迷子の精霊
まるで水の中にいるみたいで、どこにも足がつかなくて上手く立ってられない。
でもちゃんと息はできるし、何よりも視界いっぱいに水色の世界がひろがってて明るいから怖くはない。
上を見上げたらキラキラと光が揺れていて、とてもキレイ。
まるでお魚になったみたいだ。
よし、はやく魔力核をさがそう!
私は水をかくように手を動かして前へと進んだ。
しばらくすると、何もなかった水色の世界にポツポツとボールのような丸くて白い明かりが見えてきた。
そのうちの一つに近づいて見てみると、それには大きな肉厚のキノコが映ってた。
もしかして好きな食べ物なのかな。
もう一つを見てみると、小さなコモンドルフィスさんが三匹、そして大きなコモンドルフィスさんが映ってる。
これはコモンドルフィスさんの家族かもしれない。
そうか、この明かりはきっとコモンドルフィスさんの記憶だ。
それがこの世界を明るく照らしてるんだ。
すると今までで一番大きい明かりの中に、カイのわらった顔があった。
音はないけど、口の動きで『助けてやるから』って言ってるのがわかる。
全身ボロボロですごく疲れた顔してても、カイはやさしい目をしてわらってる。
見てたらジンと胸が熱くなってきた。
勝手に体が大きくなって、攻撃されて、取り残されて、すごくこわかったんだろうな。
だからカイが助けてくれたのがすごくうれしかったのかも。
それであんなになついてたんだ。
元の世界に帰ったらカイにおしえてあげなきゃ。
一人ぼっちだった私を助けてくれたやさしいカイを、コモンドルフィスさんも好きになったんだって。
(あ……!!)
そのうしろに両手で抱えるぐらいに大きい赤い石がフワフワと浮かんでいた。
でもそれには太い鎖がしっかりと巻かれて大きな錠までついてる。
しかも何だか不気味な黒いモヤモヤがでていた。
でもきっとこれが魔力核だ。
この鎖を外せばコモンドルフィスさんも元気になるかもしれない。
私はカギを探すため魔力核の後ろに回った。
すると魔力核に寄りかかるように、小さな精霊さんがクスンクスンと泣いていた。
鎖はそのコの足と繋がってる。
……ふとあの頃の自分とかさなった。
「大丈夫?」
思わず声をかけたら精霊さんは飛びあがって、金色の髪を逆立てて涙目で威嚇してきた。
びっくりした私も両手を上げて、あわてて精霊さんから距離を取った。
「おどろかせちゃってごめんね! なにもしないから大丈夫だよ!」
すると精霊さんは、ビー玉みたいにクリクリした緑の目をパチパチさせて首をかしげた。
黒いドレスを着てる精霊さんは初めてみた。
とりあえずこれ以上怖がらせないように、私は少し離れた場所から話しかけた。
「何で泣いてたの? なんで鎖に繋がれてるの?」
たずねたら精霊さんの目から大粒の涙がおちた。
『わからないの』
「え……?」
『なんで鎖に繋がれてるのかも、ジブンがだれなのかもわからない。 どうしたらいいのかわからないからココにいるの』
それは小さな鈴の音のように弱々しい声だった。
『それは……さみしかったね』
背中には透きとおった薄黄緑色の羽根が生えてるから、精霊さんなのは間違いないと思う。
ただ黒のドレスって何の精霊さんだろう。
私はジーッと精霊さんの頭のてっぺんから足の先まで目を光らせた。
すると、精霊さんの着ているドレスに何重も重なったフリルがついてる事に気がついた。
さっきお花畑で一緒にいたあのコと同じだ。
「もしかしてアルティカ?!」
思わず声に出てしまったけど、精霊さんの反応はうすく、首を傾げるだけだった。
そういえばバイエノールさんは『薬の副作用で異変が起きた』って言っていた。
この精霊さんが本当にアルティカの精霊さんなら、自分がここにいる理由を忘れてるっていうのもわかる気がする。
なら精霊さんが自分の事を思い出せば、この鎖が外れてコモンドルフィスさんも元に戻るかもしれない。
私は直感を信じてズイッと精霊さんに顔を寄せた。
「ねぇ、アルティカってお花、覚えてる?」
『アルティカ……?』
「そう、あなたの着てるドレスのデザインはアルティカの精霊さんと同じデザインなの。 色も黒じゃなくて黄色いんだよ」
『キイロ……?』
「うん。 アルティカは小さい花びらがいっぱいついたかわいいお花! そのお花から『せいゆ』がとれて、すっごくキラキラな治癒薬ができるの!」
『治癒、薬……?』
ワクワクと話す私とは対照的に、精霊さんはまだ不安げに眉を下げている。
うーん。 でもホントのことだし、このまま話してたら思い出すきっかけがあるかもしれない。
私は精霊さんに話しかけながら、一歩一歩と近づいていった。
「あなたは誰かを助けるお薬になったの。 でも体の中で成分が変わっちゃったから、自分が何の為にここへきたのか忘れちゃったんだよ。 でも大丈夫。 あなたのホントの姿は、ちゃんと私が覚えてるから」
すると精霊さんの顔がパッと太陽みたいに輝いた。
それを見て私は頭の中で見てきた姿を言葉にしていく。
「ドレスは元気になれる明るい黄色。 それも小さな花びらみたいなフリルがいっぱいいっぱい重なってついてるの。 しかもその裾がフワッとお花みたいにひらいててすごくかわいいんだよ」
『この服、そんなにかわいいの?』
「うん、思い出せるかな?」
すると精霊さんの黒いワンピースの表面にパキパキッと小さなヒビが入った。
そしてメッキが剥がれるみたいに黒の欠片がポロッと落ちて、下からキラキラと黄色いドレスが輝いて見えた。
やった! 効果があった!!
それから私はお薬ができるまでの話やお花の集め方など、アルティカの話を夢中で話し続けた。
そして話せば話すほど、黒いドレスは剥がれ落ちて、黄金色が見えてくる。
「アルティカは摘んだらスーッといい香りがしてね、心がすごく落ち着くの。 だから私はすっごく好き。 それと、お花からとれる『せいゆ』もキラキラしててすごくキレイなんだよ。 それが水に溶けたらね……」
『解毒』ってこういうことなのかもしれない。
覚えてる事全部話しきった頃には、黒のドレスがすっかり黄金色へと変わって辺りを明るく照らしていた。
そして精霊さんの表情もお花のようにかわいい笑顔を取り戻していた。
「自分のこと、思い出せた?」
『うん。 おねえちゃんのおかげでお薬のことも私のことも全部全部思い出した。 ホントにありがとう!』
「それならよかった! じゃああとはこの鎖をどうするかだね……」
よし、準備は整った。
後はこの魔力核に巻きついてる重々しい鎖をはずすだけだ。
(錠があるんだからきっとカギもあるはず。 でもそのカギはどこにあるんだろう)
ここに来るまでカギらしいものなんてなかったし、探しにいって戻って来れなくなっても困る。
うーんとこめかみが痛くなる。
『どうしたの?』
「この錠を開けるカギってどこにあるのかなって考えてたの。 何か知ってる?」
『カギ? それなら大丈夫だよ』
「ホント?!」
『うん、わたしがカギになるの!』
「え?」
『それも思い出したよ。 今度はちゃんとうまくできると思う。 おねえちゃん、ありがとう!』
「あ、まって!」
精霊さんに手を伸ばしたけど、精霊さんは振り返ることなく錠の穴めがけて勢いよく飛びこんだ。
足についてた鎖もそのまま一緒に吸い込まれていく。
すると『カチン』と何かが上手くハマったような音がした。
「鎖が……はずれてく」
まるでそこだけ時間が進んでるかのように、鍵穴からでていた鎖も魔力核にからまってた鎖もボロボロッと錆びて崩れおちていく。
そして地面に落ちた鎖や錠は、少しずつ光の粒になって空へ舞い上がった。
すごい、精霊さんは本当にカギになったんだ。
錠も鎖もきえてしまったから、きっとあの精霊さんにはもう会えないよね。
そう思うとすごくさみしかったけど、ちゃんと喜んでる顔がみれた。
きっとこれで良かったんだ。
鎖のはずれた魔力核からはくすみもきえて、透き通るような赤の宝石となって輝いていた。




