ケンカしてほしくないから笑って返事を返すと、シェムエール様は一瞬目を大きくした。
けどすぐに視線をカイにうつした。
「それにしても本当にランタッベルの薬が原因となると厄介だな。 薬の瓶も廃棄した後だったから調査できずに医者も頭を抱えていたな」
「持ち込んだ薬師は……?」
「もちろん自ら牢に入ったさ」
シェムエール様はギシリと音を立ててイスの背もたれに体をあずけた。
フカルクは精霊信仰だけど魔法が使える人種はほんの少しだけどいるらしい。
でも普段は山の奥にかくれているから、調査を依頼するにもかなり時間がかかるらしい。
ランタッベルの薬がまだフカルクで浸透していないのもわかる気がする。
「で、それを治したのがランタッベルのティルダ姫、君なんだな?」
「は、はいっ」
また射抜くように見つめられてピッと背筋が伸びる。
緊張はするけど最初に会った時のような冷たさは感じないから、信用されてないわけじゃなさそうだ。
「シェム兄様、確かディオン兄様も眠ってしまう前に薬を飲んでたよね?」
「あぁ。 薬師の話だと前日だな。 新人だったあいつは喉に効く良薬だと聞いて手に入れたらしい。 そして功績欲しさに上の者に相談なく兄上へ手渡したらしい。 ……兄上も人がいいからな」
カイが言ってた通り、ディオン様はやさしい人なんだ。
だからこそこんな事件が起きてしまったことに胸が痛くなる。
「まぁ原因が分かれば対処法も探ることができる。 一度その方で動くとしよう」
やった!
これでディオン様を助けられる!
パァッと気持ちが明るくなった私たちとは対照的に、シェムエール様は重いため息をついた。
「これで話は終わりだ。 カイ、ティルダ姫を早急にランタッベルへ帰国させるんだ」
「「え……?」」
「解決法を提示してくれた事には感謝する。 だが本来フカルクで起きている事件に敵国の姫が関わるなどあってはならない。 ここから先は我々だけで対処する」
さっきまでの時間がウソのように、金色の目を光らせるシェムエール様の声色には少しも熱を感じなかった。




