約束
『ティルダ』
誰かが呼んでる。
重たいまぶたを上げると、ちょっと泣きそうなカイの顔がすぐそこにあった。
でもそれは一瞬で、すぐに笑顔で私の頭をやさしくなでた。
「やっと目が覚めたか。 おかえり」
「……ただいま」
『おかえり』の言葉に思わず顔がゆるんだ。
よかった、ちゃんと戻ってこれたんだ。
それにしても体がすごく重たい。
でも手からはまだカイの熱を感じてホッとする。
「手、握っててくれてありがと」
「当たり前だろ、約束したんだから」
そう言ってカイはつないでた手を私に見せて笑った。
へへ、カイのこういうところ大好き。
でもいつからカイの膝枕でねむってたんだろう。
もしかして意識の世界にいる間ずっとこうしてくれてたのかな。
するとカイの後ろからバイエノールさんがにまにまと頬をゆるめて顔をだした。
「カイってばホント過保護なのよ。 コモンドルフィスが元に戻ったからもう手を離しても大丈夫だって言ってるんだけど、『イヤだ』って言ってずっと握ってたのよ?」
「そりゃは、初めてだし、一時間も目を覚まさなかったら心配になるじゃないですか!」
「一時間も? じゃあコモンドルフィスさんは?」
『クォン!』
「うひゃあ!!」
すぐそばで子犬みたいな鳴き声がしたと思ったら、いきなりお腹あたりがずしりと重たくなった。
そしてベロリとアゴをなめられてとび起きると、お腹の上に小さなコモンドルフィスさんがハフハフと舌を出して私を見上げていた。
「もしかして……あのコモンドルフィスさん?」
「あぁ、ティルダのおかげで元の大きさにもどったんだ。 でもバイエノールさんの治癒魔法なしでもキズが全部治ったんだよ。 ふしぎだよな」
そういってカイは私に乗っかっていたコモンドルフィスさんを抱き上げた。
するとコモンドルフィスさんはパタパタとシッポをふって『クォンクォン!』と元気に鳴いた。
それはきっと、あの精霊さんが治癒薬としての役目を果たせたからだ。
あんなちいさな体でこんなすごい事をするんだもん、精霊さんは本当にすごいや。
「二人とも、本当によくやってくれたわ。 ありがとう」
するとバイエノールさんが私とカイと、そしてコモンドルフィスさんもいっしょにギュゥッと抱きしめてくれた。
「私達精霊は生命を育む役目があるから、無闇に生き物を傷つけたりはできないの。 だからあの状況で助けられてホントに良かったわ。 あなたも今度からは見慣れないものを食べるんじゃないわよ?」
バイエノールさんに叱られてしょげるコモンドルフィスさん。
こんなに小さいと普通のワンちゃんみたいでかわいいな。
「あ!!」
突然カイは大きな声を上げて、ドロドロになった服の中ポケットからロウハさんから預かっていた手紙を取り出した。
「すみません! 少し折れ曲がっちゃいましたけど、今度は受け取ってもらえますか?」
水色の目でジッと見つめるカイに、バイエノールさんは優しい目をして頷いた。
「約束だもの、もちろんよ」
そしてバイエノールさんはカイから手紙を受け取ると、少し緊張した顔でゆっくり封を開けた。
でも手紙を開いた途端、すぐにくしゃりと顔をほころばせた。
「……書いたら取り消せないのに、全く……」
ぼやいてるようにも聞こえるけど、喜びが声ににじみ出てた。
きっと仲直りの言葉が書いてあったんだ。
「何から何までありがとう。 今度ロウハに会いに行くわ。 あなた達の事も報告したいし」
「「ありがとうございます!!」」
バイエノールさんの笑顔を見て私とカイは顔を見合わせて笑った。
「カイ、早くカイのお城に向かおう! さっきの方法ならきっとカイのお兄さまを助けられるよ!」
「そうだな……でもティルダ、お前は大丈夫なのか?」
「何が?」
「お前の体だよ。 さっき辛そうにしてただろ」
「あ……」
言われて私は両手をグーパーしてみた。
確かにしびれてる感覚があるし体も重い。
でもランタッベルのお城にいた時に比べたら調子はいい方だ。
これぐらいなんてことないと思うんだけど……。
「さすがはカイね。 ちゃんとティルダの事見てるじゃない」
すると少し眉を寄せたバイエノールさんが私を後ろから優しく抱きしめた。
「まさかこの後同じ事しようとしてるんじゃないでしょうね」
「……ダメなの?」
するとバイエノールさんは『やっぱり……』と私の頭の上で大きな大きなため息をついた。
「あのね、意識の世界に入り込むってそう簡単なものじゃないのよ。 私達精霊とちがってティルダは自分の体から魂が離れた状態になるの。 その間は肉体を維持するのにかなり生命エネルギーを消耗するのよ?」
「でもこんなに元気だし、この方法ならカイのお兄さまを起こせるかもしれないの! お願い、やらせて!」
「カイのお兄さまって、ディオン王子? 確か眠ったままだって噂の……」
私は大きく頷いた。
するとバイエノールさんはギュッと眉を寄せて『そういうことね……』と呟いた。
「この方法じゃ、お兄さまは起こせない……?」
「いえ、確かに今のディオン王子になら有効だと思うわ。 でもあなたの身体への負担も大きいし、 ヘタしたら先に肉体がダメになることもあるんだから無闇にやっちゃダメ」
「そんな……」
チラリとカイを見てもコクコクと頷いてる。
一日でもはやく何とかしたいのに、また足踏みだなんて。
「……まずはこれをディオン王子に飲ませなさい」
するとバイエノールさんは腰にさげてあったポケットからさっき作ったのとは別の治癒薬を私にくれた。
「精霊女王の作ったものだから身体面は完治できる。 それでも無理ならさっきの手を試してみなさい」
「ありがとう!!」
「それとカイ、こっちにいらっしゃい」
「は、はい!」
手招きされたカイは緊張気味にバイエノールさんに近づいた。
そんなカイを見てバイエノールさんはフフフと意地悪そうに笑いながら、カイの顔に両手をそえた。
「よくがんばったあなたにも祝福を」
ちゅっ。
「あ」「え?」
……いま、カイのほっぺたに……。
「気に入ったわ。 あなたにも私の力を分けてあげるから、これからもティルダの騎士としてがんばって頂戴」
そういってバイエノールさんは右手を高く上げて何かを唱えた。
すると呆気にとられてた私たちの上に大きな大きな黄金色の魔法陣がブワッと浮かび上がった。
「さぁ、このままお城まで送ってあげるわ。 解決できたらまた顔見せに来るのよ? あら?」
『クォン!!』
グングンと魔法陣に吸い込まれそうな私達のところに、コモンドルフィスさんが勢いよく飛び込んできた!
「すっかり懐かれちゃったのね。 まぁ小さいしカイがいるから連れて行っても大丈夫よ」
「「えぇ?!」」
私たちは『わかった』も『いってきます』も言うヒマもなく、コモンドルフィスさんも連れてスポン!と魔法陣の中へと吸い込まれてしまった。




